神様と猫と俺

琴音

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6 アランと畑見学と神の逆鱗

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 アランがこの狭間の世界を案内してくれるそうで、彼はせわしなく支度をしている。まずは屋敷を見ましょうかと外に出た。

「どうですか?かわいいでしょう」
「うん」

 玄関を出て見上げると、神様の家とは思えないこじんまりとした、南フランスの農家を少し洗練させたような中と同じ感じの屋敷だった。居間やキッチンは一階のほぼ全部使ってるから広いしな。奥に離れで丸い塔のような神様の私室と、渡り廊下の手前にアランの部屋。俺が使っている二階の部屋は、お友だちの神様が来た時用の客間が三つある。
 白い壁にオレンジの屋根。玄関の扉も植物のレリーフが彫られていて、小さな屋根が付いている。ノブは真鍮かな?細かな細工がしてある。窓の柵も美しい黒の鉄で、ツゴシック様式のなんともかわいらしい作りだ。

「神様のお住いには見えないな」
「ええ。神殿のような所に住んでいた時期もあるんですが、これが一番落ち着くと」
「ふーん」

 たくさんの神の集まる場所としてその神殿は今もあるが、人の世界で言うところの集会所だそう。神と使徒しか使わない場所だそう。

「まあ、この黄昏の世界全部が家みたいなもので、屋敷は寝室と食堂ですかね」
「二人だけの世界だから確かにそうだな。神殿はどこに?」
「この世界のずーっと向こう。あの霞んだ山の奥の冥界との境です」

 この屋敷は小高い丘の上にあって、眺めは最高。三六〇度全部見渡せる。木々は低木で視界を遮らないからどこまでも見えるんだ。玄関から小道が下っててな。

「ここで小麦も米も野菜に家畜。全てを生産します。人の世と同じ」

 あちらの方角にありますよと遠くを指を差すが、猫の手だから指がわからん。

「ひとりでしているのか。大変だろう?」
「そうでもありません。この世界は人の世とは理が違いますから。同じに見えますがね」

 さあ、私の畑を御覧くださいませと、かわいい手を俺に差し出す。ふかふかの猫の手。

「手を繋ぐの?」
「はい。さあ」
「ああはい」

 いくら俺が小柄とはいえ、猫とでは少し屈まがなきゃだね。手を握ると俺の知ってる猫の手だ。

「ふかふかだ」
「では参りましょう」

 その声と共に浮いた。ウソッ!足が地面から離れた。アランなんだこれ!

「手を離すと落ちます。行きますよ」
「いやああ!」

 スーッと垂直に空に浮かんでそのまま横に移動なのかあ!いやーッ

「高いところ苦手ですか?」
「そうじゃないっ人は飛ばないんだよ!」
「そっか」

 ならばゆっくり飛びましょうねと減速してくれた。

「ハァハァあのねアラン。そういうことじゃなくてね」
「ほら見えてきました」

 話は聞かないスタイルですか。そうですか。眼下には畑が……季節無視でとうもろこしに桃、いちごにキャベツに人参、レモンやみかんの木にオリーブとか。植えたばかりの米の苗の横に黄金色の稲穂……その横には麦。なんだここ。

 降りますよと言われて畑の農道に足から垂直に降りた。

「ここどうなってるの?」
「神の地ですからね。人から見ればなんでもありですかね。でもこれがここの理です」

 アランの手を離して歩くことにした。空は高く真っ青で清々しい風が吹く。小鳥の声とモーッと遠くに牛の鳴き声もする。何より人の気配がなく、深い森の中のような静けさがあった。

 土を踏みしめ野菜や果物を見た。どれもよく育ってて虫食いもなく、陽の光にツヤツヤだし。俺こんなきれいな野菜見たことない。おっトマトだ。アランは怒らないだろうと勝手にもいで食べてみた。

「うわー美味い。味が濃いな」
「でしょう。ここの野菜はとても美味しい」

 勝手に食べてごめんなさいと謝ると、好きなだけどうぞと言われ、トマト片手にアレンと先を歩く。日差しもポカポカとしてて気持ちいい。でも……

「アレン」
「何でございましょう?」

 俺は言葉が出なかった。美しい楽園のような畑が広がり、空気も排気ガスの匂いもなく甘く感じる。草や土の香りが強くて自然の力強さも感じるけど……俺が漁師だからかな。海では人の気配もなく、凪の日は俺と親父だけ。世界には他に人がいないんじゃないかと思うような日もあったんだ。その感覚に近く、なんか怖く感じる。

「どうされましたか」
「うん」

 俺の腰にポンポンと手が触れる。

「こんな絵の中のような世界でアレンと神様だけなんて……本当に寂しくないの?」

 アランは前を向いたまま、私は長いことこれを当たり前として来ましたからねえと。

「それにここを出れば神も人も動物もいますから、本当にこの黄昏の世界が全部家と考えるのが妥当です。難しく考えずとも慣れますよ」
「そう……かな」

 世界と考えるからおかしいのか?全部家か……山の中の一軒家くらいに考えればいいのかな。ねえアレン。

「まさしく。主様と奥様。それと私の三人のお家ですね」
「そう考えて見てみれば寂しくはないかな」
「そうですよ。さて、家畜も見ましょうか」
「うん」

 この世界が全部家の中ならば三人でいてもおかしくない。他人がいないのは当たり前になる。ブツブツと俺は考えて、なんとなくだけど納得出来た。さあさあ私の大切な家畜を見ましょうねって楽しそうなアランの後ろを歩いて行く。遠くの柵の中に、黒い牛と白黒のホルスタインがそこそこの数草を食んでいた。この白黒の牛だけは名前を知ってるんだ。牛乳の牛だから。

「いやいや、この茶色いジャージー牛は乳も肉も美味しゅうございますよ」
「ふーん」
「鶏はあちら。卵もたくさん産みます」

 コッコッコッと牛の隣の柵の中を走り回っていて、足元には黄色いひよこもたくさんいた。かわいい。

「あなたのご飯ですね」

 グッ……また情緒のない発言を。この猫は。

「あのねアラン。そう言われると食べれなくなるだろ」

 でもねリオネル様と微笑む。

「生き物は循環しているのです。その循環、食物連鎖から外れているのが人間。彼らは肉になる前は生きているのです。それを認識し、感謝しないといけません。魚も同じです」
「はい。習ったから知ってる」

 ほら、ここに私が作った東屋がございます。座りながら見物してくださいと案内してくれた。鶏小屋の近くに四角い木の柱の小屋の壁なしって感じで、そこにイスとテーブルが置いてあった。木の温もりのあるデザインで、角を落としてある素朴な物だ。

「のどかだね」
「ええ。さあどうぞ」

 アレンはどこから出したのかお茶の用意をして、クッキーとかもお皿に用意。

「こうしてみると素敵なところと感じませんか?」
「うん」

 ピーヒョロロ……とトンビの鳴き声が澄んだ空気に響く。初夏のような、春先のいい天気のような気候で……いいね。

「ねえアラン。猫にならない?」
「はあ?」

 こんな日はお膝に猫を抱いて、まったりしたい気分だよね。猫になる……私がニャアしか話せなかったのは遥か昔のこと。出来るかなあって言いながら俺の膝に乗ってくれた。

「神様にお願いすることではないのは分かってるんだけど、ありがとう」
「それはまあ。えっと猫は……丸くなればよろしいか」
「うん」

 猫らしくなってくれて俺は背中を撫でた。ふわふわで触り心地のいい毛皮だ。オスだからちょっと筋肉質で……猫だあ。お日様の匂いがする毛皮だね。んふふっ

「あの……リオネル様」
「なに?」
「雨の匂いがする気が。主様に殺されるのはちょっと……」
「何の話?」

 俺はアランを抱き、顔を埋めて毛皮の匂いを楽しんで、のどをナデナデ……反射なのかゴロゴロと鳴らし尻尾がゆらゆら。

「忘れてた気持ちよさを……ああ……」
「いいでしょう。ふふっ」

 猫好きでね。友だちのエトワールのお家の黒猫をよく抱かせてもらったんだよね。懐かしい。などと楽しんでいたら空がかき曇り、ポツポツと雨が。

「雨降って来たね」
「へ?あわわ……降ります!離して下さいませ」
「なんで?」
「主様が見ておられたようです」
「ふーん」

 ふーんじゃない!主が怒ってるって焦っているけど意味分からん。アランが必死に俺に説明しているうちに風が強くなり、嵐のように。なにこれ。さっきのポカポカどこ行った。

「主!他意はございません!申し訳ございません!」

 アランは頭を抱えて地面で丸くなった。ん?

「アラン……」
「ひゃい!」
「あれ。神様どうされたのです?俺たち畑見てたのに」

 知らないうちに鳥小屋の近くに神様が来てて、こちらに歩いて来た。こんな雨なのに濡れないでね。隣に着いた神様を俺が椅子から見上げると、穏やかに笑ってるけど東屋に雨が吹き込んで、ピシャアと雷。アランはガタガタ震えてるし、俺とアランはビチョビチョ……この天気は神の怒りかな。なんで?

「悪気はないのは分かっている」
「は、はい。私も……すみません」

 アランは震えて謝ってるし、膝に乗せて猫っぽくしてもらっただけなのになあ。

「神様はなにをそんなにお怒りなんです?」
「ふふっ分からぬか」
「ええ」

 凄みのある笑顔で俺を見つめるけど、嵐は更に激しくなり、牛も鶏も騒ぎ出して小屋に戻っている。森の木々も激しく揺れ、バキッと枝が折れてるような音までする。

「あの……俺が気分を害したのですよね。申し訳ございません。怒りを鎮めてもらえませんか?いくらでも謝りますから」
「いや。俺が……」

 俺がなんかしたんだと申し訳なくなって謝ると、目が据わっていた神様が目を伏せた。するとすぐに風と雨が止み、雲の切れ間からお日様が顔を出した。おお?落ち着いたか。

「すまぬ」
「いいえ私が浅慮でした。主様が触れる前に……申し訳ございませぬ」

 アランはひれ伏してから起き上がり、フワッと体が光るとビチョビチョだった毛はフカフカに戻った。周りの野菜も森も時を戻すように直っていく。スゲェ……

「リオネル」
「は、はい!」

 俺の隣の椅子に座り胸に抱き寄せた。

「すまない。俺は……アランさえ許せなく思って……」

 なんで?なにが怒りになったのか全然分からん。

「あの、彼にとっては猫ごっこのようなものですよ?」
「分からぬか」
「はい」

 ならばと頬を掴まれて顔をクイッとされた。ん?

「なぜ分からぬ?」
「はあ、現世の友だちの猫を思い出して抱かせてもらっただけですから」
「ふーん」

 神様なに言ってんの?頭にクエッションマークだらけで神様を見つめた。

「なら分かってくれ」
「はあ?なにを?」

 スッと顔が近づきチュッとされた。へ……え?

「俺はお前を妻に迎えたいと言った。覚えているか?」
「はい……」
「それなのにアランを膝に乗せ背中や腹に顔を埋めて……嬉しそうにしていた。理解はしているんだが、上手く……飲み込めない」

 俺もお前に触れるのを我慢してるのに、アランは猫というだけでお前の警戒心を解いてしまう。つい感情が高ぶったと。

「申し訳ございません!」

 ビシッと直立不動でアランは叫んだ。ほー猫って背筋真っすぐに出来るんだな。

「いや、久しぶりに妻をと思った者だったからだろう。俺が悪いな」
「あの……それは」

 お前好きな者はいなかったのか?と問われたが、生活に余裕はなく、いつかお嫁さんもらえればいいかなってくらい。俺は恋愛ごとには疎くなっていた。性欲もないと言うつもりはないけど、親父のように女の人がたくさんの飲み屋に行きたいとも思ってなかった。興味がないと言えば嘘になるけど、心の内を話した。

「そうか……それでかもな」
「なにが?」
「分からなくていい」
「はあ」

 キスは嫌ではなかったか?と言われたけど、そうだね。嫌じゃないな。

「そうか。こうして抱かれるのは?」
「うーん。兄貴分や親父に抱かれてるのと同じでしょう?」
「そう考えるのか」
「はい」

 うん?そっか!俺は嫁にと請われてたんだ!ああ……猫の姿なだけでアランは使徒だ。たぶん人と変わらないことが出来るのかもな。あらら、これは……やっちまったか。

「あのごめんなさい。そこまで考えてませんでした」
「分かってくれれはよい」

 もう少し抱かせてくれとひょいと隣から持ち上げられて膝に乗った。

「あの?」
「ふふっ」

 チュッともう一度。あれま……本当に嫌じゃない。来たばかりでそのケはないはずなのに。

「少し……」
「え?」

 唇がフワッと重なる。んっ……

「あの!」

 開いた口に舌がっ!ヌルヌルと絡まる。あの!んんっフッ…待って。んうぅ……ジタバタしたけど抱かれてキスが……あれ?股間に変な感じが……嘘でしょ!

「神様やめて……ハァハァ……おかしいんだ」
「なにが?」

 ここか?と撫でられてビクッ

「やめて……」

 恥ずかしいっなんで男に反応するんだ俺の息子!

「昨日の今日で馴染むとは。もっと掛かるかと思ってたが、お前は素直なんだな」
「へ?」

 そのまま続けられたら頭ふわふわして来た。俺実はしたことないんだ。かわいいと思う人はいたよ。学生時代の……ソフィアとか。赤毛のロングできれいでね。それに弾けるように笑う子だった。それが今や二つ上のジェームズの妻。嫌なこと思い出した。

「神様……俺経験が……なく……んんっ」
「そうか」

 ふわふわとした気持ちでいたら、本当にふわりと体が浮いて地面が遠ざかる。

「神様怖いぃーッ」
「しっかり掴まれ」
「はいっ」

 お姫様抱っこで浮くから、首に腕を回ししがみついた。そして数分で家に到着。あまりに速くてゼィゼィと息が上がった。神様は地上に降りても俺を降ろしてはくれず、そのまま家へ。無言で奥の……ここ神様のお部屋?うっ……これ食われるのかも。ど、どどうしよ!長い渡り廊下を進んでドアの前だ。いやあ!まだ心の準備は出来てないんだよ。待ってくれ!






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