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第3章

泉の女神と守護天使の記録:01

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 雨宿りの里は、異世界転生者を積極的に移住させていることで有名な場所だ。
 そしてもう一つ、まことしやかに囁かれる噂があった。因果を断ち切る特別な魔力を持つ乙女剣士という娘の【隠された婿候補】が、住んでいる……と。そしてその若者こそが、乙女剣士の師匠であるスメラギの息子カズサだと。


 ――今より少し、昔の話。
 前身となる村は、お稲荷様信仰の修行者が集う修験の場だったらしい。だが、地球にて江戸時代が終わり、明治期になり近代化が進み……。やがて昭和になって、テレビなどが各々の家庭に定着すると、修業希望者の数は減っていった。
 いわゆる限界集落化が、激しくなった平成時代のある日。モフっとした黄色い毛並みが愛くるしい狐が数匹、住まいの裏山の祠の中で、油揚げ片手に会議をしていた。

『東の国の中でもお稲荷様の元へ訪れる人は、不思議と異世界転生者ばかりですね……コン!』
『近頃ではテレビやらインターネットやらの出現で、修行者はとんと減りましたが。迷い込んでくる転生者の多さから見れば、居住地として需要があるのやも知れませんなぁ。修験の村としてはもうこれ以上の繁栄は無理かもですが、新しい里を作り異世界転生者を呼び込めば我々の管理も楽になりましょう』

 ネット社会前半の時代になると、修行者の数が減り定住者が減っていった。代わりに、お稲荷様のもとへ参拝義務があるとされている異世界転生者を集め、拠点とする計画が出来た。当時、まだ流行り始めだった異世界転生ブームやスピリチュアルブームに乗り、狐達も異世界転生者向けの里を作ることにしたのだ。

『ふぅむ……しかしながら我々稲荷の眷属は、活動時間に限界があるものばかり。たまに普通の狐の姿になれるものの、人の目から見れば大半の姿が狐の石像なんですぞ。人口も少なく娯楽も少なく、狐の石像ばかりが並ぶ場所に、修行目的以外で転生者が定住してくれるかどうか……』
『では、村にやって来た人間達の中で、永遠の若さを持つ女神様を選出するというのは、どうでしょう? そして、田舎の良さを活かし、自給自足の暮らしやすい観光地を作るのです。泉の女神様として住人に御加護を授ける者がいれば、自然信仰の里として繁栄するに違いない』
『いい案ですな。長老であるワシが地球人の憧れ場所として、スローライフゲームとやらの舞台という設定で宣伝活動をしてきますぞ。コンッ』

 もともと商売上手な狐達の戦略は、見事に成功した模様。地球で発売されてるスローライフゲームの舞台として、【雨宿りの里】の前宣伝を行ったのだ。忙しい現代人にとって長閑な里での悠々自適な暮らしは受けがよく、雨宿りの里は転生者の移住候補先として人気となった。
 ゲームのみの設定であったはずの【泉に宿る女神様】という制度を現実化して以来、雨宿りの里は真実の意味で女神様が住う土地となる。

 移住者達は皆、夢が叶い、幸せそうに見えていた……ただ一人、泉の女神様に選出されたある少女を省いては。


 * * *


 泉の女神に就任して何年くらいの時が経つのか、少女は少女の容姿のままであるが故に年数すら数えられなくなっていた。永遠の若さといえば聞こえがいいが、その実は、魂のみの状態で、人間の目には認識できぬ容姿になるという呪いだった。

『女神という特別な立場ゆえ、霊感の強い者以外には目に見えません。が、我々狐眷属や精霊、小動物には貴女の姿は見えます故ご安心を』
『けど、ペットのウサちゃんと貴方達狐さん。森を彷徨う精霊達しか、話し相手がいないんじゃ寂しいわ』
『元々は修験の場所、いずれ導きにより女神様と会話できる者も現れるでしょう。それに、ウサギや狐との会話を楽しむのも、女神の嗜みですよ……コン!』

 最初の頃は、ペットとしてウサギを飼うことが許されていたが、普通の動物の寿命は呆気なかった。ペットが天に昇ったあとも、眷属の狐達が女神の面倒を見てくれていた。だが、そのうち祠の管理元が変更されたのか、他所の祠へ石の狐像も異動となり狐達にすら会えなくなってしまう。

『居なくなっちゃった……ウサちゃんも、狐さん達も、仲の良い精霊さんも。人間は里に増えるけど、私はどんどん孤独になる。ううん……いつかまた狐さん達とも再会できるわ。一人でも立派な女神にならなきゃ』


 少女が泉の女神様と呼ばれて、何年もの時が経った。いくつかの季節が過ぎ去り、里を守るための試練を越えるうちに、少女には本物の女神の才覚が備わっていく。年に一度だけ行われる女神の祝日では、特別な加護で住人達と言葉は交わせぬものの、顔見せすることが出来るようになった。

『おお~! あれが、女神様のお姿か。可愛らしく清らかそうで……これなら雨宿りの里は安泰だ』

 東の国の中でも女神としての評判が上がり、ゼルドガイア国と遠縁でもある東の国最大領土の領主の息子を、修行者として任されるほどにまで成長した。

「雨宿りの里を束ねる泉の女神様。東の国領主の一人、スメラギ・S・香久夜でございます。実は本日は、息子のカズサをこの里で修行させるために参りました」
「……カズサと申します」

 剣士であり薬師でもあるというカズサという若者は、父であるスメラギ氏によく似た黒髪の美男子。

「本来カズサは、乙女剣士なる少女が現れた際の婚約者候補の一人のはずでした。が……必ず、不自然な不幸と、タイムリープの輪に阻まれるのです。公爵令嬢であり、乙女剣士である少女に会いに行こうとすると、危うく命を何度も失いかけて……。そこで、カズサを因果に負けぬよう男として一人前とするべく、修行させたく思い、雨宿りの里に預けることにしました。もちろん、里の繁栄にも、尽力を尽くすつもりです」
「本来の役目を果たせず、運命の相手だったはずの乙女剣士にも会うことが叶わず。僕は因果を断ち切る心の強さが欲しい……」

(どうしよう……カズサ君、悩んでいるみたいね。乙女剣士とやらにまつわるタイムリープの輪の正体……何か手掛かりがあると良いのだけど)

 何故この若者が聖なる乙女の婿候補から外されたのか、女神でさえ分からなかった。けれど、タイムリープの禁呪を使う闇の賢者の名はヒストリアという王子だと、噂好きの風の精霊が時折囁きに来るのであった。
 ――そしてその禁呪を使う理由が、公爵令嬢であり乙女剣士である【一人の女性への独占欲】だという、儚くも哀しい事実も。
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