上 下
122 / 147
第5章

第16話 眠る彼女に捧ぐ想い

しおりを挟む
 地球のヒストリアさんはしばらくのあいだ無言でお見舞いの花を花瓶に移したり、サイドテーブルの上に飾られたお守りなどを整理したりと雑用をこなしていた。

 病室の管理はてっきり家族がしてくれていると思ったのだが、ヒストリアさんはうちで下宿している朝田先生のお兄さんであるし、家族枠みたいなものなのかも知れない。私が倒れている間にどのような話の流れがあったのかは分からないが、それだけヒストリアさんに信用があると言うことなのだろう。

 ため息をついてからベッドの傍に置かれている椅子にようやく腰掛けると、少しずつではあるがヒストリアさんが重い口を開き始めた。

『紗奈子ちゃん、こんなことになってごめんね。きっと僕がキミをガーネットと心の中で重ねていたから、キミまでこんな目に遭ってしまったんだ。ガーネットと同じように事故に遭うなんて……』

 ヒストリアさんの意外な独白に、異世界から様子を見守る私達は言葉に詰まってしまう。

(えっ……ガーネットと私を重ねていたって、ガーネット嬢って異世界人じゃないの? 地球のヒストリアさんが何故、ガーネット嬢と私を重ねるの? あれっ……でもガーネットと同じように事故に遭うとは)

 再び混乱し出す頭を必死に整頓して、ガーネットという女性が地球においても存在しているのであろう推測がたった。問題はヒストリアさんとガーネットさんの関係性である。アルダー王子が言っていた『関係性まで異世界と地球は似通っている』という法則から察するとまさか婚約者なのだろうか。


『お願いだよ、ガーネット。どうか、紗奈子ちゃんまで向こうの世界へ連れて行かないでおくれ。最近になって気づいたんだ……キミの書いたシナリオの乙女ゲーム、僕の開発用デモ画面だけ公爵令嬢の名前がガーネットからサナに変わっているんだ。最初はタチの悪い悪戯かと思ったけど、ガーネット……キミが犯人なんじゃないかって。僕が亡くなったキミの後を追わずに、別の女性を気にかけるようになったから』

 何か私達の予想の斜め上をいくとんでもないことをヒストリアさんが発言した気がするけど、驚いているのはアルダー王子やクルルも一緒だ。

「ヒストリアさんの婚約者がガーネットさん……? やはり地球と異世界・パラレルにそれぞれ似た人物が存在していたということなのでしょうか。しかし、既に存命はしていない……」
「うーん。ガーネットさんの情報がもっとあれば、サナちゃんの今後の身の振り方も検討できそうなものだけど。このままじゃ、サナちゃんはどの世界で生存ルートを選んでもガーネット嬢の身代わりって感じだ。今、この段階で地球の様子を見せている意味は、どの世界でサナちゃんが蘇りたいか選択肢を与えているんだろうし」

 まるで全ての世界においてガーネット嬢が存在しており、私はその全ての世界において身代わりだとでも言いたげだ。アルダー王子からこれまで知らされていなかったリーアさんの過去の人間関係を聞かされることに。

「えぇと、どの世界でもガーネット嬢の身代わりってどういうことですか。まさかリーアさんも……」
「うん。リーア兄さんには許嫁がいたんだけど、かなり前に……まだ子供の頃に病気で亡くなっているんだ。名はロードライトガーネット嬢、愛称はガーネットちゃん」

 こちらの世界ではガーネット嬢の影はなく、女神様の伝承のみが伝えられていたと思っていたが。とっくの昔にこちら側のガーネット嬢は亡くなっていたらしい。
 
「……私、リーアさんにそんな過去があるなんて知らなくて。もしかして、赤い髪色で何処かのご令嬢とか? 私とはどれくらい似ていますか」
「亡くなった当時はまだオレも小さかったから、記憶そのものもうっすらだけど。確かに雰囲気はサナちゃんをもっと幼くすれば似ている気がするよ」

 子供の頃の……初恋の思い出が死に別れだなんて、リーアさんもさぞ心を痛めていただろう。

「幼く……そっか、そんな早くに亡くなってしまったら、きっと思い出の中のロードライトガーネットちゃんは永遠に幼い少女だわ。リーアさん、私のことかなり子供扱いしていたけど」
「リーア兄さんは、サナちゃんと彼女を無意識のうちに重ねているのかも……。ロードライトガーネットちゃんは、大きな辺境のご令嬢で、領地を守る意味でもリーア兄さんとの婚姻をお父様が勧めていたんだ。とはいえ子供同士の付き合いだから、地球のヒストリアさんみたいな本格的な婚約者関係ではないけどね」

 振り返るとリーアさんの優しさはお菓子をたくさん用意してくれて、幼い少女をもてなすような雰囲気だった。きっと清らかな思い出なのだろうし、リーアさんを責める気もないが、チクリと胸が痛むのも事実。

『このまま、紗奈子ちゃんの目が覚めなかったら、ガーネットと同じように永遠の眠りについてしまったら。お願いだ……君と彼女を重ねた僕を赦しておくれ』

 ――ヒストリアさんが捧ぐ想いは、果たして地球に眠るガーネットさんと私、どちらに向けているのか。それすら分からないまま、地球の映像はいつの間にか揺らめく光と共に消えていった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?

新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。 ※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!

やり直すなら、貴方とは結婚しません

わらびもち
恋愛
「君となんて結婚しなければよかったよ」 「は…………?」  夫からの辛辣な言葉に、私は一瞬息をするのも忘れてしまった。

懐妊を告げずに家を出ます。最愛のあなた、どうかお幸せに。

梅雨の人
恋愛
最愛の夫、ブラッド。 あなたと共に、人生が終わるその時まで互いに慈しみ、愛情に溢れる時を過ごしていけると信じていた。 その時までは。 どうか、幸せになってね。 愛しい人。 さようなら。

王が気づいたのはあれから十年後

基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。 妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。 仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。 側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。 王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。 王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。 新たな国王の誕生だった。

出て行けと言って、本当に私が出ていくなんて思ってもいなかった??

新野乃花(大舟)
恋愛
ガランとセシリアは婚約関係にあったものの、ガランはセシリアに対して最初から冷遇的な態度をとり続けていた。ある日の事、ガランは自身の機嫌を損ねたからか、セシリアに対していなくなっても困らないといった言葉を発する。…それをきっかけにしてセシリアはガランの前から失踪してしまうこととなるのだが、ガランはその事をあまり気にしてはいなかった。しかし後に貴族会はセシリアの味方をすると表明、じわじわとガランの立場は苦しいものとなっていくこととなり…。

私が死んだあとの世界で

もちもち太郎
恋愛
婚約破棄をされ断罪された公爵令嬢のマリーが死んだ。 初めはみんな喜んでいたが、時が経つにつれマリーの重要さに気づいて後悔する。 だが、もう遅い。なんてったって、私を断罪したのはあなた達なのですから。

【完結】婚約破棄される前に私は毒を呷って死にます!当然でしょう?私は王太子妃になるはずだったんですから。どの道、只ではすみません。

つくも茄子
恋愛
フリッツ王太子の婚約者が毒を呷った。 彼女は筆頭公爵家のアレクサンドラ・ウジェーヌ・ヘッセン。 なぜ、彼女は毒を自ら飲み干したのか? それは婚約者のフリッツ王太子からの婚約破棄が原因であった。 恋人の男爵令嬢を正妃にするためにアレクサンドラを罠に嵌めようとしたのだ。 その中の一人は、アレクサンドラの実弟もいた。 更に宰相の息子と近衛騎士団長の嫡男も、王太子と男爵令嬢の味方であった。 婚約者として王家の全てを知るアレクサンドラは、このまま婚約破棄が成立されればどうなるのかを知っていた。そして自分がどういう立場なのかも痛いほど理解していたのだ。 生死の境から生還したアレクサンドラが目を覚ました時には、全てが様変わりしていた。国の将来のため、必要な処置であった。 婚約破棄を宣言した王太子達のその後は、彼らが思い描いていたバラ色の人生ではなかった。 後悔、悲しみ、憎悪、果てしない負の連鎖の果てに、彼らが手にしたものとは。 「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルバ」にも投稿しています。

記憶がないので離縁します。今更謝られても困りますからね。

せいめ
恋愛
 メイドにいじめられ、頭をぶつけた私は、前世の記憶を思い出す。前世では兄2人と取っ組み合いの喧嘩をするくらい気の強かった私が、メイドにいじめられているなんて…。どれ、やり返してやるか!まずは邸の使用人を教育しよう。その後は、顔も知らない旦那様と離婚して、平民として自由に生きていこう。  頭をぶつけて現世記憶を失ったけど、前世の記憶で逞しく生きて行く、侯爵夫人のお話。   ご都合主義です。誤字脱字お許しください。

処理中です...