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三章 東の城 

裏話 視察 (ロベールの場合)

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 リシャールは寝たのか。まあ、東に来てやっと暇になって今日は楽しかったのだろう。なんてかわいいんだか。

「クオール寝室の扉を開けてくれ」
「はい」

 俺は抱き上げてリシャールを寝室に寝かせた。

「リシャールおやすみ」

 もう一度俺は居間に戻った。まだ眠くはないんだよな。疲れてるんだが、気が立つというかなあ。ワインをくれとクオールに注いでもらい煽る。

「みんな適当なことを言ってたもんだよ。直轄地の領主程度など言いやがって。引き継ぎでは分からなかった、嘘もいい加減にしろって感じだ」
「そうですね。実際はこの城のある直轄地と飛び地、その他十二ある領地の管理ですから」
「ああ、領主たちのくせは少ないが、その分荒っぽいからな。慣れないよ」

 旧ヘルナー、フェルグナー領のナタナエルは優秀だよ。あんな荒くれをよく纏めている。他もだが、この地の領主たちは西とはやはり違う。西は十二もなく、領主たちは腹黒いが忠誠心もある。こちらは忠誠心も薄く、一国のあるじって感じ。王族など俺たちの金を掠め取る輩と思ってる口ぶりだし。よく叔父上は纏めてたものだよ。

「代替わりで王が若くなり、舐められてる部分もあるかと。ですが、きちんとやってれば認められますよ」
「いつになるやらだな」

 武器、武具の製作が半分、残りは農地だ。小麦やじゃがいもなど保存食中心で、なくてはならない農地ばかり。西の管轄は季節の野菜や衣服、貴金属などの加工と販売、薬などの制作とその他貿易。それとこちらは東の連合国からの入口にもなるから、警備も重要だ。大きな砦がここにはいくつもある。

「領主じゃねえよな。本当に東の国だ」
「ええ。外から見るのとは全く違いました」

 書類では分からなかったものがたくさんで、西では報告書しか目を通してなかったんだ。見るとやるとじゃ全く違う、東の王とはよく言ったものだ。こんな小さな国なのになあ。

「土地だけは広いですからね。千年の間に少しずつ拡張して今に至ります。今は国を上げてガルール山脈の麓まで拡張を始めていますし、管轄領地が増えますね」
「ああ。我が国は他人の不幸で栄えてるんだ。文句は言えない」

 他国の戦による収入が国庫の半分を超え、今回のガルール山脈の魔石や鉱石は当然戦闘地域に売る予定。どの国も国交の樹立はしてはおらず、あくまで商業的な繋がりのみだ。ゴタゴタしたくないから今後も中立に徹する。

「東の連合国も北のヨール海沿岸の国も戦が好き過ぎる。今どき魔族すら戦闘を好みはしないのに。親書もな~んの役にも立たず、戦闘は続いている」

 クオールはどうぞとグラスにワイン注ぎながら、

「血の気が多いのかなんなのか。こちらも内情を正確には把握してませんから、実は国がなにかで不安定なのかも知れませんね」

 東はここより季節がはっきりしていて、夏は激しく暑く、冬は極寒。獣の毛皮がなければ外に出られないなんて地域もある。当然嵐も海岸沿いは多く、雨季と乾季の場所もあり、雨季は土地が水没するんだ。その水が引くと農地になる。川から流れ込む肥沃な土のおかげで作物がよく育つそうだ。

「農地の考え方も違いますし、獣の肉は牧場が基本です。我らのように森の恵みではない」
「民族も違うしなあ。あちらの民は領内でも見かけるが、小さく黒い髪に小麦色の肌、そして黒い瞳。母上の国とは違い顔は凹凸が少ないかな」
「見た目はかわいらしいですが、中身は魔獣のように獰猛さを隠している」

 あーあ、余計なことを考える時間すらないが、くわーっ眠い。

「寝るわ」
「はい。また明日。おやすみなさいませ」
「ああ」

 俺は寝室に向かい……なんでこうも寝相が悪いんだか。あはは、リシャールは俺の癒しだよ。大の字の足を避けて布団に入った。むにゃむにゃ言ってるリシャールを抱き寄せて目を閉じた。

「やることは同じなのに、なんでこうも上手く進まないんだろうなあ」

 口に出してみたが俺の能力不足なんだろう。経験値が明らかに足りない。覚えていくしかないな。でもさ、ここの文官優秀でよかった。叔父上の頃からの者が残ってくれたんだ。年齢的に定年の者もいたが、待ってもらってな。王子たち公爵もありがたい。

「いきなりでしたのでロベール様にはきつい現実になりました。しかし、東の王はあなたです。逃げることは出来ますが、いかがいたします?」
「しない」

 執務室の文官はそうでしょうともと顔が綻んだ。気性的には王太子の方がこちらに向いているようには感じましたが、あなたも能力が高く問題ない。我らはあなたを全力で支えますから、一緒に頑張りましょうと言ってくれた。叔父上の腹心たちが領主たちを上手く扱ってくれるんだ。だからここまで来れた。もう少し……いや、ずっとワイバーンに乗れなくなるまでいて欲しい。

「そうもいかんがな」

 隣で寝息を立てるリシャールを表に出す気はない。叔母上、実は動いていたんだ。だろうなあって思ってたんだよ、あのマッチョ。ここの近衛騎士を訓練と称していじめてたようだし、街に遊びに行ってる体で視察してたようだし。

「叔父上の力もだろうが、叔母上が仕切ってた臭いんだよなあ。みんなニッコリして口を割らないけど」

 夫婦ふたりで手分けして運営してたようなんだ。それも歴代ね。妻の役割の社交はあまりせず、実務が中心だったようだ。確かにこちらの催しは叔父上たち王族のの誕生日と、この城の竣工記念日くらいだよな。他もたまにあったけど、こちらでなにかすることは本当に少なかった。

「いや、出来なかったが正しいな。文官少ないから」

 西の半分なんだ。他国絡みは全部西に押し付けてたし、省庁なんかはここは分室ばかり。メインはやはり西。慣れるしかねえ。寝る!

 翌日リシャールを抱いて朝食を取り、視察に出向いた。

「眠い……」
「早めに寝たのに?」
「なんか横になったら考えごとが止まらなくなってな」

 クオールとニールセン(こちらで叔父上の執務官をしていた)を連れて、農地と魔獣の解体場所を回る予定なんだ。冒険者ギルドにも当然あるんだが、国直轄の解体施設もいくつかある。緑の少ない国に売りつける肉だからな。

「着きましたよ」
「ああ」

 馬車を降りると、暑苦しい者どもが並んでいた。エプロンは血まみれ……

「ようこそロベール様。ここの責任者のグレッグ・ダーマンです」
「ロベールだ。よろしく頼む」

 こちらへと案内されると、普通の貴族の屋敷サイズの倉庫のような、うわーっデカいな。

「ここが解体施設です。毛皮や骨も残さず使いますからな」

 大きな骨が山積みだ。今は夏前でそんなに大物はいなくて、あの骨は春先のものだそう。

「骨は武具にも使用しますから順次売り払っていまして、秋にはなくなりますよ」
「へえ」

 今は家畜の牛くらいの大きさが多いですかね。普通の動物は肉屋に行きますが、魔獣はここ。ここのナイフなどに魔法付与されてまして、殺しても魔石にならないようになってますと、大きな剣のような包丁?を見せてくれた。柄に紫の魔石が嵌めてあるそうだ。

「ここに核があります」
「ああ、これね」

 ある程度の魔力がある者でないと扱えず、ここはいつも人手不足。募集をしてくれと俺の手をガシッと掴む。

「繁忙期が辛いのですよ。奥の扉の中がいっぱいになってしまうのです」
「あれは時止めの部屋か?」
「ええ」

 扉を開けて中を見せてもらうと……

「デカいな。西の施設より大きい」

 そうでしょうとも!と嬉しそうにグレッグは笑う。西よりこちらの方が高級な魔獣が討伐されますから当然です。大きさも質も断然こちらがいい。暖かい場所は獣も魔獣も小さくなりがちですからなあって楽しそうだ。

「東の収入源の三分の一を賄います。魔石や武器以外では一番稼ぐんですよ」
「ああ。知ってはいたが実物を見ると、なるほどと感心する」
「でしょう?西になんら劣りません」

 この施設も西に思うところありか。この地は国のおまけじゃないんだ。国の重要な拠点なんだって意識がこの直轄地の民にはある。農民も武器屋も、この解体施設もな。

「お前ら西の王は嫌いか?」
「あはは。敬愛しておりますよ。それとこれは違うのです。以前のヘルナー領は境の領地。あそこより西はライバルと申しますか……」

 あん?困ったように言葉が止まった。すると、ニールセンが耳元で、

「あの、西の民に東は田舎もんだからなあって言われ続けてるんですよ。農地が多く山沿いで、武器と動物の肉、畑が主産業だからです。田舎臭いってバカにしてる人が多いんです」
「はあ?」

 衣服も流行りに鈍感だし、アクセサリーのデザインも古臭い。煤や土にまみれてる民だもんなあって言われてるそうだ。俺初めて聞いた。

「そうなの?」
「バカ言っちゃいけません!チャラチャラしてればいいってものではありません。伝統的なデザインを好むだけなのですよ。この国の古くからのね。それを、獣人の国や魔族の国のデザインが最新だと嫌味のように。ったく」

 グレッグは声が大きくなった。腹に据えかねてるんだろう。確かに俺が城の改装に来た時は、ホールとか晩餐会の会場以外は昔ながらの、俺が子供の時から変わってなかった。でもなんかホッとするような素朴な作りで、結局壁紙とか家具を少し入れ替えたくらいでいじらなかった。リシャールも素敵だから変える必要はないって、傷んでいるところの補修だけなんだ。

「ロベール様の城の改修の仕方を見れば分かってくださる方と存じます。我らはあなたの力になりますよ。期待してて下さいませ。そして、いずれリシャール様に土地をよくしていただきたいですな」
「なんだ?東の作物は安定してるじゃないか」

 チッチッチッと指を左右に振った。甘いですロベール様とニヤリ。

「あの魔石の鉱山があるでしょう?あれがね、思いの外日農地の当たりを悪くするんですよ。食えもしないヌーマリムが巣を作り、作物を食い荒らすんです」
「マジか」

 ヌーマリムは大型のネズミみたいな生き物なんだが、これがまた肉が苦くて不味い。見た目美味そうなんだが毛皮しか使えず、増えるペースは早い。春が遅い時など食べ物を求め畑を襲う。あれが増えるということは日当たりが悪く、湿っぽいということだ。

「土地の活性をしてもらって、今品種改良中のじゃがいもや人参など作りたいのですが、食われてしまっては収穫が減ります。対策はしてるのですが、隙を見つけるのも動物ですからね」
「まあなあ」
「その日陰の土地、私の親戚がやってましてね」

 あはは、それでか。

「毛皮も兵士用の防寒具にしかならない安物だし、あれなんとかなりませんかね?」
「考えてみるよ」
「お願いします」

 解体所で他の従業員にも話を聞いて、午後からはは農地だ。ヌーマリムか。厄介だな。






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