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第二部 前世の記憶編
第二部 第17話 聖なる勇者と諦めない花嫁達
しおりを挟む薄れる意識の中、オレは最初の村で口から出まかせで言ったセリフを思い出していた。
「族長……俺は勇者であり聖職者でもあります。異性とそういう関係になってしまうと魔王を倒す聖なる力も失われてしまうです、ご理解下さい。必ずやこの世界を平和に導き、男達を再びこの地に連れ戻してまいりましょう」
異世界転生した当初にたどり着いた旅立ちの村は、ものすごく山奥でさらに人口も少なく、男の村人が全員魔王に連れ去られて存続の危機に陥っていた。せめて村の若い娘達と子供を作ってから冒険の旅に行って欲しいと頼まれて、とっさに出てきたセリフがこれだった。
オレとしては、深い意味なんてなかった。ただ、女アレルギーという不治の病持ちとしては、自らの生命の危機を感じ取り体裁の良い言い訳として設定を盛ったに過ぎなかったのだ。
『オレは勇者であり聖職者でもあります。女性とそういう関係になってしまうと、魔王を倒す聖なるチカラも失われてしまうのです』
オレが決意表明するかのごとく、山奥の村の族長の前で聖なるチカラを保つ誓いの言葉を語っている様子を上空から誰かが見ていた。
誰だろう? 小さな羽根をぱたつかせた小妖精が、眠るオレの周囲をふわふわと舞いながら明るく語りかける。ピンク色の髪の毛をポニーテールにくくり、ふわふわしたミニスカートワンピースがよく似合っている。いわゆる冒険者の旅をナビゲートする小妖精に見えるが……。
『ふふっ。安心したよ、イクトス。やっぱりイクトスは、何度生まれ変わっても聖なる勇者イクトスなんだね。伝説のハーレムを作った2代目イクトスは立派だったけれど、本当の意味では世界を平和に導くことは出来なかった。けど、君なら大丈夫だよね。だって、聖なるチカラを魔獣を討伐するその日まで維持できそうだから』
『えっちょっとまってよ、っていうか君は誰? いつ、どこでオレと知り合ったっけ? それに、魔獣討伐って……この異世界のラスボスって魔王様なんじゃないの? 元魔王の真野山君ならオレの友達ですごくいい子だし、今玉座を管理しているカノンも世界征服には興味ない女の子だ。魔獣なんて聞いてないぞ』
『そっか、まだこの異世界は魔獣の脅威に脅かされていないんだね。でも、イクトスが転生しているということはいずれ……私は、君が転生を繰り返すたびにいつも見守っているよ。深い深い鉱山の奥で眠りについたまま、ずっと。いつか、迎えに来てくれるって信じているから……』
イクトス? 確か、外国の言葉で救世主という意味だ。だが、オレの名前はイクトであっていくとすではない。それに、スマホRPG異世界に飛ばされたものの、この小妖精には出会ったことがない。次第に小妖精の姿が遠ざかって行く。
手を伸ばすが、小妖精には届かず……気がつくと、どこかの病院のベッドの上だった。
「はっっ。夢か……えっとオレって、どうしてここにいるんだっけ?」
ぼんやりした頭であたりを見渡すと、広めの個室のようだ。オレがポツリと呟いたことで、意識の覚醒に気づいた三蔵さんが優しく微笑みかけてくれる。
「イクト君、気がついた? ごめんなさいね、私完璧に除霊したつもりだったんだけど……。どうやら除霊サイドのスピリチュアルだけでは解決できない何かがあなたの女アレルギーを支配しているようなの。ここのお医者様はね、その女アレルギーの権威なのよ。今、先生を呼んでくるから……」
「あっはい、分かりました」
せっかく除霊したのに、まさか除霊だけでは補いきれない訳ありな女アレルギーだったとは……。どうりで、しつこく苦しいわけだ。
お医者様が病室に来るまでの間に、頭の中を一旦整理してみよう。
さっき天竺キャンプ場のコテージで、仲間達から3人とも嫁にして欲しいと頼まれて、女アレルギーが治ったのだから今日は誓いの儀式をみたいなことを言われ……。さらに普段はおちゃらけてばかりいるマリアに、大胆に愛の告白をされて後ろから胸を「当ててんのよ」されて誓いの口づけを迫られて……。
と、記憶が曖昧だがそんな感じの展開の最中に突然倒れたんだっけ? すると、タイミングよくお医者様が扉をノックして現れた。ちゃんと、女アレルギーのオレに気を遣っているのか、男性の医者である。そして、助手役の看護師も珍しく男性だ。
「やぁ、目が覚めたみたいで安心したよ。私は前世系アレルギーの専門家をしているんだ。どれ、魔法検査を行ってみよう」
「あっはい。よろしくお願いします」
桃源郷地域のお医者様は、この手のアレルギーを研究している権威なんだとかで、女アレルギーの症状をからかうこともなく真剣に診てくれた。
「ふぅ……そういう事か……やはり、魔獣復活は避けられないのか……いやしかし」
「えっと、何か大変な結果が出たんですか?」
「ああ、そうだね。君の旅のメンバーも呼んでから、きちんとお話ししよう。もう面会しても大丈夫だと伝えてくれたまえ」
旅のメンバー……つまり、さっき倒れた原因となっているマリア達のことだろう。そういえば姿を見かけなかったが、もしかして席を外すように言われていたとか? 看護師の男性が病室の外で待機していた女性看護師に声をかけて、マリア達を呼ぶようにと指示を出す。
「イクトさん、さっきは突然愛の告白なんかして申し訳ありませんでした。ご無事でなによりです……」
「悪かったな、イクト。命に別状なくて安心したよ」
「イクト様に何かあったら私……とにかく無事で良かったですわ」
一応、それぞれオレのことを心配していたのか涙ながらに語ってみせる。だが、医者と看護師は例の3人を疑っているのか、クールな態度の対応だ。
「お兄ちゃん、大丈夫だった? ごめんね、私が外出していたからお兄ちゃんのことを守れなくって」
アイラは、オレを放って外へと遊びに行ってしまったことを後悔しているようだ。いや、別に兄妹が年がら年中一緒にいるのも不自然だし、アイラは悪くないのだが。
「妹さんも揃いましたし、本題に入ります。まず、女アレルギーの原因についてです。半分は霊的なものであっています……ですが、それだけではないのです。選ばれし勇者イクトスの称号を引き継ぐ可能性のあるイクト君には、やらなくてはいけない事がある。聖なる勇者として……」
「えっ聖なる勇者、イクトさんは古く小妖精が伝える伝説のイクトス様の継承者なのですか? でも、2代目イクトス様は伝説のハーレムの創始者なんじゃ」
「その伝説のハーレムが万能ではなかったから、3代目イクトス様が聖なる勇者の称号を作ったのではありませんかっ?」
「うっ確かに、そうですけど……」
突然、動揺し始めるマリアと無言で俯くアズサとエリス。
そして、驚いた事にその診断内容は、かつてオレ自身が口からでまかせで発言したはずの【聖なる勇者設定】を肯定するものだった。と、いうより聖なる勇者設定は伝説のハーレムと対になる結構メジャーな設定だったようだ。
「この方は正真正銘の聖なる勇者様です。魔王の玉座を破壊し、この世界に平和をもたらすまでは女性とそういう関係になることは不可能だと思われます。むやみに聖なる勇者様に色仕掛けで迫られないように……分かりましたね⁈」
ギロリと張本人のマリアをはじめとするメンバー達を睨みつけた。
異世界シルクロードのお医者さんは、聖なる勇者信仰が篤い人だったらしくご立腹だった。世界を平和に導く旅の仲間が、色仕掛けでオレの聖なるチカラを奪おうとしたと思っているようだ。
すでに運ばれた先の病院内では、オレの仲間達は魔王の手先かスパイなのでは? と噂になっているとか。
扉の向こうでは、すでに噂が広がりまくっているようで看護士達のひそひそ声が聞こえてくる。
「聞いた? 勇者様の仲間の女の人たち……実は魔王が送り込んだスパイで勇者様に色仕掛けで迫って聖なるチカラを奪おうとしているらしいわよ」
さらに、病院内の医療事務員さんや手続きを行う受付の人も……。
「私は、あの女の人たちは吸血鬼で、勇者様の寝込みを襲おうとしたって聞いたわ」
3日後……。
すっかり勇者の仲間はスパイ説が病院内で話題になっていると、原因のマリアが花を持って謝りに来た。様子がいつもと違い、服装もいつもの賢者ルックではない……普通の女子大生かOLに見える。まるで、転職して一般職にチェンジしたかのようだ。
「イクトさん、この間は申し訳ありませんでした。まさかイクトさんが本当に聖なる勇者様だとは思わなくて……イクトさんは、旅立ちの日から本当のことをおっしゃっていたんですね」
自分でも口から出まかせで言ったことが、本当だったとは思わなかったけれど。めんどくさいので否定も肯定もしないでおく。
マリアは申し訳なさそうな表情で花瓶に花を飾り、震える手でロザリオを握りしめて、神に懺悔するかの如く語り始めた。
「私……賢者の資格を剥奪されたんです。私のような色仕掛けをするビッチに賢者は似合わないと審議会にかけられて、また元のギャンブラーに逆戻りしました。すみません足手まといで」
こういう事をいうと悪いけど、マリアが賢者に転職したからってこれといって賢者の時とギャンブラーの時とやってること変わらないし、あんまり影響ないんだけどな。最近なんか、黒毛和牛魔王を食べただけだったし。
「私……さらに上を目指します! 賢者の審議会の人たちを、ギャフンと言わせてやります! 法科大学院を受験して新司法試験を受けて、弁護士か裁判官か検察官を目指します。これからは六法全書が私のバイブルです! そしてその暁には、世間に認められる花嫁になろうと思います!」
世間に認められる花嫁って、まだオレの花嫁になる気なのか……。そして、何を思ったのか法曹界へ転職しようと決意したマリア。
そもそも弁護士を目指すような人は『困っている人のに立ちたい』とか目標があって難しい試験に挑むのでは? 賢者をギャフンと言わせるために、受験してどうするんだよ?
一応、オレはやんわりと世間の情報を元に荒ぶるマリアにアドバイスをした。
「新司法試験って回数制限があるんだろ? 5年間のうちに3回だっけ、昔の司法試験みたいに毎年受けられるわけじゃないし。やめといたほうが無難……」そう言いかけたオレに、マリアはさらに興奮気味に語った。
「実は私、法科大学院を受けるためにお金をたくさん借りたんです! 法科大学院の授業料や数年間の生活費なんですけど、今までのお詫びにイクトさんが元気になったら、何か美味しいものご馳走しますね!」
マリアの奴……もう金を借りたのか……? 嫌な予感がする。
するとタイミングよく、マリアのマブダチのアズサとエリスが病室に現れた。
「いよ! イクト体調はどうだ? お前の好きなマスクメロン買ってきたぞ! なんたってアタシ達の未来の旦那様だからな……元気になって貰わないと……。おおマリア先生! 将来は弁護士か裁判官か検察官なんだってな! 今から楽しみだよアタシは!」
「もう……アズサったら!」
マスクメロンは有難いが、こいつらもう試験に合格して、なおかつ結婚した気で会話してる……。お医者様のお説教がこれっぽっちも浸透していない。
「イクト様御機嫌よう! 早く元気になって結婚式上げましょうね。マリアさんが弁護士になって大黒柱になって下さるとか……安心ですわ。あっでも、マリアさんとモンスターレース場に遊びに行けるのもあとわずかですわね……法科大学院生になったら、モンスターレース場には行けないでしょうし」
マリアたちの後輩、神官エリスが余計なことを発言する……なぜか、しんみりする3人。
「……エリス」
「よーし、今日はマリアの法科大学院アンド新司法試験合格前祝いだ! これからレース場で最後のギャンブル巡りだ!」
「……みんな! ありがとう……最後に私、大穴当てます‼ この借りたお金もさらに大きくしてみせる‼」
やめろ! まだ法科大学院受験すらしてないくせに、もう法科大学院に合格して新司法試験に合格した気になってやがる⁈
こいつら借りたお金、ギャンブルで全額使ってしまうんじゃないのか?
オレは仲間達を止めてやりたかったが、聖なるチカラを奪われかけたせいで声が出なくなり、そのまま眠りについた。
目が覚めると、オレの事を一番親身となって心配しているであろう妹アイラが病室で片付けをしていた。
「お兄ちゃん! 元気になってよかった、これでコンテスト出れるね! そういえば最強のイケメンになれるありがたいお経って、なんだったんだろう?」
「セクシー三蔵法師が持っているお経がそれなんだって……でも、門外不出で普通の人には見せられないらしいから、魔王イケメンコンテストは普段のオレで出るよ」
万が一、再び幽霊に取り憑かれても除霊できるというセクシー三蔵法師もコンテスト二次予選の応援に来てくれることになった。そんなわけで、オレはこのままのナチュラルなオレで、イケメンコンテストに出場することになったのである。
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