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五章 平穏から一転

12 否定されない場所 

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 なんだろうねと、アンジェと僕は揉めている現場に近づいた。かなりの数の人がうちの騎士に詰め寄り、ここに置いてくれと叫ぶ。
 彼らの話してる内容は、彼らは農家の跡取りでもなく、食い詰めの者たちだ。街に働きに出る才もない。どうかこちらで農家を!だめなら何でもするから置いてくれとすがっている。ちゃんとした賃金で嫁が欲しい!と切実な声まで。

「どうする?」
「うちは人が足りないとは聞いてないが……お父上の土地は?」
「分かんない」

 ぶどうは時期によって人が足りなくて領内からかき集めるけど……普段はどうだろ。こんな時「クルト」のやる気のなさが足かせになるな。

「この土地は肥沃だ!それに広い!俺たちくらい置けるだろ!クルト様の領地でなくともさ!」
「まあなあ……だが、それぞれの領主に聞いてみないと分からんよ」
「なら聞いてくれ!」

 ハンネス様は僕らに気がついて、どうするんだよと目が言ってて両手を広げた。アンジェはまあいいよ、うちで引き取ろうって。でもすぐに働けるところを探すのは無理だから、その間城に置いといてくれって。

「分かったが、牢屋かテントでいい?こんな人数は宿舎が空いてないんだ」

 ハンネス様のその言葉にクワッと目を剥き、目の前にいた捕虜は怒った。

「なんで牢屋だ!みんなは帰れたのに俺たちだけ!」
「嫌なら城のハーデス様の神殿だ!そこしか空いてねえ!」

 ウッと全員絶句。そして怒りは消え去り、焦りながら黙った。

「それは嫌かな?なあみんな」
「うん。そこに寝泊まりしたくない。テントでもいい」

 城にあるハーデス様の神殿は王族の葬儀用だ。純粋にそれしか使わない。あの美しいマッチョの像がステンドグラスの前に鎮座してて、荘厳な作りでね。いかにも葬式って感じの建物だ。
 それにこの世界には、ハーデス様のお近くにいたいと思うものはいない。死を感じるところは生き物としての忌避感が出るもんね。

 ハンネス様はなら黙れ。庭にテント張ってやるから好きに過ごしていい。飯も出すから心配すんなとみんなを見渡す。ならまあって。クルッと彼らは僕らに振り返り、

「クルト様!俺たちはきっとあなたの役に立ちますから。あなたの功績を広め、たくさんの信者を作ります!いつか神殿もね」
「あ、ああうん?信者とは……?」
「そりゃああなたは神様の代理でしょう?なら神様」
「はあ……」

 あー……勇者の伝説はこうやって広がるのかもね。あはは~いやだ。

「はあ、エルムントの怒りが目に浮かぶ」
「だねえ……」

 楽しそうな捕虜たちを眺めながら、アンジェは無表情で目に光がない。最近エルムント怖いんだよねえ。アンジェが四角四面に、それこそ貴族の見本みたいに生活してたのが緩くなり、だらしなく見えているようでさ。

「そうじゃないんだよ。今までがおかしかっただけなのに」

 ほかの貴族だってそこまできちんと生活なんてしてない。我が国は始祖の頃から魔力多めの農家の集まりだろ。対外的に仕方なく身につけた貴族様式なのになあって。

「そうだね。きっとアンジェがかわいくなったからうるさいのかな?」
「それはない」
「あ?」

 お前だけだよ俺をかわいいなんていうのはなって笑う。ほら!その笑顔はかわいいでしょう。僕はいつでもうっとりするもん。

「ありがとう」
「んふふっどういたしまして」

 敵も消えたし残る者の手配はハンネス様に頼んだ。僕らは先に、号泣しているあちらの貴族五人を連れてラムジーたちと城に帰還。城で念入りに調査するそうだ。僕は一泊城に泊まって帰れと言われ、いつもの客間に通された。アンジェは報告に消えた。

「あー疲れた」
「そうでしょうとも。ゆっくりお過ごし下さい。夕方にはティモ様がいらっしゃるようですので」
「うん。ありがとう」

 僕はメイドさんが用意したお茶やお菓子をパリパリ。お腹いっぱいになると、いつものように眠くなった。

「少し寝るからティモが来たら寝室にいるって伝えて」
「はい。おやすみなさいませ」

 僕は戦闘服を脱がせてもらってベッドに潜り込んだ。毎回剣を交えてなんて戦闘はしてないけど、疲れはする。アニメみたいな戦闘混じりの魔法使いではないんだ。みんなの後ろから最後の一手をしに行っている。戦闘型じゃないとこんなものなのかもね。くはあ~っ寝る。

 お腹すいたなと目を開けると、ベッドの横の椅子にティモが深刻な顔して座っていた。窓の外は夕焼けで、部屋の中を赤く染める。

「ティモただいま」
「……僕もう嫌だ。毎回あなたがが心配で心配で……あなたが帰って来ないんじゃないかと……」

 身動きせず前を向いて涙を流すティモ。もう嫌なんです。あなたが目の前から消えたらと思うと、もう耐えられないとはらはらと涙を流す。

「ごめんね」
「頭では分かってるんです。でも……」

 ティモは、僕が幼い頃から今日まで楽しく穏やかに生きられるものと考えていた。ぶどうに囲まれて、みんなで笑い会えるって信じてて、それがお嫁に来て変わってしまったと震える声で訴える。

「それは違う。僕が前のクルトじゃなくなったからだ。白の賢者でもあるから」
「知ってます!でも僕の中では続いてるんです!クルト様は……僕が知ってるクルト様は……」

 ごめんね。あのシュタルクの火竜襲撃からクルトの人生の道は、ティモが思い描くものから横道にそれていく。ティモが思っていた僕の人生からどんどんと離れてしまったんだね。たぶんこれからもっとかも。

「元のクルト様に似ているあなたは、初めは同じように人生を歩まれました。ですがやはり白の賢者の役目が大きく、旦那様の影響もあるんでしょう。明るく社交的にもなりました」
「うん……そうしないと公爵の奥様は務まらなかったんだ」

 僕はただ、あなたが普通の奥様のように出来ないことが辛い。戦の前線に立ち敵を打ち取る。人の死をたくさん見て、見なくていい惨劇を見る。そんな世界はアンの人生にはない。これは民も貴族も同じ。お母さんになって子を育て夫を支える。それがアンの幸せなんです!と気持ちが高ぶってか、ティモは怒鳴るように叫んだ。僕は冷静に、

「間違ってないと思うよ。この世界ではアンは表に立たず、ノルンに大切にされて一生を終える。でもね。僕の世界では女性も戦場に立つし、ノルンと同じ仕事をして国の王にもなる。僕自身には齟齬そごはないんだ」
「ここは前の世界じゃない!」
「そうだね……」

 首を横に振り金切り声で否定した。そう、ここは前世とは違う。アンジェも本当は嫌なのかもね。最近は一緒に頑張ろうとしか言わないし。

「元シュタルクの土地の加護も王の加護も無効にした。きっとこの地域は変わる。だから僕はもう戦場には行かないかもしれない」
「いいえ……」

 うちは貧乏だから賢者を貸し出すかもしれない。ハルトムート様次第でいくらでも変わるはずだって。軍事国家より強い力を持つ白と黒の賢者の存在は、この地の安寧のためと言われれば出すはずだと、ティモは唸るように言葉を紡ぐ。

「貸し出されても僕は自国が絡まなきゃ働かないよ」

 そんなのはあなたの理論で、国の理論じゃない!とティモ。

「ヘルテルやバルシュミーデは自国のようなものでしょ。これまでの戦や討伐で、共闘の条約が出来たそうじゃありませんか。あちらの要請があれば何度でもでしょう!」
「いやいや、あちらにも白も黒の賢者はいるから、僕はそうそう呼ばれないよ」

 ティモは悪い方にばかり考えるようになってるな、これ。

「ティモの心配は分かるよ。ありがとう」
「適当に誤魔化そうとしてますね?」

 そんなことはない。僕の考え方がこちらに完全に合わせられないだけ。だからティモと噛み合わない。
 ノルンとは、アンとはと明確に役割を別ける考え方に馴染まないんだ。やれる人がやれば上手く回ると知っているから、ただそれだけ。性別は関係なく、能力で区分けすることが最適なんだと説明した。

「この世界はアンの能力を上手く使えてないと僕は思う。エルマー様やその周りの奥様たちも、きっとすごい才能が眠っていると感じるんだ。特にエルマー様は王になれるだけの才能があるよね」
「そうですか……でも」

 クルト様と僕に抱きついた。あなたが話すアンが活躍する世界は僕には無理だ。僕はあなたが好きです。いつまでもお側にいて、あなたを支えて一緒に穏やかに笑っていたいと震える。ごめんねと僕は何度も謝った。

「どうした?」

 その時ガチャリと扉が開き、不審そうに寝室に入って来たアンジェは、泣き続けるティモになにがあったと問う。すると怒り再燃とばかりに顔を真っ赤にして、ティモはアンジェを睨みつけた。

「あなたが!あなたがクルト様を変えた!僕のクルト様は優しくて思いやりがあって……かわいい奥様でいることを奪ったんだ!あなたが全部悪いんだ!」

 あー……ってアンジェはなにかを理解してごめんって。わざとじゃないんだが、このご時世白の賢者はどの国も暇なしに活躍する。命の危険も多いのは確かだし、言い訳はしないと頭を掻いた。

「ティモはクルトとずっと一緒だったもんな」

 俺は戦場でいつもクルトの側にいる。どんなことがあってもクルトを守るから信じてくれと、僕に抱き付くティモの背中を擦る。

「出来ない時がいつか来る」
「そんな時が来ないようにしたいなあ」

 でもそんな時は俺もクルトも死んてるだろうって。

「神の加護の届かない時がその時で、人生の終わりがその時だ。たぶん決められた時間が終わるんだよ。クルトのように、死期ではなく人生が終わることは滅多にない。神の間違いの時のみ」
「ここでないとは限らないでしょ!」
「俺は聞いたことはないがな」

 あなたが知らないだけかもでしょ!と引き下がらない。うーん、ティモは視野が狭くなってしまってるかも。不安の中待つのが辛いのは理解はすし、もうティモは我慢の限界が来ているのだろう。

「ティモ少し実家に帰る?僕の側にい過ぎて視野が狭くなってると思うよ?」
「なにを……僕を遠ざける気ですか!」
「違うよ。母様が不安定だとマーリーも不安になるでしょ?」

 グッと喉を鳴らしティモは黙った。僕の二人目の子どもの後、ティモも子どもが生まれて、マーリーは下の子とよく遊んでくれてるんだ。

「あなたが普通の奥様でいてくれれば、僕はそれでいいんです」

 僕とアンジェは見合ってうんと頷く。とりあえず席を外せとティモを寝室から出して、ティモの旦那に相談するかと結論を出した。子供の頃から一緒で、僕の変化に耐えられないんだろうなって。

「ティモはアンらしいからなあ。見た目もアンらしく、思いやりがあって世話好きだ」
「うん。僕をずっと助けてくれて、夫婦で領地も離れてくれたんだ」

 うちほどでなくとも、どの奥様もこうなっている可能性が大きい。夫が帰って来ないんじゃという不安が、不幸にも的中している家も現実にある。国からのお金では埋められない、寂しさや哀しさに耐えている方もたくさんいるはずだ。

「ごめん」
「ううん。ティモには申し訳ないけど、こうするのが最善と僕は考えているんだ。人の死は少しでも減らしたいのは、僕の本当の気持ちだから」

 そう言いながら、僕はアレス神が口走った言葉を思い出していた。不幸にも飢えたり惨殺されたりが予想されている人生を、望んで生まれて来ているって。それにアルテミス様は目先の未来しか見えないと言っていた。そういった部分は確定なんだろう。
 
 そうだ。ハーデス様は「クルト」に、次はノルンに生まれ、愛しいアンと結ばれる人生も選べると言っていた。選べるとはどういうことなのだろう?人の人生は生まれる前に完全プログラムされている?多少の違いがあっても、それを踏襲するようになっているのかも。

「やっぱり修行だな。仏教思想みたいだ」
「なんだ?ブッキョウ?」

 アンジェに他言無用と前置きをして、アレス神の口走ったことを説明した。

「俺はこの辛さを求めて生まれて……?」
「うん。仏教の教えでは、輪廻転生を繰り返し解脱を目指す。神の国に入る資格を得る修行を現世でするんだ。業という人の執着を一つずつ減らし悟りを開く。この世界では使徒を目指すのかも」
「なんと……」

 神が加護で手出しすることは、全て人の人生に組み込まれてるとは思わない。でも、僕が考えるこの世界の神は、自分の喜怒哀楽を当然として受け入れ、楽しければそれをとことん楽しみ、悲しければそれを排除するために精一杯頑張る。この世界は、神の考える純粋な気持ちを再現するとどうなるかという実験場、箱庭と考えているんだ。まあ、前世もそうなのかもしれないけどね。

 人の生も死も全て神の思し召し。そう、彼らの気分次第だ。自然の摂理の頂点に神がいて、管理と楽しみを見出す。そして未来永劫、この世界は回る。僕はこの世界に来るまで神なんて存在せず、宇宙を含め、自然の摂理と思ってたけどね。

「そう考えると更に上に大神がいそうだな」
「いるのかもねえ。完全なる神でこの世界を、宇宙を作って、神々すら従えるなにか」
「俺たち末端の魂なんぞ、おもちゃと言われても仕方なしか」
「うん」

 ずぅんとふたりで落ち込んだ。これだけ頑張ってることに意味が見いだせなくなったんだ。自分の心に留め置くことすら出来ず、僕はアンジェの気持ちに寄り添えなくて、簡単にアレス神の話しを口にした。ラムジーにやめろと言われてたのにね。ダメだね僕は。

「ごめん。知らなくていい話だったね」
「いいや。事実とお前の考察は面白いが、辛くもある。だから生きてる間は辛さは共有しよう。楽しみもな」

 考え方によってはハーデス様の眼前でその成果が分かるのだろう?自分の行いの成績表が出る。何度輪廻をするのかは分からないが、本来の我らの家はあちらなら、それを楽しみに生きようとアンジェは笑った。この話に笑えるんだアンジェ。なんて素晴らしい人なんだろう。

「アンジェは聡明で強い。すぐに割り切れるその考え方が大好きです」

 アンジェはえ?と驚き、そんな訳ないだろうって、頭を撫でてくれる。

「クルト。俺も気持ちはついて行ってはいない。だが、考えても無駄なことはしないだけ。やるだけやって、死んでから考えるかなって思ってるだけだ」
「ふふっそうだね」

 俺たちは今の生を楽しんで死のうって。苦労も苦しみすら楽しもうって笑うアンジェ。

「僕、アンジェに嫁いでからこれほど幸せを感じたことはない。僕を否定せず、共感してくれることのありがたさは、あなたには分からないかも知れない。諒汰では埋められなかった気持ちを、あなたが埋めてくれた。ありがとう」
「いいや」

 アンジェは僕にとって最良の夫だ。どんなことが起きても対応可能な心構えがある。妻の中身が変わっても、白の賢者で戦に出ようとも彼は気持ちを立て直した。自分の不調にも自分で気が付き治す。なにごとにも柔軟な考え方の出来るアンジェを尊敬する。
 
 僕はアンジェの入院の後、屋敷の侍医に「運命の番」症候群と、僕が勝手に呼んでいるこの病は簡単に治るものなのか?と聞いたんだ。そしたら簡単には治らないのが普通。破滅に向かう方が多いのが実情だそう。実力行使で番を解消させるのが民の治療方法らしく、放っとくと「ツル」のように最後を迎えるからなんだ。
 
 自分で気が付く者は多くはなく、貴族は物理的に離して気が付かせようとするが、ダメな人も多く、やはり離縁をさせられる人が多い。これは相性の問題で、ある意味よすぎるから起こるとも考えられている。運命の番って言葉も、あながち間違ってもいないそうだ。好きすぎて本能爆発、誰にも取られたくなくて、相手を疑い始めるんだ。自分に負い目があれば余計に。

 アンジェほどの人格者は、稀に見る逸材と侍医は太鼓判を押す。あなたもねと僕も褒めてくれたけど、それは知識の多さ、この世界の先を行ってた世界で感覚的に知っているからでしかない。褒められるものなど、僕はなにも持ってなくて、普通の人でしかない。この世界だから目立つだけ。

 話しているうちになんとなく抱き合っていた。もうお互いがいないと生きていけないってくらい、どちらも信頼を持っている気がする。次にハーデス様に会う時、心からありがとうと言える生き方をしようと僕は考えている。この世界に来れて嬉しかったと。
 抱き合いながら、僕はそんなことを思っていた。





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