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一章 新たな人生が動き出した
2 その日が来てしまった
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ベルント様の葬儀の後から、屋敷の華やかな空気は一変し、みな悲しみに暮れていた。ベルント様はこの屋敷に来て数年で病に倒れ、十年はいなかったそうだが、初めの数年でみんなの心を掴み、好かれていたと聞いている。
「火が消えたような雰囲気になりましたね」
「うん……ベルント様はいるだけでよかったんだ。それほど素敵な人だったんだよ」
「本当にかわいらしくステキな方でした」
悲しんでいても時は過ぎる。数ヶ月もすると喪も明けて普段通りになったが、その間アンゼルム様はあまり屋敷で見かけなかった。まあ、元々いなかったけど更にね。僕はその間完全に放置。夕食もひとりのことが多かった。
「仕方ありませんよ。王が崩御されたんですから」
「うん」
アンゼルム様にとっては伯父上で、お父上のお兄様にあたる。王の崩御はベルント様の死から数日もせずに起きたんだ。王には持病もなく本当に突然で、会議中に胸を抑えて苦しみだしてそのまんま。
たぶん六十は超えてたし、そんな死に方なら心臓かな?と僕は思っている。大動脈解離とか心筋梗塞とか、心臓の病気はあの年頃は多いからね。前の世界で叔父がそれで亡くなってるから勝手にそう思っている。
アンゼルム様と葬儀出席以降、僕は外に出ることもなく、誰もかまってもくれない屋敷で側仕えのティモとふたりきり。図書室で本読んだり、お庭を散歩して、時々私兵の剣術の訓練に混ざる。まれに兄様がご機嫌伺いに来てくれるけど……ベルント様のお見舞いもなくなった今は、本気ですることもなかった。こんな状況だから晩餐会や舞踏会、お茶会も貴族は中止で、国自体がひっそりしてる感じだ。でもね、あと少しで王の喪は明ける。
「僕はこんな時に旦那様の心の支えになるべきなんだろうけど、そんな繋がりも出来なかった」
妻の役目などなに一つしていない。屋敷にいるだけで、たまに夕食を共にしてポツンポツンと言葉を交わすのみ。
「仕方ないですよ。不幸が重なりすぎましたから」
「うん……」
以前夕食の時にアンゼルム様が「ベルントが俺の生きているうちにお嫁さんを見せて」って願いを叶えたかったから、早くお嫁さんをもらったと言っていた。
「番をふたりは持てませんから、こうなるのは仕方ないです」
「うん。あんまりこういうのはないらしいね」
「ええ、普通は前妻が亡くなった後お嫁さんをもらうのが通常です」
ティモとお昼のお茶の時間。屋敷はたくさんの人が働いてるけど、僕は完全に蚊帳の外。
「奥様はこの屋敷では働きません。ごゆるりとお過ごし下さい」
そうアンゼルム様の側近、エトムントに言われている。僕の屋敷では母様も働いてたんだ。災害時にお給金払えないかもしれないから、初めから文官を減らしていてね。ワインの出来は本当に天候に左右されちゃうんだ。
まあお金に困ってなくとも、他の貴族の奥様は暇で誰かの乳母として働く人もいるし、行儀見習いの先生をする人もいる。だけど公爵家はさすがにない。される側だ。
僕がぼんやり過ごしているうちに新しい王ハルトムート様も即位した。僕は式典はよくわかんなくてねえ。あんな大きな式典で、長い期間参加するのは初めてで、アンゼルム様の隣でニコニコして頭を下げるのみだった。そんな非日常も終わって本当の日常が戻って来た。
「クルト、長い間放置してすまなかった」
「いいえ、仕方ありませんから」
「それでな……」
この屋敷に来て一年弱は余裕で過ぎていた。彼とはなんの進展もなく、これじゃ屋敷が変わっただけ。社交も即位式や葬儀くらいで、何もせずの時間は長く感じていた。
「はい」
「いや……」
そして無言。彼からの発言は少なかった。僕はモソモソと夕食を食べて部屋に戻りお風呂入ったけと、ティモがやたら丁寧に磨き上げる。
「なんでそんなに丁寧なの?」
「お召です。今夜あなたはご当主の本当の妻になります。だからきれいにしないとね」
「はあ?いつ連絡が来たの?」
「夕食の後にです」
口ごもってたのはそう言う……
「初夜のお部屋にこの後行きますからね」
「なに?その初夜のお部屋って」
「番の儀式みたいなものですよ。公爵家はそういった、新婚夫婦だけの特別なお部屋があるそうです」
「へえ……」
お金のある家はすげえな。即位式の時に会った学友でお嫁に行った人は、旦那様の部屋のようなことを言ってたけど。
「公爵家は違うんですよ。きっと」
「うん」
お風呂を出るとエッロい衣装?のようなパジャマがお盆に乗って置いてあった。ネグリジェなんだけど、ちょっと薄い生地でフリルたっぷりのかわいらしいデザイン。
「どうなのこれ……」
「フリルも多くてかわいいですが……全部ひもでボタン部分がリボンになってますね。ズボンも当然。でもかわいい」
「うん」
ひも引っ張れば全部簡単に脱げる……怖っ!
「どうしよう……なんにも知識ないんだけど」
「そんなものです。旦那様に任せればいいのですよ」
「そうなの?」
「僕もそうでしたから」
「ふーん……」
ネグリジェに着替えた。パンツ透けるんですけど?と、思いながら迎えが来るのを待った。
「ティモ。なんか怖いんだ……」
「大丈夫です。怖くありません」
前の世界で諒太には抱かれてたけど、この体は不信感しかねえ。朝とかちんこ勃つとお尻から何やらぬるんとしたものが漏れてる。ティモは「アン」だからってしか言わない。それはご自分で体験した方がいいって。アンには性のことは何も教えないのがこちらのルール。初夜の後に勉強会があるそうだ。マジか……
「お子様を作る仕組みとか、妊娠中のこととかそんなのを教えてくれます」
「ふーん」
前の世界とは違いすぎる。男女共に保健体育で軽く体の仕組みとか教えるもん。なんもねえとは……それにこの世界に来てから訓練以外魔力を使わない。魔法の国なのになんでだよ。不安過ぎて明後日のことを考えるように。ティモも察しているようで、
「日常では……このポットのお湯が熱いままとか時を止める保存箱とか……そうですね。貴族は騎士や魔法省の者でもなければあまり使いませんね」
庶民やメイドなんか屋敷の管理の人は使っている。火も水も自分でやらないとなにもないからだそうだ。
コンコンコン
うおっ!迎えが来たようだ。どうしよう……ノックの音に手が震えだした。
「お迎えに上がりました」
「はい」
ティモは大丈夫だからいってらっしゃいませと、僕の背中を押して頭を下げる。行って来ると僕は迎えのアンゼルム様のメイドについて歩く。僕の部屋は客間で二階なんだけど、普段上がらない三階の階段をメイドは上がって行く。僕は無言でついて行き、静かな長い廊下は心臓の鼓動しか聞こえない。僕は怖くなって立ち止まりメイドに声を掛けた。
「あの、僕怖いんだ。ものすごく」
「大丈夫ですよ。みんな通る道です」
メイドの彼もアンで夫はここの文官。彼は男爵の奥様だそうだ。大丈夫ですから歩きましょうと促され、一番奥の扉の前に来た。メイドは振り返り、
「旦那様の人となりをこの一年の間に深めることが出来なかったのは残念でしたが、旦那様は優しいいい方です。大丈夫」
「お、そうなの?」
ええ心配はいりません。あちらに任せてくださいって。扉の前でウジウジしてると、いいですか声かけますよって。彼の瞳の色が早くしろって見えた。不安で何もかも悪く取るくらい怖い。大丈夫だからと。「クルト様がお見えです」と彼は中に声をかける。「ああ、入れてくれ」とアンゼルム様の扉越しのくぐもった声。
怖いっ扉をガン見していると……扉が開く。薄明かりの中に、アンゼルム様がソファで長い髪を解いていて、ガウンだけの姿でお酒を飲んでいた。
「どうぞ」
「う、うん」
僕が中に入ると、朝お迎えに参りますと言って彼は滑らかに扉を閉めた。僕はどうしていいかわからず振り返って扉のノブを見つめ動けずにいた。
「パジャマがかわいいな、よく似合ってる。ほら隣においで」
「くっ……はい」
ゆっくりと振り向き、彼の隣に座った。彼に近くづくことすら少なかったけど、甘い花のようないい匂いがする。僕この匂い好きなんだ。
「遅くなってしまったな」
「いいえ……」
怖え!僕こんなにエッチに恐怖を持ったことなかった。相手が好きでしてたからさ。なんとも思ってない人とエッチするとか……怖い以外ないだろ。
「クルトも飲みなさい」
「はい」
僕はお酒苦手なんだけど……でも断れず差し出されたグラスを受け取り一口。あっこれシードルだ。これなら飲めるんだ。甘いのならね。
「よかった。お前は酒をあまり口にしないからな」
「ええ、自分の領地はワインの産地なんですが、好きではなくて」
「そうか」
果物もあるぞ、ぶとうは好きか?って。彼はひとつ摘んで僕の口に入れてくれた。
「あ、あの…ありがとう」
「いいや」
もぐもぐ食べながら照れてかーっと顔が真っ赤になりながらゴクン。
「果物は好きか?」
「ええ、桃もぶどうも……りんごは特に好きです」
「ふーん」
彼は俺のいない間なにしてたんだと聞くから、ぼつぼつと本の内容の話とか、ティモと過ごしてたことを話した。言葉は少ないけどそうかとか、俺はなにしてたとか言葉を交わしていると、時々不思議そうにアンゼルム様は小首を傾げる。何回かそんなことがあってとうとう、
「クルトは見合いの時と感じが違う気がする。俺の気のせいか?」
「フグッ……あの……?」
驚きのあまり変な息の吸い方した。ずっと思ってたそうだ。なんか違うって。見合いの時と見た目は同じなんだが、表情の作り方とかに違和感があって気になってたそう。
「なんかかわいくなったな」
「そ、そうですか?」
「ああ。それと魔力の色というか……魔力に威圧を感じる」
「ヒッ」
どうしよう!バレてる?中身が「クルト」じゃないって……あのクソ神様、適当なことしそうだったもんな。僕を足を振り抜いて蹴り落とすし。
「あの、アンゼルム様。嘘付いてるように聞こえるかもですが、僕の話しを聞いて下さいませんか?」
「ああ、なんだ?」
シードルに酔っているのもあって、気持ちが少し大きくなった。嘘は良くないし、僕の今日までを丁寧に話した。簡潔に話して誤解があってもよくないし。
「それは……ならばお前は「蓮」と言う者なのか?」
「はい。「クルト」の記憶と蓮の記憶を持った蓮です。蓮の意識が話してますから、以前のクルトではありません。ごめんなさい」
うーむと顎を擦る。まあね、これをそのまんま信じる人はいないだろうよ。でも紛れもなく真実なんだ。
「神の奇跡か」
彼は目を見開き、しげしげと僕を上から下まで検分するように見つめる。
「ごめんなさい。嫌ならば結婚を解消していただいて結構です。以前のクルトが気に入ってたでしょうから。明日にも実家に帰ります」
「いや……」
そのまま言葉は止まり、彼の無表情にこれは終わったなと思った。薄暗い部屋の中で、僕はやはり嫌われたのかと、なぜかがっかりした。なぜがっかりしたの?彼が少しは気になってたのかな?分かんないけど。
あーあ父様も母様も悲しむだろうなあ。すごく喜んでたんだよ。白と黒の賢者のお家の結婚は素敵だって。それに援助のお金返せって言われるかも?僕は離縁だと確定した気になって、手に持つ残りのシードルを飲みきった。
また美味しくないご自宅のご飯になるのかとため息がこぼれる。うちには置いてくれないこのシードルも飲めなくなると思った。ならばと勝手に手酌で注いで一気飲み。美味しいものを今のうちに食っとくんだ!フォークを手に果物をバクバク。
「うま……こっちのパイナップルってほんと美味しい。イチゴもこの酸味がいいよな。前世のは甘いだけで味気ないんだよ。桃!あーんうまっ」
「そうか。よかったな」
「え?」
次々に口に入れてて、丁度いちごを口に頬張った時。その声に横を見上げると彼は薄く微笑んでいた。
「あの……ごくん」
「この話は今度じっくり聞かせてくれ。俺は信じるよ」
「え?こんな荒唐無稽な話を?」
なんでこんな話しを信じられるの?ええ?
「ああ、俺は国一番の魔法使いなんだよ。こんな話はなくもない。魂ごとの加護は珍しいけどな」
「そうなの?」
「ああ。神の奇跡はたまにあるものだ」
それに今のお前の方が好みだよって。かわいらしく笑い、なんて美味しそうに食べ物を食べる人なんだろうとずっと思っていたんだって。
「そ、そうですか……」
「ああ。見た目も中身もかわいい」
「は…はい……」
飯は実家の何倍も美味しいから当然だった。それに僕はこの世界に来て更に子供っぽくなってた。二十五だったんだけど、元々幼い感じはあったんだ。なんか直せなくて……それがこの体の記憶と馴染んで余計幼くなったと自分でも気がついていた。
「あの……」
見つめていると彼は僕の頬に手を添え……チュッて軽く唇が触れた。
「嫌ではないか?」
「え、ええ……」
すると彼は立ち上がり、僕をお姫様抱っこしてベッドに寝かせた。
「分かるな?」
「はい……」
分かるけど……口から心臓が出てきそうだよ!
「火が消えたような雰囲気になりましたね」
「うん……ベルント様はいるだけでよかったんだ。それほど素敵な人だったんだよ」
「本当にかわいらしくステキな方でした」
悲しんでいても時は過ぎる。数ヶ月もすると喪も明けて普段通りになったが、その間アンゼルム様はあまり屋敷で見かけなかった。まあ、元々いなかったけど更にね。僕はその間完全に放置。夕食もひとりのことが多かった。
「仕方ありませんよ。王が崩御されたんですから」
「うん」
アンゼルム様にとっては伯父上で、お父上のお兄様にあたる。王の崩御はベルント様の死から数日もせずに起きたんだ。王には持病もなく本当に突然で、会議中に胸を抑えて苦しみだしてそのまんま。
たぶん六十は超えてたし、そんな死に方なら心臓かな?と僕は思っている。大動脈解離とか心筋梗塞とか、心臓の病気はあの年頃は多いからね。前の世界で叔父がそれで亡くなってるから勝手にそう思っている。
アンゼルム様と葬儀出席以降、僕は外に出ることもなく、誰もかまってもくれない屋敷で側仕えのティモとふたりきり。図書室で本読んだり、お庭を散歩して、時々私兵の剣術の訓練に混ざる。まれに兄様がご機嫌伺いに来てくれるけど……ベルント様のお見舞いもなくなった今は、本気ですることもなかった。こんな状況だから晩餐会や舞踏会、お茶会も貴族は中止で、国自体がひっそりしてる感じだ。でもね、あと少しで王の喪は明ける。
「僕はこんな時に旦那様の心の支えになるべきなんだろうけど、そんな繋がりも出来なかった」
妻の役目などなに一つしていない。屋敷にいるだけで、たまに夕食を共にしてポツンポツンと言葉を交わすのみ。
「仕方ないですよ。不幸が重なりすぎましたから」
「うん……」
以前夕食の時にアンゼルム様が「ベルントが俺の生きているうちにお嫁さんを見せて」って願いを叶えたかったから、早くお嫁さんをもらったと言っていた。
「番をふたりは持てませんから、こうなるのは仕方ないです」
「うん。あんまりこういうのはないらしいね」
「ええ、普通は前妻が亡くなった後お嫁さんをもらうのが通常です」
ティモとお昼のお茶の時間。屋敷はたくさんの人が働いてるけど、僕は完全に蚊帳の外。
「奥様はこの屋敷では働きません。ごゆるりとお過ごし下さい」
そうアンゼルム様の側近、エトムントに言われている。僕の屋敷では母様も働いてたんだ。災害時にお給金払えないかもしれないから、初めから文官を減らしていてね。ワインの出来は本当に天候に左右されちゃうんだ。
まあお金に困ってなくとも、他の貴族の奥様は暇で誰かの乳母として働く人もいるし、行儀見習いの先生をする人もいる。だけど公爵家はさすがにない。される側だ。
僕がぼんやり過ごしているうちに新しい王ハルトムート様も即位した。僕は式典はよくわかんなくてねえ。あんな大きな式典で、長い期間参加するのは初めてで、アンゼルム様の隣でニコニコして頭を下げるのみだった。そんな非日常も終わって本当の日常が戻って来た。
「クルト、長い間放置してすまなかった」
「いいえ、仕方ありませんから」
「それでな……」
この屋敷に来て一年弱は余裕で過ぎていた。彼とはなんの進展もなく、これじゃ屋敷が変わっただけ。社交も即位式や葬儀くらいで、何もせずの時間は長く感じていた。
「はい」
「いや……」
そして無言。彼からの発言は少なかった。僕はモソモソと夕食を食べて部屋に戻りお風呂入ったけと、ティモがやたら丁寧に磨き上げる。
「なんでそんなに丁寧なの?」
「お召です。今夜あなたはご当主の本当の妻になります。だからきれいにしないとね」
「はあ?いつ連絡が来たの?」
「夕食の後にです」
口ごもってたのはそう言う……
「初夜のお部屋にこの後行きますからね」
「なに?その初夜のお部屋って」
「番の儀式みたいなものですよ。公爵家はそういった、新婚夫婦だけの特別なお部屋があるそうです」
「へえ……」
お金のある家はすげえな。即位式の時に会った学友でお嫁に行った人は、旦那様の部屋のようなことを言ってたけど。
「公爵家は違うんですよ。きっと」
「うん」
お風呂を出るとエッロい衣装?のようなパジャマがお盆に乗って置いてあった。ネグリジェなんだけど、ちょっと薄い生地でフリルたっぷりのかわいらしいデザイン。
「どうなのこれ……」
「フリルも多くてかわいいですが……全部ひもでボタン部分がリボンになってますね。ズボンも当然。でもかわいい」
「うん」
ひも引っ張れば全部簡単に脱げる……怖っ!
「どうしよう……なんにも知識ないんだけど」
「そんなものです。旦那様に任せればいいのですよ」
「そうなの?」
「僕もそうでしたから」
「ふーん……」
ネグリジェに着替えた。パンツ透けるんですけど?と、思いながら迎えが来るのを待った。
「ティモ。なんか怖いんだ……」
「大丈夫です。怖くありません」
前の世界で諒太には抱かれてたけど、この体は不信感しかねえ。朝とかちんこ勃つとお尻から何やらぬるんとしたものが漏れてる。ティモは「アン」だからってしか言わない。それはご自分で体験した方がいいって。アンには性のことは何も教えないのがこちらのルール。初夜の後に勉強会があるそうだ。マジか……
「お子様を作る仕組みとか、妊娠中のこととかそんなのを教えてくれます」
「ふーん」
前の世界とは違いすぎる。男女共に保健体育で軽く体の仕組みとか教えるもん。なんもねえとは……それにこの世界に来てから訓練以外魔力を使わない。魔法の国なのになんでだよ。不安過ぎて明後日のことを考えるように。ティモも察しているようで、
「日常では……このポットのお湯が熱いままとか時を止める保存箱とか……そうですね。貴族は騎士や魔法省の者でもなければあまり使いませんね」
庶民やメイドなんか屋敷の管理の人は使っている。火も水も自分でやらないとなにもないからだそうだ。
コンコンコン
うおっ!迎えが来たようだ。どうしよう……ノックの音に手が震えだした。
「お迎えに上がりました」
「はい」
ティモは大丈夫だからいってらっしゃいませと、僕の背中を押して頭を下げる。行って来ると僕は迎えのアンゼルム様のメイドについて歩く。僕の部屋は客間で二階なんだけど、普段上がらない三階の階段をメイドは上がって行く。僕は無言でついて行き、静かな長い廊下は心臓の鼓動しか聞こえない。僕は怖くなって立ち止まりメイドに声を掛けた。
「あの、僕怖いんだ。ものすごく」
「大丈夫ですよ。みんな通る道です」
メイドの彼もアンで夫はここの文官。彼は男爵の奥様だそうだ。大丈夫ですから歩きましょうと促され、一番奥の扉の前に来た。メイドは振り返り、
「旦那様の人となりをこの一年の間に深めることが出来なかったのは残念でしたが、旦那様は優しいいい方です。大丈夫」
「お、そうなの?」
ええ心配はいりません。あちらに任せてくださいって。扉の前でウジウジしてると、いいですか声かけますよって。彼の瞳の色が早くしろって見えた。不安で何もかも悪く取るくらい怖い。大丈夫だからと。「クルト様がお見えです」と彼は中に声をかける。「ああ、入れてくれ」とアンゼルム様の扉越しのくぐもった声。
怖いっ扉をガン見していると……扉が開く。薄明かりの中に、アンゼルム様がソファで長い髪を解いていて、ガウンだけの姿でお酒を飲んでいた。
「どうぞ」
「う、うん」
僕が中に入ると、朝お迎えに参りますと言って彼は滑らかに扉を閉めた。僕はどうしていいかわからず振り返って扉のノブを見つめ動けずにいた。
「パジャマがかわいいな、よく似合ってる。ほら隣においで」
「くっ……はい」
ゆっくりと振り向き、彼の隣に座った。彼に近くづくことすら少なかったけど、甘い花のようないい匂いがする。僕この匂い好きなんだ。
「遅くなってしまったな」
「いいえ……」
怖え!僕こんなにエッチに恐怖を持ったことなかった。相手が好きでしてたからさ。なんとも思ってない人とエッチするとか……怖い以外ないだろ。
「クルトも飲みなさい」
「はい」
僕はお酒苦手なんだけど……でも断れず差し出されたグラスを受け取り一口。あっこれシードルだ。これなら飲めるんだ。甘いのならね。
「よかった。お前は酒をあまり口にしないからな」
「ええ、自分の領地はワインの産地なんですが、好きではなくて」
「そうか」
果物もあるぞ、ぶとうは好きか?って。彼はひとつ摘んで僕の口に入れてくれた。
「あ、あの…ありがとう」
「いいや」
もぐもぐ食べながら照れてかーっと顔が真っ赤になりながらゴクン。
「果物は好きか?」
「ええ、桃もぶどうも……りんごは特に好きです」
「ふーん」
彼は俺のいない間なにしてたんだと聞くから、ぼつぼつと本の内容の話とか、ティモと過ごしてたことを話した。言葉は少ないけどそうかとか、俺はなにしてたとか言葉を交わしていると、時々不思議そうにアンゼルム様は小首を傾げる。何回かそんなことがあってとうとう、
「クルトは見合いの時と感じが違う気がする。俺の気のせいか?」
「フグッ……あの……?」
驚きのあまり変な息の吸い方した。ずっと思ってたそうだ。なんか違うって。見合いの時と見た目は同じなんだが、表情の作り方とかに違和感があって気になってたそう。
「なんかかわいくなったな」
「そ、そうですか?」
「ああ。それと魔力の色というか……魔力に威圧を感じる」
「ヒッ」
どうしよう!バレてる?中身が「クルト」じゃないって……あのクソ神様、適当なことしそうだったもんな。僕を足を振り抜いて蹴り落とすし。
「あの、アンゼルム様。嘘付いてるように聞こえるかもですが、僕の話しを聞いて下さいませんか?」
「ああ、なんだ?」
シードルに酔っているのもあって、気持ちが少し大きくなった。嘘は良くないし、僕の今日までを丁寧に話した。簡潔に話して誤解があってもよくないし。
「それは……ならばお前は「蓮」と言う者なのか?」
「はい。「クルト」の記憶と蓮の記憶を持った蓮です。蓮の意識が話してますから、以前のクルトではありません。ごめんなさい」
うーむと顎を擦る。まあね、これをそのまんま信じる人はいないだろうよ。でも紛れもなく真実なんだ。
「神の奇跡か」
彼は目を見開き、しげしげと僕を上から下まで検分するように見つめる。
「ごめんなさい。嫌ならば結婚を解消していただいて結構です。以前のクルトが気に入ってたでしょうから。明日にも実家に帰ります」
「いや……」
そのまま言葉は止まり、彼の無表情にこれは終わったなと思った。薄暗い部屋の中で、僕はやはり嫌われたのかと、なぜかがっかりした。なぜがっかりしたの?彼が少しは気になってたのかな?分かんないけど。
あーあ父様も母様も悲しむだろうなあ。すごく喜んでたんだよ。白と黒の賢者のお家の結婚は素敵だって。それに援助のお金返せって言われるかも?僕は離縁だと確定した気になって、手に持つ残りのシードルを飲みきった。
また美味しくないご自宅のご飯になるのかとため息がこぼれる。うちには置いてくれないこのシードルも飲めなくなると思った。ならばと勝手に手酌で注いで一気飲み。美味しいものを今のうちに食っとくんだ!フォークを手に果物をバクバク。
「うま……こっちのパイナップルってほんと美味しい。イチゴもこの酸味がいいよな。前世のは甘いだけで味気ないんだよ。桃!あーんうまっ」
「そうか。よかったな」
「え?」
次々に口に入れてて、丁度いちごを口に頬張った時。その声に横を見上げると彼は薄く微笑んでいた。
「あの……ごくん」
「この話は今度じっくり聞かせてくれ。俺は信じるよ」
「え?こんな荒唐無稽な話を?」
なんでこんな話しを信じられるの?ええ?
「ああ、俺は国一番の魔法使いなんだよ。こんな話はなくもない。魂ごとの加護は珍しいけどな」
「そうなの?」
「ああ。神の奇跡はたまにあるものだ」
それに今のお前の方が好みだよって。かわいらしく笑い、なんて美味しそうに食べ物を食べる人なんだろうとずっと思っていたんだって。
「そ、そうですか……」
「ああ。見た目も中身もかわいい」
「は…はい……」
飯は実家の何倍も美味しいから当然だった。それに僕はこの世界に来て更に子供っぽくなってた。二十五だったんだけど、元々幼い感じはあったんだ。なんか直せなくて……それがこの体の記憶と馴染んで余計幼くなったと自分でも気がついていた。
「あの……」
見つめていると彼は僕の頬に手を添え……チュッて軽く唇が触れた。
「嫌ではないか?」
「え、ええ……」
すると彼は立ち上がり、僕をお姫様抱っこしてベッドに寝かせた。
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