上 下
8 / 147
第1章

ヒストリア王子目線01:タイムリープの犠牲者

しおりを挟む

 僕達が住む世界に『異世界転生者』と名乗る者が現れたのは、いつ頃だったっけ。
 そして僕は一体何周くらい、『十九歳のヒストリア王子』を演じているのだろう?

 自分が住んでいる国に不思議な呪いがかけられていることに気づいたのは、ある転生者が僕に放ったひとことだった。

「所詮、乙女ゲームの攻略キャラクターのクセに」

 何を言っているんだろう、この女子学生は。告白を断ったから、妙な怨みを抱いているのだろうか。大体、僕にはガーネットという婚約者がいるのだ。取り立てて問題のない公爵令嬢との婚約を破棄してまで、異世界転生者を名乗る女性と関わろうとは思わなかった。

 また、女学校の生徒達の噂としては、僕の婚約者であるガーネットが『断罪による追放』をされてから、本格的にルートが開けるキャラがヒストリア王子だという話だ。

 まったく、人のことを攻略対象だのなんだの。僕は側室の子供だし、第三王子という王位継承から少し離れている立場だから、いろいろと悪い噂を立てる人がいるのも分かっている。

 けど、この『魔法国家ゼルドガイア』を担う王族の1人としては、民に優しく皆平等に接するように、極力努力した。

 努力していれば、いつかそのうち報われる。優しくしていれば、きっといつかは理解してくれる。

「今はまだ若いから、とやかく言う人もいるでしょうけど。年齢を重ねると、やっかみも気にならなくなるし。それに、嫉妬のようなものも受けにくくなるわ」
「お母様……」
「さあ、今日はあなたの婚約者ガーネットさんの十七歳の誕生日パーティーよ。我が国自慢のイケメン王子様が、そんな暗い顔していちゃダメ。お伽話の王子様のようにスマートにカッコよくね!」

 側室である母も、若い頃は苦労したらしい。だけど、今ではそれなりに幸せだという。僕も幸せにならなくては……ガーネットという伴侶と一緒に。

 結論から言うと僕は、永遠に『十九歳のヒストリア王子』のままだし、婚約者のガーネットは必ず断罪の末に追放される。

 最も酷かったのは、ガーネットが十七歳の誕生日パーティーで刺殺されるというシナリオだ。誰も救えない、何も変えられない、無力な僕を僕は憎んだ。

 いつしか、タイムリープから抜け出すために闇魔法に手を染めると、異世界転生者達からの評価が僅かだが変化した。

「オレ様腹黒王子のヒストリアは、闇の魔法に手を染めているらしい」

 いつしか、僕のありったけの努力の結晶である作り笑顔は『腹黒』と揶揄されて、裏表のある二重人格者というイメージが定着していた。

(まったく、また異世界転生者達か! まともな転生者は、大抵この呪われた国から出て行ってしまう)


 初期の頃は、争いを好まない聡明な転生者もいたのだけれど。乙女ゲームのシナリオの一定ラインを過ぎると、タイムリープすると言う奇妙な仕組みのこの国からは、次第に人が減っていった。

「ヒストリア王子もタイムリープのない国へ行って幸せになろうよ!」
「いや、第三王子とはいえ流石に国外逃亡は出来ないよ。それに、隣国もタイムリープの呪いが効いているらしいし。君達は、遠い国で幸せを掴んで!」


 次第に味方が居なくなって、今ではタイムリープに気づいている人間はごくわずか。中には本気で僕を好いてくれる純粋な転生者もいたが、ガーネットを見捨てられなくて交際を断るのだった。

 孤独と失意を繰り返しているうちに、僕はだんだんと本当に気が病んでいった。


 だって、そうだろう?
 何度も、何度も目の前で婚約者を殺されて。攻略対象である僕自身は、トロフィーの1つのような扱いなんだから。

 この世界で僕だけが『乙女ゲームのキャラクター』なのだろうか? 何となくだけど、ある日突然前世の記憶に目覚める者もいる気がする。

 意外と思い出せないだけで、僕自身も転生者かも知れないし。婚約者のガーネットだって、転生者であることをいつしか思い出すかも知れない。

 婚約者のガーネットが転生者の記憶に目覚めたら、彼女は自分の運命を変える方法を探すだろうか。もし、2人で幸せになれるルートが残っているのなら、僕も協力したい。そう考えている時期もあった。

「ガーネットが断罪から逃れるためには、ヒストリア王子と早い段階で別れちゃえばいいんじゃない?」
「ヒストリア王子に話を持ちかけてみたら?」

 転生者達も、いい加減このシナリオに飽きてきているのか、改変ルートを提案する者まで現れた。だけど、他の人にとってこの世界がゲームでも、僕にとってはゲームじゃない。

 だから、遊び半分でガーネットと自分から婚約破棄なんて、出来るはずなかった。


 * * *


 もう、タイムリープから抜け出す方法を構築するのさえ諦めていた何百周目かの或る日。ガーネットが悪魔憑きにあって、何か訳の分からぬことを叫んでいたとの情報が流れてきた。

『わたくしって、乙女ゲームの悪役令嬢だったんですのっ』

 身分を隠してガーネットの一族が所有する庭園で庭師として働く腹違いの弟アルサルが、心配そうに電話で教えてくれた。

 嗚呼、ついにこの日が来てしまったのか。きっと彼女は、自分が断罪される運命から逃れるために、あらゆる手段を試みるだろう。

 果たして、ガーネットは断罪の運命から逃れた後も、僕のことを好きでいてくれるだろうか?

 突然、不安な気持ちが僕に襲いかかる。騎士団長のエルファムは、ガーネットに片想いをしている。僕の腹違いの弟アルサルだって、密かに想いを寄せているのは気付いていた。

 きっと他にも、魅力的な男性はたくさんいるはずだ。何故なら、この世界は『乙女ゲーム』の舞台として選ばれている特殊な国なのだから。

 僕を選んでほしい。僕を忘れないでほしい。執着と紙一重の愛情が、僕の中で溢れ出す。

 腹黒と呼ばれて、優しい感情を失ったハズの僕だけど。

 ――気がつけば、自然と涙が零れ落ちていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?

新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。 ※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!

やり直すなら、貴方とは結婚しません

わらびもち
恋愛
「君となんて結婚しなければよかったよ」 「は…………?」  夫からの辛辣な言葉に、私は一瞬息をするのも忘れてしまった。

懐妊を告げずに家を出ます。最愛のあなた、どうかお幸せに。

梅雨の人
恋愛
最愛の夫、ブラッド。 あなたと共に、人生が終わるその時まで互いに慈しみ、愛情に溢れる時を過ごしていけると信じていた。 その時までは。 どうか、幸せになってね。 愛しい人。 さようなら。

【完結】お前を愛することはないとも言い切れない――そう言われ続けたキープの番は本物を見限り国を出る

堀 和三盆
恋愛
「お前を愛することはない」 「お前を愛することはない」 「お前を愛することはない」  デビュタントを迎えた令嬢達との対面の後。一人一人にそう告げていく若き竜王――ヴァール。  彼は新興国である新獣人国の国王だ。  新獣人国で毎年行われるデビュタントを兼ねた成人の儀。貴族、平民を問わず年頃になると新獣人国の未婚の娘は集められ、国王に番の判定をしてもらう。国王の番ではないというお墨付きを貰えて、ようやく新獣人国の娘たちは成人と認められ、結婚をすることができるのだ。  過去、国の為に人間との政略結婚を強いられてきた王族は番感知能力が弱いため、この制度が取り入れられた。  しかし、他種族国家である新獣人国。500年を生きると言われる竜人の国王を始めとして、種族によって寿命も違うし体の成長には個人差がある。成長が遅く、判別がつかない者は特例として翌年の判別に再び回される。それが、キープの者達だ。大抵は翌年のデビュタントで判別がつくのだが――一人だけ、十年近く保留の者がいた。  先祖返りの竜人であるリベルタ・アシュランス伯爵令嬢。  新獣人国の成人年齢は16歳。既に25歳を過ぎているのに、リベルタはいわゆるキープのままだった。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

【完結】私は死んだ。だからわたしは笑うことにした。

彩華(あやはな)
恋愛
最後に見たのは恋人の手をとる婚約者の姿。私はそれを見ながら階段から落ちた。 目を覚ましたわたしは変わった。見舞いにも来ない両親にー。婚約者にもー。わたしは私の為に彼らをやり込める。わたしは・・・私の為に、笑う。

出て行けと言って、本当に私が出ていくなんて思ってもいなかった??

新野乃花(大舟)
恋愛
ガランとセシリアは婚約関係にあったものの、ガランはセシリアに対して最初から冷遇的な態度をとり続けていた。ある日の事、ガランは自身の機嫌を損ねたからか、セシリアに対していなくなっても困らないといった言葉を発する。…それをきっかけにしてセシリアはガランの前から失踪してしまうこととなるのだが、ガランはその事をあまり気にしてはいなかった。しかし後に貴族会はセシリアの味方をすると表明、じわじわとガランの立場は苦しいものとなっていくこととなり…。

処理中です...