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第2章

第02話 棺に眠る愛しい彼

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 乙女ゲームの悪役令嬢に成り代わる形で、この異世界へと転生したごく普通の女子高生である私、早乙女紗奈子。異世界よりやってきた『パラレルワールドのご令嬢』という設定が定着してくれたお陰で、ブランローズ公爵の養女となった。現在の私のフルネームは、『紗奈子・ガーネット・ブランローズ』だ。

 この異世界の本来の公爵令嬢であるガーネット・ブランローズ嬢は残念ながらコカトリスの石化呪いにより、物言わぬ女神像として眠っている。そして、瓜二つの容姿である新たなガーネット嬢である私も同じように無実の罪で断罪の呪いにより、命を落とす予定だった。けれど、乙女剣士と呼ばれる運命を断ち切る聖なる剣士に転身することで見事断罪の運命から逃れたのである。

 ――何度も何度も繰り返したタイムリープでは、恋仲となった王の隠し子『庭師アルサル』に純潔を捧げたのち、辺境へと駆け落ちの末……2人とも死んでしまうという。

 けれど、その忌まわしい運命も今回で終わり。私と同じ異世界転生者であるアルサルとはまだ男女の一線を超えていないものの、婚約者としてひとつ屋根の下で暮らしお互いの気持ちを確かめ合っている。私とアルサルの2人暮らしは次第に私達の日常となり、朝も夜も共に過ごすことが当たり前となっていた。


 冬の気配がし始めた11月のある日の朝、アルサルは錬金術素材の買い付けのために隣国へと出張することになった。私は乙女剣士として王宮見回りの任務期間中で、数日間離れ離れだ。

「じゃあ、紗奈子。オレは、しばらく隣国に調達の仕事に行ってくるけど。紗奈子はオレが留守の間、安全のためにブランローズ家の本宅の方で寝泊まりするんだぞ」
「うん、分かった。お父様の方にはもう、連絡してあるから心配しないで。気をつけてね、アルサル」
「ああ。帰ったら、乙女剣士の本契約の儀式もあるからな。紗奈子も心の準備をしておくように!」

 乙女剣士の本契約、それはつまり男女の契りを指しているのであり、思わず顔がどんどん赤くなるのを自分でも自覚してしまう。アルサルは私よりも年上で『大人の男』だから、余裕ありそうだけど……私は『初めて』なんだからもう少し配慮してほしい。
 からかっているのか、アルサルは亜麻色のふんわりとした髪を揺らして、私の頬を撫でて『顔……赤いぞ』と、耳元で囁く。珍しく低音で甘く囁かれて、心臓がどんどん高鳴っていく。

「も、もうっ! アルサルったら。からかわないでよ……ん、う、んふぁ……」

 私の反論を塞ぐように、アルサルの唇が何度も私の唇を啄んで……息が出来ないくらい深い深い口づけへと変わっていった。こんな風になると私は彼に流されてしまい、何も反論出来ないのだ。
 それに、この仕事を終えたら……乙女剣士の本契約、即ち『純潔を捧げる約束』を果たすことになる。私は自分自身をすべて、アルサルに捧げることに決めたのだから。

 朝の口づけを終えて、お互い名残惜しい気持ちを残しながらそれぞれの仕事へ。

 今後の予定としては、正式にアルサルと『永遠』を誓ったのちに、異世界転生者の魂の行方を管理していると噂の東方へ赴く。地球に帰還するか、異世界に残留するかの選択を決めるだけだった。

 しかしながら、現実は非常に残酷で……。


 * * *


 数日後の夕刻、乙女剣士として『見回りの任務』を終えて住まいであるブランローズ庭園管理の館へ。

(今日は、数日ぶりに出張中のアルサルが隣国から帰ってくるんだっけ。晩御飯は何がいいかしら? 私がお料理すること自体あんまりないし……どうせなら、とびっきり美味しいものを食べてほしいな。やっぱり、ちょっと背伸びしてビーフストロガノフにしようっと)

 まだ、今日という日が何が起きた日なのか認識していなかった私の頭の中は、アルサルとの久しぶりの夕食のことでいっぱいだった。両手は食材の買い物袋でふさがっていて、気分としてはパート帰りに買い物を済ませた新婚の主婦といった感じである。
 日が暮れつつあるブランローズ庭園を通り抜け、管理の館の手前に着いた頃にようやく異変に気付く。館の前には、魔術師や修道士達……そして顔面蒼白のヒストリア王子の姿。

 何かを伝えるかのごとく、館の屋根の上にカラスが止まり……不吉を告げるような声で啼く。

「ヒストリア王子、何かあったの? こんなに人がたくさん……」
「紗奈子、落ち着いて聞いてくれ。実は、アルサルが……」


 ――アルサルが、殺されたんだ。


 私は、混乱する頭を抱えながら息を切らしてリビングへと足早に向かう。ソファやテーブルは中心部分から移動させられていて、黒く大きな棺が部屋の中心に。

「この棺……なんで、なんで」
「紗奈子。アルサルは隣国の反乱組織に暗殺されて……。今日の午後に、教会庁から遺体を保護出来たと連絡があって。僕もあらゆる蘇生呪文をかけたけど、魔法が効かないくらい魂が離れてしまった」

 最初は、ヒストリア王子が何を言っているのか理解出来なかった。
 いつもなら、館に戻るとアルサルが優しい笑顔で出迎えてくれた。料理が得意な彼は、外で働く時間が増えた私のために美味しい夕食を作ってくれて。たわいない話をしながら、楽しい時間を過ごすのだ。
 けれど、この数日の間。彼は珍しく出張だった……。アルサルが帰ってくる今日は夕食は私が作ろうと……彼の喜ぶ顔が見たくて、気合いを入れて頑張ろうと……その矢先だった。

 棺の中の彼は、まるで魂の抜けた人形のようだった。明るく輝く黒目がちの瞳は閉ざされていて、健康的な頬は殴られた痕なのか痣がいくつか残っている。何度も柔らかな口づけを交わした甘い唇は、完全に血色を失っていた。

「アルサル……アル、サル……。ねぇ……ヒストリア王子、嘘でしょう? なんで、どうしてアルサルが……アルサルがこんな酷いことにっ」
「ごめん……紗奈子。僕がもっとアルサルの周辺に気を遣ってあげていれば……。蘇生呪文は間違えていないはずなのに、どういうわけかアルサルには通じないんだよ。ごめん、ごめんね……せめて、別の蘇生術が見つかるまで遺体保護のために魔法の香油を塗っておくから……」

 アルサルの腹違いの兄ヒストリア王子が、私とアルサルに懺悔するかのように項垂れて、金髪の美しい頭を下げる。別にヒストリア王子が悪いわけではない、そんなことは分かっていた。

 そうだ……不幸の因果を何度もタイムリープを繰り返してまで延々と引きずっているのは……この私、『ガーネット・ブランローズ嬢』ではないか?

「ヒストリア王子……違うわ。悪いのは多分、私。断罪から逃れたつもりになっていた私だわ。嗚呼ッ! どうして、どうしてなのっ。まさか、断罪の運命はきちんと断ち切れていなかったというの! 返事をして、アルサル……いやぁあああっ」

 その後のことは……私自身、よく覚えていない。何故なら、ショックが大きすぎて半狂乱になった末に気を失ってしまったらしいからだ。本来ならば、私とアルサルの2人同時に殺されるところを今回はアルサルだけが殺されてしまった。

 ――断罪の呪いは、私達2人を死を用いて引き離すという方法で、因縁の深くに根ざしていたのだ。

 その日の夜、何処からともなく白い羽根がアルサルの眠る館の周辺にひらひらと舞い降りてきた。おそらく、フクロウか何かがひと夜の寝床を求めて来たのだろう。
 けれど、私にはその白い羽根が天使様のお迎えのように思えて……息を飲んだ。眠れない私はバルコニーで1人、守護天使様に祈りを捧げる。

「どうして、アルサルには蘇生呪文が効かないの? お願い、天使様。まだアルサルを連れて行かないで。アルサルを蘇らせる方法を教えてください……!」
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