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最終章 僕が来る前に戻った……のか?

12 話を聞いて少し前進

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 お茶会の日の夜。

「どうだった?あのふたり急に押しかけて来たが、負担はなかったか?」
「うん。楽しかったよ。それに僕が受けなかったアンの心得のような授業?というか……そんな話も聞けた」
「そうか。そういやしてないのか」
「うん」

 全部その時必要な分だけしか、僕は聞いてなかったようなんだ。貴族のアンとしての心得とか、マナーの教科書の部分しか知らないと指摘された。

「そうか。ノルンにはノルンの、アンにはアンのものがあるとは聞いているがな」
「ふーん。ノルンはなにを習うの?」

 あー……と黙った。

「アンジェ?」
「うん。アンが話さないように、ノルンも話さないんだよ。それで上手くいってるんだ」
「そっか、そうだね」

 でね、抱っこしてと僕はアンジェを見上げた。リーヌス様たちに触られてもなんともなかったから、アンジェで試したいとお願いしたんだ。

「いいけど……」

 意識がはっきりした日、あの日のキスを最後にアンジェを拒んだまま。なんか日々怖いのかなんなのか、誰にも触られたくなかったんだ。説明できないんだけど、嫌なんだよ。

「ならおいで」
「うん」
 
 向かいのソファからアンジェの隣に移動。触れないくらいのところに座った。

「うーん。まず手を出せ」
「はい」

 アンジェと手を繋いだ。あったかい手で嫌だって気持ちは出ない。

「大丈夫そうだな」

 そのまま軽く肩に腕を回してくれる。アンジェの匂い、こんな近くで感じるのは久しぶりだね。特に嫌とは思わない。

「キスは平気そう?」
「わかんない」

 頬に手が……大きな手が。僕はその手に自分の手を重ねた。うん、平気だ。

「クルト」
「はい」

 軽くチュッとされた。ふふっなんともないな。ふたりのお陰だ。知識のなさもだけど、お友だちが大げさに考えすぎと言ってくれたからかもね。

「もっとしても?」
「うん」

 軽く唇が触れて開いた口にアンジェの舌の感触が……いや!イヤだ!グイッてアンジェを押した。ハァハァ…怖いっ本気で怖い……うそ…なんで?なんでだよ!

「なんで……なにが嫌なんだよ僕は。こんなにもアンジェが好きなのに、触れたいのにっ」
「うーん。無理しなくていいよ」

 彼は少しがっかりした感じで苦笑いしてくれるけど、なんでだよ。エッチな話もたくさんして楽しかったのに。なんで……

「おふたりと楽しかったんだ。本当にたくさんエッチな話もして楽しかったんだ。なのに」

 アンジェはうーんと考えてくれて、今さっきだからじゃないのか?って。

「急に忘れろったって無理だろ」
「そうだけど……」

 もうあれから二か月過ぎてるのにな。アンジェ……そうだ。エッチな気分はどうしてんの?お店?なんかいるの?どっか隠してる?と、つい聞いてしまった。すると、ああ?と変な声出して、

「行かないし呼んでもいない。屋敷の者も食ってない」
「え?あれだけしたがるアンジェなのに?」

 フンと不敵に鼻を鳴らし、俺は我慢と謝罪が得意だ。俺を甘く見るなと笑った。

「でも……」
「お前とだからヤリたいの。それだけ」

 そうなの?と見上げると、そうなんだよ、だから気にすんなって。

「ごめんね。もう少し待ってね」
「ああ。でも触れるようになったなら、一緒に寝られるか?」
「たぶん」

 じゃあベッドに行こうとなって並んで横になる。うん、これは平気だね。

「アンジェが辛いかもだけど、抱っこ」
「ああ」

 腕枕で軽く腕を回す。強く抱いたりはしない。アンジェの呼吸が聞こえてふんわりアンジェの匂い。華やかな甘い花の香り。ティモは野の花のようなボタニカルな香りだから……うん。違うから平気かな。でも、ここまでと分かる。これ以上は拒絶する気持ちが出ると感じる。

「ごめんね。これ以上はやっぱり……」
「いいよ」

 寝るぞとアンジェが明かりを消した。暗闇に目が慣れると、カーテンの隙間から月明かりが見えた。まだ屋敷の者が扉の向こうで働いてる気配がする。子供部屋は僕の部屋の向こうだから分かんないかな。
 エミールは寂しがってるだろうな。まだ小さいし、やたらかわいがるリーンハルトもいないし、真ん中の子は少しドライだし、ごめんね。でも、子どもに抱きつかれて、イヤッて突き飛ばしてからでは遅いもん。

 シーンとした部屋。いつの間にかアンジェの寝息がスースーと聞こえる。エルムントたちも淫らな主に心を乱されてたけど、この二ヶ月は、あの不埒さが懐かしいと言っていたと、ローベルトが教えてくれた。僕がおかしくなってから、屋敷がなんとなく暗いって文句……いやいや静かで、僕のお嫁入り前を思い出して、寂しいと言っていたそうだ。

「はあ…みんなに迷惑かけてんなあ。本当に僕は弱っちくて情けない。やっぱり人付き合いが苦手なのが原因かな?」

 仲良くないととっさに適切な言葉が浮かばなくて、集まりとか苦痛でね。今でも苦手だけど、リーヌス様たちがいれば平気にもなったんだ。美しく優しくて、ちょっとガサツでエロい。とてもステキな人なんだ。ルイーズ様は明るくはつらつ、品のある方なのに最近はおかしいけど。リーヌス様そっくりになられて……まあいいけど。僕はおふたりの存在に癒されてるなあ。悶々と考えていると、不寝番がゴトッと音を立てた。んふふっうたた寝かな?

「なんか眠れない。平気と思ってても、どこか緊張してるのかも」

 アンジェの寝顔は久しぶりだけど、やっぱりかわいいなあ。僕の好みのイケメンで鼻筋も通ってて、バランスのいい目鼻立ち。青い瞳がとてもキレイなんだ。この金髪も細くてキラキラ……あれ?目尻に小じわ。そりゃそうか。なんとなく自分からアンジェのまぶたにキスして目を閉じた。眠くはないけどそのうち寝れるでしょ。

 1時間後……

 寝れない。寝れなくてモゾモゾ動きながら態勢を変え……クワッ一度起きる!ダメだこれ。アンジェを起こさないように布団をぬけだし、扉をそーっと開けて居間に移動した。真っ暗な部屋だけど、目が慣れててそこそこ見えたから、僕はソファに横になった。はあ……

「どうされました?」
「あっごめん。寝付きが悪くてね」

 ランプを持った不寝番のヴェルフが声を掛けてくれた。

「あの、やはり旦那様とご一緒は早かったのではないですか」

 薄明かりのランプの光に照らされたヴォルフは、心配気な顔をする。

「うん、そうかもね。でも不安になったりアンジェが嫌って気持ちはないんだ」
「それはようごさいました。では、ゆっくり気長にですね」
「うん。ありがとう」

 差し出がましい様ですが、クルト様と同じで状況ではないけど、勝手に好かれて襲われた友がいます。彼も同じようになりましたが立ち直って、今はイェリネク様のお屋敷で側仕えをしています。きっとあなたも大丈夫と微笑んでくれた。

「そう。みんなに気を使わせてごめんね」
「いいえ。その友はもっと酷くなりました。完全に襲われましたから。それでも立ち直り優しい旦那様と今は幸せです。大丈夫です」

 では何かありましたらお声がけ下さいとヴェルフは小部屋に戻った。励ましてくれるんだね、ありがとう。
 くあ~ふっ人と話したからか眠くなったなあ。僕はそーっと足音を忍ばせて、アンジェの横に潜り込んで目を閉じた。もしかしたら腕が触れてるからかもとアンジェには触らず、そしたらぐぅ……

「アンジェおはよう」
「うん。おはよう」

 朝布団から出ると、アンジェのパジャマの股間が脹らんでるのが分かった。グッ……分かってるけど今彼になにかしてあげることは難しい。せめてお風呂くらいと思うけど、ムリ。愛しい人の裸でも論外。よし!見なかったことにしよう。

「着替えてくるね」
「ああ、朝食でな」

 でも、キスだけさせてと軽くチュッと唇に。うん、こんな触れるようなキスが限界かな。あーあ、自分が嫌になる。自分の部屋に戻り、

「カール……あのね」

 朝の支度をしていたけど、手を止めて僕に視線を向けて、

「焦らないことですよ。心の傷は難しいんです。旦那様は変なところに頭が回るから、立ち直りも早いですが、普通はそうはいきませんからね」
「うん」

 こちらへどうぞとドレッサーの椅子に座り、髪を梳かしてもらいながら僕は考えた。ティモは今でも好きだ。いつも笑顔でクルト様って楽しそうでね。僕の寂しさや心細さを埋めてくれていた。アンジェと上手く行きだしてからも、常にアドバイスしてくれながら寄り添ってくれた。あのアドバイスは家族より踏み込み過ぎてて、それを当たり前としてた方がどうかしてたんだ。
 カールは家臣としての線を引いて話す。ローベルトもね。なにか主と家臣の見えない線があって、そこを越えては来ない。それがティモとの違いで、僕はそれを寂しく感じるんだ。ダメなのにね。

「はい。整いました」
「ありがとう」

 ドレッサーの椅子から立ち上がりため息。ティモがもうこの領地にいないってことが、こんなにも辛いとは。あんなことされたけど、あの楽しかった日々が思い出されて、帰って来てとかどこか思ってしまう。カールがダメなんじゃない、僕はティモに心を支えてもらってたんだ。だからこの寂しさをなくさなければならない。ティモはもう僕の家臣じゃなく、ただの貴族の奥様なんだよ。割り切らないとね。

「さてクルト様、ご飯に行きますか」
「はい」

 今日が始まった。




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