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正編 黄昏の章
09
しおりを挟むアメリアとアッシュが子育てのため聖ダヴィデの都市に移り住んで数年が経ったある日、祖国アスガイアから一通の手紙が届いた。届けてくれたのは、大樹ユグドラシルを拠点に移し郵便精霊鳩として活動中のポックル君である。
「クルックー! お久しぶりです、アメリア様。アスガイア神殿からお手紙が届いております」
「まぁポックル君、お久しぶり。相変わらずフクロウに似ていて可愛いわね。はい、チップ代の聖ダヴィデ名物ふわふわ白パンよ」
「わっワタクシ、フクロウではないと何度申し上げたら……おぉっ! これはっ。パンがふわふわっ白くてフッカリ。遠路はるばる、飛んだ甲斐がありましたぞっ」
手紙の差出人は、アスガイア神殿運営代表のエルドだった。ラルドが存命中は、あくまでもラルドの分霊というポジションだったが、今では彼自身がアスガイア神殿の正式な守り神だ。
腹を満たしてユグドラシルに戻るポックル君を見送ってから、手紙の封を開ける。
アメリアへ
アスガイア神殿にて、聖女の予言を復活して欲しいとの要望が増えている。何年先でもいいから、神のいとし子であるアメリアに戻って来て欲しいとの嘆願が多数。
貴女の異母妹でもある聖女レティアは生きながら相変わらず眠りっぱなしだし、トーラス王太子はレティアの棺の番人をすることが役割となっていて神殿信者としては不安なのだろう。
ペルキセウス国の次期王妃アメリアに無茶な要望を出すとは思ったが、まぁ祈願されたらそれなりに動くのが守り神の役目だ。
どっちみち、息子のアラルドが巡礼出来る年齢になるまで移動は無理だろう。アラルドが巡礼年齢の十二歳になったら、巡礼先の一つとしてアスガイア神殿も加えてくれたらオレ個人としても嬉しい。それまで、家族で達者に暮らせよ。
追伸、兄貴の遺留品が聖ダヴィデの都市神殿に送られたから、アッシュに確認を頼んでくれ。気になるものは、今更だが兄貴の墓に入れてやってくれるとありがたい。プライバシーは守ってやってくれよ。
エルドより。
精霊神からの手紙という割に砕けた文章だが、そこがエルドの良いところだ。
アメリアの気持ちが落ち込んでどうしようもなかった時に、普通の精霊神とは違うハッキリとした物言いで愚痴や悩みを一喝された時のことは今でも鮮明に覚えている。
あの時に気持ちが沈みっぱなしだったら、今のアメリアの幸せな暮らしはなかっただろう。
「ラルドさんの遺留品が、今更……何故。ううん、それだけ悪神ロキの【神々の黄昏事件】は大変だったということよね。プライバシーの問題、と書かれてあるし私は干渉せずに、アッシュ君に任せた方がいいのかしら?」
居間の掛け時計で時間を確認すると、もうすぐ託児所のお迎えの時間だった。まだ目を離せない年頃の子を持つアメリアにとっては、アラルドの世話が最優先である。
慌ただしく支度をして、穏やかな日差しが降りそそぐ聖ダヴィデ都市の石畳の道へと足を進めた。胸の奥に響く痛みの音には、気づかないふりをしながら。
* * *
聖ダヴィデの都市は、神殿本部が設置された大陸随一の街である。古代時代の為政者である聖ダヴィデがこの土地の出身で、いつしかこの土地の出身者の中から神は、神殿を通して為政者を選ばれるとまで伝えられるようになった。
そのため、精霊などの神に属する者達に関する品々は、聖ダヴィデの都市の神殿に送られるようになっていた。精霊の遺留品もその一つで、最終的に懇意であったものが選別し神殿本部が墓などに納めるのである。
移住者でありペルキセウス国の次期国王であるアッシュも、神殿本部に勤める職員の一人だ。
元々は、妻アメリアを無事に出産させるための移動であり、社会情勢が落ち着くまでの子育て移住だった。が、世間は息子アラルドに本格的な帝王学や神殿の術などを英才教育するために、移住して来たと勘違いしているらしい。
実際にそのような環境が揃っている都市でもあるのだが、アッシュとしては家族を養うために仕事を探した結果、縁のある神殿本部に落ち着いたというだけだった。
昼餉の時刻が終わり、仕事に戻ろうとするアッシュに遺留品係という普段はあまり関わりのない部署から声がかかる。悪神ロキの一連の事件から数年かかったが、精霊ラルドの遺留品が纏められたため、確認して欲しいとのこと。
「遺留品? 今更だけど、ラルド様の遺留品が見つかったんだ」
「はい。錬金術師でもあったラルドさんの私物は、大抵のものは上層の錬金協会に寄託されたそうなのですが。本当に個人的な品は遺留品扱いとして、関係者に選別してもらいお墓に入れるのがいいという意見がありまして。生前、ラルドさんがアッシュ様に遺留品選別をして欲しいとご指名されていたそうです」
「オレを……名指しで、ラルド様が」
ギルド上のビジネスパートナーで同じアスガイア出身の妻アメリアが指名されるならまだ分かる。何故、上辺だけで最後までそれほど親しくなりきれなかった自分を名指ししたのかアッシュは首を傾げる。
「はい、詳しいことはもうご本人が亡くなられているので分かりませんが。原罪を背負われて亡くなられた方ですし、遺言なのであれば叶えた方がいいと……」
「そうですか……分かりました。あとは、こちらでやっておきますので」
* * *
整然とした部屋で一人きりになったアッシュは、【ラルド・クライエス】と書かれた荷物の木箱に手を伸ばした。ギィ……と音を鳴らす木箱の中には、黒い錬金用の手帳とおそらく日記、そして魔法の小箱の試作品が収められていた。
(選別作業って、ラルド様はこれをオレに見られてもいいってことで、名指ししたんだよな。いや、まさか……見られてもいいわけじゃなくて見せるためのご指名なのか?)
原罪を背負うための処刑が決まったラルドが、どんな気持ちでこの木箱に遺留品を収めたのかは見当もつかない。流石のアッシュもかつて妻を巡る三角関係であったであろう人の秘密を、既に亡くなっている向こうから見せて来るとは思わなかった。
手帳には錬金のレシピがずらりと並んでいて、本来ならば錬金協会が回収すべきだと思った。が、魔法の小箱がきちんとした完成にならなかったことを踏まえると、自らの墓に納めることを希望したのだろう。
もう一つは日記で、ペルキセウスのギルドに加入した日から、クエストの内容、アメリアやポックル君との思い出などが簡潔に記されていた。バレンタインを過ぎたあたりからところどころ、破り捨てたページがあり、人間関係や仕事で躓いていたのかと察せられた。
(オレとアメリアが出会ったのはちょうどバレンタインを一週間くらい過ぎたあたりだけど、それ以前に一悶着あったみたいだ。オレが直接関係あるわけじゃ、なかったのか?)
想像よりも個人情報は隠されている日記に、遺留品として本人が残したのだから……と納得しながら、最後の小箱に手を伸ばす。
白いレースと銀色の紋様が印象的な美しい魔法の小箱試作品の中には、当時のアッシュでは到底用意出来なかった最上級のプラチナの指輪。ダイヤモンドが埋め込まれた揃いの結婚指輪だった。小洒落たカードに、愛を込めたメッセージまで添えて。
『愛しいアメリアへ、誕生日おめでとう』
おそらく、アメリア本人に渡せなかったであろうプロポーズ用の結婚指輪を、わざわざアメリアの夫である自分に見せつける意味は何か。
こんなに想ってくれる男がいながら、プラチナより値が落ちるホワイトゴールドの指輪で、それでも当時のアッシュにとっては精一杯の指輪を手に跪いた。年下の成人するかしないかの自身のプロポーズを、嬉しいと涙をこぼして快く受けてくれた妻アメリアに対して申し訳ない気持ちが湧いて来る。
そして、自分よりも先に最上級にプラチナリングを用意していたラルドの気持ちを考えて、アッシュは思わずラルドの苦しさと無言の嫉妬心を今更、一身に受ける。
「あぁ……そうか。これが彼のパンドラの箱か。ラルド様、貴方はやはり……」
その意味を深く深く考えたアッシュが、辿り着いた答え。この結婚指輪を収めた魔法の小箱こそが、精霊ラルドがアメリアの夫である自身に見せたかった【パンドラの箱】であると解釈し……無言で繊細な小箱を閉じた。
――心の奥に仕舞い込んだ精霊ラルドの恋心は、永遠に開けてはいけない禁断の箱の中で眠りについた。
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