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第1章
第01話 悲報――わたくしって悪役令嬢だったんですの?
しおりを挟む皆様、麗らかな午後のひとときをいかがお過ごしでしょうか? わたくしは、今日も薔薇のアーチが美しい庭園で、アフタヌーンティーと洒落込んでいますの。
もちろん、この立派な庭園は我がブランローズ家所有のものですわ。敷地内にかけられた魔法のおかげで、季節を問わず、通年薔薇が楽しめるのが特徴。我がブランローズ家の財力と魔力があってこその魔法の庭園。
紅茶も超一流の銘柄ですし、三段重ねの定番メニューは、国内でも人気のシェフやパティシエに特別注文で作らせました。サンドウィッチも一流、スウィーツも一流、そして何よりもそれを食べるわたくしが一流の令嬢ですことよ。
わたくしの名前は、ガーネット・ブランローズ。フルネームは長ったらしいんで省略いたしますが、『魔法国家ゼルドガイア』有数の公爵令嬢ですの。
深紅の長い髪はちょっぴりピンクがかっていて、高級ヘアケア用品のおかげでツヤツヤ。ツリ目がちの大きな瞳は美人の証拠、整った輪郭と小さな口元は可愛らしいと評判ですわ。不満な点があるとしたら、もうすぐ十七歳だというのにそれよりも幼く見られることかしら?
わたくしの婚約者であるヒストリア・ゼルドガイア様は、少し年上の十九歳。ウェーブがかった長めの金髪に切れ長の青い瞳が印象的、誰もが振り向く美青年なのです。
えっ? ゼルドガイアという名はこの魔法国家の名前なのでは……と、疑問に思われましたのね。うふふ、もうお気づきかしら? 彼こそは、魔法国家ゼルドガイアの第三王子。つまり、婚約者であるわたくしは将来王族入りが約束されているのですわ!
――富、美貌、数多のコネクション。全てに恵まれたわたくしが、勝利の美酒に酔いしれるかの如く紅茶を楽しんでいると、メイドが何かを手に持って話しかけてきました。大方、わたくしへの贈り物がまた届いたのね。
「ガーネットお嬢様、お父様から贈り物が届いております。お洒落な小箱でアクセサリーのようですよ。もうすぐ、ガーネット様の十七歳の誕生日ですから、多方面から贈り物が届きますが、お父様からの贈り物は中でも特別でしょう」
「ふふっ。将来の王族であるわたくしに、取り入ろうとする者は数知れず。けど、お父様からの贈り物なら安心ですわ! その小箱の中身、見せてちょうだいっ」
細かな雑用のほとんどは、メイドにやらせるのがわたくし流ですの。だから、贈り物の開封も例外ではありませんわ。決して、無精とか不器用とかではなくってよ!
「はい、畏まりました! お手紙も一緒に同封されておりますが」
「あら、そうなの。お父様ったら、珍しい。あなたが代わりに、読んで下さる?」
スマホの読み上げ機能の如く、メイドを使うことが当然になっていますけど。これが、わたくしの日常なのだから余計なツッコミはNGですわ。
「では、畏れ多いですが……。私の可愛い娘ガーネットへ。異国の魔法使いから、前世の記憶を呼び覚ますブローチを買い付けたよ。もうすぐ、お前の十七歳の誕生日。高級なものは飽きているだろうし、ちょっと変わったものが良いと思ってね。ガーネットの前世は、どこかの女神か聖女かな? 気に入ってくれると嬉しいんだが。父より」
つまり、お父様は装備をするだけで自分の前世が分かってしまうミラクルアイテムを、わたくしの誕生日にプレゼントしてくれたのね。
「まぁ! お父様ったらっ。へぇ一見すると、一般的な金のブローチに見えるけど、内側に呪印が刻まれているのねっ。さっそく、身に付けてみようかしら?」
「ガーネット様なら何を身に付けてもきっと、お似合いですよ」
ワンピースの襟元にブローチをつけようかとも思ったけれど、お気に入りの服に穴が開くのは嫌。手近にあったストールと合わせて、装着してみることにしましょう。
首元に淡い水色のストールを巻いてから留め具として金のブローチを身に付ける。
バチンッ!
ブローチの留め具から、大きな音が鳴り響く。すると、スイッチが入ったかの如く、わたくしの頭の中で前世の記憶が蘇ってきたのです。
* * *
発売して間もなく人気となった乙女ゲーム『魔法国家の夢見る乙女達~今宵、王子様と甘い時間を~』は、魅力的な世界観とイケメン攻略対象が大いに受けてゲーマー女子の話題を独占していた。何処にでもいる、だけどちょっぴりオタクに片足突っ込んでいる私、早乙女紗奈子もそんな女子の1人だった。
学校帰りにファーストフードでポテトをカリカリつまみながら、ゲーム仲間とイケメン王子様の攻略について語り合う。
「あーあ、この乙女ゲームの第三王子のヒストリア様って、なかなか攻略ポイントが達成出来ないんだよね」
「仕方がないよ、何たって悪役令嬢ガーネットがヒストリア様との仲を邪魔してくるんだもの。まぁそのガーネットも、十七歳の誕生日に無実の罪で断罪されちゃうけどさ。それまで耐えて、攻略に励もうっ。ファイトッ!」
友人が、一見すると残酷な激励をにこやかに送る。無実の罪で悪役令嬢が断罪されるから、それまで頑張る?
実在人物に対しての誹謗中傷だったら、許されないレベルの内容。何がファイトッなのか。だが、彼女達に悪気はない……だって、所詮ガーネット達は二次元のキャラだから。存在していない人達という認識、なのだろう。
だが、果たしてそれは真実だろうか。現に、早乙女紗奈子はこのファーストフードでのゲーム談義の帰りに交通事故に遭って、悪役令嬢ガーネットとして異世界転生しているではないか。
――そう、あと数日で無実の罪で断罪される不幸な悪役令嬢ガーネットとして。
* * *
前世の記憶が蘇り楽しいはずのティータイムが、一気に不幸ムード全開になる。テーブルの上に止まった小鳥のさえずりが、可愛らしくピィピィとわたくしに呼び掛けたおかげで、トリップから解放された。
「ガーネット様、どうなされました? 顔色が優れないようですが……。魔法アイテムが強すぎたとか? 熱でもあるのかしら、待って下さいね。今体温計をお持ちします」
妙な魔法アイテムを装備して、具合が悪くなったように見えたのだろう。メイドは、心配しながらパタパタと室内まで体温計を取りに行ってしまった。広い庭園に取り残されたわたくしは、前世と今世の記憶が混同して絶賛混乱中である。
そして、思わず自分自身のポジションに気づいて叫ぶ。
「わたくしって、わたくしって…………乙女ゲームの悪役令嬢だったんですのっっっ!」
その瞬間から、『わたくし口調の高慢ちきな悪役令嬢ガーネット』は心から消え失せて、『ちょっぴりオタクに片足突っ込んでいた女子高生の早乙女紗奈子』に自意識が変化した。
断罪の悲劇から、上手く逃れる方法を探すために!
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