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二章 忘れてた過去が……
3 過去がやってきた
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今週和樹は大学時代のお友だちと遊ぶ約束があるそうで、俺は自宅でのんびり。すでに昼近いがベッドから出てもいない。そのまんまでスマホをいじっていた。
普段なら和樹のところに行って抱かれてるか、出掛けようって支度してる頃だ。
なにしようかな
いつも和樹の行きたいところや用事に付き合ってて、自分から行きたいとか言わない内にしたいことが分からなくなっててね。元々たいしてなかったけどそれに拍車が掛かった。
和樹はいつも俺に知らない世界を見せてくれる。演劇なんか子供の頃学校でしか行ったことなかったし、美術館も。買い物に行く店舗すら俺とは違った。値段じゃなくてさ、好みの問題だけど……あのセンスはどこで磨いたんだろう。
「普通のうちの子とは言ってたけど、本当かなあ」
和樹いい所の「ボン」なんじゃないのかな?聞くの忘れてたけどさ。あんな一等地に1LDK大きめの部屋借りれるとか。どう考えてもうちの給料じゃ賄えない気がするんだよ。
FXとか株とかやってるとか聞いたことはないなあ。多少はやってるだろうけど贅沢できるほどか?身のこなしが庶民じゃないし。
以前俺の誕生日でいいレストラン行った時さ。俺は緊張で死にかけてたけど和樹は余裕だし、ワインとかもよく知っててさ。場馴れしてるんだよなあ。庶民で場慣れとかねぇだろ?高級店だよ?俺は本気で庶民だもん。
両親サラリーマンでここは和樹と一緒でじいちゃんちに預けられたりもしてた。大きくなれば兄貴とふたりで家で親の帰りを待ったりもあったけど。
なんか考えてたら眠気がなくなったな。起きるか、んで腹減った。
飯なあ、冷蔵庫カパッ!何もねえ!飲み物とマヨネーズしかねえ。土日に買い物する習慣がなくなったもんな……食いに行くか。
適当に着替えて俺は外に出かけた。何にしようかと悩んだけど、結局商店街のチェーン店で牛丼掻き込んで終わり。
せっかく外に出たんだからと本でも読むかと本屋に向かった。スマホ目が疲れる。
それにしてもすっかり春らしくなったなあ。風が気持ちいい。
フンフンと鼻歌交じりに本屋に入ろうと入り口の自動ドアの前に立つと「智也!」と呼ばれた。ん?俺この辺に知り合いなんてと思って振り返るとゲッ!
「智也……元気だったか」
苦笑いを浮かべる男。俺はギクシャクと自動ドアから離れた。もう忘れてたのになんで……
「うん……彰人も元気だった?」
「ああ。今時間あるか?」
……なんかヤダ。
「なんで?」
「少し話さないか」
え~……俺は話したくない。俺の頭にはあの日の修羅場が浮かんていた。彰人の血走った目と痛み、怒鳴り声が蘇る。
「どうしても?」
「……あのさ。ちゃんと謝りたかったんだ」
謝りたい?彰人が?こんなに経ったのにか?不審に思ったけどヒマはヒマだしな。
「まあ、少しなら」
よかったと微笑み彰人が安堵してるのはわかった。気乗りはしないが俺たちは近くの喫茶店に入った。
あ~俺この喫茶店好きなんだけど……悪い記憶になって来れなくなったらどうしよう。なんて思いながら座ってコーヒーを頼んだ。
「智也、すまなかった。あの時どうかしてたんだ」
「だろうね」
俺は目も合わさず運ばれた水を一口。
謹慎中も俺は連絡を入れたんだ。殴られたけどもしかしたらと思って何度もな。なのに電話もラ◯ンも未読無視。どれだけ悲しかったか分かるか!思い出して怒りがふつふつと湧いた。
「あの後会社辞めて実家に帰ってたんだ。親の調子も悪かったから姉さんの代わりに少しね」
「ふーん。なんで俺を無視したんだよ」
「うん……」
あの頃はお前にムカついたまんまで顔も見たくなくて、その前から愛情はとうに空になってて惰性で一緒にいただけだったそう。
マジか、好きだったのは俺だけだったんだ。欠片も残ってなかったのか……なんか辛い。
「実家に突然帰った俺に姉が不審がって詰めてきてな。渋々話したらバカはお前だと引っ叩かれた」
「そう」
ざまあみろ!第三者から見れば俺は悪くなかったんだよ!
「親の入院や通院の手伝いをしながら数ヶ月してからだな。俺が悪かったと思えたのは」
「そう」
智也が好きだったのは確かなんだ。俺を慕ってくれてたし立ててもくれた。それがいつしか当たり前になって、されるのが当然と思ってた。仕事でもなとポツポツと話す。
「俺はあなたを尊敬してました。誰よりも分かりやすく仕事の指導をしてくれた。それにチームのムードメーカーでもあったから」
「うん……」
俺はずっと文句を言いたかったんだろう。あの時の不満をぶちまけることにした。
「恋人としても楽しかったんだ。甘えされてくれたし。でも最後の方はケンカばかりで……俺はね、俺自身を見て欲しかったんだ」
「ごめん」
無言の時が過ぎた。言いたいことはたくさんあったはずなんだ。だけどなんにも出てこなかった。まあね、何を言おうが過去なんだよ、俺にとってね。せっかくだからあの時の気持ちを少し話したけど、今更どうでもいい。
「俺帰るね」
「え?俺まだ話したいことがあるんだ」
「なに?謝罪は聞いたよ」
立ち上がった俺を彰人は引き止めた。うーんと渋々座った。
「なに?俺はもうないよ」
悩んでいる感じで視線もウロウロ。なんだよ。
「あのさ、よりを戻せないか?この一年ちょっと離れてて分かったんだ。俺は智也が好きだって。だからさ」
「ふん。都合がいいね」
「え?」
俺は呆れたしムカついた。あんなことがあって、会社に残ることがどれだけ辛いことなのか彰人は知らない。だから支社から本社の和樹のチームに入るまでを話した。
「支店から本社に異動は人事の監視の意味もあると言われたんだ。それを理解のある部長と課長が引き取ってくれたんだ」
「ああ……」
俺はあの時のどこにも居場所がないと感じる、重苦しい空気のオフィスが思い出された。
「俺は謹慎の後引き継ぎで十日くらい支社に出勤してたんだ。その時の俺の気持ち分かる?みんなに白い目で見られて、ゲイバレはするしさ」
「すまない」
悪そうには聞いている彰人にイライラが収まらなくなっていく。
「仲良かった人たちまで遠巻きにされて!どれだけ辛かったか分かるのかよ。彰人!」
「本当にすまない」
はっ!怒りが出て前のめりで怒鳴ってしまった。お店で叫ぶとは!俺は気を取り直すために水を一気に飲んだ。
「ごめん。ここまで言うつもりはなかった。俺にも悪いところがあったのは分かってるんだ。恋人は対等なはず。なのに俺はそれが分かってなかった。これはごめんなさい」
俺の言葉にどう反応していいのかわからないって顔して、
「いや、そんなことは。俺が言わせなかったんだ。かっこいい彼氏でいたかったからな。出来なかったけど」
すがるような目で俺を見つめる。少しやつれた?目元にシワが出来てる気がするし、日焼けして黒くなってる?
「俺恋人いるからムリ。彰人とのことはもう過去のことなんだ」
「え?もういるの?」
呆れた。どこまで俺を見下してるんだよ。
「一年以上過ぎたよ。なんで俺がひとりだと思ってるんだ」
ウソだろ?俺のこと愛してたんだろ?なんでだよって。
「連絡無視したのはそっちだ。もう俺はいらないんだなって思うだろ」
「いや…でもさ。新人の頃からずっとで四年一緒にいたんだぞ?」
「すがる俺を捨てたのは彰人だ」
ウソだ、お前が俺を忘れるなんてウソだ!と声を上げた。
「静かにして!」
「あ、ああ……」
彼は明らかに動揺していた。実は時々俺の部屋に行ってたんだってさ。でもいつもいなくて、今日も帰ろうかと歩いてたらたまたま見つけたそうだ。連絡先は勢いで消してて分からなくなっていたし、会社には近づけなくてって。そりゃあ俺にはラッキーだね。
「とにかく。俺は恋人いるからムリ」
「……俺の知ってる人?」
上目遣いで聞いてくる。こんな顔したことねえじゃねえかよ。なんかいらつく。
「言う必要ある?」
「……そうだよね」
うつむいてふふって。和樹と彰人は……彰人いくつだっけ?七つくらい上だから和樹を知ってるかもね。あまりにしょぼくれた顔してるからつい、
「一ノ瀬 和樹だ」
「え?……一ノ瀬って、あの一ノ瀬?本社の営業課長の?」
「そう」
本気で驚いて俺をガン見、声が出なくなっていた。彰人は課長補佐だったから支社でも彼を知ってたか。
「あはは……一ノ瀬さんか。そりゃあ勝ち目はないかもな」
「だからこの話は終わりだ。もう会うこともない。さようなら彰人」
「あ、智也待って!」
立ち上がった彰人を無視して俺は会計票を掴んで出口に向かい、余分にお金出してお釣りいらないと外に出た。
「智也!待ってくれ!」
「チッ」
走って追いかけてきて肩を掴む。
「触るな!」
「嫌だ!帰って来てくれよ。俺から一ノ瀬さんに話すからさ」
「はあ?俺は和樹愛してるの!」
「俺のほうが愛してるよ。前みたいなことはしない。俺転職して給料も役職も上がったんだ。前とは違うんだよ!」
「俺には関係ない」
「智也こっち向いてくれよ。なあ?」
商店街に恥をさらして歩いた。こいつのせいでとムカつきながら。そのうち人が少なくなり、公園近くで俺は立ち止まった。振り向かずそのまま、
「彰人。俺を先に捨てたのはあなただ」
「だからごめんって。あの頃どうかしてたんだよ!」
そんなの知らない。俺は彰人の気持ちが変わって、仲良くなれるかもと期待して隣にいたんだ。俺を、仕事を離れた俺を見ない彰人にどれだけ辛く哀しかったか。
「俺はあなたを許さない。あなたが俺にとって初めてのきちんとした恋人だったんだ。どれだけあなたが好きだったか、彰人には分からない」
「ごめん智也。俺が悪かったよ、もう一度チャンスをくれよ」
「ムリ!帰れ!」
「智也!」
人が時々通り過ぎてはビクッとしていたり、ジロジロ見られたり。いいよもう!恥は盛大に後は知らん!智也って腕を掴むから振り解いた。
「少し残ってたあなたへの愛も今日きっぱりなくなりました。お引き取りを!」
「智也そんなこと言うなよ」
「触んな!」
埒があかないと俺は部屋に向って走った。エントランスに滑り込み、エレベーターが上の数字だから階段を登り四階へ。急いでドアを開けて鍵を閉めた。
「ハァハァったく。和樹には会えないわ、昔は迫ってくるわで禄なことなかったな」
キッチンに向かいコーヒーのペットボトルを取り出してゴクゴク。すると、ピンポンピンポンとベルがけたたましく鳴り続けた。無視してるとドアを叩くドンドンが加わった。うるせえぞ!!
俺は出る気はない。仕方なくベッドに潜り込んでヘッドフォンを耳にねじ込み、音楽をかけて布団を被った。
彰人こんな人じゃなかったのにな。俺様って感じで、ついて来いって人だったのに。
俺もあれからなんだかんだあったけど、彰人も心境の変化が起きる何かがあったのかな。
でも……なんか疲れた感じは受けた。なんの仕事してるんだが知らんけど、無理な仕事で役職狙いだったのか。なんにしろ、もう関わりたくはない。おなかもいっぱいでうとうとしてたけど起きた。
「もう大丈夫かな?」
片耳取ってみると、お?静かだね。時計を見れば一時間は過ぎていた。なら帰ったね!
んふっならテレビ観ようそうしよう!布団からゴソゴソと出てリモコンをピッ。
「確かあそこで新作の映画出てるはずなんだよ。あ~……あった!」
なんとも思ってないフリしてたんだけど俺怖かったんだな。声出してしゃべってる。
「怖かったばっかじゃないな。彰人が別人のような気がしたんだ」
付き合ってる頃は俺がなにか言っても面倒くさそうにしてさ。謝るなんて出来る人ではなかったんだ。謝ったとしてもごめーん!と反省している感じもなくて。でもなんか許してた。
「俺……彼のどこが好きだったんだろう……」
新人で何も出来なくて、ついてくれば大丈夫だよっていつも一緒に行動してた。優しいところもあったかな。でもなあ。
「あれも生活能力なかったよな。よく親御さんの介護なんぞしてたもんだ」
過去に気持ちが戻ってしまって映画の内容が頭に入らねえ。
「それで変わったのかな……」
まあ、元に戻ったところできっとすぐ別れると感じるんだ。だって俺は和樹に愛されてあの頃の俺はいないし、彼もなんか勢い?ってのがない気がしたもん。
「あれ?違うんじゃね?とかいい出すさ」
あ~あ、話さなければよかった。あの頃の自信満々の彰人の記憶のままにしておけばよかった。ふとテレビを観ると、
「あ……エンディングだ……えっと、なんでこいつら全滅してんの?もうヤダ!」
もういい、寝る。本気で寝る。テレビを消して布団に潜り込んだ。寝て忘れるんだ!
普段なら和樹のところに行って抱かれてるか、出掛けようって支度してる頃だ。
なにしようかな
いつも和樹の行きたいところや用事に付き合ってて、自分から行きたいとか言わない内にしたいことが分からなくなっててね。元々たいしてなかったけどそれに拍車が掛かった。
和樹はいつも俺に知らない世界を見せてくれる。演劇なんか子供の頃学校でしか行ったことなかったし、美術館も。買い物に行く店舗すら俺とは違った。値段じゃなくてさ、好みの問題だけど……あのセンスはどこで磨いたんだろう。
「普通のうちの子とは言ってたけど、本当かなあ」
和樹いい所の「ボン」なんじゃないのかな?聞くの忘れてたけどさ。あんな一等地に1LDK大きめの部屋借りれるとか。どう考えてもうちの給料じゃ賄えない気がするんだよ。
FXとか株とかやってるとか聞いたことはないなあ。多少はやってるだろうけど贅沢できるほどか?身のこなしが庶民じゃないし。
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なんか考えてたら眠気がなくなったな。起きるか、んで腹減った。
飯なあ、冷蔵庫カパッ!何もねえ!飲み物とマヨネーズしかねえ。土日に買い物する習慣がなくなったもんな……食いに行くか。
適当に着替えて俺は外に出かけた。何にしようかと悩んだけど、結局商店街のチェーン店で牛丼掻き込んで終わり。
せっかく外に出たんだからと本でも読むかと本屋に向かった。スマホ目が疲れる。
それにしてもすっかり春らしくなったなあ。風が気持ちいい。
フンフンと鼻歌交じりに本屋に入ろうと入り口の自動ドアの前に立つと「智也!」と呼ばれた。ん?俺この辺に知り合いなんてと思って振り返るとゲッ!
「智也……元気だったか」
苦笑いを浮かべる男。俺はギクシャクと自動ドアから離れた。もう忘れてたのになんで……
「うん……彰人も元気だった?」
「ああ。今時間あるか?」
……なんかヤダ。
「なんで?」
「少し話さないか」
え~……俺は話したくない。俺の頭にはあの日の修羅場が浮かんていた。彰人の血走った目と痛み、怒鳴り声が蘇る。
「どうしても?」
「……あのさ。ちゃんと謝りたかったんだ」
謝りたい?彰人が?こんなに経ったのにか?不審に思ったけどヒマはヒマだしな。
「まあ、少しなら」
よかったと微笑み彰人が安堵してるのはわかった。気乗りはしないが俺たちは近くの喫茶店に入った。
あ~俺この喫茶店好きなんだけど……悪い記憶になって来れなくなったらどうしよう。なんて思いながら座ってコーヒーを頼んだ。
「智也、すまなかった。あの時どうかしてたんだ」
「だろうね」
俺は目も合わさず運ばれた水を一口。
謹慎中も俺は連絡を入れたんだ。殴られたけどもしかしたらと思って何度もな。なのに電話もラ◯ンも未読無視。どれだけ悲しかったか分かるか!思い出して怒りがふつふつと湧いた。
「あの後会社辞めて実家に帰ってたんだ。親の調子も悪かったから姉さんの代わりに少しね」
「ふーん。なんで俺を無視したんだよ」
「うん……」
あの頃はお前にムカついたまんまで顔も見たくなくて、その前から愛情はとうに空になってて惰性で一緒にいただけだったそう。
マジか、好きだったのは俺だけだったんだ。欠片も残ってなかったのか……なんか辛い。
「実家に突然帰った俺に姉が不審がって詰めてきてな。渋々話したらバカはお前だと引っ叩かれた」
「そう」
ざまあみろ!第三者から見れば俺は悪くなかったんだよ!
「親の入院や通院の手伝いをしながら数ヶ月してからだな。俺が悪かったと思えたのは」
「そう」
智也が好きだったのは確かなんだ。俺を慕ってくれてたし立ててもくれた。それがいつしか当たり前になって、されるのが当然と思ってた。仕事でもなとポツポツと話す。
「俺はあなたを尊敬してました。誰よりも分かりやすく仕事の指導をしてくれた。それにチームのムードメーカーでもあったから」
「うん……」
俺はずっと文句を言いたかったんだろう。あの時の不満をぶちまけることにした。
「恋人としても楽しかったんだ。甘えされてくれたし。でも最後の方はケンカばかりで……俺はね、俺自身を見て欲しかったんだ」
「ごめん」
無言の時が過ぎた。言いたいことはたくさんあったはずなんだ。だけどなんにも出てこなかった。まあね、何を言おうが過去なんだよ、俺にとってね。せっかくだからあの時の気持ちを少し話したけど、今更どうでもいい。
「俺帰るね」
「え?俺まだ話したいことがあるんだ」
「なに?謝罪は聞いたよ」
立ち上がった俺を彰人は引き止めた。うーんと渋々座った。
「なに?俺はもうないよ」
悩んでいる感じで視線もウロウロ。なんだよ。
「あのさ、よりを戻せないか?この一年ちょっと離れてて分かったんだ。俺は智也が好きだって。だからさ」
「ふん。都合がいいね」
「え?」
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「支店から本社に異動は人事の監視の意味もあると言われたんだ。それを理解のある部長と課長が引き取ってくれたんだ」
「ああ……」
俺はあの時のどこにも居場所がないと感じる、重苦しい空気のオフィスが思い出された。
「俺は謹慎の後引き継ぎで十日くらい支社に出勤してたんだ。その時の俺の気持ち分かる?みんなに白い目で見られて、ゲイバレはするしさ」
「すまない」
悪そうには聞いている彰人にイライラが収まらなくなっていく。
「仲良かった人たちまで遠巻きにされて!どれだけ辛かったか分かるのかよ。彰人!」
「本当にすまない」
はっ!怒りが出て前のめりで怒鳴ってしまった。お店で叫ぶとは!俺は気を取り直すために水を一気に飲んだ。
「ごめん。ここまで言うつもりはなかった。俺にも悪いところがあったのは分かってるんだ。恋人は対等なはず。なのに俺はそれが分かってなかった。これはごめんなさい」
俺の言葉にどう反応していいのかわからないって顔して、
「いや、そんなことは。俺が言わせなかったんだ。かっこいい彼氏でいたかったからな。出来なかったけど」
すがるような目で俺を見つめる。少しやつれた?目元にシワが出来てる気がするし、日焼けして黒くなってる?
「俺恋人いるからムリ。彰人とのことはもう過去のことなんだ」
「え?もういるの?」
呆れた。どこまで俺を見下してるんだよ。
「一年以上過ぎたよ。なんで俺がひとりだと思ってるんだ」
ウソだろ?俺のこと愛してたんだろ?なんでだよって。
「連絡無視したのはそっちだ。もう俺はいらないんだなって思うだろ」
「いや…でもさ。新人の頃からずっとで四年一緒にいたんだぞ?」
「すがる俺を捨てたのは彰人だ」
ウソだ、お前が俺を忘れるなんてウソだ!と声を上げた。
「静かにして!」
「あ、ああ……」
彼は明らかに動揺していた。実は時々俺の部屋に行ってたんだってさ。でもいつもいなくて、今日も帰ろうかと歩いてたらたまたま見つけたそうだ。連絡先は勢いで消してて分からなくなっていたし、会社には近づけなくてって。そりゃあ俺にはラッキーだね。
「とにかく。俺は恋人いるからムリ」
「……俺の知ってる人?」
上目遣いで聞いてくる。こんな顔したことねえじゃねえかよ。なんかいらつく。
「言う必要ある?」
「……そうだよね」
うつむいてふふって。和樹と彰人は……彰人いくつだっけ?七つくらい上だから和樹を知ってるかもね。あまりにしょぼくれた顔してるからつい、
「一ノ瀬 和樹だ」
「え?……一ノ瀬って、あの一ノ瀬?本社の営業課長の?」
「そう」
本気で驚いて俺をガン見、声が出なくなっていた。彰人は課長補佐だったから支社でも彼を知ってたか。
「あはは……一ノ瀬さんか。そりゃあ勝ち目はないかもな」
「だからこの話は終わりだ。もう会うこともない。さようなら彰人」
「あ、智也待って!」
立ち上がった彰人を無視して俺は会計票を掴んで出口に向かい、余分にお金出してお釣りいらないと外に出た。
「智也!待ってくれ!」
「チッ」
走って追いかけてきて肩を掴む。
「触るな!」
「嫌だ!帰って来てくれよ。俺から一ノ瀬さんに話すからさ」
「はあ?俺は和樹愛してるの!」
「俺のほうが愛してるよ。前みたいなことはしない。俺転職して給料も役職も上がったんだ。前とは違うんだよ!」
「俺には関係ない」
「智也こっち向いてくれよ。なあ?」
商店街に恥をさらして歩いた。こいつのせいでとムカつきながら。そのうち人が少なくなり、公園近くで俺は立ち止まった。振り向かずそのまま、
「彰人。俺を先に捨てたのはあなただ」
「だからごめんって。あの頃どうかしてたんだよ!」
そんなの知らない。俺は彰人の気持ちが変わって、仲良くなれるかもと期待して隣にいたんだ。俺を、仕事を離れた俺を見ない彰人にどれだけ辛く哀しかったか。
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「触んな!」
埒があかないと俺は部屋に向って走った。エントランスに滑り込み、エレベーターが上の数字だから階段を登り四階へ。急いでドアを開けて鍵を閉めた。
「ハァハァったく。和樹には会えないわ、昔は迫ってくるわで禄なことなかったな」
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俺は出る気はない。仕方なくベッドに潜り込んでヘッドフォンを耳にねじ込み、音楽をかけて布団を被った。
彰人こんな人じゃなかったのにな。俺様って感じで、ついて来いって人だったのに。
俺もあれからなんだかんだあったけど、彰人も心境の変化が起きる何かがあったのかな。
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「もう大丈夫かな?」
片耳取ってみると、お?静かだね。時計を見れば一時間は過ぎていた。なら帰ったね!
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なんとも思ってないフリしてたんだけど俺怖かったんだな。声出してしゃべってる。
「怖かったばっかじゃないな。彰人が別人のような気がしたんだ」
付き合ってる頃は俺がなにか言っても面倒くさそうにしてさ。謝るなんて出来る人ではなかったんだ。謝ったとしてもごめーん!と反省している感じもなくて。でもなんか許してた。
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「あれも生活能力なかったよな。よく親御さんの介護なんぞしてたもんだ」
過去に気持ちが戻ってしまって映画の内容が頭に入らねえ。
「それで変わったのかな……」
まあ、元に戻ったところできっとすぐ別れると感じるんだ。だって俺は和樹に愛されてあの頃の俺はいないし、彼もなんか勢い?ってのがない気がしたもん。
「あれ?違うんじゃね?とかいい出すさ」
あ~あ、話さなければよかった。あの頃の自信満々の彰人の記憶のままにしておけばよかった。ふとテレビを観ると、
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