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第6章

第12話 譲り受けた赤い髪

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 その夢はまるで、過去の真実を見せているようだった。

「私が……聖女?」

 白いマリア像が見守る教会の一室で、数人の司祭に呼ばれた庶民の少女がかつての私だ。

「異世界より転生し、聖なる乙女サナ。其方は、その存在全てが教会の予言書と完全に一致する」
「今日からは、貴族と同等の位である【聖女】の称号を与えよう。聖女は神に選ばれた女性として王族との結婚も可能。是非、ゼルドガイア王家の繁栄に貢献してほしい」

 私は黒髪の聖女サナとしてこの世界に転生して、赤毛のロードライトガーネットは断罪されるご令嬢だ。当初は庭園経営者の娘として生まれた私だったが、聖女のお告げを受けてすぐにアルダー王子の婚約者に選ばれる。

「初めましてアルダー王子様。私……庶民の出だから、難しい貴族社会のことよく分からないの」
「庶民といっても大きな庭園の経営者のお嬢さんなんだろう? それに、近々ゼルドガイアから貴族階級が家に贈られるはず。何より……ここだけの話、オレも堅苦しい貴族のしきたりはニガテなんだ」
「えっ……?」

 アルダー王子はとても優しく親しみやすい性格で、庶民出身の私にも分け隔てなく接してくれた。

「よし。これから二人で出掛けてみよう! サナちゃんに堅苦しい肩書きが増える前に、ちょっとだけ羽を伸ばさなきゃ」
「ふふっ嬉しい!」

 恋人というよりも友人という感じだが、恋愛をするにはまだ幼い心の私には、アルダー王子の気遣いが嬉しかった。
 だいぶ、王宮とのお付き合いに慣れたある日、よその御令嬢との顔合わせを提案される。

「実は、サナちゃんにそっくりな女性が知り合いにいるんだ。リーア兄さんの許嫁でロードって言うんだけど」
「そっくり? リーアさんの許嫁が私と?」
「うん。王宮の関係者の中には髪色を変えているだけで同じ人だと誤解する人もいるようでね、一度顔合わせをして周囲の誤解を解いた方がいいんじゃないかって」

 正式な婚約からしばらくすると、アルダー王子の異母兄であるリーアさんの婚約者ロードライトガーネット嬢と顔合わせをする計画が持ち上がる。ゼルドガイア王家と権力を二分するブランローズ公爵家のお茶会に招かれた。

「おおっ。キミが異世界転生者の紗奈子こと、聖女サナさんか。本当に我が娘のロードライトに似ているなぁ。ははは。自分の家だと思って気楽にしたまえ」
「ロードお嬢様は、現在魔法学の教室から戻って来たばかりなので。もうしばらくお待ち下さい」
「確かサナさんの家も、大きな庭園を経営されているとか。我がブランローズ家の庭園もなかなかでございましょう。そうですね、ロードお嬢様の到着までこの薔薇園に伝わる御伽噺を……」

 公爵様や執事さん、メイドさんが出迎えてくれて庭園に纏わる御伽噺を教えてくれることに。

「ブランローズ邸の薔薇園は、魔法の力で通年美しい花が咲き誇る秘密の花園と呼ばれています。テラス側で花を鑑賞しながらお茶を飲むには丁度良いが、女神像が鎮座するという奥に進むには迷宮を抜けなければいけないのです。まぁ古くからの言い伝えですが……」
「ああ、噂によると、女神像が祀られている噴水じゃ鏡の世界に繋がっていて、行ったっきり戻ってこない人もいるという」
「魅了されたら戻って来たくなくなるほどの素晴らしい庭ということだ。何ともロマンがあると思わないかね!」

 公爵様も使用人の人達も、まさか本当にパラレルワールドと庭園が繋がっているとは夢にも思っていない様子。談笑しているうちに、ここの御令嬢であるロードライトガーネット嬢が、挨拶に訪れた。


「貴女が予言の聖女サナね、私は公爵令嬢ロードライトガーネットよ。リーアとは幼馴染みで婚約中なの!」
「ロードライトガーネット……さん。驚いたわ、アルダー王子から話には聞いていたけど、本当に私とおんなじ顔をしているのね。髪の色が同じだったら、見分けがつかないわ」
「うふふ。私の赤毛はかなり珍しいから、顔が似ているくらいじゃ、間違える人はいないし安心して。けど、もしかすると私達って双子の魂の持ち主なのかも知れないわね」

 似た他人をお互い嫌いにはなれず、サナとロードはすぐに仲良くなった。不思議なことに現在の世界線ではリーアさんもロードライトガーネット嬢も私よりも十歳年上のはずだが、当初の世界線では年齢差は三歳だった。このことより、七年の時間軸のブレがこの後生じるのであろうと予測が立つ。


 髪色以外はそっくりな二人が、同時に存在することは許されなかったのか。ストーリーは聖女サナが生き残り、ロードライトガーネットが処刑されるシーンで幕を閉じる。

「紗奈子、助けて。聖女なんでしょう? 奇跡を起こして……。助けて、助けて、いやだ嫌だいやだいやだ、いやぁあああああああああっ!」
「やめてっ! ロードッ。ロードォオオ!」

 ザシュッ!
 自分と瓜二つの女性が無惨に殺されて、正気を保っていられるほど私は冷酷ではなかった。だが、自分自身が処刑されるシーンを悪夢のように見せられて茫然自失となっていただけだ。

(嗚呼、ロードが……私の魂の半身が殺されてしまった。姉のようであり、友人であった大切な人。私を聖女と信じてくれた唯一の人は、ロードだけだったのに!)

 最後まで奇跡を信じて助けを求めるロードを救うことも出来ず、自分自身が何のために予言を受けたのかさえ分からなくなってしまう。

『聖女サナは所詮ただの偶像、お飾りの聖女に救いを求めても助かるはずがない』
『ロードライトガーネット嬢も、教会がでっち上げた聖女伝説なんか信じて馬鹿なんだよ』
『奇跡を起こせるのなら、死んだロードライトガーネット嬢を蘇らせることだって可能だろう?』

 教会の予言に登場する聖女サナを本物の聖女であると信じた異世界人は、結局ロードライトガーネット嬢だけ。他の人々は聖女サナに奇跡を起こす力など備わっていないと思い込んでおり、助けを求めて泣き喚いていたロードを小馬鹿にしているようだった。

 人々の関心が消えた処刑台の前に立った私は、生まれて初めて聖女としてのチカラを使った。

『貴女は私、私は貴女……』

 それは、二人が一人の人間になる禁断の秘術、ツインソウルを再び一つの魂に纏める魂の禁呪である。

 夢が醒めると薔薇柘榴島の宿泊施設の一室、カーテンからは朝の日差しが透けて見えて一日の始まりを告げている。

「ああ、なんて哀しい夢……」

 辛さと苦しさで思わず前髪をかきあげて、その後は胸に手を当てて呼吸を整える。

(この夢が真実だとすると、ロードライトガーネット嬢は、ずっと私の中に存在していたんだ……。けど、これでいろんな辻褄が合うわ。私が鏡の世界に戻って来たのは、きっと意味がある)

 ふと目にした手に絡みついた自らの髪の色は、ロードライトガーネット嬢から譲り受けた真紅の赤い髪だった。
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