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第1章
庭師アルサル目線01:国王の隠し子は何を思う
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公爵令嬢ガーネットの剣士修行のボディガード役に選ばれたオレ、庭師アルサル。小旅行まがいの短い冒険の果てに、ゴール地点で待ち受けていたのはガーネット嬢の婚約者にして我が『魔法国家ゼルドガイア』の第三王子ヒストリアだった。
「やぁ、最初はどうなるかと思っていたけど。遅からず早からず、そこそこ良い体力の配分だったね。お疲れ様、ガーネット、騎士団長……。それに、アルサル」
最初こそ、にこやかな表情だったのに、オレの顔を見た途端物憂げな顔に変化した彼は、案外分かりやすい男だ。
やはり、自分の婚約者と他の男が仲良くしている姿を見るのは、気分が良いはずないだろう。一般的な見解だと、そういう風に捉えられるはず。けれど、オレとヒストリア王子の関係はそんな一般的なものではなかった。
――庭師アルサルは、ゼルドガイア国王の『隠し子』である。
まことしやかに囁かれている噂話は真実であり、オレはお城勤めのメイドと国王の間に出来た秘密の子だった。母はメイドといっても隣国の公娼の娘で、オレにはゼルドガイアと隣国の王家の両方の血が流れていた。
* * *
小さな頃のオレは、田舎の別荘地を転々としており、母はメイドを辞め働いているわけでもないのに、そこそこの良い暮らしをしていた。今思えば、隣国の王家とゼルドガイアの両方からそれなりの支援を受けていたのだから当然か。
たまに遊びに来る品の良いオジさんが、実はオレの父親であることを教えられたのは、七歳の時だったっけ。
覚えたての木登りをしてはしゃいでいたオレは、ヤンチャが過ぎて木の上から落ち……それを受け止めてくれたのが父だった。
「大丈夫だったかアルサル。お前の身に何かあったら、どうしようかと……無事で良かった」
「オジさんっ! ごめんなさい、オレがドジをしたから怪我を……痣が、こんなにっ!」
小さな子供とはいえ、落下の衝撃からクッション代わりになった父が無傷なはずなく。けれど、国王のプライドなのか、それとも生まれ持った性格なのか気丈に振舞った。
「ふふっ。これくらい、どうってことないさ。なんたって、大事な『息子』のためだからな」
「えっ……オジさんが、お父さん?」
優しく微笑む父は案の定、オレを助けるために怪我をしていて……。その傷痕を治してあげたくて、錬金術を懸命に覚えた。そして、錬金術と並行して上流階級の嗜みも少しずつ覚えさせられて……自分の名前の由来を父から教えられる。
「アルサルという名前は、異世界に伝わる英雄王『アーサー王』にあやかってつけた名前だ。アーサー王は円卓の騎士団を率いて、聖剣エクスカリバーを手に闘う英雄でな。まぁ、お前の場合は錬金術があるし戦いに優れなくても良いが、志しだけはアーサー王のようになってほしい」
「アーサー王……アルサルの名前の由来。そっか! オレって大きくなったら、そのアーサー王みたいになればいいんだ。あれっ……でも、オレ国なんか持ってないよ」
「はははっ! 国がなければ作れば良い。お前には大人になったら、ゼルドガイアの領土を分けて、『新国家の国王』になってもらいたい。隣国との境界にあり、なかなか手を入れられなかった土地だが、お前なら両国の架け橋になれるだろう」
隣国はこの十数年、王家に跡取りが出来ず、行く末はゼルドガイアと合併か王家の血を引く男子が王位に就くという話になっていた。
だが、体裁上は公娼の孫であるオレが直接隣国の王位に就くことは難しく、国造りを経て新たな国家の王位に就かせる予定だったようだ。
身分を隠して都会へ来るようにとのお達しがあり、オレは事情をよく知る公爵のブランローズ邸でお世話になることになった。ブランローズ一族所有の庭園に咲く魔法の花々は、素材集めが必要な錬金術にとって夢のような場所である。いつでも庭に出入りできるからという理由で『庭師』という肩書きで通すことにした。
何もわざわざ庭師でなくとも、男爵あたりを名乗れば良いとブランローズ公爵にも言われたが、当時は田舎暮らしで身についた訛りがなかなか抜けずに気楽な庭師を選んだ。
「アルサルって、辺境の男爵さんなんでしょ。わざわざ魔法の庭園のために庭師になるなんて、よっぽどお花が好きなのね!」
「まぁ見たことのない魔法の花をいつでも触れるんだから、こんなに良いところ他にないですよ」
ガーネット嬢からは、ちょっと変わった人と思われているだろう。やがて、腹違いの兄ヒストリアの妻になる少女。けれど、なかなか周囲との人間関係が上手くいかないようで、婚約破棄になるとの噂がもっぱらだった。
「見たところ、ガーネットはアルサルの前だと自然体でいるようだし。案外、2人が結婚するといろいろ丸く収まるのかも知れないね。ほら、周りが僕とガーネットを破綻させようと必死だしさ」
冗談めきながらも嫉妬の目で呟くヒストリア王子からは、たまに狂気の色が見えていた。
ブランローズ邸に住むようになってからは、腹違いの兄であるヒストリア王子とも連絡を取り合うようになり、彼のギルドにも錬金術師として所属している。
別に、オレとヒストリア王子は仲が悪いという訳ではない。だけど、1人の女性を巡ってギクシャクとした関係なのは明白だった。
オレがガーネット嬢に特別な想いを抱いていることは、誰から見ても明らかなのだから。気づいていないのは、ガーネット嬢ただ1人だけだ。
――ガーネット嬢は、オレにとって触れそうで触れられない気高い花なのか。それとも、いずれ愛を告げる日が来るのか……答えはまだ胸の内に。
「やぁ、最初はどうなるかと思っていたけど。遅からず早からず、そこそこ良い体力の配分だったね。お疲れ様、ガーネット、騎士団長……。それに、アルサル」
最初こそ、にこやかな表情だったのに、オレの顔を見た途端物憂げな顔に変化した彼は、案外分かりやすい男だ。
やはり、自分の婚約者と他の男が仲良くしている姿を見るのは、気分が良いはずないだろう。一般的な見解だと、そういう風に捉えられるはず。けれど、オレとヒストリア王子の関係はそんな一般的なものではなかった。
――庭師アルサルは、ゼルドガイア国王の『隠し子』である。
まことしやかに囁かれている噂話は真実であり、オレはお城勤めのメイドと国王の間に出来た秘密の子だった。母はメイドといっても隣国の公娼の娘で、オレにはゼルドガイアと隣国の王家の両方の血が流れていた。
* * *
小さな頃のオレは、田舎の別荘地を転々としており、母はメイドを辞め働いているわけでもないのに、そこそこの良い暮らしをしていた。今思えば、隣国の王家とゼルドガイアの両方からそれなりの支援を受けていたのだから当然か。
たまに遊びに来る品の良いオジさんが、実はオレの父親であることを教えられたのは、七歳の時だったっけ。
覚えたての木登りをしてはしゃいでいたオレは、ヤンチャが過ぎて木の上から落ち……それを受け止めてくれたのが父だった。
「大丈夫だったかアルサル。お前の身に何かあったら、どうしようかと……無事で良かった」
「オジさんっ! ごめんなさい、オレがドジをしたから怪我を……痣が、こんなにっ!」
小さな子供とはいえ、落下の衝撃からクッション代わりになった父が無傷なはずなく。けれど、国王のプライドなのか、それとも生まれ持った性格なのか気丈に振舞った。
「ふふっ。これくらい、どうってことないさ。なんたって、大事な『息子』のためだからな」
「えっ……オジさんが、お父さん?」
優しく微笑む父は案の定、オレを助けるために怪我をしていて……。その傷痕を治してあげたくて、錬金術を懸命に覚えた。そして、錬金術と並行して上流階級の嗜みも少しずつ覚えさせられて……自分の名前の由来を父から教えられる。
「アルサルという名前は、異世界に伝わる英雄王『アーサー王』にあやかってつけた名前だ。アーサー王は円卓の騎士団を率いて、聖剣エクスカリバーを手に闘う英雄でな。まぁ、お前の場合は錬金術があるし戦いに優れなくても良いが、志しだけはアーサー王のようになってほしい」
「アーサー王……アルサルの名前の由来。そっか! オレって大きくなったら、そのアーサー王みたいになればいいんだ。あれっ……でも、オレ国なんか持ってないよ」
「はははっ! 国がなければ作れば良い。お前には大人になったら、ゼルドガイアの領土を分けて、『新国家の国王』になってもらいたい。隣国との境界にあり、なかなか手を入れられなかった土地だが、お前なら両国の架け橋になれるだろう」
隣国はこの十数年、王家に跡取りが出来ず、行く末はゼルドガイアと合併か王家の血を引く男子が王位に就くという話になっていた。
だが、体裁上は公娼の孫であるオレが直接隣国の王位に就くことは難しく、国造りを経て新たな国家の王位に就かせる予定だったようだ。
身分を隠して都会へ来るようにとのお達しがあり、オレは事情をよく知る公爵のブランローズ邸でお世話になることになった。ブランローズ一族所有の庭園に咲く魔法の花々は、素材集めが必要な錬金術にとって夢のような場所である。いつでも庭に出入りできるからという理由で『庭師』という肩書きで通すことにした。
何もわざわざ庭師でなくとも、男爵あたりを名乗れば良いとブランローズ公爵にも言われたが、当時は田舎暮らしで身についた訛りがなかなか抜けずに気楽な庭師を選んだ。
「アルサルって、辺境の男爵さんなんでしょ。わざわざ魔法の庭園のために庭師になるなんて、よっぽどお花が好きなのね!」
「まぁ見たことのない魔法の花をいつでも触れるんだから、こんなに良いところ他にないですよ」
ガーネット嬢からは、ちょっと変わった人と思われているだろう。やがて、腹違いの兄ヒストリアの妻になる少女。けれど、なかなか周囲との人間関係が上手くいかないようで、婚約破棄になるとの噂がもっぱらだった。
「見たところ、ガーネットはアルサルの前だと自然体でいるようだし。案外、2人が結婚するといろいろ丸く収まるのかも知れないね。ほら、周りが僕とガーネットを破綻させようと必死だしさ」
冗談めきながらも嫉妬の目で呟くヒストリア王子からは、たまに狂気の色が見えていた。
ブランローズ邸に住むようになってからは、腹違いの兄であるヒストリア王子とも連絡を取り合うようになり、彼のギルドにも錬金術師として所属している。
別に、オレとヒストリア王子は仲が悪いという訳ではない。だけど、1人の女性を巡ってギクシャクとした関係なのは明白だった。
オレがガーネット嬢に特別な想いを抱いていることは、誰から見ても明らかなのだから。気づいていないのは、ガーネット嬢ただ1人だけだ。
――ガーネット嬢は、オレにとって触れそうで触れられない気高い花なのか。それとも、いずれ愛を告げる日が来るのか……答えはまだ胸の内に。
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