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第5章
第17話 ホームシックの揺れる心
しおりを挟む地球の様子を映し出していたヴィジョンは光の粒となって消えて、再び私達の意識は女神ルキア様とのティータイムに戻って来た。まるで本当に地球へと魂が帰還したかのような不思議な余韻を残しながらも、自分自身がどの世界においてもガーネット嬢の代わりの存在であることを知り落ち込んでしまう。
「地球のヒストリアさんは喪った婚約者のガーネットさんを、異世界のヒストリア王子は女神像となった公爵令嬢のガーネット嬢を。鏡の世界のリーアさんは幼くして病死したロードライトガーネットちゃんを、それぞれ私に重ねていただけなんだ」
「紗奈子お嬢様……そこまで深い意味があるかはまだ何とも」
「でもね、クルル。結局、私がどの世界に居たってガーネット嬢の影は拭い去れないわ」
思わず口に出してしまった私の率直な感想にクルルもアルダー王子も無言になってしまう。だが、女神ルキア様はその感想には触れずヴィジョンを見せた意図を説明し始めた。
「サナ、如何でしたか。地球での貴女自身、その取り巻く環境を含めて、一体何処に貴女の魂を甦らせるべきか検討が必要だと思うのです。この私、女神ルキアがいる世界。貴女がタイムリープを繰り返す鏡の向こう側。そして、転生のきっかけとなった地球」
「今回の洗礼はあくまでもクエストで万が一のことが起きた場合に備えて……と聞いていたけど。実際に万が一の時は、地球も含めて甦る場所を希望出来るということですよね?」
「えぇ。それに、ヴィジョンを見てお気づきかと思いますがサナの地球での命の灯火は本来、もうすぐ消える運命なのです。まぁだからこそ、先に魂が異世界に定着しつつある訳ですが。ですが蘇生魔法の恩恵は地球にも効くはず……どの世界で生き直したいのか、決めるのは貴女自身であると私は考えています」
普通に考えたら甦り先の選択肢を三つも貰えるなんて不幸中の幸いだし、これを機に自分の希望に沿った人生がやり直せそうなものだが、私の場合はそれが効かない。
「私、考えても見なかったんです。何処に逃げても『ヒストリアにとってのガーネット嬢の代わり』であることがついて回る。その中で、私が一番暮らしたい場所が見つかるかどうか……」
似た人物が各世界に一人ずつ存在する設定のせいで、どの世界でも人間関係はそれほど変わらず。ガーネット嬢という絶対的な人物の影からは逃げ場が無い気がして、どうしていいのか分からないのが本音である。
「いいえ、サナ。貴女はまだ貴女自身の真実が掴めていません。幼い頃まで記憶を遡り、自分自身のことを思い起こすのです」
「ごめんなさい。異世界での幼い頃の記憶は曖昧なの。薔薇の庭が美しい家に育ったことくらいしか思い出せないわ」
「大丈夫、自分の心にひとつひとつ質問していけば、いずれは正解が見えてきます。まず、貴女は地球から『何処の世界』に『誰』として異世界にやって来たのでしょうか? そしていつから、ガーネット・ブランローズ嬢の成り代わりとなったのでしょう」
もはや弱気な回答しかできない私にルキア様は少し間を置いてから、未だに真実に辿り着いていないことを指摘してきた。
「私はタイムリープを繰り返すうちに、自分が知っているはずの真実を見落としているだけ……。という意味ですか、私、何か重大なことの記憶が欠けてしまった?」
「そういえば、もともと異世界においての紗奈子お嬢様って……。神隠しでブランローズ邸に迷い込んできたガーネット嬢のそっくりさんなんでしたっけ。あれっ……ということは……」
「クルル君……? つまりロードライトガーネットちゃんがサナちゃん本人だと。けど、一応正式な記録の上で、亡くなったことになってるしなぁ。それとも魂の憑依が、どのタイミングでっていうのがポイントなのか?」
早乙女紗奈子はいつ、何処で、誰に憑依もしくは転生したのか。ガーネット・ブランローズ嬢の成り代わりはいつから始まったものなのか。クルルもアルダー王子もいろいろ検討したものの、確信が完全にはないのかその後は黙ってしまった。
「サナ、正式な洗礼は真実に近づくまでは出来ません。が、その代わりに祝別のメダイユを授けることは出来ます。これを身につけることで一度に限り、そして私が管轄する鏡の異世界に限り、洗礼と同じ蘇生効果を与えられます」
「ありがとうございます……このメダイユのペンダント、とてもきれいだわ。メダイユの彫り物にベールをかける様な感じに青い細工が施されている。けど、お父様から誕生日プレゼントに貰った例のブローチを身につけていると装備出来ないわね。同時装備をしようとすると、魔力も反発するしどうしよう」
乙女剣士の修行を開始した時から装備している胸元の魔法のブローチと、女神ルキア様のメダイユペンダント。両方胸元を飾るアイテムのためか、魔力が相反するためか、同時装備が出来ない仕様のようだ。
「ブランローズ公爵がプレゼントしたブローチは、本来自分の娘であるガーネット・ブランローズ嬢にと用意したもの。今はサナが自分自身になるためにも、外しておくとよいでしょう」
「お父様から頂いたブローチを外すなんて何だか寂しいけど。分かりました」
「さて真実に気付き決意がつくまでは、これで悪魔の脅威から凌いでください。サナ、クルーゼ、そしてアルダー王子にご武運がありますように……」
* * *
女神ルキア様から加護の光が溢れて、思わず眩しさに瞼を閉じる。もう一度、目を開けると時計台のある大型施設の地下礼拝堂だった。
「どうやら今回は正式洗礼ではなく、一度限りの祝別アイテムを授かったに過ぎなかったね。けど、オレが心配していた蘇生呪文が効かない問題は一旦は解消出来たかな」
「これで、一応クエストが受けられる状態になったのかしら」
「うん、地球でのサナちゃんのことも含めて難しい事だらけだけどさ。クエストと同じで一つ一つ解決していくことで、大きな問題の解決策も見えてくるよ。まずはサナちゃんがこの世界で認められるために、明日から始まるギルドクエストを成功させよう」
地球での不穏な様子を考えさせないためかアルダー王子は優しく笑って、今はクエストにだけ集中するようにと促してくれる。
「地球……か」
女神様からの加護の証拠である青いメダイユペンダントがゆらゆらと胸元で揺れる。その青はヴィジョンで見た地球の青さを彷彿とさせて……。少しだけホームシックで心が揺れているような……そんな錯覚をさせるようだった。
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