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第四部 運命の聖女編
第四部 第26話 夏休み最後の思い出に
しおりを挟むいよいよ終わりに近づいた夏休み……寄宿舎生活のオレにとっては、家族や幼馴染みとの久しぶりの再会も終わりを告げることになる。
ネオ神戸の教会でお土産を購入し、昼食の時間になった。
「あーあ、もう今日がみんなで遊べる最終日だね。明日は新幹線で帰らなきゃいけないし……。アイラね、せっかくネオ神戸に来たんだから、何か名物を食べたいなっ」
「おっそういえば、そろそろランチタイムか。ここの教会にも飲食店はあるけど……もうすでに人が並んでる」
教会にも喫茶店はあるものの、既に観光客でいっぱいのようで他所に移動する必要がある。
ミサに出席する人以外にも観光客も多く、雑誌などで紹介されている飲食店が教会敷地内にあるため行列だ。
「教会の飲食店は午後のミサに出席する人も使うだろうから……。この敷地の飲食店は混んできているし、お昼ご飯は市街地で食べたほうがいいかも」
「うん! アオイさんの言う通りにしようよ。実はね、アイラ名物ランチのあるお店いくつかチェックしているんだ」
周囲の様子を見て一旦、市街地に出ることを提案するアオイ。それを受けてアイラがネオ神戸観光マップをパラパラめくりる。既に、名物ランチのページを付箋でチェックしてあった。
もうすぐ、ネオ東京に戻る家族や幼馴染みと最後に素敵な思い出を作りたい。思い出に残る食事をネオ神戸で……そう考えた時にオレ達の頭に浮かんできた食べ物は、あの超高級食材だった。
『ネオ神戸牛』
前世のオレも黒毛和牛魔王との死闘の末、美味しく食べた例の超高級食材だ。特にガーリックチップとオニオンソースでいただく、アツアツジューシーステーキは絶品だった。
「せっかくだからさ、名物中の名物ネオ神戸牛を食べていこう。このメンバーは、みんなステーキ好きだろう? ほら、このお店のランチ……他のランチメニューと値段も大して変わらないし……」
「まぁ本当ね、ここならお得に美味しいステーキランチが食べれるわ!」
合宿費用をギルド本部から預かっている会計役の母さんに、お得なステーキランチのセットの紹介記事を見せる。予算内で済むし、名物品だし文句なしのプランだろう。
「うん、決まりだねっ!」
「嬉しいっ私、ネオ神戸牛大好きなのっ」
「本当、私も久しぶりだから、すごく楽しみっ」
この夏最後の超贅沢だ。全員一致でランチはネオ神戸牛に決まり、観光ガイドに載っているネオ神戸牛ステーキランチを食べに行くことに……。
教会から徒歩5分ほど、夏の日差しを浴びながら港町の風に誘われてやって来たのは、ネオ神戸港のそばにある小洒落たライトグリーンの屋根に白い西洋風の建物。
「へぇ……入り口からして牛のイラストが目印か。分かりやすいな」
可愛い牛のイラストが看板の和牛専門店だ……早速店に入るオレ達。
カランカラン……!
『いらっしゃいませーっ』
ドアを開けると、牛の首輪に付けられているベルを彷彿させるようなチャイムが鳴り、カントリー風ファッションの店員さんが席まで案内してくれる。
「8名様ですね。奥の団体用テーブル席が空いております。こちらです……」
人数はオレ、妹アイラ、母さん、アオイ、聖女ミンティア、女勇者レイン、守護天使エステルとリリカ……確かに8人だ。よく考えてみれば結構な人数だな。
室内は冷房が効いていて、過ごしやすい気温である。他のお客さんたちも皆、名物のお得なステーキセットを注文しているようで、あちこちから肉を焼くじゅうじゅうとした音が聞こえてきた。
牧場の爽やかな絵画が壁際に掛かっている団体用のテーブル席に案内され、窓際に座る。夏の暑さを考慮してか、日除けが施されておりそれほど外の景色は見えないが暑さにやられずに済むのでいいだろう。
「雑誌に載っているメニュー以外にも、いろんなランチセットがあって迷っちゃう。私、ネオ神戸牛大好きだから……。今回は、このデザートケーキ付きのセットにしよう」
真っ先に注文メニューが決まったのはミンティアだ。さすが、地元出身者……慣れを感じる。
「ミンティアちゃんはこのデザートケーキ付きにするんだ。どうしよう? ステーキとハンバーグのコンビも捨て難いし、沢山あって迷っちゃうね」
「えっ? うふふ何度でも来ればいいんだから、その時食べたいものを選べばいいんじゃないかなぁ?」
「う、うん……」
そういえば、ミンティアは以前もネオ神戸牛がオススメだと言っていたな。きっと高級食材であるネオ神戸牛をそれなりに食べ慣れているのだろう……。何度でも来ればいいと言う地元民らしい何気ないワードに、思わず口を紡ぐレイン。
地元育ちのミンティアには分からないかもしれないが、オレ達ネオ関東の人間からすると、滅多にお目にかかれない超高級食材なのだ。注文に迷うレインの気持ちは、観光客としては普通の感覚だ。
予想以上に豊富なメニューの数々、そして評判の良さ、期待に胸が膨らむ……。
「お兄ちゃん、この名物ネオ神戸牛スペシャルランチセットAは?」
「どれどれ……おっいろいろ付いている割りにお得そうだ」
スペシャルランチセットAは、ネオ神戸牛のステーキにスープ、サラダ、デザートのバニラアイス、ソフトドリンクが付いた典型的なランチセットである。定番かつ無難なメニューだが、ここは王道を行くのがいいだろう。このAセットにするか。
「イクト君、Aセットにするの? じゃあ僕も同じのにしようっと! 小さい頃からずっと、ご飯注文するのお揃いにしているものね。昔はイクト君、自分でメニュー決められなくて僕と同じでいいっていつも……」
「あっそういえば、小さい頃のイクト君はそういう感じの子だったね。ずいぶんと立派になって……」
昔を懐かしむアオイとエステル……だが、多感な年頃だしあまり小さな頃の思い出を掘り起こさないで欲しい。
「あ、アオイッ。恥ずかしいから……そういうの。からかうなよぉ……! エステルもっ」
それぞれランチメニューの中から気に入ったセットを注文。肉の焼ける音やステーキを切る音が何気なく聴こえる店内でワクワクしながら、ステーキセットが出来るのを待つ。
異変を感じたのは、その時だった……。
ガタン! バタバタ! ドンドンドン!
ドアの向こうから、何かがトビラを叩く音が聴こえてきた。店員さんが確認に行っても誰もいないようで、首をかしげてトビラを閉めている。一向に鳴り止まない不吉な音……。
「えっ何の音?」
「やだ……怖い……風が強いのかな?」
店内では、お客さんが原因不明の謎の音にざわざわしている……もちろんオレ達も、謎の雑音に動揺した。
「お待たせしましたっ。ネオ神戸牛お得なランチセットAのお客様、デザートセット、コンビセット……」
「うわぁ! 美味しそうっ」
「ジュワジュワしてるっすごーい」
だが、美味しいネオ神戸牛のステーキセットが運ばれてくると外の雑音は気にならなくなり、程よく焼けた柔らかいネオ神戸牛ステーキに夢中になってしまい、無事にランチタイムは終了した。
* * *
その頃、店の外ではイクトにたびたび取り憑いては女アレルギーを引き起こさせている、幽霊のグランディア姫がドアの前で呆然と立ち尽くしていた。
「どうして? 何でお店の中に入れないの? 私もネオ神戸牛のステーキ食べたいのに!」
普段だったら楽しくイクトに取り憑き、一緒に美味しいランチを食べるのに……何故かイクトに取り憑くことが出来ない。
それどころか、半径数メートル以外に近くことが出来ないようになっており、店のドアをくぐることすら出来ない……。虚しくトビラを叩く音だけが、店に響くだけだった。
「まさか……なにか強力な魔除けが使われた? イクト君、私がいない間に装備を変えたとか……」
装備の影響だけではない……教会で手に入れた呪い除けのアクセサリーは、いつもイクトのそばにいる聖女ミンティアのチートスキルと合わさった。
自然とグランディア姫を寄せ付けない強力な結界となって、幽霊グランディア姫を阻むのであった。
* * *
ついに合宿最終日、新幹線のホームで見送り……分かってはいるが、やはり寂しさがこみ上げてくる。
「じゃあ、お兄ちゃん元気でね。ミンティアさん、レインさん遊べて楽しかったよ。エステルもお仕事頑張ってね、お兄ちゃんをよろしく」
「イクト、健康が一番! 無理しちゃダメよ。ミンティアさん、レインさん、イクトとこれからも仲良くしてあげてね。エステル、守護天使としての役割り……大変でしょうけどお願いね」
「イクト君……またお手紙書くから……ミンティアさん、レインさんもまた遊ぼうね」
「ありがとう……オレ頑張るから……!」
「みなさん……気をつけて」
「ありがとう……」
8月最後の火曜日……母さん、妹アイラ、幼馴染みアオイは新幹線でネオ東京に帰って行った。
遠くなる新幹線を見送り、ざわつくホームを後にする。
「寂しくなっちゃったね、イクト君……。また2学期から勇者の勉強頑張ろう。アイラちゃんもそのうちダーツ魔法学園に転校してくるんでしょう? 私も従兄弟が来る前にもう少し腕を磨かないと……きっとあっという間に抜かされちゃう。たくさんやることはあるよね」
「そうだよな、寂しがってばかりじゃ先に進めない。アイラが転校してきた時に恥ずかしくない勇者にならないと」
「私も、立派な聖女になれるよう頑張るね。いずれ、所属する学園ギルドに向けて……」
この夏休みを境にオレの女アレルギーは格段に良くなった。それがオレの身につけている呪い除けのお守りと聖女ミンティアが側にいる事で生み出された結界が原因だと判明するのは、もう少し先。
そしてオレ達が中学生になると、妹アイラが約束通り転校してきて、みんなでダーツ魔法学校の『学園ギルド』に加入することになるのだ。
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