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正編 第1章 追放、そして隣国へ
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王妃候補アメリア・アーウィン、妹レティアに王妃の座を譲り隣国へ旅立つ。
降誕祭の日にアスガイア神殿で行われたお告げ会で、王太子トーラス殿下から驚きの発表があった。友人として長く付き合ってきたアメリアとは、婚約を解消し、アメリアの妹であるレティアを妻として迎えるというものだ。
知的美人として名高いアメリア嬢だが、最近は王妃候補らしからぬ地味な風貌で『本当に王妃になる気があるのか?』と疑問の声も挙がっていた。だが、華やかで麗しい妹のレティアに王妃の座を譲るために、自らが王妃になる気はないことをアピールしていたと考えれば納得である。
二人の父親であるアーウィン伯爵は、もし姉アメリアが王妃にならない場合には、その知識を活かして占星術の学者になってもらいたいと考えていたらしい。既に、万が一に備えて幾つかの進学先を検討していたそうだが、両親にすら会わず緊急で渡航することになってしまった。
以下、アーウィン伯爵家のコメントを紹介する。
『アメリアは小さい頃から、本当に優しい子なんです。父親である私や継母に迷惑をかけぬよう、そして引き留められないようにひっそりと旅立ったのでしょう』
『実の娘であるレティアが王妃になるのは嬉しいですが、アメリアちゃんのことも愛情を持って接していたつもりです。成人しているとはいえ、まだまだ内面は子供だと思っていたのできっと隣国行きは私と主人とで反対していたと思います。彼女の決断に母親としてエールを送ります』
『お姉様は異母妹である私をいつも思ってくれて、ついには王妃の座まで譲り隣国へと旅立ってしまいました。未来の国母という途方もない大役にかかるプレッシャーは、お姉様を見ていて私も痛いほど実感しています。ですが、お姉様のためにも私を選んで下さった王太子様に報いるためにも……全力で国のために尽くして参ります!』
血の繋がりのある父親とは違い、継母である伯爵夫人とは不仲だったのではないかとの説もあった。異母妹であるレティア嬢に至っては、腹違い特有の確執があると噂されていたが、実際はもっと複雑な事情がありそうだ。
* * *
予想通り発行された号外新聞の内容を確認して、レティアは読み終えた紙を適当に放り投げた。
「ふんっ。白々しい記事書いてくれるわね。私のコメントはもっと姉思いの内容になっていたはずなのに、これじゃあテンプレート丸出しの馬鹿女じゃないっ! あーあ、結局私が王妃候補になったから今後はターゲットがお姉様から私に変わったってことよね」
「良いではないか、レティアよ。我が悪魔の魂とお主の聖女としてのカリスマ性があれば、こんな国の民……操るなんて簡単よ」
レティアが会話している人物は、王太子トーラスであってそうではない。悪魔像の魂をそっくりそのまま内蔵したトーラス王太子だ。本来の王太子の魂は悪魔像の中に仕舞い込まれて、神殿の奥深くで眠っているはずだ。
「うふふ……期待していますわ。悪魔像様……いえ、トーラス王太子様。さあ、私の婚約の儀式をきちんと済ませて正式な王妃候補として国に登録しないと……あははっ楽しみぃっ」
これまで本当の王太子のことは名前で呼ばなかったレティアだが、悪魔像の王太子のことはトーラス王太子と名前で呼んでいる。彼女からすれば、悪魔像こそがトーラス王太子を名乗るのに相応しいと考えているのだろう。
真の聖女アメリアが神殿から追放されて、三日が過ぎた。異母妹である聖女レティアは、【地味でうだつの上がらない引き立て役の異母姉】がいなくなり、ますます図に乗るようになった。追放を目論んだ当初の計画通り、王太子の正式な婚約者となったからだ。
『ねぇ……知ってる? 隣国に旅立った次期王妃のアメリアさんに代わり、ようやく妹の聖女レティア様が、正式に王太子様の婚約者になる儀式をしたそうよ』
『おぉっ! 何と素晴らしいことなのかしら、ついに我が都市市民はレティア様の加護を一身に受けて、暮らすことが出来るのね。ちょっと美人なだけでファッションも地味だったし、アメリアさんの足手纏いぶりは、随分と酷いものだったけど。最後に自ら身を引いたことで、地元に貢献出来ただろうよ』
『アメリアさんが居なくなってから、お優しい王太子様は暗い目で過ごしていたらしいわ。けど女神のように麗しいレティア様が王妃となり、希望の光になれば、王太子様も元気を取り戻すでしょう』
レティアを女神のように崇める一部の市民は、口々に憎き異母姉アメリアの悪口を吹聴した。が、レティアが婚約の儀式を行う頃には、次第にアメリアの存在自体忘れ去るようになっていく。
* * *
精霊都市国家アスガイアから追放されたアメリアは、隣国ペルキセウスのギルドで新人魔術師として働き始めていた。回復魔法や補助呪文、占いを頼る人のための占星術とスキルは幅広くギルド向きの人物であることも判明。小さなクエストは自分に価値がないと思い込んでいたアメリアに、少しずつ前を向く勇気を与えていく。
「はい。キミの火傷の痕はこのおまじないで全部消えますからね! 大気を泳ぐ白の精霊よ、我にこの者の傷跡を消す力を授けたまえっ」
「うわぁ! このお姉ちゃんの魔法、凄いよ。火傷の痕が……他の怪我もぜんぶ、何にもなかったみたいに消えちゃった」
初心者らしくクエスト内容は【孤児院で子供達の手当て】などの簡単なものばかり。だが、あまりの回復魔法の凄さに、子供だけでなく職員や医者からも絶賛される。
「凄いよねぇ。あたしもお医者様に治らないって言われていた身体の中にある病気のかたまり、嘘みたいに無くなっちゃったんだよ。ラルドおにーちゃん、これでまたトランプで遊べるね」
「ふふっ。今度は、新しいトランプゲームに挑戦してみましょう」
これまであまり他人と接する機会のなかったアメリアにとって、喜ぶ子供達の顔を見られるだけでも感動する。サポート役のラルドも、子供達に懐かれて楽しそうだ。
「では、孤児院の院長先生。今日は、この辺りで……。また、子供達に不調があったら
「奇跡だわ……。この孤児院は正直言って治療が困難で見捨てられた子が大半で。けれど、これで子供達にも未来を見せられるわ。ありがとう! 神の奇跡を、ありがとう!」
「そ、そんな……奇跡だなんて」
帰りがけに感謝の意を込めて孤児院の院長がアメリアの手を握り、涙を流しながらお礼を伝えてきた。
(こんなに私のチカラを役立てられる場所があるなんて、そして子供達の人生を救えるのなら。隣国に来たのも運命なのかも知れないわ!)
自身の運命を受け入れるための風が、アメリアの心に吹いた気がした。
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