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第十部 異世界学園恋愛奇譚〜各ヒロイン攻略ルート〜
臨海デート・女勇者編4:水龍の襲来
しおりを挟む本来はオレとレインの水族館デートクエストを応援するために組むことになった相手が、ケイン先輩とヤヨイさんなのだが。実際のところ、ヤヨイさんのお腹に赤ちゃんが出来ているとのことで、早急に結婚を意識しなくてはいけないのはその2人だ。
「素直にヤヨイさんから赤ちゃんが出来たことを告白すれば、結婚の運びにはなるとは思うけど。もともとこの夏にプロポーズする予定だったんだから、女性から言わせないでケインの方から切り出してほしいなって。ヤヨイさんも話しづらいみたいだし」
「オレはそういう男女の付き合いってしたことがないから、詳しいことは分からないけど。お互い納得のいく形で結婚までいくといいんじゃないかな? もうすぐお昼の時間だし、食事しながらそれとなくプロポーズするように勧めてみよう」
(最初のコンセプトとは多少異なるが、こういう時期にダブルデートすることになったのも何かの縁だ。まさかレイン本人よりも、従兄妹のケイン先輩に結婚を急ぐ羽目になるとは……。ケインさんの方から自然とヤヨイさんに結婚を申し込めるように促さないと)
ヒソヒソと内緒話のように相談しながら、水のトンネルを抜けていく。可愛らしい熱帯魚やちょっぴりいかついサメモンスターのゾーンを無事に通過して、休憩ゾーンに辿り着いた。
目の前には、ベンチで休んでいるヤヨイさんとご機嫌取りに励みケイン先輩。一見すると、不機嫌な彼女に尽くす尻に敷かれたカレシの構図に見えるが。
「ヤヨイさん。もしかすると、不機嫌なんじゃなくて悪阻か何かであまり具合がよくなくて、ベンチで休んでいるだけなのかも」
「多分ね……今の私たちはアバター体だから、妊婦さんがどういう状態で異世界にログインしているかは不明だけど。魂が直接ログインするなら、お腹の子もアバター体の中に宿っている可能性が……」
これまで、妊婦さんがアバター体としてログインするという状況に遭遇しなかったため、ヤヨイさんの今の状態は不明である。オレたちに転移魔法をかけている召喚士のリゲルさんは、この異世界スマホRPGの社長業から退任してしまっているし。もしかすると、いつもより転移の状態が不安定かも知れない。
どちらにせよ、母体のことを考えて無理させない方が良いだろう。
「そっか、ともかくもっと休めるところへ誘導しよう。ケイン先輩、ヤヨイさん、そろそろお昼ご飯にしませんか? オレたち何食べていいか考えていなかったんで、ヤヨイさんにチョイスして欲しいなぁって」
なるべく自然に、ケイン先輩たちを食事に誘う。妊婦さんが食べられるものは限られているだろうから、出来ればヤヨイさんに飲食するお店を選んでほしいものだ。
「……そう。悪いわね、気を遣わせちゃって。じゃあ、酸っぱいフルーツが沢山乗っている【ネオ・ハワイアンパンケーキ】が食べたいわ」
「ネオ・ハワイアンパンケーキかぁ……ヤヨイも流行りものが好きだったんだなぁ。よし、イクト君、レイン、そこのネオ・ハワイアンパンケーキ専門店で食べよう! 今日はオレがみんなの分奢るよ」
わざわざ【酸っぱいもの】と妊娠したばかりの人特有の用語を持ち出すあたり、いい加減ケイン先輩に赤ちゃんが出来ていることを勘付いて欲しいのでは? と思ってしまう。
せっかくケイン先輩がオレたちに奢ってくれると言うし、カッコいい先輩というイメージでヤヨイさんとゴールインして欲しいものである。
「まだお昼ちょっと前だし、席は空いているみたいよ。一番涼しくて休める席を確保しよう! すみませーん、ソファ付きの席ってありますか?」
テキパキと店員に話をして、ソファ付きの席を確保し始めるレイン。もはや、オレとレインが2人の世話焼き係と化しているが、そういうデートも新鮮でいいだろう。
レインの【女勇者】という職業が、人のために動く職業であるということを実感させられる。
最も休みやすい奥のソファ席を無事に確保して、ヤヨイさんを座らせる。同じくソファ席にはレインが隣に座り、向かい合うように普通の木の椅子に、ケイン先輩とオレが座る。
ちょうどヤヨイさんとケイン先輩は正面になっていて、会話が切り出しやすいはずだ。
「いらっしゃいませ! ご注文はお決まりでしょうか?」
「マンゴーパンケーキ2つと、ベリーフルーツ三種盛りパンケーキを2つ。チキンモンスターのグリルセットを1つ。ドリンクは……全員ネオ・ハワイアン名物コーヒーでいいか?」
「! ごめんなさい、ケイン。私、普通のコーヒーはちょっと……体調が。あの、カフェインレスの何かあるかしら? タンポポコーヒーとか」
体調の関係でカフェインレスを探している……しかも妊婦さん御用達のタンポポコーヒー。いい加減、ケイン先輩にもヤヨイさんの身体の変化に気づいて欲しいものだ。
「タンポポコーヒーでしたら、体調不良の方や妊婦さんでも飲みやすく好評のブランドをいくつか揃えてありますよ!」
「その妊婦さんオススメのものを1つお願いします」
会話の流れから、店員さんの方がいち早くヤヨイさんが妊婦であることに気づいた様子。思わず無言の圧迫感が、オレたちのテーブルに漂う。
「……」
「……」
「……」
「……」
やがて、ふわふわのパンケーキが運ばれて来た。色鮮やかなフルーツに美しい花が添えられ、クリームたっぷりと見た目も贅沢……ついに昼食タイムが始まった。カチャカチャと、ナイフとフォークが食器とぶつかる音が響く。
(いい加減ケイン先輩だって、ヤヨイさんの妊娠に気づいているはずだよな。もしかしたら、双方会話を切り出しにくいだけかも。オレから何かきっかけを作るか……)
「えっと、そういえばヤヨイさんが中学生だったらって妹さんのことを見ると考えちゃうって、おっしゃってましたけど。ケイン先輩は女の子のお子さんが欲しいんですか? ヤヨイさんに似てもケイン先輩に似ても、きっと美人な子が生まれますよ」
「えぇっ? それって、つまりオレとヤヨイの子供が生まれたらって話だよな。そ、そうだな……オレに似た女の子だったら顔立ちはレインに似るか? って、イクト君……いきなりそんな話……」
「ふふっ。お世話でも嬉しいわ、イクト君。鈍いところは父親に似ないで欲しいけれど、元気ならそれで……。性別は、どちらが生まれるかしらね」
そっと自身のお腹をさすりながら、赤ちゃんに語りかけるように呟くヤヨイさん。だが、目には涙が溢れ始めていた……しまった逆効果だったか。
一度泣き始めたら止まらないタイプだったのか、それとも現在の気分がそうなのか。ヤヨイさんはポロポロと零れ落ちる涙をどうすることも出来ず、パンケーキを食べていた手がストップしていた。
見兼ねたレインが、淡いピンク色のハンカチをヤヨイさんにそっと差し出す。
「……私とヤヨイさんは、ちょっとお店の外に出てるから。ケインは、きちんと気持ちを固めたら、ヤヨイさんに会いに来て。一番広い休憩スペースのある浮遊生物ゾーン前で待ち合わせしましょう。イクト君……悪いけど、ケインのことお願いね」
「えっ……ああ。分かった」
もうこれ以上この場にいると良くないと判断したのか、ヤヨイさんを連れてレインは一足先に店を出て他のゾーンへと移動していった。
「……ヤヨイ……」
* * *
「あのケイン先輩、もう気づいていると思うんで言いますけど。実はヤヨイさんのお腹には、ケイン先輩との赤ちゃんが出来ているらしくって……」
「……! う、うん。さっきの会話で、なんとなく気付いたよ。あれだけヤヨイ本人にアピールされていればね」
「えっ? じゃあなんで、プロポーズを渋っているんですか。早く入籍しないと、いろいろ大変なんじゃ……」
これ以上、他人であるオレが突っ込むところではないのかも知れないが。あんな風に身重で泣かれては、協力したくなるものだ。爽やかなイケメンで文武両道のケイン先輩……いかにもモテそうだし、まさか他に女性が?
だが、ケイン先輩から告げられる事実は想像とは違うものだった。
「オレたちの結婚……ヤヨイのご両親から出された条件をクリアしないと、ヤヨイをお嫁さんにもらうことが出来ないんだ。ヤヨイの家は代々続く神主一族でね、本来は男性が継ぐらしいんだけど跡継ぎはヤヨイと妹のほのかちゃんしかいない」
意外な展開、いや意外でもないか。まさかヤヨイさんに直接プロポーズする前に、ご両親と話し合いを行っていたとは。
「もしかすると、条件っていうのは……」
「そう。オレへの条件は、高凪家を出て名村家の婿養子になり、神主の資格を取って働くこと。オレが高凪家を出て行くと高凪家の男は、レインの弟が1人残るだけ。話し合いがまとまらないうちに、ヤヨイが妊娠した。まぁオレがいろいろ我慢できなくて、子供が出来ちゃったんだけど」
つまり、高凪家に残るか名村家に婿養子に行くかで悩んでいるうちに、恋人を妊娠させてしまったということらしい。
家同士のこととか難しい問題だけど、赤ちゃんのことを考えて入籍を急いだ方が良いだろう。次の言葉を発する前に、店の外から『きゃあっ』という悲鳴が響き渡る。
ピコピコピーン! ピコピコピーン!
『閉鎖ゾーンである水龍ゾーンから、危険モンスター【水龍レベル130】が脱出した模様です。ご来場のお客様は、魔法障壁のある安全なエリアへの避難をお願い致します。なお、【水龍レベル130】が接近していると推測される浮遊生物ゾーンには近づかないように気をつけてください』
「危険モンスターが……? あれっ浮遊生物ゾーンって、レインとヤヨイさんが向かったところなんじゃ……」
「2人が危ない! 急がないとっ」
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