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二章 緑の精霊竜として
12 ごめんなさい
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プリプリしながら城に戻ると、ミレーユにどうしたのかと心配してくれる。僕はソファに乱暴に座り、内緒だよと先ほどのことを話すと、うーんと唸った。そして僕の隣に座り、真剣な顔をして僕を見つめる。
「どうされるおつもりですか?」
「どうするのが正解?」
お断りするのが正しいかは、私には分かりません。側室や愛人を持つことは、この国では違法でもありませんし、王族のみならず、貴族も子孫のために持つのが普通とは言いませんが、ある。問題はないけど……と悩み、ふと表情が緩んだ。
「リシャール様はロベール様を愛してますもんねぇ」
「うん大好き。僕なんで自分の個を求めたのか、考えたんだ。そしたら僕役立たずな気がしたんだよね。彼のおまけでしかなくて、今までの能力は必要とされないし、いればいいってだけでさ」
自分の存在意義を見失ったのが正解。誰も僕の能力を求めないし、お母様であれば、妻であればって。いやいや、僕にも出来ることがあると示したかった。他の妃殿下たちまではいかなくとも、なにかやれるはずって。
「ロベールのおまけは辛いってなったんだ」
あなたはなんて健気なんだろうかと微笑んだ。王族で過ごすには肝っ玉が小さすぎるって。なにが出来ても出来なくても、王族の妻はふてぶてしいくらいが丁度いいのにねって。
「王族は優しいだけでは務まりません。どんなに善政を敷いても、不満も悪意もぶつけられる立場です。誰にでもよいという政策など出来はしないのです」
「それは分かってるよ。僕はこれでも強くなって来てると思うよ?」
「ええ。ロベール様の役に立ちたいのですね」
「うん」
来た時よりは確かに成長してます。が、ロベール様の愛情で強くなってるだけですから、あなた自身の力ではないからなあって。よく見てるね、さすが僕の側仕え。ミレーユは優しく僕を抱いてくれた。あら、珍しいね。
「私はあなたが好き。素のあなたはそれこそひよこみたいにかわいい。それがなくなるのは寂しく感じるほどです。側室を持つなどという、役に立つやり方はお勧めしません。出来るならばお断りをして下さいませ」
なんか変なセリフが混じってたけど?
「僕はね、ロベールの昔から変らないかわいさが大好きなの。笑ってて欲しいんだ」
「はい。知ってます」
ラブラブで目に痛いくらいだしねと。ロベール様は愛しさを隠しもしなくて、あなたを見つめる瞳は、いっつもハート型のように感じますからと大笑い。僕を体から離して。
「なにもなかったことにして過ごして下さい」
「うん」
そしてふたりで内緒ってことにして何事もない日常を送り、翌月の慰問。ユアン様はとても幸せそうに僕の隣に立って、今月の孤児院の様子や神殿のことを話してくれる。目の先は不貞腐れたフェニックスと楽しそうな子どもたち。フェンネルは?とか聞かれたけど、兄上忙しいから無理だよって。なら、お父上は?なにを使役してるの?って。でっかい熊だったかなあ?覚えてないけどと言うと、子どもたちの目が輝いた。
「くま!くまだって!僕見たい!」
「あはは。父上忙しいんだよ」
「そうなの?いつか来てくれる?お願いしてくれませんか?」
「聞いてみるよ」
やったあ!って子どもたちは大はしゃぎ。くまなんて怖くて近づけないのに、触れるんだってさと楽しそうだ。
「今聞いてきた子が不義の子です。賢く聡明ですが、出自は難しい」
「ッ!」
おかしなところにぶっこむな!言葉が出ないだろ。
でもそっか……他の子となにも変わらず楽しそうに遊んでいる。ちゃんと生まれれば、貴族として生きれたかもしれないのに。聖職者の結婚は認められてはいない。これはどこの国も神は違えど同じなんだ。だけどそこは人だから性欲はある。どんなに修行しても訓練しても、どこかでその欲は顔を出すものなのだろう。それが出ない心の強さが司祭なのかもね。
「そんな訳ない。司祭が一番クズな時代もありましたよ」
「そうですか」
爽やかな風に吹かれ、ドロドロな世界の話を聞く。なんだよもう!でもこれは僕の仕事だ。王太子妃ラウリル様から引き継いだんだから頑張るもん。今ラウリル様は寄付はしてるけど、慰問は来なくなった。リシャールお願いねって。彼は忙しいからありがたいって言われてるんだ。ふふっ僕はみんなの役に立ててる気がして嬉しかったんだ。そろそろ下がりましょう。フェニックスの口の端から火がチラチラ見えますよって。おおぅ……もう限界か。
「ベルグリフありがとう!遊びに行っていいよ」
「よかった……俺もうすぐキレてみんな吹き飛ばしそうだったんだ」
「あはは。毎回頑張ってくれてありがとう」
「ああ、いつか俺が楽しめることで呼んでくれ」
そう言うと、みんなに降りろとドスの効いた声で降ろして、猛スピードで消えた。ベルグリフ、いつも感謝してます。いつか魔獣の討伐に行こうね。そして、僕は客間のソファでお茶をいただく。……なぜあなたは僕の隣に座るんだよ。
「リシャール様、いつ私をお召になって下さるのです?」
そう言いながら僕の顔を覗き込む。顔近い!
「来ませんよ。そんな時はね。人を愛したいなら他をお探し下さい」
こうなっては神官でいることは辛かろう。家に戻って普通にお嫁さんもらって、外部から手伝うのもありでしょ。
「それじゃお金を出すだけで、なんの権限もなくなります。私はここでの身分は高い方で、こうやって孤児院の改革や、先程の子が生まれないように苦言を呈することが出来る。ですが、外に出れば司祭だけでは抑えられないかも……」
「ですが僕の側室でも同じですよ。脅されても変わりません」
そこはあなたの力です。ロベール様もねと笑う。王族の言葉は神殿では多少の影響力が出ます。寄付の大半が王妃を始め妃殿下方や、王族や貴族の姫様など、アンの方のお心ですからねと。
「でもあなたも知っての通り、僕らはいずれ東の統治に向かう。ここに関われるのは期限付きなんです」
寄付は続けるけど、それだけになる。東にも大きな神殿はあるし、当然そこにも孤児院もある。あちらの方が自然災害で孤児が出やすいと聞いているから、そちらに手をかけたいのも本当。こちらはオリバー様が引き継いでくれる約束になってるからね。
「私はねリシャール様。あなただからここを去る決心をしただけ。誰かを愛したくて言ってるのではありません」
「そう……」
あなたに私の子を産んで欲しい。経験が乏しいので、楽ませるのは初めは難しいかも知れませんが、発情期ならば気にならないはず。私を受け入れてと微笑む。
「無理です。あなたも知ってるでしょう?大人になればだれでも発情するわけではないのを。この人の子が欲しいと思った相手だから、だから発情するのです」
「はい。私は気にしません。ロベール様に発情したのでもね。あなたの愛を分けて下さいませ」
なに言ってもめげないな。どう説得するのがいいのか。この人は確かに美しく聡明だ。神殿のアイドルと言われるのも頷ける。でも、僕は心惹かれない。なにか……そう、なにか引っかかる。お腹に黒いものがある気がしてならない。
今考えれば歴代の彼にもある感情のようにも思う。僕の身分、伯爵家の姫という、肩書に惹かれてる部分って言うのかな。僕のかわいさ(図々しいけど)それだけでないなにか。お嫁に来てからそれが分かったんだ。ロベールはそんなものを気にせず僕を愛してくれる。子どもの純粋さのような気持ちをぶつけてくれるのが心地よく、僕ものめり込む。本当に愛しくて堪らないんだ。
「僕はロベール以外と寝る気持ちはない。他の人に向ける愛もない」
「頑固ですね。もっと軽く考えませんか?私を性のはけ口と考えてもいいのですよ」
はけ口ね、いらねえ。毎晩ねっとり抱かれてるから。ロベールは僕と繋がるのを幸せと言ってくれる。愛しい者を腕に抱き、中に入るのがこの上なく幸せと言ってくれる。それに応える僕も幸せなんだ。宮中は幸せばかりじゃないけど、全部チャラに出来るほどなんだ。
「僕にはけ口はいりません。それに僕はロベールしか知らない訳でもない。いりません」
「ふーん」
話をしてる間に肩に手が回る。触れる手が不安で死にそうだよ。そう感じるってことは、この先も好きになれないということ。体が彼と合わないんだ。彼を傷つけたくなくて誤魔化した言い方は伝わらないようだし。
「こうして触れられることが嫌です。馴染まないんですよ。安心するとか欲情する気持ちが湧かないのです」
「へぇ……さすが精霊を宿す者だ」
あ?変な言葉に見上げると、なんか瞳の色がおかしい?瞳に紫の筋が揺らめいてるような。
「私は遠い過去に魔族の血が入ってる一族です。私にはその血の影響は少ないと感じてたのですが。ふふっ」
「え?」
ユアン様は魔族の血がありながら、闘争心も物にも性にも欲が薄く、生きることの意味を見失ってここに来た。神に祈り信者を相手にしていると、なんだか人の役に立てた気がして、生きる意味を見つけた気がしたそうだ。彼の一族は闘争心が強く、近衛騎士になっている者が多い。当主以外は文官などならず、王家を敬愛し役に立ちたいと城に士官する。
「私にはそんな欲はなかった。あなたが王族だから好きなのではない。精霊の一族だからでもない。あなただから好きなのです」
「あ、ありがとう。でもね、僕にはあなたを受け入れることは出来ないんです」
僕は弱くてそれを補ってくれるのがロベール。彼とは出会ってすぐに相性のよさを実感した。僕ね、人とまともに話すのは、とても勇気がいることだったんだよ。ガンブケ様にいじめられたのが心の傷になって、他人が怖くてね。ロベールとの出会いを話した。あんなハチャメチャなのにキスは気持ちよくて、彼には物怖じせず話せた。だから王族にお嫁に行こうと思えたんだってね。
「私にはそれを感じないと、そう言われるのですね」
「はい。ごめんなさい」
僕が幼い頃からロベールが好きだったのは、こういうことなんだと思う。彼といると安心するから。ふたりなら頑張れると思えたから。
「私に向ける愛はないと言われるのか。結婚前に出会っていたら違いましたか?」
ユアン様の瞳は少し紫に揺らめいている。冷静にしているけど、きっと心が揺れているのだろう。僕の心をなんとかしたくて。
「結婚前ならあなたを好きになったと思います。悪い言い方すれば「好きになってくれる人が好き」だったから。でも、僕は今のような感じではなかったですよ」
そうですかとため息。やはり出会うのが遅かった。他の方のように消極的なのが問題とは私は思わない。穏やかにあなたと過ごせればよかった。子をもうけ、ひだまりの中で過ごせればと。あなたとなら出来そうだと感じたのですよって。
「あなたみたいな方はこの国には少ない。消極的なんですなんていう方も、実は強かったりでね。あなたは強くなってもこんなで、守る喜びをくれそうで、私の理想だと思ったのです」
「はあ」
強くなってもこんな?グワーッこんなって言われた!随分強くなった気がしてたけど、人から見たら弱々ってことでしょ?マジか。まだ僕の努力は足りないようだ。あはは……は~あ。
「あれ?失言でしたか」
「うん。強くなったつもりでした」
こんなだからあなたが好き。こんな場所で私に本心を見せるなど、襲ってくれと言っているようですねって。ヒッ!
「キスだけさせて。諦めますから」
「うっ……嫌です。僕はもうロベールのだから」
「ふふっ彼もあなたが知らないだけで、同じようなことをしてるかも?」
「え?」
ふわっと抱かれて、私の物にならないならめちゃくちゃにしたくなる。でも、あなたの悲しむ顔は見たくない。これが精一杯の譲歩ですと耳元で囁く。
「ごめんなさい。ロベールは特別なの。大好きなお兄様からの夫なのです……」
「ええ。これほど私に抵抗する方は珍しいですよ」
経験はないと言いましたが、神官も人ですから、時に過ちも犯します。迫られれば……ですねと。
「ごめんなさい……いい人はきっと現れる。あなたは還俗するのがいいと僕は思うよ」
「はい」
抱きたかった、あなたを私のものにしたかったと、僕を抱いて体が震える。腕に力が入り辛そうな声で。あなたのためなら嫌いな文官にもなったのに、身分が下なのは、どんなことをしても埋めたのにと、泣いているような震える声。
「ごめんなさい……」
もうそれしか言葉はない。こんなに好きだと言われたのはロベール以外いない。ごめんなさい……体が離れると愛しそうに唇が重なり離れる。
「愛してる者のようにキスしたら、あなたを襲いそうでこれで我慢します。次回からはきちんとしますよ」
「うん。ごめんなさい」
真っ赤になった目でしっかり僕を見てニッコリと微笑んだ。その顔に、僕は罪悪感が胸に押し寄せたけど、それに応えることは出来ない。そして部屋に迎えの護衛騎士が来た。
「どうされるおつもりですか?」
「どうするのが正解?」
お断りするのが正しいかは、私には分かりません。側室や愛人を持つことは、この国では違法でもありませんし、王族のみならず、貴族も子孫のために持つのが普通とは言いませんが、ある。問題はないけど……と悩み、ふと表情が緩んだ。
「リシャール様はロベール様を愛してますもんねぇ」
「うん大好き。僕なんで自分の個を求めたのか、考えたんだ。そしたら僕役立たずな気がしたんだよね。彼のおまけでしかなくて、今までの能力は必要とされないし、いればいいってだけでさ」
自分の存在意義を見失ったのが正解。誰も僕の能力を求めないし、お母様であれば、妻であればって。いやいや、僕にも出来ることがあると示したかった。他の妃殿下たちまではいかなくとも、なにかやれるはずって。
「ロベールのおまけは辛いってなったんだ」
あなたはなんて健気なんだろうかと微笑んだ。王族で過ごすには肝っ玉が小さすぎるって。なにが出来ても出来なくても、王族の妻はふてぶてしいくらいが丁度いいのにねって。
「王族は優しいだけでは務まりません。どんなに善政を敷いても、不満も悪意もぶつけられる立場です。誰にでもよいという政策など出来はしないのです」
「それは分かってるよ。僕はこれでも強くなって来てると思うよ?」
「ええ。ロベール様の役に立ちたいのですね」
「うん」
来た時よりは確かに成長してます。が、ロベール様の愛情で強くなってるだけですから、あなた自身の力ではないからなあって。よく見てるね、さすが僕の側仕え。ミレーユは優しく僕を抱いてくれた。あら、珍しいね。
「私はあなたが好き。素のあなたはそれこそひよこみたいにかわいい。それがなくなるのは寂しく感じるほどです。側室を持つなどという、役に立つやり方はお勧めしません。出来るならばお断りをして下さいませ」
なんか変なセリフが混じってたけど?
「僕はね、ロベールの昔から変らないかわいさが大好きなの。笑ってて欲しいんだ」
「はい。知ってます」
ラブラブで目に痛いくらいだしねと。ロベール様は愛しさを隠しもしなくて、あなたを見つめる瞳は、いっつもハート型のように感じますからと大笑い。僕を体から離して。
「なにもなかったことにして過ごして下さい」
「うん」
そしてふたりで内緒ってことにして何事もない日常を送り、翌月の慰問。ユアン様はとても幸せそうに僕の隣に立って、今月の孤児院の様子や神殿のことを話してくれる。目の先は不貞腐れたフェニックスと楽しそうな子どもたち。フェンネルは?とか聞かれたけど、兄上忙しいから無理だよって。なら、お父上は?なにを使役してるの?って。でっかい熊だったかなあ?覚えてないけどと言うと、子どもたちの目が輝いた。
「くま!くまだって!僕見たい!」
「あはは。父上忙しいんだよ」
「そうなの?いつか来てくれる?お願いしてくれませんか?」
「聞いてみるよ」
やったあ!って子どもたちは大はしゃぎ。くまなんて怖くて近づけないのに、触れるんだってさと楽しそうだ。
「今聞いてきた子が不義の子です。賢く聡明ですが、出自は難しい」
「ッ!」
おかしなところにぶっこむな!言葉が出ないだろ。
でもそっか……他の子となにも変わらず楽しそうに遊んでいる。ちゃんと生まれれば、貴族として生きれたかもしれないのに。聖職者の結婚は認められてはいない。これはどこの国も神は違えど同じなんだ。だけどそこは人だから性欲はある。どんなに修行しても訓練しても、どこかでその欲は顔を出すものなのだろう。それが出ない心の強さが司祭なのかもね。
「そんな訳ない。司祭が一番クズな時代もありましたよ」
「そうですか」
爽やかな風に吹かれ、ドロドロな世界の話を聞く。なんだよもう!でもこれは僕の仕事だ。王太子妃ラウリル様から引き継いだんだから頑張るもん。今ラウリル様は寄付はしてるけど、慰問は来なくなった。リシャールお願いねって。彼は忙しいからありがたいって言われてるんだ。ふふっ僕はみんなの役に立ててる気がして嬉しかったんだ。そろそろ下がりましょう。フェニックスの口の端から火がチラチラ見えますよって。おおぅ……もう限界か。
「ベルグリフありがとう!遊びに行っていいよ」
「よかった……俺もうすぐキレてみんな吹き飛ばしそうだったんだ」
「あはは。毎回頑張ってくれてありがとう」
「ああ、いつか俺が楽しめることで呼んでくれ」
そう言うと、みんなに降りろとドスの効いた声で降ろして、猛スピードで消えた。ベルグリフ、いつも感謝してます。いつか魔獣の討伐に行こうね。そして、僕は客間のソファでお茶をいただく。……なぜあなたは僕の隣に座るんだよ。
「リシャール様、いつ私をお召になって下さるのです?」
そう言いながら僕の顔を覗き込む。顔近い!
「来ませんよ。そんな時はね。人を愛したいなら他をお探し下さい」
こうなっては神官でいることは辛かろう。家に戻って普通にお嫁さんもらって、外部から手伝うのもありでしょ。
「それじゃお金を出すだけで、なんの権限もなくなります。私はここでの身分は高い方で、こうやって孤児院の改革や、先程の子が生まれないように苦言を呈することが出来る。ですが、外に出れば司祭だけでは抑えられないかも……」
「ですが僕の側室でも同じですよ。脅されても変わりません」
そこはあなたの力です。ロベール様もねと笑う。王族の言葉は神殿では多少の影響力が出ます。寄付の大半が王妃を始め妃殿下方や、王族や貴族の姫様など、アンの方のお心ですからねと。
「でもあなたも知っての通り、僕らはいずれ東の統治に向かう。ここに関われるのは期限付きなんです」
寄付は続けるけど、それだけになる。東にも大きな神殿はあるし、当然そこにも孤児院もある。あちらの方が自然災害で孤児が出やすいと聞いているから、そちらに手をかけたいのも本当。こちらはオリバー様が引き継いでくれる約束になってるからね。
「私はねリシャール様。あなただからここを去る決心をしただけ。誰かを愛したくて言ってるのではありません」
「そう……」
あなたに私の子を産んで欲しい。経験が乏しいので、楽ませるのは初めは難しいかも知れませんが、発情期ならば気にならないはず。私を受け入れてと微笑む。
「無理です。あなたも知ってるでしょう?大人になればだれでも発情するわけではないのを。この人の子が欲しいと思った相手だから、だから発情するのです」
「はい。私は気にしません。ロベール様に発情したのでもね。あなたの愛を分けて下さいませ」
なに言ってもめげないな。どう説得するのがいいのか。この人は確かに美しく聡明だ。神殿のアイドルと言われるのも頷ける。でも、僕は心惹かれない。なにか……そう、なにか引っかかる。お腹に黒いものがある気がしてならない。
今考えれば歴代の彼にもある感情のようにも思う。僕の身分、伯爵家の姫という、肩書に惹かれてる部分って言うのかな。僕のかわいさ(図々しいけど)それだけでないなにか。お嫁に来てからそれが分かったんだ。ロベールはそんなものを気にせず僕を愛してくれる。子どもの純粋さのような気持ちをぶつけてくれるのが心地よく、僕ものめり込む。本当に愛しくて堪らないんだ。
「僕はロベール以外と寝る気持ちはない。他の人に向ける愛もない」
「頑固ですね。もっと軽く考えませんか?私を性のはけ口と考えてもいいのですよ」
はけ口ね、いらねえ。毎晩ねっとり抱かれてるから。ロベールは僕と繋がるのを幸せと言ってくれる。愛しい者を腕に抱き、中に入るのがこの上なく幸せと言ってくれる。それに応える僕も幸せなんだ。宮中は幸せばかりじゃないけど、全部チャラに出来るほどなんだ。
「僕にはけ口はいりません。それに僕はロベールしか知らない訳でもない。いりません」
「ふーん」
話をしてる間に肩に手が回る。触れる手が不安で死にそうだよ。そう感じるってことは、この先も好きになれないということ。体が彼と合わないんだ。彼を傷つけたくなくて誤魔化した言い方は伝わらないようだし。
「こうして触れられることが嫌です。馴染まないんですよ。安心するとか欲情する気持ちが湧かないのです」
「へぇ……さすが精霊を宿す者だ」
あ?変な言葉に見上げると、なんか瞳の色がおかしい?瞳に紫の筋が揺らめいてるような。
「私は遠い過去に魔族の血が入ってる一族です。私にはその血の影響は少ないと感じてたのですが。ふふっ」
「え?」
ユアン様は魔族の血がありながら、闘争心も物にも性にも欲が薄く、生きることの意味を見失ってここに来た。神に祈り信者を相手にしていると、なんだか人の役に立てた気がして、生きる意味を見つけた気がしたそうだ。彼の一族は闘争心が強く、近衛騎士になっている者が多い。当主以外は文官などならず、王家を敬愛し役に立ちたいと城に士官する。
「私にはそんな欲はなかった。あなたが王族だから好きなのではない。精霊の一族だからでもない。あなただから好きなのです」
「あ、ありがとう。でもね、僕にはあなたを受け入れることは出来ないんです」
僕は弱くてそれを補ってくれるのがロベール。彼とは出会ってすぐに相性のよさを実感した。僕ね、人とまともに話すのは、とても勇気がいることだったんだよ。ガンブケ様にいじめられたのが心の傷になって、他人が怖くてね。ロベールとの出会いを話した。あんなハチャメチャなのにキスは気持ちよくて、彼には物怖じせず話せた。だから王族にお嫁に行こうと思えたんだってね。
「私にはそれを感じないと、そう言われるのですね」
「はい。ごめんなさい」
僕が幼い頃からロベールが好きだったのは、こういうことなんだと思う。彼といると安心するから。ふたりなら頑張れると思えたから。
「私に向ける愛はないと言われるのか。結婚前に出会っていたら違いましたか?」
ユアン様の瞳は少し紫に揺らめいている。冷静にしているけど、きっと心が揺れているのだろう。僕の心をなんとかしたくて。
「結婚前ならあなたを好きになったと思います。悪い言い方すれば「好きになってくれる人が好き」だったから。でも、僕は今のような感じではなかったですよ」
そうですかとため息。やはり出会うのが遅かった。他の方のように消極的なのが問題とは私は思わない。穏やかにあなたと過ごせればよかった。子をもうけ、ひだまりの中で過ごせればと。あなたとなら出来そうだと感じたのですよって。
「あなたみたいな方はこの国には少ない。消極的なんですなんていう方も、実は強かったりでね。あなたは強くなってもこんなで、守る喜びをくれそうで、私の理想だと思ったのです」
「はあ」
強くなってもこんな?グワーッこんなって言われた!随分強くなった気がしてたけど、人から見たら弱々ってことでしょ?マジか。まだ僕の努力は足りないようだ。あはは……は~あ。
「あれ?失言でしたか」
「うん。強くなったつもりでした」
こんなだからあなたが好き。こんな場所で私に本心を見せるなど、襲ってくれと言っているようですねって。ヒッ!
「キスだけさせて。諦めますから」
「うっ……嫌です。僕はもうロベールのだから」
「ふふっ彼もあなたが知らないだけで、同じようなことをしてるかも?」
「え?」
ふわっと抱かれて、私の物にならないならめちゃくちゃにしたくなる。でも、あなたの悲しむ顔は見たくない。これが精一杯の譲歩ですと耳元で囁く。
「ごめんなさい。ロベールは特別なの。大好きなお兄様からの夫なのです……」
「ええ。これほど私に抵抗する方は珍しいですよ」
経験はないと言いましたが、神官も人ですから、時に過ちも犯します。迫られれば……ですねと。
「ごめんなさい……いい人はきっと現れる。あなたは還俗するのがいいと僕は思うよ」
「はい」
抱きたかった、あなたを私のものにしたかったと、僕を抱いて体が震える。腕に力が入り辛そうな声で。あなたのためなら嫌いな文官にもなったのに、身分が下なのは、どんなことをしても埋めたのにと、泣いているような震える声。
「ごめんなさい……」
もうそれしか言葉はない。こんなに好きだと言われたのはロベール以外いない。ごめんなさい……体が離れると愛しそうに唇が重なり離れる。
「愛してる者のようにキスしたら、あなたを襲いそうでこれで我慢します。次回からはきちんとしますよ」
「うん。ごめんなさい」
真っ赤になった目でしっかり僕を見てニッコリと微笑んだ。その顔に、僕は罪悪感が胸に押し寄せたけど、それに応えることは出来ない。そして部屋に迎えの護衛騎士が来た。
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