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第1章

第03話 丑三つ時の攻略談義

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 次に目が覚めたのは、豪華な天蓋付きのゴシック風ベッドの上だった。フッカフカのマットレスや掛け布団には、回復魔法がかけられており眠るだけでHPを回復する効果がある。よく、RPGの世界で宿屋で一泊しただけなのに、体力が不自然なほど全快しているアレだ。

「う……うん。あら、ここは。わたくしのお部屋。誰かが運んできてくれたのね」

 アンティーク調の家具は、我儘放題のガーネットがお父様におねだりして買い付けてきたもの。年代物で、魔王城で実際に使われていた伝説の品や呪われていると評判の水晶玉などもあり、よくよく考えてみれば不吉である。
 きっと、自分でも気づかないうちに無実の罪で断罪されるような、不幸オーラをかき集めていたのだろう。これが、悪役令嬢の星の下に生まれついた者のサガなのか?

 実際、乙女ゲームの主人公だって設定上は地球から異世界に移動してきた異世界転移者である。前世が地球の女子高生だったわたくしガーネットこと、早乙女紗奈子とさほど違いはないはずだ。
 何がそんなにヒロインと悪役令嬢の間に格差を産むのか? 慢心環境の違い、とはよく冗談めいて言っているが心の奥底から実感しつつある。

「そういえば、心の声がいつの間にか『ですわ口調』じゃなくなっている。こうして、だんだんとガーネットと紗奈子が融合していくのね」

 この異世界に転生してからずっと続けてきた『ですわ口調』から、ごく普通の女子高生風に変化していた。本来なら『わたくし呼び』も卒業した方が良いのだろうが、突然一人称が変化すると不自然かも知れない。

 ふと、自分の手に違和感を感じて確認すると、がっしりと例の魔法のブローチを握りしめていた。てっきり、悪魔祓いの際にお焚き上げでもされたのかと思ったが。

 サイドテーブルには、置き時計の他に水、ラップにかけられたサンドイッチ、そして聖なる教本が置いてあった。いつ目が覚めてもいいように、食事を用意してくれたようだ。

 時刻を確認すると、すでに夜中の二時だ。俗に言う丑三つ時であるため、さすがに使用人を呼ぶことは気がひける。ありがたくお夜食を頂いて、悪魔祓いがあの後どうなったのかは、明日聞こう。

「この味は、使用人のコックさんが作ってくれた味だ。小さな頃から好きな、チーズとハムのちょっぴり洋がらし付き。私って馬鹿だなぁ、おうちのアフタヌーンティーなのに、わざわざ有名店のサンドイッチなんか所望して。こんなに身近に、美味しいものを作ってくれる人がいるのに」

 いつも無駄に、贅沢三昧して過ごしていたことを後悔し始める。ガーネットが悪役令嬢と呼ばれていたのは、周囲の人の気持ちがイマイチ考えられない我儘娘だからなのか。

(メイドや庭師、それに騎士団長。みんな何だかんだ言ってガーネットのことを心配してくれていたな。あんなに我儘放題やっていたのに)

 乙女ゲームの中でもひときわ我儘で目立つ存在のガーネットだが、年齢にそぐわない幼い外見のおかげで『お子様が我儘を言っている』くらいの扱いを受けていた。いわゆる見た目で、得しているキャラだと言えるだろう。

 けれど、その我儘三昧の生活もあと僅かで終わりを告げる。悪役令嬢ガーネットは、十七歳の誕生日に無実の罪で断罪されるのだ。ちなみに、無実の罪には様々なバリエーションがあり、乙女ゲームの中でプレイヤーがどのようなルートを選ぶかで内容が異なる。
 逆説的にいえば、ガーネットは乙女ゲームのどのルートであっても『絶対に断罪されて追放される』のが宿命なのだ。

 だけど、私はまだ断罪されたくない。どうにかして、不幸な運命から抜け出したい。幸い、この世界が乙女ゲームの設定の通りなら、前世の知識を上手く使えば回避ルートが見つかるはずだ。

 早乙女紗奈子は転生する直前まで、このゲームの攻略談義を行なっていたのだから。まだ、プレイしていない攻略対象の対策まで練りに練っていた。そのため、世界観設定や予備知識もバッチリ。相手の趣味や趣向、裏設定まで熟知している。

 ガーネットは、必ず十七歳の誕生日パーティーで断罪される。それだけは、どのルートでも変えることの出来ないシナリオだ。

 単純に考えれば、十七歳の誕生日パーティーさえ開かなければ濡れ衣を着せられることはないはず。
 けれど、第三王子と婚約している公爵令嬢という立場柄、滅多なことでは誕生日パーティーの拒否は難しい。一見すると、ただのお嬢様のお祝い会に見えても、中身は貴族同士の政略的なお付き合いを深めるためのもの。

 ガーネットの誕生日パーティーは、彼女ひとりの問題ではないのだ。それに、乙女ゲームは攻略対象の誕生日になるとお祝いをする仕組みがあり、滅多なことでは祝われる側も拒否出来ない。

(あれっ? だけど、攻略対象の中に1人だけ誕生日をお祝いするイベントが開けない特殊なキャラがいたような。誰だっけ?)

 ある程度の友好度が上がると誕生日パーティーを開こうと提案出来るはずが、1人だけ不可能なキャラがいた。確か、鳳凰一閃流の見習い剣士クレストだ。
 クレストとの会話テキストをよく思い出してみる。


『クレスト様、明日はクレスト様のお誕生日よね。是非、みんなでパーティーを開いてお祝いしたいのだけど』
『お気持ちは嬉しいのですが、今は半人前の剣士。免許皆伝出来るその日まで、自分のための大きなパーティーを開くことは出来ないのです』
『えっ? でも、誕生日くらい遊んだって……』
『いえ、見習い剣士は、一年間三百六十六日、閏年も含めて毎日稽古を続けるのが鳳凰一閃流教え。そのため、ハメを外し過ぎる恐れがあるものは、すべて拒否しなくてはいけません。短時間の間だけお付き合いで呼ばれて行くなら、許されていますが。特に、自分のために何かをすることだけは、甘えとして禁止されているのですっ!』

 見習い剣士クレストルートの会話テキスト復習作業完了。

 つまり、鳳凰一閃流に入門すれば、見習い期間中の一年間は、自分のためのパーティーを開くことが出来ない。十七歳の誕生日から十八歳の誕生日まで二回誕生日を切り抜けてしまえば、乙女ゲームの主人公は女学校を卒業して嫁入りする。
 そのため、卒業後は永遠にオサラバ出来る。ほぼ、断罪ルートは回避出来るだろう。

『ガーネットの十七歳の誕生日パーティーまであと数日、それまでに鳳凰一閃流に弟子入り出来れば……』
『そうですわ、紗奈子! 鳳凰一閃流やそれ以外の名門も都会に行けば道場があるはず。明日の朝、早速伺ってみましょう』

 もはや、自分に剣の腕があるかとか、そもそも女性は入門出来るのかとかは考えられなかった。
 ――無実の罪で断罪されて、婚約破棄の末に無一文で行方不明。そんな不吉な将来に比べたら、剣の修行の方がマシである。

 ガーネットと紗奈子の二つの魂のチカラを合わせて、丑三つ時の攻略談義が無事終了。
 希望の光が見えてきて安心したのか、その後は襲ってきた睡魔に身を任せて、深い眠りについてしまった。

 ――ゆっくりと、悪役令嬢改め、乙女剣士への道が拓かれようとしていた。
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