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三章 自分を知ること
5.自領の農地の視察
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なんて五日前は思っていた。
「キャルすごいよ!あんなに遠くまで見える!屋敷から見る景色とも違うよ!」
「本当にすごい!この領地畑ずごい!家畜たくさん、麦畑?すごい金色だ!」
眼下に広がる広大な畑。収穫時期が近いから金色の世界が広がっていた。
「俺の領地すごいだろう」
「ええ!どこまでですか?」
「あの山の手前までだ」
「は?」
山?山霞んでるけどあんな遠くまでなの?どんだけ広いんだよ。父上は自慢気に説明してくれる。
「どれだけの人を雇ってるんですか?」
「うん?対して雇ってない。うちが管理してるのはそんなにないからな。ここら辺だけだ」
「ここら辺とは、どの範囲?」
あ~ってあの森の辺りからあちらの林の範囲だって。えっと……どちらも相当遠いよ。
僕らはかなり上の方で止まって全体を見ていた。これでも領地全部が見えている訳ではない。四方ぐるりと霞んでいた。こんな高さなのに全部見えないとは。
「すごい……」
「だろう?長い年月かけてここまで広くなった。今も増えているんだ。先祖には感謝だな」
うちの公爵家は城の大臣などはしていないんだそうだ。口は出すけどね。王家の相談役としての職務だけだそう。
こういった公爵家は他に三家あり、二家は城の敷地内に住んでいて、商売などはしていない。純粋な城勤めの相談役だ。王に助言や、この国の運営を一緒に考えている。
「宰相とは違うんだ。王家の方針と言うのかな。そういったものを考える機関だ。議会に出す前の相談というかな」
「へえ」
「四賢者と言われている役職だ」
だからたまに城に行くんだそう。商売の会談もするけど、メインはこれ。
「カミーユ、うちにはそんな機関あったっけ?」
「ない。王が宰相とやり取りして決めてる」
「だよね」
僕も聞いた事がなかった。王家ゆかりの家は多いけど、そんなのやってるって聞いた事なかったもの。学校で習いもしなかったし。
「さて、先まで行くぞ」
「はい」
ライリーも来るはずだったんだけど、旦那様の家の用事で来れなくなって、朝少し顔出して叫んでいたけどね。次は必ず!って。朝食だけでもと無理やり来ただけでね。ジョナサンがまたかとゲンナリしていた。
そこできちんとしてないけどと旦那様もいらしたんだ。死ぬほどの美形。水色の髪の青の瞳。でも少し冷たそうな印象だった。
「こんな場で失礼します。私はライリーの夫のフアニートと申します」
「お初にお目にかかります。キャルと申します」
会話はそれだけ。ライリーが捲し立てて帰って行った。
「あの男なあ。人見知り気味でさ。慣れるまであんまり話さないよ。だから気にするな」
「はい」
でも、ライリーが愛しくて堪らないって感じでずっと隣にいた。目がね。ずっとライリーを追っていたんだ。言葉数は少ないけど目を離さない。愛情深そうではあったね。ライリーはきっと幸せだろうと彼を見て思った。
「風が気持ちいいな」
「ええ。空を飛ぶって怖かったけど、慣れれば楽しいですね」
麦畑の上をスーッと駆ける。黄金色の草原から牧草のような香りもして秋らしい。トンボもたくさん飛んでいる。……なんか鳥が大群で襲おうとしてるけど、なにかの防壁なのか弾かれて、ジジッとかぴちゅっとか鳴いている。
「この鳥よけはなんですか?トンボは普通に入れてるのに」
「ああ。スズメ限定の防壁。バッタ、イナゴも一緒に掛けてある」
「すごい」
うちの国は農薬と簡単な魔法。そして網。当然食べられる。そんなものと農民も思っているんだよね。
「薬品は金かかるよ。魔法があるのに使わない手はないだろ。農業国はそこらは研究済みだ」
「ですね」
コストは少なく収穫は大きく。当たり前のことだけど、魔法の少ない国はそれ以外の対策を考えなくちゃならない。こんな話も娼館の客から聞いたんだ。
僕は領地の経営とかなんも知らなかったからね。客の愚痴で出てくる話を寝物語のように聞いていたんだ。役に立ってるね。あはは。
「あ、サミュエル発見。降りるぞ」
「はい」
そう言うと父上は、畑の中にある小屋のような所に向かって行くのについて行った。
「サミュエル!」
父上の声がけに下にいた農夫は上を見た。
「ナムリス様!」
彼は嬉しそうに手を振っている。そこへみんなで降り立った。護衛の騎士らもいるからちょっと狭いため、順番に降りて騎獣をしまった。
「悪いな。息子に領地見せてるんだ」
「息子……あ?そっくり……」
僕を見てサミュエルは絶句して上から下まで舐めるように。
「どこに隠してたんですか?」
「あはは。隠してはいないさ。モンタネールにいたんだ」
「あ?………ああ、そう言う」
彼は農夫の格好はしているが、父上の右腕だそう。この畑の管理長をしていて、身内の方だ。
「こんなに大きく……もうあれからそんなに時間が経ってしまったのですね」
「ああ」
父上の哀しみや辛さを知っている人のようだ。
「あの時のあなたの嘆きは見るのも辛かったのですがね。ようございました」
うんと思い出しているのだろう。顔に陰りが浮かび父上は薄く笑った。
「絶望しかなかったからな。フィデルが来れないって事実を受け入れるのには、そうだな時間が掛かったよ」
「ええ。ミケーレ様が来られてこれで安泰と思ったのに産後に病になられて……」
暗い話になりそうなのを感じたのか、明るく彼に、
「まあ、そんな巡り合わせなんだろう。俺はさ」
思い出に浸っていた父上は気持ちを立て直し、僕らは彼にあいさつを済ますと、周りを案内してくれた。麦畑に着いて父上は穂を手で確認。
「いい出来だろう」
「はい。実が大きく膨らんでますね」
僕らも手に取ってみた。ふっくら大きな実が付いている。
「だろう。この領地は俺を含め、貴族の魔力で土地を祝福しているんだ。だから肥料の効果も強く出る」
「はい」
祝福とは土地に魔力を注ぐ事。この収穫が終わると、秋まつりでその時に儀式としてやるそうだ。
「どのようにされるのですか?」
「この国の神は太陽神だ。太陽の恵みがなければ作物も家畜も育たないからな。だからどの領地にも大きな神殿があって、領主の溜めた魔力を祭で奉納するんだ。そうだこの後教会を見に行こう」
「はい」
うちの国は最初の王族である夫婦が神だ。この国、サーマリクと同じような感じの経緯で作られた国だから、最初の人と敬われている。
そんな話を聞いたり、倉庫に積まれた小麦を見せてもらったり。
「この倉庫はまだ少ししか麻袋が積まれてはいないが、最後にはここ全部に積まれるんだ。そして小麦があんまり採れない国に安めに売る」
「え?なぜ?」
なぜって何で聞く?って不思議がった。いや、稼ぐ国なんでしょうここは。すると父上は、困ったやつだと言わんばかりのため息。
「あのな。その国はオリーブの実の油や、菜種の油か特産品なんだが、こちらにはあまりないものだ。ない物同士は少し下げているんだよ。どちらもな」
生活の必需品の主食に関するものは安めに取引して、庶民が困らないようにしてる。毎日のものが高いと困るからなって。
「いくら国に金があるって言っても、全ての人にあるわけじゃない。雇われている者は湯水のように金が使えないしな」
「はい」
確かに。みんなが立身出世が出来る訳ではないもんなあ。一部の優れた人が成功するのはどこも変わらない。貴族はその地盤「地位とお金」が初めからあるだけだ。
「民のためを思う施策があるんですね」
「ああ。民なくして国は存続できないからな。俺たちがこうしていられるのも民のお陰だ」
そんな父上の言葉を噛み締めた。
カミーユもその言葉に辛くなったのか顔色が悪い。自分たちの不甲斐なさを思ったのだろう。上手く王族が立ち回れていたならば、このような世界が今もあったはずなのにって。
「カミーユ」
「うん。ぼくがいなかった時の事でどうにも出来はしないんだけど……お祖父様かもっと出来る人であれば、健康ならと悔やまれてね」
「うん」
あの時、王がもう少し家臣を疑って施策を練ればと思わずにはいられない。そうすれば今でもここと同じような国であったはずなんだ。
僕はカミーユの屋敷に移ってから図書室で国の歴史と、王族の功績なんてタイトルの本を読んだ。やはり二代前より以前は、それは穏やかな国だった。
民を大切にしていて、近隣の国とも良好な関係を築いていてね。魔法使いを借りてたり。少ない魔力でも上手くやれる方法を研究したり、交流も深かった。
今より薬がなかった時代は近隣が助けてくれていたらしい。だから今はいい薬も、ポーションもあるんだ。こちらより弱くてもね。それが途絶えてしまっているのが現状なんだ。
「あの頃みたいにしたいけど、もう無理だと感じるんだ。良くするのはとても大変で、悪くするのは一瞬。楽に慣れた者が変わるとは到底思えない。ここに来て改めて思ったよ」
「うん。余程のことがなければ無理だろうと僕も思うよ」
倉庫を眺めている間、本物の農夫が小麦を運び込んでいた。その様子自体が国と違うとカミーユは言う。奴隷が怯えて働いてはいるのではなく、きちんと仕事としてやっている。はつらつと労働を楽しんでいるようにも見えた。
「ねえ君」
カミーユは農夫の一人に声を掛けると、彼は足を止めた。
「君はこの仕事楽しい?辛くない?」
不思議そうにカミーユを見る。何いってんの?って感じは受けたけど、彼は笑顔で答えた。
「辛くないって言ったら嘘になりますよ。これだけの広さですからね。ですが、それに見合う給金も貰ってるし、宿舎もあって住むところにも困らない。街に遊びに行く金もある。満足ですよ」
あの、聞きにくいんだけどっておどおどして、
「奴隷とかではないんだよね?」
え?としたけど、あははと彼は笑った。
「違います。俺は子沢山の家の生まれで、外に行かないと生活が成り立たなかったんです。商才もない俺はここで雇ってもらって働いているのです。俺みたいなやつは多いですよ。農家でも商家でもね」
「そう。仕事の邪魔して悪かったね」
「いいえ。では」
彼はいい笑顔で立ち去って行った。もうなんだろう、何もかも違うと僕も感じた。こんな農民見たことないもの。子供の頃視察についていった時の事を思い出しても、こんな笑顔は管理者だけだったもの。
「キャル、せめて僕らの領地の民にはこんな顔になって欲しいね」
「うん。なれるように僕らが頑張ろう」
隣で見ていた父上は、渋い顔。
「やはり帰るのか」
「はい。せめて自分の領地の民は救いたい」
「そうか」
少しテンションが下がったようだが、教会を見せてやると移動することになった。ごめん、
ここを継ぐ事の方がいいのは分かっているんだ。だけど、あの辛そうな国の人々を思うと踏ん切りはつかなかった。
「キャルすごいよ!あんなに遠くまで見える!屋敷から見る景色とも違うよ!」
「本当にすごい!この領地畑ずごい!家畜たくさん、麦畑?すごい金色だ!」
眼下に広がる広大な畑。収穫時期が近いから金色の世界が広がっていた。
「俺の領地すごいだろう」
「ええ!どこまでですか?」
「あの山の手前までだ」
「は?」
山?山霞んでるけどあんな遠くまでなの?どんだけ広いんだよ。父上は自慢気に説明してくれる。
「どれだけの人を雇ってるんですか?」
「うん?対して雇ってない。うちが管理してるのはそんなにないからな。ここら辺だけだ」
「ここら辺とは、どの範囲?」
あ~ってあの森の辺りからあちらの林の範囲だって。えっと……どちらも相当遠いよ。
僕らはかなり上の方で止まって全体を見ていた。これでも領地全部が見えている訳ではない。四方ぐるりと霞んでいた。こんな高さなのに全部見えないとは。
「すごい……」
「だろう?長い年月かけてここまで広くなった。今も増えているんだ。先祖には感謝だな」
うちの公爵家は城の大臣などはしていないんだそうだ。口は出すけどね。王家の相談役としての職務だけだそう。
こういった公爵家は他に三家あり、二家は城の敷地内に住んでいて、商売などはしていない。純粋な城勤めの相談役だ。王に助言や、この国の運営を一緒に考えている。
「宰相とは違うんだ。王家の方針と言うのかな。そういったものを考える機関だ。議会に出す前の相談というかな」
「へえ」
「四賢者と言われている役職だ」
だからたまに城に行くんだそう。商売の会談もするけど、メインはこれ。
「カミーユ、うちにはそんな機関あったっけ?」
「ない。王が宰相とやり取りして決めてる」
「だよね」
僕も聞いた事がなかった。王家ゆかりの家は多いけど、そんなのやってるって聞いた事なかったもの。学校で習いもしなかったし。
「さて、先まで行くぞ」
「はい」
ライリーも来るはずだったんだけど、旦那様の家の用事で来れなくなって、朝少し顔出して叫んでいたけどね。次は必ず!って。朝食だけでもと無理やり来ただけでね。ジョナサンがまたかとゲンナリしていた。
そこできちんとしてないけどと旦那様もいらしたんだ。死ぬほどの美形。水色の髪の青の瞳。でも少し冷たそうな印象だった。
「こんな場で失礼します。私はライリーの夫のフアニートと申します」
「お初にお目にかかります。キャルと申します」
会話はそれだけ。ライリーが捲し立てて帰って行った。
「あの男なあ。人見知り気味でさ。慣れるまであんまり話さないよ。だから気にするな」
「はい」
でも、ライリーが愛しくて堪らないって感じでずっと隣にいた。目がね。ずっとライリーを追っていたんだ。言葉数は少ないけど目を離さない。愛情深そうではあったね。ライリーはきっと幸せだろうと彼を見て思った。
「風が気持ちいいな」
「ええ。空を飛ぶって怖かったけど、慣れれば楽しいですね」
麦畑の上をスーッと駆ける。黄金色の草原から牧草のような香りもして秋らしい。トンボもたくさん飛んでいる。……なんか鳥が大群で襲おうとしてるけど、なにかの防壁なのか弾かれて、ジジッとかぴちゅっとか鳴いている。
「この鳥よけはなんですか?トンボは普通に入れてるのに」
「ああ。スズメ限定の防壁。バッタ、イナゴも一緒に掛けてある」
「すごい」
うちの国は農薬と簡単な魔法。そして網。当然食べられる。そんなものと農民も思っているんだよね。
「薬品は金かかるよ。魔法があるのに使わない手はないだろ。農業国はそこらは研究済みだ」
「ですね」
コストは少なく収穫は大きく。当たり前のことだけど、魔法の少ない国はそれ以外の対策を考えなくちゃならない。こんな話も娼館の客から聞いたんだ。
僕は領地の経営とかなんも知らなかったからね。客の愚痴で出てくる話を寝物語のように聞いていたんだ。役に立ってるね。あはは。
「あ、サミュエル発見。降りるぞ」
「はい」
そう言うと父上は、畑の中にある小屋のような所に向かって行くのについて行った。
「サミュエル!」
父上の声がけに下にいた農夫は上を見た。
「ナムリス様!」
彼は嬉しそうに手を振っている。そこへみんなで降り立った。護衛の騎士らもいるからちょっと狭いため、順番に降りて騎獣をしまった。
「悪いな。息子に領地見せてるんだ」
「息子……あ?そっくり……」
僕を見てサミュエルは絶句して上から下まで舐めるように。
「どこに隠してたんですか?」
「あはは。隠してはいないさ。モンタネールにいたんだ」
「あ?………ああ、そう言う」
彼は農夫の格好はしているが、父上の右腕だそう。この畑の管理長をしていて、身内の方だ。
「こんなに大きく……もうあれからそんなに時間が経ってしまったのですね」
「ああ」
父上の哀しみや辛さを知っている人のようだ。
「あの時のあなたの嘆きは見るのも辛かったのですがね。ようございました」
うんと思い出しているのだろう。顔に陰りが浮かび父上は薄く笑った。
「絶望しかなかったからな。フィデルが来れないって事実を受け入れるのには、そうだな時間が掛かったよ」
「ええ。ミケーレ様が来られてこれで安泰と思ったのに産後に病になられて……」
暗い話になりそうなのを感じたのか、明るく彼に、
「まあ、そんな巡り合わせなんだろう。俺はさ」
思い出に浸っていた父上は気持ちを立て直し、僕らは彼にあいさつを済ますと、周りを案内してくれた。麦畑に着いて父上は穂を手で確認。
「いい出来だろう」
「はい。実が大きく膨らんでますね」
僕らも手に取ってみた。ふっくら大きな実が付いている。
「だろう。この領地は俺を含め、貴族の魔力で土地を祝福しているんだ。だから肥料の効果も強く出る」
「はい」
祝福とは土地に魔力を注ぐ事。この収穫が終わると、秋まつりでその時に儀式としてやるそうだ。
「どのようにされるのですか?」
「この国の神は太陽神だ。太陽の恵みがなければ作物も家畜も育たないからな。だからどの領地にも大きな神殿があって、領主の溜めた魔力を祭で奉納するんだ。そうだこの後教会を見に行こう」
「はい」
うちの国は最初の王族である夫婦が神だ。この国、サーマリクと同じような感じの経緯で作られた国だから、最初の人と敬われている。
そんな話を聞いたり、倉庫に積まれた小麦を見せてもらったり。
「この倉庫はまだ少ししか麻袋が積まれてはいないが、最後にはここ全部に積まれるんだ。そして小麦があんまり採れない国に安めに売る」
「え?なぜ?」
なぜって何で聞く?って不思議がった。いや、稼ぐ国なんでしょうここは。すると父上は、困ったやつだと言わんばかりのため息。
「あのな。その国はオリーブの実の油や、菜種の油か特産品なんだが、こちらにはあまりないものだ。ない物同士は少し下げているんだよ。どちらもな」
生活の必需品の主食に関するものは安めに取引して、庶民が困らないようにしてる。毎日のものが高いと困るからなって。
「いくら国に金があるって言っても、全ての人にあるわけじゃない。雇われている者は湯水のように金が使えないしな」
「はい」
確かに。みんなが立身出世が出来る訳ではないもんなあ。一部の優れた人が成功するのはどこも変わらない。貴族はその地盤「地位とお金」が初めからあるだけだ。
「民のためを思う施策があるんですね」
「ああ。民なくして国は存続できないからな。俺たちがこうしていられるのも民のお陰だ」
そんな父上の言葉を噛み締めた。
カミーユもその言葉に辛くなったのか顔色が悪い。自分たちの不甲斐なさを思ったのだろう。上手く王族が立ち回れていたならば、このような世界が今もあったはずなのにって。
「カミーユ」
「うん。ぼくがいなかった時の事でどうにも出来はしないんだけど……お祖父様かもっと出来る人であれば、健康ならと悔やまれてね」
「うん」
あの時、王がもう少し家臣を疑って施策を練ればと思わずにはいられない。そうすれば今でもここと同じような国であったはずなんだ。
僕はカミーユの屋敷に移ってから図書室で国の歴史と、王族の功績なんてタイトルの本を読んだ。やはり二代前より以前は、それは穏やかな国だった。
民を大切にしていて、近隣の国とも良好な関係を築いていてね。魔法使いを借りてたり。少ない魔力でも上手くやれる方法を研究したり、交流も深かった。
今より薬がなかった時代は近隣が助けてくれていたらしい。だから今はいい薬も、ポーションもあるんだ。こちらより弱くてもね。それが途絶えてしまっているのが現状なんだ。
「あの頃みたいにしたいけど、もう無理だと感じるんだ。良くするのはとても大変で、悪くするのは一瞬。楽に慣れた者が変わるとは到底思えない。ここに来て改めて思ったよ」
「うん。余程のことがなければ無理だろうと僕も思うよ」
倉庫を眺めている間、本物の農夫が小麦を運び込んでいた。その様子自体が国と違うとカミーユは言う。奴隷が怯えて働いてはいるのではなく、きちんと仕事としてやっている。はつらつと労働を楽しんでいるようにも見えた。
「ねえ君」
カミーユは農夫の一人に声を掛けると、彼は足を止めた。
「君はこの仕事楽しい?辛くない?」
不思議そうにカミーユを見る。何いってんの?って感じは受けたけど、彼は笑顔で答えた。
「辛くないって言ったら嘘になりますよ。これだけの広さですからね。ですが、それに見合う給金も貰ってるし、宿舎もあって住むところにも困らない。街に遊びに行く金もある。満足ですよ」
あの、聞きにくいんだけどっておどおどして、
「奴隷とかではないんだよね?」
え?としたけど、あははと彼は笑った。
「違います。俺は子沢山の家の生まれで、外に行かないと生活が成り立たなかったんです。商才もない俺はここで雇ってもらって働いているのです。俺みたいなやつは多いですよ。農家でも商家でもね」
「そう。仕事の邪魔して悪かったね」
「いいえ。では」
彼はいい笑顔で立ち去って行った。もうなんだろう、何もかも違うと僕も感じた。こんな農民見たことないもの。子供の頃視察についていった時の事を思い出しても、こんな笑顔は管理者だけだったもの。
「キャル、せめて僕らの領地の民にはこんな顔になって欲しいね」
「うん。なれるように僕らが頑張ろう」
隣で見ていた父上は、渋い顔。
「やはり帰るのか」
「はい。せめて自分の領地の民は救いたい」
「そうか」
少しテンションが下がったようだが、教会を見せてやると移動することになった。ごめん、
ここを継ぐ事の方がいいのは分かっているんだ。だけど、あの辛そうな国の人々を思うと踏ん切りはつかなかった。
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