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四章 戦とアンジェ

8 今回は賢者の仕事だけ

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 翌朝僕が目が覚さますと、すでにアンジェは起きていて着替えも終わっていた。

「おはようクルト」
「おはよアンジェ」

 寝転んだままアンジェを見てたけど僕も起きるかと体を起こした。はあ……ダルい。初めてだなこんな怠さは。なんか怠くてぼんやりベッドに座ったまま動けないでいた。そんな僕にアンジェは用意していたポーションを飲めとくれた。

「辛そうだな」
「ありがと」

 魔力はたぶん一晩眠ればほとんど戻るとは思うけど、体力はついて来てない。ポーションを二本飲んだらまぁまぁ動けるかなって感じだね。鍛え方が足りなかったかな。あはは…はあと、乾いた笑いが出た。
 僕らがテントの外に出ると、たくさんいた騎士はすでに撤収したのか、かなり少くなっていた。でも完全撤収はせずに、一部は監視のためにここに残るそうだ。僕らは用意されている朝食を取りながら、サミュエル様の話を聞いた。

「これで諦めるとは到底考えられないですね。そちらもでしょう」
「ええ、陣営は小さいが、こちらもそのまま残してます」

 元シュタルクは今回二万弱の戦力を失った。どれだけの戦力があるのかは不明で、こちらは把握出来てはいない。アンジェは国もどきにになって日も浅く、戦術はあっても野盗のような集団だと思っていたのに、これだけの武力を持って襲ってくる人数がいたのは驚きだと言う。

「暫定王は人心を掴むのが上手いのだけは確かです。元の国から元王をよく思わない者でも集めたのかもしれませんね」
「新王の抵抗勢力がいてもおかしくはないですね。それを言いくるめて集めたのかも。警戒は怠れません」

 アンジェもサミュエル様の意見に同意し、一度国に帰還し体制を整えましょうと、ヘルテル陣営。

「楽に攻撃するためにも、魔石の付与は急いで相談しましょう」

 サミュエル様が僕に話を振ってくる。

「ええ。たぶんあのやり方は僕でなくてもヨルク様でも使えます。我が国の王との協議ですね」

 え?ブチキレてないと使えないのでは?とヨルク様に言われたけど、あれは元々僕が知っている技術なんだ。ゲームでは追跡型は当たり前にあるけど、現実は直線しか飛ばなかったんだよね。魔法ならなんでも出来ると思いこんでいたのは僕の方だ。
 これはもしかすると白の賢者でなくとも出来るかもだけど、訓練は必要だと思う。イメージの問題と的を感じる力が必要だから。フフンとヨルク様は鼻を鳴らした。

「あなたの元の世界を見てみたいですね。うちにいた転生者は特別な力は持っていませんでしたが、そちらの技術力で最終的に、彼は国土省の大臣まで上り詰めました。領地の改革を領主に嘆願してやってみせて、意味があることを示しのし上がった。あなたもきっと名を残すでしょう」
「ありがとう存じます」

 んふふっ僕は名を残したくはない。だけどすでにムリゲーとなってしまっただけなんだ。かわいい奥様でアンジェに大切にされて……一体どこで狂ったんだ?なにも言えなくて、僕は苦笑いしか浮かべられなかった。

「アンでもここまで出来る見本ですな。あなたはアンの先駆者だ」
「あはは……ありがとう存じますぅ」

 この後の褒め言葉は「ありがとう存じますぅ」と答えてた。出来ればこうはなりたくなかったんだよ。あはは…は……ウツ。

 食事が終わり、ラムジーたちに送ってもらって城の庭に到着。今回はヘルテルからすでに報告が上がってるからこれで帰りますと、ラムジーたちは僕らを降ろすと飛び立ってしまった。

「あーあ。少し休んで行けばいいのに」
「あちらにも都合があるんだろ」
「だけどさ……ちょっと寂しいかな。世間話とかしてみたかったのになあ。あちらの国の様子とかさ」

 思ったことを口にしただけだけど、ヒンヤリした空気が隣からふよふよ流れて来た。上を見上げると……ヒッ

「俺がラムジーを殺したらお前のせいだから」
「ご、ごめんね?」
「俺はお前に関してはおかしいから、言動には注意をしてくれ」
「はい……ごめんなさい」

 ものすごく怖い顔。怒りは過ぎてしまった感じで冷たい視線だ。そんな会話をしていると、城の執事が中へと呼びに来た。今回は報告はいいから食事をして、とりあえずゆっくり休めと客間にふたりともぶち込まれた。

「これなに?」
「なんだろうか」

 俺たち抜きで話し合いでもあるんだろって、アンジェはどうでもいいとソファに座る。

「このヘルテル戦に関しては俺たちは魔道士でしかない。俺は大臣として働かないって約束させたんだ。だからだろ」
「そうなの?」
「ああ、現実的にムリだろ。国のの戦略を立てながら、お前と二人だけで他国の援軍なんて出来やしない。賢者のみ借りたいってあちらの意向なんだから」
「そうだね」

 黒と白の賢者の不足を補いたいだけで、こちらの戦力が欲しいとは言われてはいなかったんだ。まあ、行っても連携が付け焼き刃じゃ、上手く行かず邪魔なんだろう。
 メイドにお茶を淹れてもらっているとノックもなくバンッと扉が開いて、ユリアン様登場。

「よかったあ……元気に帰って来たあ」

 入口でへにょっと座り込んで、国のやり方はお前らに負担が大きすぎるよね。ヘルテルに恩を売りたかったためだけどと、ズリズリ這ってアンジェの膝に抱きついた。

「ありがとう。大変だったが無事だ」
「うんうん。報奨金はたんまりだよと言いたいけど、魔石のお金がいくらになるか分かんなくて待ってね?」

 ユリアン様は不敵な笑みでアンジェを見上げる。

「いい。そんなのは期待してない」

 クルト、お前は大事ないか?暴走したんだってな?体に異変はないかと立ち上がり、僕の隣に座りペタペタ体を触る。

「平気です。少し疲れてますがそれくらいです」
「そうか……まだ戦は続くとみんな考えている。無理はするなよ?」
「はい。んふふっ」

 かわいいなとチュッと頬にキスをくれた。

「クルトはリーヌスとは違う強さがあって惚れ惚れする。かわいくて強いなんて……ふふっうふふふふ……」
「あはは。ありがとう存じます」

 どこかユリアン様のエロい視線を感じながら話していると、ユリアン様の顔の横の奥に魔物発見。

「ユリアン様……あのアンジェが……」

 ああと彼はスッとアンジェの方に顔を向けて、

「おう!手は出さないよ。アンジェ怖いから、そこは心配いらない」

 聞いちゃいねぇ感じで低い声でユリアン殺すとか言ってる。ユリアン様はそんな態度のアンジェに呆れて、

「ちょっと触るくらい大目に見ろよ。アンジェ余裕なさ過ぎだぞ」
「ある訳ねえだろ!離れろ!」

 ケチだなあって笑って、またねって僕の頬にチュッとして部屋を出て行った。

「ユリアン……いつか殺す……」
「また物騒な」
「従兄弟だがあれは強いアンを好む。お前は絶好の獲物……ムカつく」

 はあ、困った人だね。僕は弱いから暴走したんだ強くないよ。向かいに座るアンジェのところに移動してゴソゴソと膝に跨る。

「アンジェ。ユリアン様は僕の好みの方ではないよ」
「いいや、あいつはお前の好み関係なくすり寄ってくる。クヌートとは違う心の強さがあるからな。俺も惚れ惚れしてる」
「んふふっありがと」

 お風呂入りますか?と、空気を読まないメイドさんに声を掛けられて、入ると返事した。城のメイドさんはマニュアルで動くような方が多い。まあ、読んでたらキリないんだろうけどね。

「お風呂はいいねぇ。この国はお風呂が好きな国でよかった。僕の元の国は水が豊富でお風呂が当たり前の国でね。温泉は国中にあって、成分も違って楽しめたんだ。世界中に水と地震の国と知られてたんだ」
「地震?」
「うん。島国で火山がたくさんでね。それに地面の中が、土地にとって不都合が多い島だったんだ」
「ふーん。詳しく話してくれても理解は出来ないのかな。その話しぶりは」
「そうだね。アンジェは聡明だから理解出来ると思うけど、話が長くなるんだよ」
「ふーん」

 こっち向いてと言われ向きを変えてアンジェに跨る。

「なに?」
「うん……」

 僕の頬を撫でてふふっと微笑む。

「かわいい……俺の妻はかわいいなあって思う」
「ありがと」

 僕を見つめる目に、少し憂いのようなものがアンジェにある気がする。

「お前を失いたくないんだ。ベルントにはこんな感情はなかった。あいつが死ぬと確定した時、俺はとても悲しかったんだ。だけどどこかで開放されると感じてもいた。これはお前と結婚してから気がついた」
「そう……」

 いま幸せなんだ。クルトが隣にいるだけで幸せで、辛かった二十代が嘘のように幸せ。だからこそ失う怖さもあると、アンジェは辛そうに微笑んだ。

「この幸せを奪われるのは耐えられる気がしない」
「僕はここにいるよ。アンジェの側にずっといるから」
「ああ。だがこの戦は怖いんだ」
「でも、アルテミス様は死なないと言ってくれたよ?」

 クワッと目を剥いて俺が死ぬかもだろ!って。じいさんになるまで一緒にいたいんだ。心残りがありすぎて、間違って俺が戦で死んだらどうしようって心配になるそうだ。

「間違って死んだら僕がなんとかする。僕が死んだらごめんなさい」
「それも嫌だ」
「わがままだよ」
「分かっている」

 アンジェの僕への愛は溢れている。僕も求めておかしいほどだし……困ったもんだ。

「愛してる。この言葉だけでは言い表せないけど、愛してるよ」
「うん。僕もアンジェを心から愛してる」

 アンジェに抱きついて目を閉じた。本当に大好きなんだ。もう病的に感じるくらいなんだ。

「番は求め合うんだよ」
「うん。そうなんだけどね」

 この感覚に慣れきらない。アンジェしか見えないくらいで、日常すら今アンジェなにしてんだろ?とかね。これはおかしくないか?諒太と付き合ってる時ですら、ここまで考えたりしなかったんだよ。

「そう?俺も思ってるからおかしくないだろ?」

 お風呂の世話してくれるメイドさんに、番はいるの?と聞いたらいるって。

「私も同じですねぇ。特におかしくはないですよ」
「そっか……」

 ふと頭にツル、鳥のツルね。あれの生態を思い出した。何十年も番を代えず死ぬまで一緒。相手が間違って死んじゃうと、隣で寄り添い餓死する個体までいるそうだ。それに近い感覚に感じる。

「ふーん似てるな。だが餓死したりはしないと思うが。俺はそこまでのは聞いたことはないな」
「そりゃあ……」

 だが、相手を愛し抜くのは同じだなって。

「慣れてくれ。元の世界に帰れないし帰りたいとも思ってないなら慣れろ」
「はーい」

 帰りたいなんてこれっぽっちも考えてはいない。つか、僕の体は骨だろ。それもカリッカリに焼かれた真っ白な骨。どこに帰るんだって話だ。生まれ変わるならありかもしれないけど、僕はここで生まれ変わって、またアンジェと結婚するんだもん。そう思えるほどこの世界は居心地がいいし、アンジェが愛しい。

「そうなるといいな」
「うん」

 他人から見ればバカだなあって見えるラブラブ夫婦。それも公爵で勇者と思われてるふたり。頭悪く見えるのかもしれないけど、まあ人の目はどうでもいいか。アンジェとふたりの子ども、ティモと父様たちと仲よく出来れば……眠い。眠いなあ……アンジェの胸から頭が滑るかも……ガッガボガボッグアっ……ザバッとお湯から顔を上げた。死ぬ!

「寝ちゃダメだろ」
「ゲホゲホッごめんなさい…ッゲホッ」

 僕がむせてると出るぞと浴槽の外に出された。ハァハァ…風呂で寝ると死ぬ。こんな死に方はねえよ。驚いた……






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