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第四部 運命の聖女編
第四部 第21話 実在するスマホ異世界
しおりを挟む本日の合宿は、定番の花火大会だ。アオイが所有する別荘からは、ちょうど街で主催している花火がよく見える。
どぉおーんっ!
「うわぁ……すごいね! モンスターのプルプルや幻の天然花モチーフまで、いろんな花火があるよ」
「本当……それにここなら場所取りをしなくても、綺麗な花火を沢山みられるしお得だね……ありがとう、アオイさん」
「うふふ、気に入ってもらえてよかった。我が家の特等席なんだ!」
うっとりと上空を見上げて、夜空の輝きに見惚れるミンティアとレインが感想を述べる。アオイの言う通り確かに、人混みを気にせず花火を見られるこの場所は特等席のようなものだ。
「あっもうすぐ、最後の花火だよ! お兄ちゃん、ほらっ」
「おぉっ本当だ。フィナーレの連続打ち上げ花火だな。凄いや、どんどん打ち上がって……」
どぉーん、どぉーんっ。ドドドドドーン!
パァーン、パァーンっ……パチパチパチパチ……。
「あっすごい、すごい、イクト君! こんなに連続してる花火初めて。次から次へとどんどん来ちゃう。えっ……まだ続くの? 弾切れとかしないのかな。わっ凄すぎ……」
予想よりもずっと長い連続の花火に、驚きを隠せない様子のミンティアが思わず声をあげる。聖女コースという特別なクラスに所属していることもあり、普段は年頃の少女のようにはしゃぐ様子をあまり見せない彼女だが今日はずいぶんとはしゃいでいる。
きっと、オレが知らないだけでいろいろな表情がまだあるのだろう。こうして、少しずつ知らないところを発見するのか。
「多分、この日のために、たくさん弾を貯めておいたんだろう? おおっ本当にすごいや……なかなか止まらない、どんどん打っていって……」
大きな花が夜空を咲かせる様子は、夏の風物詩と言っていいだろう。やがて、フィナーレとなる連続打ち上げ花火が続き夜空のショーは幕を閉じた。
絶え間なく夜空を独占し続ける花火の余韻は、しばらくの間白い煙となって漂い続け……やがて澄んだ空気に戻る。
まるで、自分自身が弾切れしたような気持ちに一瞬なったが、徐々に現実に引き戻された。
「はぁ……凄かったね。でも、私達の花火大会はこれからっだよね!」
「うん! 早速準備しよう」
そして、その後はお待ちかね……自分たちで楽しめる手持ち花火だ。手持ち花火の魅力は、お手軽なサイズの輝く花火を自分の身近に感じられること。
1人2パックの手持ち花火を用意してあるから、かなり楽しめるはずだ。オーソドックスな線香花火のセットやクルクル回る特殊花火などバリエーションも豊富。
着々と準備を進めていくうちに、アオイの手がぴたりと止まる。
「あれっもしかしたら、花火の数に比べてバケツの数が足りないかも……。どうしよう……」
「えっ本当か? これだけ花火の数が多いし、万が一のことを考えてバケツは余分に用意した方がいいよな」
「そうだ。まだ倉庫にバケツのストックがあったはず……ねぇイクト君、悪いけど向こうの倉庫にバケツがあるから取ってきてくれる? これが鍵で……ちょっと大きな倉庫だけど、あとしばらく見てないから様子を見てきてくれると嬉しいな。何か異変があったら教えてね……大丈夫だよね?」
「ああっ大丈夫だから、任せておけよ!」
* * *
ジャラリと重い鍵を受け取り、広い庭を抜けて倉庫を目指す。1人で歩く夜間の庭は、ちょっとしたクエストのフィールドのようだ。
そして倉庫の中までもが、ダンジョンのように広い。流石、元魔王一族の別荘の倉庫である。懐中電灯片手に灯りを頼りに、コツコツと靴音を響かせてバケツの並ぶ棚を見つける。
「おっ、バケツの棚はここだな。よし、あと2、3個持っていけば安心……。んっあれは一体?」
その時……棚の向こう側に何かの通路のようなものを発見したオレは、興味本位でよせばいいのに、ズンズンと棚の裏にある通路へと進んでしまった。
「何だろう……向こうのほうが気になる。何か強い気配を感じる。誰か、いるのかな?」
夏場の割に冷んやりとした空気……意味ありげな天使の石像……優しく微笑む男性とも女性ともつかないその姿に引き寄せられ、思わず天使の石像の前に立つ。
「石像……もしかして、RPG特有のトラップか何かか? 定番の展開だと、こういう像の仕掛けを解除すると隠し部屋が現れるんだけど……」
よく見ると、お祈りのポーズを取っている天使像の指の部分は、何かの仕掛けのようなものがある。
「このロザリオ、多分動くように出来ているよな。どうしよう……すごく気になるけど、動かしても平気か? アオイに倉庫の様子も見てくるように言われているし……。ええいっこんなところで迷っていたらプロの勇者になれないぞっ」
指ロザリオと呼ばれる、お祈り用の小さな輪っか状のロザリオをくるりと廻す。
すると、予想通りギギギという音とともに天使像の台座はスライドし地下への隠し階段が現れた。
「本当にあった! 隠し部屋だ……アオイからも様子を見る許可を得ていることだし、多分大丈夫な範囲のはず……」
一瞬、迷ったものの好奇心には勝てずに、オレは階段を降りて地下室へと足を踏み込んだ。
地下室は隠し部屋のようで、思ったより広くなかった。おそらく8畳ほどだろうか?
「使われていない部屋……いや、誰かの部屋の荷物や家具をそのまま移動させたとか。書斎にも見えるし……うーん、何だろう?」
古びたデスク、部屋全体にはたくさんの書物、ソファベッドが置かれており誰かの書斎のようである。そして、ちょこんとデスクの上に置かれた物体は何処にでもあるような、画面のひび割れたスマートフォンだった。
「このスマホ……どこかで見たことがあるような……気のせいか」
そっと手に取ると壊れているにも関わらず、簡単に起動したスマホに動揺する。そして、勝手に再生し始めた動画を食い入るように見てしまった。
『お待たせしました! 今年リリースの期待の新作、蒼穹のエターナルブレイクシリーズのご紹介です』
動画の内容は、『新作スマホゲーム蒼穹のエターナルブレイク-side イクトス-、及び関連シリーズの制作発表会見』だった。
すっかり異世界アースプラネットの住人となっていたオレは、この時ようやく自分が異世界転生してきた現実世界の人間であることに気がつく。
(どうしよう……胸がドキドキする。もうこれ以上、この動画を見てはいけない気がするのに目が離せない)
『では、制作元の社長による質疑応答を行います』
『えっとぉ……ユッキー社長に質問です。今回の新作は過去に発売されていた据え置きゲームのリメイク版ということですが、過去作との変更点とかありますか? 教えてください!』
ユーザーの少年からのゲーム内容に関する質問にイケメン社長が丁寧に答え始めた。
『そうですね、まず前作で登場したダンジョンやモンスターを継承しつつ、新たな要素である召喚を取り入れています。新たなスキルに合わせて選べる職業も増えているので、過去作とは比べものにならない容量です』
動画の中では、このゲームの製作者であり社長であるという男がスッと立って、にこやかな表情で巨大スクリーンの映像を操作。
細かく、このゲームの特徴などについて答えていた。
『ユッキー社長、あの……独身だそうですが彼女とかはいないんですか? ユッキー社長はイケメンだし、モテそうですが……』
『あははっ仕事ばかりで恋人はなかなか出来ませんよ!』
社長のソツのない受け答えは、まるでアイドルかイケメン俳優のよう。
男はスラリとしたスタイルの良いイケメンで、銀髪が特徴の何処か浮世離れした……男にこういう言い方はおかしいかも知れないが、色っぽい男である。左耳に小洒落た天然石のピアスを身につけており、なんだか不思議な感じの印象だ。
ユーザーの少女は製作者のファンだとかで、彼のことを『ユッキー』と呼んでいた。ユッキー……伝説の勇者と同じ愛称だが、彼が冗談のつもりで同じ愛称にしただけで勇者の名前は『結崎イクト』だという。
(結崎イクト……オレと同じ名前だ……)
『大まかなストーリーは、異世界に転生したユーザーのみんなが伝説の勇者イクトスの軌跡を辿っていくというものです。そして、そのユーザー代表の名前のデフォルトが結崎イクト君。勇者の【ゆう】と、【先】に【行く】という意味を合わせた名前になっています。勇者を目指す男の子が異世界に行くイメージかな?』
『主人公は、絶対にイクト君になるんですか?』
『もちろん、各ユーザーで好きな名称を名乗ることも出来ますよ。マルチプレイを想定しているし、女の子のアバターも選べます。ご安心を……』
製作者である彼が、饒舌にゲームシステムやプレイヤー設定について語る。
『アースプラネットは、本当に存在する異世界がモデルです。僕たちは簡単には異世界に行くことは出来ないけど、今ではスマホがあれば何処にいても何時でも、異世界にいる気分を体感出来る。もし本当に結崎イクト君って子がいたら、きっと選ばれた本物の勇者だから、特別にこの異世界に転移して勇者になれる魔法がかけられているよ。是非試してみてね!』
くるりと回ってカメラに向かってニッコリ微笑み、ファンの女の子たちがキャアキャア騒ぐ中、会見は終わった。
他にも動画には登場人物であるヒロインの1人マリアや、隠しヒロインである聖女ミンティアの紹介ムービーが入っていた。
『この異世界は、スマホゲームの中にあります』
というナレーションが頭から離れない。この世界はゲームの中? 変じゃないか……だってオレはこの世界で赤ん坊からやり直しているのに?
でも、実在する異世界がモデルだとも言っていたし……一体どんなカラクリなんだ?
突然突きつけられた不思議な真実、震える手でスマホを握りしめる。
オレはこの世界が本当は何なのか理解出来なくなり、オレを探しに来た聖女ミンティアに声をかけられるまで、無言で立ち尽くした。
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