神様と猫と俺

琴音

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14 まさかの迷子……

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 ンッ…うう……体が熱い……うーっ俺は寝苦しくて目を開けた。外はまだ暗く、ユーリ様は横で寝息を立てている。起こさないように俺はそっと布団から出て自分を見ると、汗だくでほんのり肌も赤い。風引いて熱出してるみたいな見た目だし、心臓はバクバクするし。
 
 ん?バクバク?俺はすぐに耳を澄ませた。ドクドクと胸の鼓動を感じる。そっか、こちらの心臓に切り替わったのか。へえ、今までと変わらなく感じる。でも……俺はもう人間じゃない。もう輪廻からも外れたけど、後悔もない。ユーリ様好きだし、アランも好き。きっとこれから感性も変わるだろうし、ここの居心地は更によくなるはずだ。

 多少引っかかるものはあるけどさ。俺が将来心変わりするかもなのはユーリ様は分かってるからいいとして、なんかしっくり来ないモヤモヤするが、なにと言われれば分からん。考えても無駄か。

「暗いけど汗だくで気分悪いな。ベタベタするし汗は引かないし、流して来るか」

 俺は外に出て、池のようになっているところと川の境あたりに降り立った。透き通った水は月明かりで底まで見える。

「うん。流れは弱そうだな。浅く見えるし」

 ザブッと足を入ると膝下くらいまでしか水がなかった。あららここは浅いのか、寝転ぶ。適当な大きさの石を枕に流れに身を任せ、汗を流した。熱が抜けないから川に入っているのに汗ばむけど気持ちいい。

「体が変わるって大変だな」

 月は半月より膨らんでて、目が慣れれば周りも更によく見える。はあ……気持ちいいなあ。風がひんやりしていい。目を閉じて水の流れを感じていると遠くからグルル……ハァハァと、なにかの息遣いが聞こえるんだけど?
 なんだろうと後ろを振り返ると、オオカミの群れが……あれ?俺食われちゃう?ザバッと水から起き上がると、オオカミの唸り声が止まって、彼らは俺をじっと見つめる。デケェなあ、なんて危機感のない感想を持ったり。つか、なんか怖くないんだよね。金色の瞳に敵意を感じないんだ。すると一匹が前に出た。

「ユーリ様の御子。すまぬが谷に落ちた子を助けてくれぬか」

 え?オオカミがしゃべった!

「御子なら俺たちの声が聞こえるのは当然だろう」

 小首を傾げて何言ってんのって顔されたけど、俺御子になったのをさっきだからね。仕方ないでしょ。でも気を取り直して、話を聞いた。

 彼らは群れで移動中に崖があって、子どもがはしゃいで歩いてたら落ちたそう。オオカミだからケガはないけど、切り立った崖で降りたら上がれそうもない。下から回るには遠すぎるなあと親はどうするかと考えていた。そんな時、近くに俺たちの気配を感じたそうだ。

「そう。どこなの?」
「感謝する。御子よ」

 俺はまあフラフラするけど飛べるし帰って来れるでしょと、オオカミに背に乗れと言われて跨った。

「御子、俺の首にしっかり掴まれ」
「うん」

 オオカミは行くぞと言うと、すごいスピードで走り出した。おおっ揺れる!彼らは森を全速力で走り抜ける。オオカミは乗り物じゃねえ!木を避け風のように彼らは走る。すごーい!たまに枝がビシッと顔に当たって涙目になりながらしがみついていると、森がふっと切れた。

「この下だ」
「ハァハァ、うん」

 オオカミから降りてギリギリを攻めて下を見ると、子どもが崖の下に二匹。登ろうとしてるけど土が柔らかくて、途中でずり落ちて泥だらけになっている。

「御子お願いだ」
「任せてくれ」

 俺はふわっと子どもの側に降り立った。親が御子だから噛むなよと声がけしてくれた。気遣いありがとう。子どもたちはキャンキャンと吠えて尻尾を振ってとてもかわいい。

「みこさま?」
「うん。パパたちのところに帰ろう」
「うん!」

 手を出すと寄って来てスリスリ。かわいい!中型犬くらいかな。ふかふかでかわいくて、みこさまみこさまと擦りく二匹を抱いて崖の上に戻った。

「感謝する。御子」
「いいえ、どういたしまして」

 二匹を地面に降ろすと、後ろにいた母親の所に一目散に駆け寄って行って本当にかわいい。母親は、だから騒ぐなって言ったでしょ!御子様にも迷惑かけてとガウガウ叱って、子どもはごめんなさいと、キューンと鳴いて頭を下げた。

「せっかくの初夜の邪魔を許してくれ。御子になりたてで頼むことではなかったのだが……」
「気にしなくていい。ここから滝まで帰ると飛ぶ練習にもなるからさ」

 俺は申し訳なさそうに頭を下げる父親にいいよと笑った。

「そう言ってくれるか。ならばいつか借りを返したい。困った時は呼んでくれ。俺はリシュオン」
「うん」

 ではまたとリシュオンが軽く頭を下げると、オオカミたちは走り去った。
 つかさ、これ初夜バレてるよね?ここの生き物はなんで分かるの?俺はボッと顔が真っ赤になった。ユーリ様が言ってたのはこれかもと、カアーッと顔が熱くなった。
 よく見れば俺全裸だしオオカミの毛が体中に付いている……帰るか。手で払えるだけ毛を払ってスーッと木の上に出たけど……滝はどこかなあ。見えないけど?でも真っすぐ来たような……まああっちかな?と、来た方向に移動した、が。

「えへへ……迷子だ」

 全部同じにしか見えない。滝の音もしないし川もない……どうしよ。東はうっすらと紫になり始めて日の出が近い。ユーリ様俺が隣にいなくて怒ってるかな。どうしよう……フヨフヨと飛びながら滝を探した。でも完全に明るくなる頃になっても滝は見つからない。そんなに移動してなかったんだけど山の方だよね?山違い?うろうろと見ながら探すけど、なんにもない。

「まずいな」

 少し小高い森を抜けると広めの草原が現れた。どうしよう、来る時こんな草原なかったし。俺は飛ぶのに疲れて草原に降りたった。

「やべぇ。昼間に出たのに方向が分からん。オオカミがまっすぐ走ってた気がしただけかも」

 ここは広くてなあ。目印とか確認してなかったのが敗因だな。でも体の熱は取れたかも。いつもと変わらない感じがするからね。あーあと寝転んでどーしよと呆然。空は朝の色で雲がゆっくり流れ、風はソヨソヨと吹く。なんとも心地いいが、どーしたもんか。すると、

「リオネル!リオ!どこだ返事しろ!リオ!」
「え?ユーリ様の声?」

 リオ!どこだリオ!となおも聞こえる。俺は起き上がってキョロキョロしたけど、神様はどこにも見えない。これ頭に直接聞こえるんだな。念話とか言うやつだ。実際にあるとは思わなかった。じゃねえ。

「ここです!草原の……広い草原でここどこ?オオカミの子を助けたら滝が分かんなくなって迷子に……ごめんなさい」
「そこから動くな」
「はい」

 声が聞こえなくなって広い草原にぽつんと座って待っていた。あー怒られる。すごく焦った声だったもん。叩かれるかも……親父怒ると手が出る時あったからなあ。危険なことした時に。
 ぼんやり小鳥のさえずりを聞いていたら空から、リオ!と聞こえて上を見上げるとユーリ様。俺もフラフラと飛んで隣に浮いた。ユーリ様の顔は焦りと怒りが見えて怖い。

「ごめんなさい……体が熱くて川で汗流してたらオオカミが来て、子どもが崖に落ちたから助けてって。そしたら帰り道が分からなくなって……ごめんなさい」

 俺の話を聞くとフンと鼻を鳴らして、安心したように肩を落とした。

「心配したんだ。隣にいないし滝にもいなかったから」

 声は怒ってないけど、申し訳なくてまともに顔が見られない。下向いてたら涙がぽろぽろ溢れた。いるはずの俺が隣に寝てなければ不安になるよね。ごめんなさい……ごめんなさいと俺はずっと言っていた。なぜか強く申し訳ないと感じて、叱られたくらいなのに子どもみたいに涙が溢れた。

「もういい」
「はい……」

 頭をポンポンとすると手を掴まれて、そのまま滝の部屋に戻った。ユーリ様はソファに座りムスッ。俺は泣き止んでたけど隣に立ったまま、なんだかソファに座れなかった。

「リオ」
「はい」
「俺から離れる時は声を掛けなさい。この森の者はお前が御子になったのを感じている。これからもこうやって声を掛けてくるから、土地の地図は頭に入れなさい」
「はい……」

 もう泣くなよと手を引っ張られチュッとまぶたに温かな唇が触れた。服を着なさいと言われて、タンスからパンツとシャツ……は俺のサイズじゃなかった。ゴソゴソと引き出しの中をかき混ぜたがない。アラン俺の入れてない……下着もなにもかもユーリ様のしかない。仕方なく着て来た服を身につけた。汗くちゃいし、オオカミ臭いかも。

「ほら座れ」
「はい」

 服を着る間にユーリ様があったかいコーヒーを淹れてくれていた。俺はそれを一口、美味しい。

「俺もレオが外に行くとは思わず全部伝えなかったのが悪いな。迷子になって心細かったろ?」
「うん……ごめんなさい」

 お腹もすいただろうから食べたら帰るぞって。冷蔵庫から食べ物を出してくれて、見たことないオーブンのような物にお皿を入れる。ドアを閉めダイヤルを回すとジーッと音がしてて、チンとなると料理から温かいのか湯気が出ていた。

「なんですか?それ」
「電子レンジ」
「神の国のものではないですよね?」
「ああ、現世のものだな」

 俺はここに来て一ヶ月。向こうは三十年過ぎてるから……へえ、家電も進んでるんだな。応接セットのテーブルに食事を置いて並んで座る。

「皿も料理も熱いからな」
「はい」

 神様ってこうしてると人間のようだね。多少魔法みたいな力を使うけどさ。迷惑かけたせいか自分から話が出来なくて、用意してくれた料理を無言で食べた。

「リオ」
「はい」
「俺は怒ってない。普通にしてくれ」

 もぐもぐと食べながらユーリ様。

「すみません……でも心配掛けた自分が許せなくて」
「まあなあ。でもお前が考えなしに動くことは確認出来たからいい」
「はあ……」

 家に帰ったら大変だから機嫌を直せと。俺は食べ終わってお皿をシンクに下げた。洗剤は?あるな。昨日のグラスとかお皿もあるから洗い始めた。

「何してるんだ?」
「いえ、帰る前にお皿洗おうかと」
「しなくていい。後でアランが来るから」
「え?でもここ遠いし」

 ユーリ様は立ち上がり俺の隣に来て手を洗えって。ここまで遠くないからって。でもアランも大変だろうしと言ったが、今日くらい甘えろって。

「でもここまで一時間くらい掛かりましたよ?」
「それはお前が御子じゃないからだ。使徒は……すぐ来れるんだ」
「そうなの?」

 そんな話をしているとアランがガラスのドアの前にいた。ドアを開けて入って来て、

「あれ?まだ出発されてなかったのですか?」
「うん。ちょっと色々あってな」
「ふーん。家は大変なことになってますから、リオネル様は心して帰宅して下さいね」

 なにがとユーリ様を見上げると、ニコッとしただけ。話してよ。

「帰れば分かるさ」

 アランがとりあえず帰れって。でもすぐに待ってと。

「リオネル様。ご結婚おめでとうございます。これからは妻として、御子様としてお過ごし下さい。分からないことはお手伝いしますからね」
「ありがとうアラン」

 あいさつは済んだから早く帰れと部屋から追い出されて、ユーリ様がフォンとあの霧のようななにかを空中に出した。

「これがあるから移動時間なんて関係ないんだよ。でもお前はここを把握していないし、これが出せないからな」
「ああ、忘れてました。始めて会った時に通りましたね」

 さあ帰るぞと中に入ると家の居間。俺はくちゃい服が嫌で、着替えてくるとユーリに声を掛けて二階に上がった。階段を登り切り、廊下を歩いていると横目に窓の外の色が……なにあの空。彩雲って言うんだよね?虹色に空が……アラン!はいねえよ。とりあえず着替えようと部屋に入り、タンスを開けて急いで着替えた。汚れ物は持って脱衣所のかごに投げ込み、居間に急いだ。

「ユーリ様あの空はなんですか!」
「うん?俺とお前の結婚を表した空で瑞雲と言う」
「ゲッ……」
「ちなみにあの世と人間が言う世界全部の空があの色だ」
「あはは…は……」

 そうか、ユーリ様は最高神だもんね。その結婚だもんね……当然か。でも俺がここにいるのをどれだけの神様が知ってたんだろう。びっくりしてないかな?してないよとシレっとユーリ。

「全員だ。隠すことでもないからな」
「神様と契ったのが……おお…ぅ……恥ずかしい」

 なんでそんな顔をする?御子は特別なんだ。お前は特別なの。前の妻たちとは違うんだよって。

「え?そんなの聞いてない。どういうことですか?」
「あれ?言ってなかった?」
「聞いてません!」
「そう……」

 そっかと顎を擦る。なんかとても大切なことみたいに聞こえたけど?前の方たちとは違うと。なんだそれ!恥ずかしさはどっかに飛んで行き、特別とはなんだ!と食い下がった。

「まあ座れ」

 横でフォンと音がして、だだいまあーってアランが帰って来た。アランは俺がユーリ様を睨んでるのを見て、え?何かありました?と小首をかしげた。あったよ!アランも知ってて黙ってたろと怒鳴った。なにがと不思議そうにしていると、ユーリ様がアランに手招きしてヒソヒソ耳打ち。

「あ~……主様が話すかと」
「忘れてた」
「ゲッ……それは怒っても仕方ないですよ」

 更にヒソヒソと内緒話みたいに!隠し事するなと言ったのはユーリなのに!

「いやいや、隠したつもりはない。忘れてただけ」
「もっと悪い!」
「そうだな」

 悪びれた様子もなく、アランも主様はもうって脱力。ユーリは話すから座れって言われて、俺はドスドスと歩いて向かいに座った。

「さあ話して下さいませ!」

 俺はふたりをキッと睨んで詰め寄った。あの空の色が不安で安心材料が欲しくて睨んだまま。ふたりは落ち着いてと微笑んで、アランは食事は済んでるようですからお茶をと、キッチンに向かった。



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