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第5章

第20話 乙女は明日を見つけるために

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 虚ろな気持ちでベッドに倒れて、ぼんやりと天井を眺める。明日はこちらの世界に来て初めてギルドクエストを受けるというのに寝付けずにいた。
 隣のベッドでは魔力を使い切ったクルルが、回復のため休んでいる。彼の疲労は魔力全放出というハイリスクな方法を取ったせいだが、襲って来た銀狼を倒すためだし仕方がない。そしてその銀狼達の狙いは乙女剣士のサナではなく、既に居ないはずのロードライトガーネット嬢。

 ――この世界の誰かが、私のことをロードライトガーネット嬢自身ではないか……と疑っているのだ。

(ロードライトガーネット嬢とは、一体どんな子だったのだろう。私がロードライトガーネット嬢本人だったら、その記憶があるはずなのに……)

 私自身がロードライトガーネット嬢の憑依者だとしても、憑依したタイミングすら記憶がない。ふと、ここに帰ってくる途中でクルルからもらった有力情報を思い出す。

『実は地球の書籍やゲームなどの情報は聖堂のワープゲートを介して一時的に取得出来るようなのです。具体的には紗奈子お嬢様の地球でのアカウントを利用することになりますが』

「今の私の状況に合う乙女ゲームのシナリオが今読めれば……。ヒストリア王子絡みの情報が乙女ゲームのストーリーとして成り立つのであれば、この世界で閲覧出来るはずよね。ゲームシナリオの閲覧は……手早くネタバレが見たければ攻略本、とか?」

 ワープゲートが発生している部屋には時空の渦と、地球の情報を取得出来るウェブ検索用のデスクセットが。デジタルツールを駆使して、それらしき資料がウェブの海に埋もれていないか検索してみる。

「えぇと、検索ワードで引っかかりそうなものは……ガーネット・ブランローズ、異世界転生、ヒストリア王子……っと」

 思いつく限りのワードを次々と検索エンジンに叩き込み、該当する乙女ゲームを探し出すと……それらしき乙女ゲームが一件ヒット。


【転生公爵令嬢改め、乙女剣士参ります!】


「あったわ! 旧作とはタイトルが変更しているけど、私がプレイしていたものの最新版ということかしら。登場人物にヒストリア・ゼルドガイアの名前があるし、この乙女ゲームのソフトや攻略本を手に入れれば私の正しい立ち位置が把握できるかも」


 地球に残る早乙女紗奈子のデバイスから攻略本の電子書籍版をダウンロード購入する手続きを開始する。


 * * *


 作品紹介

【オープニング】

 残酷な運命の歯車に、愛し合うガーネット嬢とヒストリア王子は引き裂かれる。やがて、断罪の魔物コカトリスにより『ガーネット・ブランローズ嬢』は物を言わぬ石像となった。可哀想な彼女は、女神像として乙女の儀式を行う泉の守り神として封印され……彼女は哀しみにくれて愛しい人の助けを待つ。

「いつか、ヒストリア様が石化を解く錬金の秘薬を手にして、わたくしのことを助け出してくださると信じていますわ」

 しかし、彼女の願いは虚しく洞窟の中で独り言のように零れ落ちた。外の世界では、時間を巻き戻すタイムリープが何度も何度も行われ……。ガーネット嬢という存在は、パラレルワールドからやってきた異世界転生者の魂を持つ『もう1人のガーネット・ブランローズ嬢』即ち、『ロードライトガーネット嬢』にとって変わっていたのだ。


 このもう1人のガーネット・ブランローズ嬢こそがプレイヤーの貴女。メインヒーローであるヒストリア王子との恋愛はもちろん、庭師アルサル、騎士団長エルファム、エクソシストのクルーゼ、薬師カズサなどのイケメンとの出会いが貴女を待っている!


【耳寄り情報】
 現在発売中のバージョンに加えて、パラレルワールドである鏡の国を加えたパワーアップバージョンの追加データ発売が決定。もう一人のガーネット嬢の秘密が分かっちゃうかも。『鏡の国~ロードライトガーネット編』プロジェクト始動。


 * * *


 攻略本の商品情報をざっくりと読んで、自分が今まで体感して来たことが殆どゲームのシナリオ範疇だったことに愕然とする。私はこのゲームの前作バージョンをプレイしていて、乙女ゲームのシナリオを変更するために四苦八苦していたのだ。それなのに……。

「まさか私が苦労に苦労を重ねて乙女剣士を目指す展開に切り替えたもの自体、ゲームシナリオ通りのストーリーだったなんて。いやでも、『鏡の国~ロードライトガーネット編』はまだ発売していないのか」


 そしてこの耳寄り情報が確かなら、ロードライトガーネット嬢こそがもう一人のガーネット・ブランローズで正解なのだ。

「ロードライトガーネット嬢として生活していた記憶なんて殆どないし、多分何処かのタイミングで憑依してしまったのよね。しかも現実の鏡の国では、ロードライトガーネット嬢は病死とされているし」

 銀狼が私をロードライトガーネット嬢と断言したのも勘違いではなかった。問題は、一体いつどこで、私自身がロードライトガーネット嬢に憑依したのか……ということである。この攻略本、他に手かがりになりそうな情報はないだろうか。

(地球でもまだ発売前の内容に当たる部分を攻略本で情報先取りして、問題解決……という方法を採りたいものだけど)


 コンコンコン!


「紗奈子お嬢様、こちらにいらっしゃるんですか。失礼します……」

 ドアをノックする音が鳴り、クルルが部屋に入室。魔力を一旦使い切った彼だが、体力面では歩けるくらいになった様子。

「あぁクルル、目が覚めたのね。良かったわ! 実は夜襲前にクルルから聞いた方法をもとに地球の情報を取得していたんだけど」
「へぇ……僕もああ言ったものの半信半疑でしたが、本当に地球のデバイスにアクセス出来たんですね。何か進展はありましたか」
「うーん。それが、今まで起きたことは既に最新の乙女ゲームとして発売しているんだけど、鏡の国編はまだ発売前なのよ。結局、私が自分自身でストーリーを進めてみないことには進展しないのかも。クルルにも攻略本の内容、見せるわね」

 しばらく意識を失っていたクルルが無事に回復して、心底ホッとする自分に気づく。その感情はゲームのキャラクターに対してではなく、今目の前に確かに生きるクルルという人物に対する情だ。
 この情は……今いる場所が『乙女ゲームの世界』であったとしても、自分自身が生きる現実として息づいている証拠。

『どの世界で生き直したいのか、決めるのは貴女自身』

 女神ルキア様の声が胸の奥で響いては消える。私の魂の居場所は、地球にはなく『乙女ゲーム異世界』なのだろうか?

 その答えが出ずに今いる場所が誰かの手のひらの上だとしても、私自身が明日を見つけなくてはならないのだ。
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