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第5章

第10話 始まりを告げる時計台の鐘

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「うわぁ立派な時計台ね。まるで占星術のホロスコープみたいに、星座のマークがあしらわれているわ。このギルドストリートの観光名所ってところかしら」
「ふふっ。有名な占星術師がデザインしたという星座モチーフの珍しい時計台なんですよ。ここは観光名所であると同時に、冒険者にとっても便利な複合施設なんです。ギルド加入から武器防具の調達、クエストまでの準備は大体ここで揃います。実は私の運営するギルド【アンスール】もここに入居しているんです。さっ行きましょう」

 星座モチーフの時計台が印象的なレンガ造の建物が、リーアさんの所有するギルド【アンスール】の拠点だという。同じ建物の中には、武器防具店や飲食店、魔法雑貨店も入居していて冒険者にとって使い勝手が良さそうだ。

 リーアさんの案内で早速、受付コーナーへと向かうとまさかのケモ耳族が受付ボーイ。ケモ耳族が多数暮らしているギルド街とは聞いていたものの、受付の若い男の子までケモ耳族とは想定外だ。イケメンならぬ、イケニャンと呼べばいいのだろうか。

「こんにちは……今日からこのギルドに所属することになったサナ・早乙女です。登録作業をしに来たんですけど……」
「ニャニャッ! マスターリーアからの紹介の方ですにゃね。ようこそ、ギルド【アンスール】へ。見習い冒険者『サナ・早乙女』の登録、しかと承りましたニャ。このギルドカードに署名を……」
「はい。サナ・早乙女……と」

 耳の模様から推測するに茶トラ猫系のケモ耳族の彼が、眩しい笑顔で私にギルドカードを手渡してくれた。語尾がニャン語であるものの、人間の言語は通じるのでひと安心。もちろん、東方の文字である漢字やカタカナも読めるらしく、なかなかハイスペックなバイリンガルケモ耳族である。

「それにしても、早乙女なんてファミリーネーム……もしかして東方の出か何かですかニャ? それとも本名というより剣士ネームとか」
「えぇ、剣技の流派が東方由来なんです。まだ駆け出しですけどね。だから、東方地域【雨宿りの里の橋の修繕作業】にも是非協力したいと思って」
「ニャウ! そうでしたかニャ。東方は美味しい山菜やお魚が沢山あって、我々猫耳族にとっても重要スポットですニャ。僕もバリバリ協力するつもりですニャン。見習い用のクエストは幾つかありますが、サナさんの最初のクエストは橋の修繕に必要な魔法石の調達に決定ですニャ。明日から、よろしくですニャン」

 ギルドでの名義となる『サナ・早乙女』はリーアさんの提案で、私の異世界転生前の名前である早乙女紗奈子をこちらの世界に馴染むようにアレンジしたもの。これまでずっとガーネット・ブランローズ嬢と同一の存在という設定で、『紗奈子・ガーネット・ブランローズ』と名乗っていたから、早乙女姓を使う日が来るとは思わなかった。
 鏡の向こう側の世界ではブランローズ公爵家がお家断絶している為、便宜上別の苗字が必要となった。
 無事に登録作業が終わると、ギルドマスターのリーアさんがソファスペースで完成した書類を確認。

「ははは、新しい環境にまだ慣れていないんだねサナ。そんなに固くならなくても、大丈夫ですよ。ケモ耳族の中でも猫系獣人の【猫耳族】は語尾がニャンを多用する以外は我々とさほど変わらない言語体系ですから」
「リーアさん。私ってそんなにガチガチに硬まってます? ケモ耳族と会話すること自体初めてだったし、さらにギルド入会手続きなんて初めての連続だったのだもの」

 語尾のニャン語に戸惑う私をリーアさんはただ単に緊張していると思ったのか、頭を撫でて労ってくれる。

「ははは。まぁちょっとだけ、硬いかなぁと思った程度です。でも新人の頃は、みんなそんなものでしょう。サナはこちらに来てからは、ずっとクルーゼと聖堂でお祈りなどのお務めでしたが、今日から外のギルドでクルーゼとは別々に動かなくてはいけない。そういうプレッシャーもあるのかも知れません」
「プレッシャー、確かに。頼る人と離れた不安とか、クエストの様子もまだ分からないし。いろいろ、あるのかしら?」

 こちら側に来てからの顔見知りがクルルしかいなかったこともあるけど、さりげない気配りが上手いクルルに何かと頼りっきりだったことを改めて認識させられる。

「クルーゼほどお友達感覚の年齢ではありませんが。私でよければ、ギルドマスターとして、近しい相談相手としてお役に立ちますよ。それから明日クエストですが……王宮からあるお方と是非コンビを組ませたいと申し入れがありまして」
「えぇとリーアさんが付き添って下さるって予定だったのでは?」
「今朝方突然、王宮から連絡がありまして……ギルドマスターの私が付き添いでは、冒険者ランクを測りにくくなると王宮側から指示なんです。私も王宮や聖堂に雇われているギルドマスターなので、流石に逆らえませんし……そのお方とコンビでクエストになると思います」

 コンビでクエストという話をし始めるリーアさんだが、最初の計画では付き添い役はギルドマスターのリーアさん自らがしてくれる予定だったはず。半ば無理矢理予定変更させられた雰囲気の説明に、このギルドに対する絶対権力はリーアさんではなく王宮なのだと分かる。

(王宮の介入で当初の計画と内容が変更になったということかしら。けど側室の息子とはいえ、王宮から正式に認められた王子であるリーアさんに対抗出来る相手とは……?)

 突然の話にどう返答して良いのか迷っていると、ギルドの扉が開く。
 魔道士装備の黒いローブ姿でフードを目深に被った男が、しっかりした足取りで私とリーアさんの方へと向かって来る。

(あの人が、明日からコンビを組むという魔道士さんかしら?)

 ギルド内には他にもソファスペースがあるし、クエストボードのある方向とも違う。さらにリーアさんに対して親しげな様子で『リーア兄さーん』と手を振り始めた。

『ね、ねぇ。あの方って、もしかして……』
『どうしてあの新人の女の子と?』
『何でもあの赤毛の女の子はギルドマスターの紹介の子らしくて。まだ子どもだと思っていたけど、お嫁さん候補ってことっ。若過ぎない?』

 他のギルドメンバーは、ギルドマスターのリーアさんに対して妙に馴れ馴れしい態度のフードの男の正体に気付いたらしい。リーアさんに対して兄さんなんて呼べる人物は、おそらくただ一人。そう、つまり彼こそが……。

「あ、あのこの人が例のコンビを組むっていう方? もしかして、リーアさんの……」
「ああ。サナの推測の通り私の腹違いの弟アルダーだよ。アルダー、まったく。もう少し、自分の立場を弁えて……! 次期国王のキミに道中何かあったらどうするんだ」

 ギルドマスターの立場上なのか、もしくは兄としての威厳か。一応お叱りの言葉を発するリーアさんに、軽く笑って男はフードを取る。すると、そこにはよく見知ったアルサルに瓜二つの亜麻色の髪の端正な美青年。

「まぁまぁ。こうやって無事にギルドまで辿り着いたんだしいいじゃないか、リーア兄さん。二人の仲に割り込むようで悪いけど、オレもクエストに参加させてもらうよ。乙女剣士のお手並みを拝見するためにね。サナちゃんでいいかな? よろしくっ」

 私にウィンクして挨拶するアルダー王子の仕草は、アルサルなら絶対にやらないであろうもの。姿形は似ていても、アルサルとアルダーが別人である証拠のように思えた。

 リィイイン、ゴォオオオオオンッ!
 リィイイン、ゴォオオオオオンッ!

 ――時計台の鐘が響く。次のステージが始まることを告げるように。
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