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正編 第2章 パンドラの箱〜聖女の痕跡を辿って〜

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 悩みに悩んだ末、レティアは意を決してアスガイア神殿の地下礼拝堂に封印したトーラス王太子の魂に会いにいくことにした。だが、そこには意外な番人がいて、レティアの行手を阻む。

「おや、貴女は次期王妃候補のレティア様ではありませんか。もう半年以上、巫女のお仕事をお休みされているので、てっきりアスガイア神殿にはもう用はないのかと」
「えぇと、貴方運営の方よね。悪いけど、急ぎで地下礼拝堂に用があるの。そこ、通してくれない?」
「申し訳ありません……以前の運営者は兄でして、自分は引き継いでいるだけございます。ですが今でも兄が指示を出すこともありまして、自分の一存では地下礼拝堂を開ける決定権は……」

 この若い男。チャラチャラしたなりの癖に、随分と他人行儀で胡散臭い……と嫌悪感を抱く。
 のらりくらりとした態度で、敬語もわざとらしくレティアは小馬鹿にされている気がしてならない。

「もうっ! じゃあその以前の運営者に連絡してすぐに鍵を開けるようにお願いしてよ。急いでるんだから」
「では、どのような用件なのかをこの用紙にお書きいただき、それから精霊鳩で書簡を……」
「そんなまどろっこしいことしてたら、食事会の日にちが過ぎちゃうじゃないっ。もういいわ、事後承諾ということにして今すぐに鍵を借りるわよ!」

 男が胸に下げているキラキラとしたガラスのペンダントと共に、地下礼拝堂の鍵がぶら下がっていた。金髪を揺らしながら無理矢理鍵を奪おうとするが、相手の私物であろうガラスのアクセサリーを壊しかねないため、なかなか難しい。

「……トーラス王太子の魂なら、もう地下礼拝堂にはないぜ」

 いつまでも諦めない焦りがちなレティアを揶揄うように、先程までの胡散臭い敬語とはうって変わって低い地声で囁かれる。

 ビクンッ! と、思わず距離を取って警戒するレティアを再び、小馬鹿にするように男はクスクス笑い出した。

「貴方、どうしてそれを? しかも、もう悪魔像の中にはいないってこと?」
「いやぁ感謝して欲しいぜ、ホント。あのままトーラス王太子の魂をあんな物騒な置物に閉じ込めてたら、今頃トーラス王太子の魂は冥界で悪霊化してたって。一応、婚約者って言うならもう少しマシなやり方で、封印してやるんだったな。あっ……ちなみに、アンタには、トーラス王太子の魂の居場所は教えてやらないからな。まぁ分割してオレが一部味見したから、場所も何もないけどさ」
「はぁっ? ぶ、分割して味見って、アンタ頭おかしいのっ? あっ……もしかして、精霊」

 まるで精霊は人間と感覚が違うような言い回しだが、彼は精霊の中でもそれが顕著なだけで平均的な方である。

「ご名答、アスガイア神殿運営者引き継ぎのエルドだ。分割は分霊みたいなもんで保険をかけてやっただけだし、味見は血の契約が肉体が無くて出来ないから、その代わりだよ。一見グロく感じるけど、簡略化してるだけだから」
「簡略化、そう言う儀式だったんだ。そう……あっ。じゃあ別に、相談相手は貴方でもいいわ。あの悪魔像野郎、いよいよ私のことも消そうとしてるのよ! 何であんなのと契約しちゃったんだろう?」

 悪魔契約者の典型で、レティアは自分の命が取られることに気づき恐怖を覚えているようだった。

「何でって、そりゃアンタが悪魔像に唆されて、トーラス王太子を生贄に次期王妃候補の座を奪ったからなんじゃねーの。いよいよってなったら、契約者本人の命を戴くのが普通なわけで。ほら、王妃ごっこして気が済んだだろ。もうさ、思い切ってザマァされちゃおう! 自業自得、自己責任論で、最後にパッと見せ場を作って退場すりゃあ……みんな拍手喝采よ!」

 仕方がないので、エルドは意外な物の考えを与えてレティアを諦めさせようとする。まさかの自業自得、自己責任論を展開し、派手に死ぬことで最後の打ち上げ花火でも上げるかのような雰囲気だ。

「そんなわけ無いでしょ! あぁん……どうして、最後に出てきた精霊がこんなチャランポランなクズなのよぉ~」

 もう諦めているのか泣き崩れながら、レティアはアスガイア神殿を後にした。暗い後ろ姿を見送りながら、エルドは胸元のペンダントに宿るトーラス王太子の魂に一つ質問をぶつけることに。

『さぁて、罪のない神のいとし子を追放したツケ、くだらない悪魔儀式をしたツケを払う日がいよいよ近いわけだが。異母妹を選んだ王太子様、今のお気持ちは如何ですか?』

 エルドは胸元のガラスのペンダント、即ちトーラス王太子の魂をコツンとつつく。
 意地悪な質問だったが物言わぬガラスの魂のカケラになったトーラス王太子が、返事なんか出来るはずもない。

「ははは! 答えようもないかっ。まぁ、それだけで済めばいいんだがな。運命は、もっと深く伏線をねじ込んで来やがった。レティアをメインにオレもトーラス王太子も、ラルドの兄貴でさえ、死の舞台を開幕するのに必要な役者にしか過ぎない。アメリアとアッシュの神のいとし子の夫妻だけが、今のところ安全圏か」


 * * *


 会食の日が間近に迫ったある日の夕刻。レティアが絶望の目で自宅のテラスに座り、落ちる夕陽を眺めていると珍しくフクロウが舞い降りてきた。

「精霊鳩の一番弟子が、郵便を届けに来ましたホー!」
「フクロウがしゃべった。精霊鳩の弟子? まだ見習いなのかしら」

 フクロウは精霊のようで、レティアに手紙を授けると、食べ物をねだるような仕草で見つめてくる。

「なぁに、私みたいな悪魔に魂を売った女に媚びたって何にも得しないわよ。あっ……お腹が空いているのね。ふんっ。たまたま今日のティータイムに出たスコーンが余っているから、残飯処理でよければあげるわよ。今のご時世、ティータイムなんて贅沢だって叩かれるから、内緒にしてよね!」
「フクックー! ホー」

 フクロウはよっぽど喉が渇きお腹が空いていたのか、与えられた水をゴクゴクと飲み、いちじくジャムとクリームチーズをたっぷり乗せたスコーンをペロリと平らげた。豪華なおやつのお礼なのか、自らの羽根を一枚授けてくれる。レティアは一応『ありがと……』と、言って飛び去るフクロウの姿を見送った。

 手紙の主は、驚いた事に今や魂を割られて何処にいるとも分からないトーラス王太子からだった。
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