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第1章

第28話 乙女は王子様のキスで目を覚ます

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 もしかすると、女神像に変化したガーネット嬢の石化を解くための錬金素材が、コカトリスから採取出来るかも知れない。乙女剣士の刃で討伐されたコカトリスが土に戻る前に、剥ぎ取り作業を開始するアルサル。私とヒストリア王子も、慣れない手つきでアルサルの真似をしながら剥ぎ取りを手伝う。

 全ての記憶を取り戻したヒストリア王子から、それまでのタイムリープの経緯を教えてもらい、ようやく因果の終わりが見えてきたことに安堵しながら、『赤と黒のコカトリス』の羽根をじっと見つめる。

 赤く美しい羽根は、ガーネット嬢の髪の毛の色のよう。その一方で、黒い羽根は私の前世である早乙女紗奈子の黒髪のようだ。思えば、ガーネットと紗奈子は客観的に見ても顔がよく似ている。
 ――まるで、ヒストリア王子とアルサルが色違いの兄弟であるように。

「その、羽根は保存魔法をかけて、装備品を作るのに使えるんだ。貸して……保存調整したら、キューブに保管して」
「へぇ……素材って魔法のキューブに入れると、あっという間に縮小しちゃうのね。不思議!」

 アルサルが小さな小箱を取り出して、保存魔法をかけたコカトリスの羽根を入れると……。巨鳥の羽根はぐんぐん縮小して、その小箱の中に収まった。初めて見る技術力だが、これも練金アイテムなのだろうか。

「ああ。多分、ゼルドガイアが魔法国家なのに錬金術がそれほど発展していないのは、この保存キューブ技法がないからなんだろうな。一応、錬金国家で資格を取得しないと、所持することすら出来ないし……そもそも自分で錬金して、この小箱自体作るからな」

 つまり、この小箱そのものが、アルサルの錬金技力の高さを現しているのだろう。

「ふぅん……なんだか、いろいろと決まりがあって大変なのね。ただ、ゼルドガイアって魔法は大陸でトップクラスなのに、どうして石化を解く魔法はないのかしら? 自力で魔法力の放出での解除は出来るそうだけど」
「どちらかというと、一般人の魔力じゃ解除出来ない現象を選んで、断罪の魔物にコカトリスを選んだんじゃないか? すぐに手に入る薬や覚えられる魔法で石化が解除出来ていたら、断罪の方法には選ばれないだろうし」

 つまり、石化という現象がこの国では解除が極めて難しいから、断罪の魔物に選ばれただけであって。もし、石化が大した現象扱いされていなければ、1周目のガーネット嬢は別の方法で断罪されていただろう。

「そっか……そう言われると、納得だわ。さて、随分といろんな素材が剥ぎ取れたけど、これらは保管していずれ薬に?」

「いや、いずれじゃなくて『今』、薬として錬金しようと思う。石化解除の錬金レシピは知らないけれど、状態異常の解除が出来るレシピなら分かる。運が良ければ、数日間はガーネット嬢の石化を解くことが出来るはずだ」

 意外な答え……まさか、今すぐにこの場で錬金に挑戦する気だとは。気がつくと、討伐したはずのコカトリスの肉体は既に土に還り始めており、錬金素材というものがいかに貴重なのかよく分かる。鮮度の高い素材で調合した方が、錬金の成功率も高いのだろう。しかし、数日間という期限では、本当の意味ではガーネット嬢は救われないけれど。

「えっ……でも、数日間だけって……」
「完全なレシピの素材を手に入れるには、禁足地に赴き許可を得て秘薬の素を手に入れなきゃいけない。でも……せっかく、女神像ガーネット嬢の居場所が判明したのに、一時的でもヒストリアと会わせてあげたいだろう? オレから出来るせめてものヒストリアへの償いだよ」

 取り戻したタイムリープ1周目の記憶を私とアルサルに話してくれた後は、ずっと無言だったヒストリア王子。その王子の碧い目が、ガーネット嬢の石化が一時的とはいえ解除できると聞いてハッと見開く。

「ありがとう。けど、怖いんだ……また、タイムリープしてしまったら。せっかく『僕だけのガーネット・ブランローズ嬢』に会っても、また繰り返してしまったら……」
「大丈夫よ! もう、今までのタイムリープは続くはずないわ。だって、タイムリープは三角関係の因果を繰り返していたのよ。今の私達は、3人じゃなく、パラレルワールドの人物を含めた4人だわ」

 落ち込むヒストリア王子を私が励ましているうちに、アルサルが小さな錬金用の鍋で調合を開始。基本素材は、状態異常解除薬用のものを使い、コカトリスの素材を一部加える。アルサルが呪文を唱えると、グツグツと煮込まれたピンク色の液体が青色に変化した。素早く熱を冷ます呪文をかけて、耐熱用の小瓶に移し替える。

「よし……出来たぞ! さぁヒストリア、これを持って、女神像ガーネット嬢の元へ……」
「ああ、分かった……君達にも立ち会ってほしい。一緒に洞窟の中へ……」


 * * *


 2時間ほど前に契約儀式を行った洞窟内部は、昼近くに時間が経過したせいか少し温かくなっていた。薄暗い内部を歩き進めると、青白い魔法陣の光が煌々として、泉と女神像ガーネット嬢を照らし出している。

「ガーネット、今まで助けてあげられなくてごめんよ。この薬は一時的の効果かも知れないが、いずれ完成した薬を手に入れてみせる。僕と紗奈子とアルサル……3人でチカラを合わせれば、きっと君を救い出せる。だから……目を覚まして……」

 ヒストリア王子は、アルサルが調合した薬を自らの口に含んで、口移しをするように……女神像ガーネットに優しく口付けをする。

 はるか昔のお伽話だって、乙女は王子様のキスで目を覚ますのだ。きっと、ガーネット嬢も例外ではないはずだ。

 すると、女神像を包み込むように、石化を解除する優しい光が立ち込め始めた。
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