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正編 第1章 追放、そして隣国へ
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しおりを挟む見るからに穏やかそうで、すこぶる美形の金髪碧眼の男は、アスガイア神殿の精霊神ラルドから派遣された分霊だという。そして、悪魔像の中に閉じ込められているトーラス王太子が助かる方法は、ただ一つの契約だと断言したのだ。
『汝、我の眷属となれ。ならなければ……死あるのみ』
ゾクッ! と、魂のみの状態で背筋なんか悪魔像の黒い羽根の生えた部分しかないであろうトーラス自身の……おそらく感覚的なところに身震いがした。
「えっ……? 一体、貴方は何を。眷属とは」
瞬間的に、これでは悪魔と契約した聖女レティアと紙一重になるのでは無いかと思ったが、口が裂けてもそんなことを言うことが出来なかった。
(この霊は、本霊ではなく分霊だ。確か精霊神は人の肉体を持ち人として生きることで、自らの感覚を人間に近づけるのだという。その理論が分霊には適用されないとなると、いわばこちらの分霊の方が精霊の本質に近いのだろうか?)
「はっ……すみません。つい、定番となっている契約時のセリフを使ってしまったので。怖がらせてしまいましたかねぇ……いやはや。あっ……それから貴方が閉じ込められている悪魔像も国によっては【精霊と同じ扱い】なんですよ。知ってました?」
「そ、そうだったのか。勉強に……なります」
まるでトーラス王太子が分霊ラルドに聴こえないように心の声で話したつもりのことが、筒抜けだったような感覚に、もはや思考すら停止しそうになっていく。
「精霊呼びと悪魔呼びの明確な違いは、いわば人間にとってそれらが善悪の基準のどちらにベクトルを向けていく存在であるか。正義と言われている方向に促せば善と呼ばれ、倫理に反することを促せば悪と呼ばれる。今回は一応貴方が更生し僅かでも命が助かる方向性に導くわけですから、精霊基準に適っているという訳です」
よくよく考えてみたら既に悪魔像に閉じ込められるというこれ以上ない生贄状態であり、今更契約主を精霊神の分霊に切り替えたところで痛くも痒くもないはずだが。
こういう変に臆病なところがレティアに舐められたのではないか、とトーラス王太子は自らの性質を残念に感じた。
「はぁ。安心しました。いや、疑っていた訳ではなかったんですが、つい……」
「ふふっ。分霊とはいえ、私が間接的な雇い主になるわけですから、最初に相手からの信頼を得ることは重要と言えるでしょう。では、【覚悟】が出来たようなので始めましょう」
ブワッ!
地下礼拝堂には風は吹かないはず。だが、分霊ラルドの金色の髪が、ローブが、一気に強く下から噴き上がった風に吹かれて跳ね上がる。気がつくと床には、眷属契約専門の魔法陣が完成していた。
分霊ラルドが世間話の如く精霊と悪魔の違いについて語っていたのは、魔法陣が完成するまでの時間稼ぎだったのだと、気づいて再びゾッとするトーラス王太子。
(この魔法陣は、本来なら相手の意思なんか関係なく強制的に眷属として操るための洗脳に近い装置だ。嗚呼、だから分霊ラルドは精霊と悪魔の違いは善悪のベクトルだけだと説明したのか)
『汝、魂の契約により我の眷属となれ。今、この咆哮が汝の耳に聞こえるならば、それに従え』
グォオオオオオオオンッ!
龍神の叫び声にも似た咆哮が、トーラス王太子の魂全体を揺らし、意識そのものがグラグラと廻る。
トーラスの魂はいつしか分霊ラルドの配下に置かれること、さらにはその本霊に魂を預け命乞いをする術しか残っていないことを体感せざるを得なくなった。もし、肉体が残っていたならば、腹を括るしかないという表現がしっくりと来ただろう。
やがて、トーラス王太子の中に残ってのこっいた人間らしい魂の一欠片が、キラキラと煌めくガラスとなって、悪魔像の中からスッと抜き取られた。
「はぁはぁ、はぁはぁ……!」
まるで、肉体があった頃のように不思議と息苦しく、大切な何かを奪われたような感覚に襲われた。必死にトーラス王太子が耐えていると、分霊ラルドは手にしたガラスを満足そうに加工し始めそれを二つに分けた。
パキンッ!
「うぅっ……」
抽出されたばかりとはいえ、ついさっきまで自身の魂だったものを容赦なく割られて、トーラス王太子は精神的にもショックを受ける。
「こちらは、本霊に送る分。そしてこれは……」
おそらく分霊の物になるであろう小さなガラスを恍惚の表情で見つめてから……。
ガリッッッッッッ!
「ぐぎゃあああああああああああああっ!」
魂だったガラスを噛まれてトーラス王太子が泣き叫ぶ声をあげるが、そんなのは想定内なのかもしくは契約の一部なのか、分霊ラルドはお構いなしの様子。
「契約完了、お疲れ様です。って……もうお休み、みたいですね……良い夢を。ご馳走様でした。なんてな、ったく兄貴の真似すんのもひと苦労だぜ」
分霊からすれば久しぶりの人間の魂なのか、噛み砕く音が聴こえるほど、強く強くその口で再び噛んで……それはもう満足そうな様子だ。
そして最後の最後に、本来の自分の語り口調で笑った。本霊ラルドと自分は違う、というアピールのように。
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