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一章 森の中の国
6 引っ越しと宮中の案内
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僕の教育課程が終わり、翌日朝から王宮の客間に引っ越した。僕は家ではメイドさんがついていたんだけど……
「本日よりあなた様専属の側仕え、ミレーユでございます。よろしくお願いいたします」
「はい。こちらこそよろしくお願いいたします」
彼はテキパキとお茶の用意をしながら、リシャール様は宮中の側仕え制度を理解されてますか?と問われた。貴族のお家と宮中では少し違いますよって。
「身の回りのお世話は当然ですが、宮中では全てとなります。執務から私生活全般まで、何もかも私がお世話いたします。当然夜の交わりのことまでです」
「はい」
そして話の間に隅に積んである、僕が持ち込んだ衣服をメイドさんが選別している……なにゆえ選別が必要に?僕の視線がそちらに向いているのをミレーユ様が気がついて、
「衣服も宮中でお召になってもいい物と、そうではない物を別けております。申し訳ありませんがご了承願います」
「はい」
衣服はほとんどダメらしく、たぶん処分用のかごだろうか、どんどん入れられている。貴金属類はさすがにそのままだけどね。靴もかあ……などとぼんやり見ていると、コンコンコンとノックの音がする。
「失礼します。職人が採寸に参りました」
「どうぞ」
え?婚礼衣装で測ったよね?と思ったけど、これは普段着です。お願いする店が違いますから、改めてお願いしますと言われた。
ではこちらにと寝室に通されて、パンツ一枚まで脱がされると、職人さんが測りだした。
「リシャール様は細うございますね」
「うん……両親に似なくてね」
職人さんは巻き尺を体に沿わせながらふむと。
「でも均衡の取れたいい体です。我が工房は王族御用達でして、腕のよい職人が多ございます。期待して下さいませ」
「うん」
採寸の後は生地の選定。どちらかといえばデザインはある程度決まってて、それより色なんだけどね。彼らは既製品も持って来てくれたけど、当然まにあわせ。勉強の間は婚礼の準備ばかりで、日用品は後回しになってたんだ。なぜなら結婚式までが期間が短かったから。王子が急いたんだよ。本来は一年とか掛けるのに半年もない。皇太子じゃないからいいだろと王様に嘆願して、彼は押し切ったんだ。だから僕はみっちり勉強……仕事も辞めさせられてね。
「やはり明るい色がお似合いですね」
「うん。濃い色はあんまりかな。顔がぼんやりだから」
「確かにキリリとしてはおりませんが、ふんわりと柔らかいお顔立ちですから、使い方次第で素敵なものも出来ますよ」
生地を体に当てながら職人さんとあーでもないこーでもないと選ぶ。横でミレーユ様が形はこれととか、見本品から選定していく。それが終わるとお昼。お部屋でひとりでね。僕は廊下すら出て歩くことは出来ない。なぜなら……
「リシャールぅーやめろお前ら!ちょっとだけお話を!離せよ!」
「ロベール様いけません!こちらへ」
喚く王子を引きずって行く兄上たちを、何度呆然と眺めたことか。
この国の王家のしきたりで、婚約が決まっても、結婚式までは相手に会うことは禁止されている。のにも関わらず、王子は勉強の部屋にも、ダンス、ピアノの練習の部屋、騎士の訓練場と、隙を見ては忍び込もうと努力した。おかげで僕が城の中を見ることがほとんど出来ていない。
この風習は、手を付けて赤ちゃんが出来たりを防ぐため。大昔、お腹が大きく式に耐えられなくなった姫がいたり、産んで間もなくでやはりとか。こういった大きな催しは期日の変更が出来ないんだ。他国も招待するからね。
そんなこんなで食事も終わり、お風呂入ってベッドへ。
「ではまた明日。ああそうだ。そこの小さな扉がごさいますでしょう?」
「は、はい」
そこに不寝番がおります。夜中になにかありましたらお声がけをと、ミレーユ様が言う。
「あー……そっか」
僕にはこれから四六時中人の目があるのか。さすがに家では夜中寝室に人がいなかったからなあ。これが王族か。なんかボーッとしてしまって扉を見続けた。
「あの?」
「ひゃい!」
変な声が出た。人の気配で寝れるかなと少し不安だし、それを汲み取ったのかミレーユ様は、
「嫌でしょうが慣れて下さいませ。王族は民にも貴族にも慕われておりますが、全部ではない。どこに敵が潜んでいるか分かりませんから」
「はい……」
あなたは特にヘルナー家に恨みを買っているから、今からこんな夜中まで警護が付くのは仕方ない。王族の私的エリアに移れば、部屋にはいなくなりますよって。それでも廊下の詰め所にはいるらしい。当然大きな入口には衛兵が立っている。
「頑張ります」
「これをどうぞ」
なにかの薬湯かな?カップを渡された。
「こうなるかなと用意いたしました。緊張を取る薬湯です。魔法で強制的にって手もありますが、それでは訓練になりませんから」
「ありがとうございます。やはり訓練……」
王族になるとは大変なんだなあ。僕はゆっくりと飲み干した。
「横になれば眠くなりますよ。おやすみなさいませ」
「はい。ミレーユ様」
ミレーユ様は僕を寝かせて布団を掛けると、「様付けはやめてくれ」と言われた。臣下に敬語は不要と。そして部屋を出て行った。
「はあ……長い一日だったなあ」
でも薬湯のおかげかまぶたが重い。思考もまとまらなくて……睡魔に負けた。
翌朝なんか胸が苦しい。締め付けられるような苦しさと重さがある。なんでだ?と目を開けると胸の前に腕がある。腕?
「いやあ!」
抱きついている人がビクッとして口を塞がれた。
「静かに!」
「モゴモゴ……ロベール様?」
「うん」
どうやってここに潜り込んだ!不寝番はなにしてるんだ!
「んふっちょっと握らせた」
「ああ……ダメだろ。護衛になってない」
「俺だからさ」
「はあ」
だって会いたかったんだもの。同じ場所にいるのに何ヶ月も会えない。舞踏会でも近づかせてもらえないし、お前の兄アルフォンスが邪魔して声も聞けない。
「もうミレーユが来ますよ」
「分かってるよ。キスして?もう結婚式まで来ないからさ」
僕の体の位置を変えて抱き合うと、かわいいと頬を染め、嬉しさを隠しもしない。
「ほら」
「はあ……」
僕はこの状況が飲み込めず、ぼんやり彼を見つめた。きれいな方だね。細い金色の髪に緑の瞳がとてもきれいだ。なんて思ってると唇が触れた。
「ああ……リシャール大好きだよ」
そう言いながら唇を合わせて……アッんっ……なんでこの方とはこんなに気持ちいいの?柔らかな手が僕の頬を撫でる。
「んふっ…フッ……」
「気持ちいい?」
「うん……」
股間に熱が溜まるのが分かる。この人と……ンっしたくなる。品のない話だけど朝は特に。
「ダメ……お願い…したくなるから…ハァハァ」
「こんなに蕩けて……初夜が楽しみだ」
舌がねろんと離れるとまたねと、布団から出て不寝番の扉に消えた。ものすごく素早かった。ロベール様が入った扉を見つめていると、扉が開いて申し訳無さそうに誰か出て来た。
「リシャール様……申し訳ありません。どうしてもとロベール様がおっしゃられて、その……」
「いいよ。あの方はそういう方なんでしょう?」
うっとつまりながらはいと、不寝番の彼は力なく返事をした。
「跡継ぎではないのをいいことに、城から抜け出すのは当たり前。あなたのお兄様が、こめかみの血管が切れそうなお顔で追いかけるのが状態化してまして、その……」
「へえ……」
王子……好き勝手やってんなあ。そこらの貴族じゃないのに困ったもんだ。
「気にしないでいいよ。僕も会いたかったから」
「ありがとうございます。そう言っていただけると……」
会いたかったのは嘘じゃない。時々なんのためにこんな苦労してるのか分からなくなって、モヤモヤする時があったんだ。お顔を見れば気持ちを立て直せたんだよ。お付き合いの期間はなく、即婚約が決まったから、一人の時間が辛かったんだ。
「では私は失礼します。今後はこのようなことがないようにいたしますので」
「うん」
それから側仕えのミレーユ様、いやミレーユが来て着替えさせてもらって朝食をとり、式の前日まで護衛ガッチリで城の中を歩いた。
「エントランスホールから客間まではご存知でしょうから、それ以外を案内いたします」
「はい」
初日はミレーユがついて来てくれて、応接室や客間以外の部屋と、晩餐会のホール大・中・小、謁見の間大・小とか、お呼ばれした貴族が使わない部屋を見て歩いた。一階だけでも細かな部屋が多く、廊下も長く分かりにくい。当然一度で覚えきれなかった。
「二階は全部客間ですから、ご覧にならなくてもいいですね」
「はい」
爵位で部屋のランクが違うだけで客間は客間。調度品と部屋の広さが違うだけだそう。ふーん。だから三階に行きますと階段を上った。
「こちらはサロンや王や王子の趣味の部屋があります。他は画家や特別な職人の滞在部屋ですね。作業部屋兼なので、中は簡素な作りとなっております」
「へえ。見てもいいですか?」
「ええどうぞ」
この部屋をどうぞと開けでもらうと、油絵の具の香りがした。
「ここは画家の方用なんだ」
「ええ。絵の具やその他筆やキャンパス、イーゼルなど用意してあります。婚礼の後、あなたとロベール様の肖像画の制作のため画家が来る予定です」
「へえ……」
壁際には大きさの違うキャンパスが数多く立てかけてあり、棚にはたくさんの絵の具やパレット。自宅に来る画家は通いだったからなあ。ミレーユはその絵を飾るのが、一階と二階の間の踊り場の壁になる。そこは現在生きてる王族の肖像画を飾る場所なんだ。亡くなると応接室や商談室、会議室なんかに移動するそうだ。
「その他のお部屋はあなたもご存知ですが、衣服の採寸や仮縫いの手直しなど、職人や商人を通す部屋になります」
「はい」
この三階は城の裏口から一本道で上がれるんだそう。今僕が来た廊下は中の者用。当然下には行けない防壁と、衛兵が警護で立哨している。
「今見て来たのはメインの本館になります。次は東の棟に参りましょう」
「はい」
東は王族の執務室とその文官たちの部屋、近衛騎士の詰め所などがある。その奥には渡り廊下で繋がるドーム状の、王族のプライベートゾーンの棟がある。僕はまだ入れないけど、この衛兵が立っている奥ですよって。
「中庭があり、それを囲むようにお部屋がございます。入口から見て西側が王と奥様、そのお子様のお部屋。両側一部屋空けて七歳からのお部屋で、成人してからは向かい側になります」
空いているお部屋は側仕えの控室や倉庫、王族だけの食堂やサロンになっているそうだ。
「他にも倉庫はありますが、毎日のお着替えやタオルなどのストックになります」
「ふーん」
こんな説明は奥様に必要ないのですが、お嫁に来たばかりだと間違って開けて部屋がない!とか、迷子になられる奥様がいらしたので、念の為なんですよと笑った。王の部屋以外、全部扉が同じ見た目で、中庭も真ん中に噴水、周りに花壇があるだけ。どの角度から見ても自分の立ち位置が分かりにくいらしい。
「だから最近小さなガゼボを作りました。ですので迷わないかと思います」
「それはよかった」
東は王族に近い部署ばかりですが、西は一階は薬学研究などの研究棟になっております。二階は色んな大臣の個人的な執務室、王が絡まない会議用のお部屋なんかがたくさんあるそうだ。
本館は三階建て、東西は二階建てになっていて、北、後ろは城で働く者の寮だそう。当然繋がっているわけではなく、別棟で建ててある。そこの敷地にに馬や王家のパレードなんかに使う馬車、その他の物をしまう大きな倉庫もある。
「すぐ裏のように聞こえますが、かなり離れています。城のすぐ後ろは林などの雑木林になっていますね」
うん。それは知ってる。新緑の樹からよく見えるからね。城の斜め後ろに、この国の象徴の新緑の樹があるから、城を一望出来るんだ。警備的に不味くないかと思われるだろうけど、簡単な防壁だけで事足りるくらい、王族は怖いんだよ。そこらの貴族が反乱を起こして勝てる相手じゃない。近隣諸国全員が周知してて、うちの王族を襲うのはバカがすることだとね。
「もしやるなら、どこかの竜を騙して連れてくるくらいですかね」
「ですよね。まあ、それほど力がある竜なら騙されないと思いますけど」
「そうですね」
ふたりで笑った。そんなバカは建国以来見たことないよって。すでに千年は経つけど、あまり立地のいい場所ではない我が国、攻めたところで利は少ない。森やこの樹が欲しいならわかるけど、この樹は魔法的にはなんの力もない。エルフが去って魔法の効果はなくなり、ただ大きく長生きで、日照りでも枯れにくい。それに硬くて育ちも遅い。
「この樹は小さくてもよければ、森のあちこち生えてますし、珍しくもなんともないですね」
「そうですね。よい家具になります」
城の家具はこの樹で作っていて、硬くて丈夫で長持ちする。長持ち以外にこの家具が王侯貴族に好まれるのは、木目が細かくてとても美しい。水の流れのような木目にみんな心惹かれるから。それに多少暴れて剣が当たってもキズが付きにくく、当然加工には魔法は必須。
「ではリシャール様、午後はお好きに宮中を歩いてみて下さいませ。ご自分で歩いた方が覚えますから」
「はい。あの、図書室を見かけませんでしたが、どこですか?」
ミレーユは慌ててすみません。図書館は西の一階奥、渡り廊下を歩いた先に別棟にあります。案内不足ですみません。午後にどうぞって。それに今歩いたところが全部ではなく、森のあちこちに研究施設がたくさんある。魔法省も農林、国土、保健、薬や建築、諸々の省庁の建物がある。この新緑の大樹だけ民に解放されているだけで、城の後ろは全部王宮の敷地。一見森に見える広大な敷地だけど、いろんな施設があちこちに点在してるんだ。当然民間人立入禁止。
「いつか視察に行かれると思いますよ」
「その時の楽しみにします」
ミレーユに案内されている間、ロベール様は現れなかった。朝の約束を守っているようだね。さて、お昼の後はまた散策しようとミレーユと部屋に向かった。
「本日よりあなた様専属の側仕え、ミレーユでございます。よろしくお願いいたします」
「はい。こちらこそよろしくお願いいたします」
彼はテキパキとお茶の用意をしながら、リシャール様は宮中の側仕え制度を理解されてますか?と問われた。貴族のお家と宮中では少し違いますよって。
「身の回りのお世話は当然ですが、宮中では全てとなります。執務から私生活全般まで、何もかも私がお世話いたします。当然夜の交わりのことまでです」
「はい」
そして話の間に隅に積んである、僕が持ち込んだ衣服をメイドさんが選別している……なにゆえ選別が必要に?僕の視線がそちらに向いているのをミレーユ様が気がついて、
「衣服も宮中でお召になってもいい物と、そうではない物を別けております。申し訳ありませんがご了承願います」
「はい」
衣服はほとんどダメらしく、たぶん処分用のかごだろうか、どんどん入れられている。貴金属類はさすがにそのままだけどね。靴もかあ……などとぼんやり見ていると、コンコンコンとノックの音がする。
「失礼します。職人が採寸に参りました」
「どうぞ」
え?婚礼衣装で測ったよね?と思ったけど、これは普段着です。お願いする店が違いますから、改めてお願いしますと言われた。
ではこちらにと寝室に通されて、パンツ一枚まで脱がされると、職人さんが測りだした。
「リシャール様は細うございますね」
「うん……両親に似なくてね」
職人さんは巻き尺を体に沿わせながらふむと。
「でも均衡の取れたいい体です。我が工房は王族御用達でして、腕のよい職人が多ございます。期待して下さいませ」
「うん」
採寸の後は生地の選定。どちらかといえばデザインはある程度決まってて、それより色なんだけどね。彼らは既製品も持って来てくれたけど、当然まにあわせ。勉強の間は婚礼の準備ばかりで、日用品は後回しになってたんだ。なぜなら結婚式までが期間が短かったから。王子が急いたんだよ。本来は一年とか掛けるのに半年もない。皇太子じゃないからいいだろと王様に嘆願して、彼は押し切ったんだ。だから僕はみっちり勉強……仕事も辞めさせられてね。
「やはり明るい色がお似合いですね」
「うん。濃い色はあんまりかな。顔がぼんやりだから」
「確かにキリリとしてはおりませんが、ふんわりと柔らかいお顔立ちですから、使い方次第で素敵なものも出来ますよ」
生地を体に当てながら職人さんとあーでもないこーでもないと選ぶ。横でミレーユ様が形はこれととか、見本品から選定していく。それが終わるとお昼。お部屋でひとりでね。僕は廊下すら出て歩くことは出来ない。なぜなら……
「リシャールぅーやめろお前ら!ちょっとだけお話を!離せよ!」
「ロベール様いけません!こちらへ」
喚く王子を引きずって行く兄上たちを、何度呆然と眺めたことか。
この国の王家のしきたりで、婚約が決まっても、結婚式までは相手に会うことは禁止されている。のにも関わらず、王子は勉強の部屋にも、ダンス、ピアノの練習の部屋、騎士の訓練場と、隙を見ては忍び込もうと努力した。おかげで僕が城の中を見ることがほとんど出来ていない。
この風習は、手を付けて赤ちゃんが出来たりを防ぐため。大昔、お腹が大きく式に耐えられなくなった姫がいたり、産んで間もなくでやはりとか。こういった大きな催しは期日の変更が出来ないんだ。他国も招待するからね。
そんなこんなで食事も終わり、お風呂入ってベッドへ。
「ではまた明日。ああそうだ。そこの小さな扉がごさいますでしょう?」
「は、はい」
そこに不寝番がおります。夜中になにかありましたらお声がけをと、ミレーユ様が言う。
「あー……そっか」
僕にはこれから四六時中人の目があるのか。さすがに家では夜中寝室に人がいなかったからなあ。これが王族か。なんかボーッとしてしまって扉を見続けた。
「あの?」
「ひゃい!」
変な声が出た。人の気配で寝れるかなと少し不安だし、それを汲み取ったのかミレーユ様は、
「嫌でしょうが慣れて下さいませ。王族は民にも貴族にも慕われておりますが、全部ではない。どこに敵が潜んでいるか分かりませんから」
「はい……」
あなたは特にヘルナー家に恨みを買っているから、今からこんな夜中まで警護が付くのは仕方ない。王族の私的エリアに移れば、部屋にはいなくなりますよって。それでも廊下の詰め所にはいるらしい。当然大きな入口には衛兵が立っている。
「頑張ります」
「これをどうぞ」
なにかの薬湯かな?カップを渡された。
「こうなるかなと用意いたしました。緊張を取る薬湯です。魔法で強制的にって手もありますが、それでは訓練になりませんから」
「ありがとうございます。やはり訓練……」
王族になるとは大変なんだなあ。僕はゆっくりと飲み干した。
「横になれば眠くなりますよ。おやすみなさいませ」
「はい。ミレーユ様」
ミレーユ様は僕を寝かせて布団を掛けると、「様付けはやめてくれ」と言われた。臣下に敬語は不要と。そして部屋を出て行った。
「はあ……長い一日だったなあ」
でも薬湯のおかげかまぶたが重い。思考もまとまらなくて……睡魔に負けた。
翌朝なんか胸が苦しい。締め付けられるような苦しさと重さがある。なんでだ?と目を開けると胸の前に腕がある。腕?
「いやあ!」
抱きついている人がビクッとして口を塞がれた。
「静かに!」
「モゴモゴ……ロベール様?」
「うん」
どうやってここに潜り込んだ!不寝番はなにしてるんだ!
「んふっちょっと握らせた」
「ああ……ダメだろ。護衛になってない」
「俺だからさ」
「はあ」
だって会いたかったんだもの。同じ場所にいるのに何ヶ月も会えない。舞踏会でも近づかせてもらえないし、お前の兄アルフォンスが邪魔して声も聞けない。
「もうミレーユが来ますよ」
「分かってるよ。キスして?もう結婚式まで来ないからさ」
僕の体の位置を変えて抱き合うと、かわいいと頬を染め、嬉しさを隠しもしない。
「ほら」
「はあ……」
僕はこの状況が飲み込めず、ぼんやり彼を見つめた。きれいな方だね。細い金色の髪に緑の瞳がとてもきれいだ。なんて思ってると唇が触れた。
「ああ……リシャール大好きだよ」
そう言いながら唇を合わせて……アッんっ……なんでこの方とはこんなに気持ちいいの?柔らかな手が僕の頬を撫でる。
「んふっ…フッ……」
「気持ちいい?」
「うん……」
股間に熱が溜まるのが分かる。この人と……ンっしたくなる。品のない話だけど朝は特に。
「ダメ……お願い…したくなるから…ハァハァ」
「こんなに蕩けて……初夜が楽しみだ」
舌がねろんと離れるとまたねと、布団から出て不寝番の扉に消えた。ものすごく素早かった。ロベール様が入った扉を見つめていると、扉が開いて申し訳無さそうに誰か出て来た。
「リシャール様……申し訳ありません。どうしてもとロベール様がおっしゃられて、その……」
「いいよ。あの方はそういう方なんでしょう?」
うっとつまりながらはいと、不寝番の彼は力なく返事をした。
「跡継ぎではないのをいいことに、城から抜け出すのは当たり前。あなたのお兄様が、こめかみの血管が切れそうなお顔で追いかけるのが状態化してまして、その……」
「へえ……」
王子……好き勝手やってんなあ。そこらの貴族じゃないのに困ったもんだ。
「気にしないでいいよ。僕も会いたかったから」
「ありがとうございます。そう言っていただけると……」
会いたかったのは嘘じゃない。時々なんのためにこんな苦労してるのか分からなくなって、モヤモヤする時があったんだ。お顔を見れば気持ちを立て直せたんだよ。お付き合いの期間はなく、即婚約が決まったから、一人の時間が辛かったんだ。
「では私は失礼します。今後はこのようなことがないようにいたしますので」
「うん」
それから側仕えのミレーユ様、いやミレーユが来て着替えさせてもらって朝食をとり、式の前日まで護衛ガッチリで城の中を歩いた。
「エントランスホールから客間まではご存知でしょうから、それ以外を案内いたします」
「はい」
初日はミレーユがついて来てくれて、応接室や客間以外の部屋と、晩餐会のホール大・中・小、謁見の間大・小とか、お呼ばれした貴族が使わない部屋を見て歩いた。一階だけでも細かな部屋が多く、廊下も長く分かりにくい。当然一度で覚えきれなかった。
「二階は全部客間ですから、ご覧にならなくてもいいですね」
「はい」
爵位で部屋のランクが違うだけで客間は客間。調度品と部屋の広さが違うだけだそう。ふーん。だから三階に行きますと階段を上った。
「こちらはサロンや王や王子の趣味の部屋があります。他は画家や特別な職人の滞在部屋ですね。作業部屋兼なので、中は簡素な作りとなっております」
「へえ。見てもいいですか?」
「ええどうぞ」
この部屋をどうぞと開けでもらうと、油絵の具の香りがした。
「ここは画家の方用なんだ」
「ええ。絵の具やその他筆やキャンパス、イーゼルなど用意してあります。婚礼の後、あなたとロベール様の肖像画の制作のため画家が来る予定です」
「へえ……」
壁際には大きさの違うキャンパスが数多く立てかけてあり、棚にはたくさんの絵の具やパレット。自宅に来る画家は通いだったからなあ。ミレーユはその絵を飾るのが、一階と二階の間の踊り場の壁になる。そこは現在生きてる王族の肖像画を飾る場所なんだ。亡くなると応接室や商談室、会議室なんかに移動するそうだ。
「その他のお部屋はあなたもご存知ですが、衣服の採寸や仮縫いの手直しなど、職人や商人を通す部屋になります」
「はい」
この三階は城の裏口から一本道で上がれるんだそう。今僕が来た廊下は中の者用。当然下には行けない防壁と、衛兵が警護で立哨している。
「今見て来たのはメインの本館になります。次は東の棟に参りましょう」
「はい」
東は王族の執務室とその文官たちの部屋、近衛騎士の詰め所などがある。その奥には渡り廊下で繋がるドーム状の、王族のプライベートゾーンの棟がある。僕はまだ入れないけど、この衛兵が立っている奥ですよって。
「中庭があり、それを囲むようにお部屋がございます。入口から見て西側が王と奥様、そのお子様のお部屋。両側一部屋空けて七歳からのお部屋で、成人してからは向かい側になります」
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「他にも倉庫はありますが、毎日のお着替えやタオルなどのストックになります」
「ふーん」
こんな説明は奥様に必要ないのですが、お嫁に来たばかりだと間違って開けて部屋がない!とか、迷子になられる奥様がいらしたので、念の為なんですよと笑った。王の部屋以外、全部扉が同じ見た目で、中庭も真ん中に噴水、周りに花壇があるだけ。どの角度から見ても自分の立ち位置が分かりにくいらしい。
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「それはよかった」
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「すぐ裏のように聞こえますが、かなり離れています。城のすぐ後ろは林などの雑木林になっていますね」
うん。それは知ってる。新緑の樹からよく見えるからね。城の斜め後ろに、この国の象徴の新緑の樹があるから、城を一望出来るんだ。警備的に不味くないかと思われるだろうけど、簡単な防壁だけで事足りるくらい、王族は怖いんだよ。そこらの貴族が反乱を起こして勝てる相手じゃない。近隣諸国全員が周知してて、うちの王族を襲うのはバカがすることだとね。
「もしやるなら、どこかの竜を騙して連れてくるくらいですかね」
「ですよね。まあ、それほど力がある竜なら騙されないと思いますけど」
「そうですね」
ふたりで笑った。そんなバカは建国以来見たことないよって。すでに千年は経つけど、あまり立地のいい場所ではない我が国、攻めたところで利は少ない。森やこの樹が欲しいならわかるけど、この樹は魔法的にはなんの力もない。エルフが去って魔法の効果はなくなり、ただ大きく長生きで、日照りでも枯れにくい。それに硬くて育ちも遅い。
「この樹は小さくてもよければ、森のあちこち生えてますし、珍しくもなんともないですね」
「そうですね。よい家具になります」
城の家具はこの樹で作っていて、硬くて丈夫で長持ちする。長持ち以外にこの家具が王侯貴族に好まれるのは、木目が細かくてとても美しい。水の流れのような木目にみんな心惹かれるから。それに多少暴れて剣が当たってもキズが付きにくく、当然加工には魔法は必須。
「ではリシャール様、午後はお好きに宮中を歩いてみて下さいませ。ご自分で歩いた方が覚えますから」
「はい。あの、図書室を見かけませんでしたが、どこですか?」
ミレーユは慌ててすみません。図書館は西の一階奥、渡り廊下を歩いた先に別棟にあります。案内不足ですみません。午後にどうぞって。それに今歩いたところが全部ではなく、森のあちこちに研究施設がたくさんある。魔法省も農林、国土、保健、薬や建築、諸々の省庁の建物がある。この新緑の大樹だけ民に解放されているだけで、城の後ろは全部王宮の敷地。一見森に見える広大な敷地だけど、いろんな施設があちこちに点在してるんだ。当然民間人立入禁止。
「いつか視察に行かれると思いますよ」
「その時の楽しみにします」
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無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員
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そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。
初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。
甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。
第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。
※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり)
※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り
初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。
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