上 下
10 / 59
正編 第1章 追放、そして隣国へ

10

しおりを挟む

「さあ、着きましたよ。おそらく、この国で一番の夕焼けが見られる場所です。時間的にもまだ間に合うはずだ」

 旅立つ前の思い出作りに……と、アメリアがラルドに案内された最も景観が良いとされる場所、そこは海の景色も港町も一望できる灯台だった。拝観料を受付で支払い、スカートの裾を靡かせながらコツコツと階段を昇る。観光客向けの展望スペースに足を伸ばせば、汐風の香りが迎えてくれた。

「わぁ……確かに素晴らしい景色だわ! 空と海が一望できるだけでなく、行き交う船、港町の賑やかな様子、それに……神殿まで全部見回せるのね」
「丘の上からも街を一望できるスポットはあるけど、これから海に向かう僕たちにとっては、灯台からの眺めが一番合っていると思って」

 アメリアからすれば自分はもちろん、運営であるラルドをも追放した神殿を最後の思い出に眺めなくてはいけないとは……僅かに心が痛んだ。が、その姿を目に焼き受けてこそ、新たな人生への第一歩を踏み出せるのかも知れないと気丈に振る舞う。
 偉大で清らかな長い階段の神殿は、人々の信仰の拠り所という威厳を放っている。けれどアメリアにとって、通い慣れたはずのあの神殿を、この場所から見るのは初めての経験だ。心だけではなく、物理的な距離までもが、遠く離れたのだと実感する。こうして次第に自らの心を、神殿が占める割合が減っていくのだろう。

「ふふっ。けど不思議だわ、私……長いことこの町に住んでいるのに、本当に知らないことばかり。ううん、落ち込んでばかりじゃ、せっかくの思い出作りが台無しだわ。辛いことが多かったからこそ、最後くらいは良い思い出で旅立たないと……!」

 しばしの間、無言で神殿との別れを実感していたが、波の音やカモメの鳴き声に悲しみの気持ちは打ち消されていった。

 既に日が降り始めオレンジ色の夕陽が海の青と混ざり合い、別れの景色としても相応しい切ない色を描いていた。きっとあの水平線の向こうには、知らない国が待っている筈だ。

 異母妹の影として生きた過去の哀しみも、いつまでも自分に自信を持てないモヤモヤとした内側のコンプレックスも。

(変わりたい、私。レティアの影というしがらみから、そして逃げてばかりで光に立ち向かえなかった自分自身を……生まれ変わりたいっ)

 海のグラデーションはその日の切なさを全てすべてを抱え込んだ複雑な色合いで、緩やかに優しく飲み込んでいった。


 * * *


 隣国行きの乗船切符を二枚切ってもらい船に乗りこんで、いよいよ故郷を立ち去る瞬間がやってきた。仕事上のパートナーという間柄から、恋人同士ではないものの部屋はラルドと一緒のツインベッドである。

「えぇと……自然の流れで、同じ部屋でしばらく過ごすことになったけれど」
「あはは。軽い気持ちでアメリアさんの貞操を汚すような真似は、決してしませんので安心してください! この船には相部屋用の間仕切りカーテンがあらかじめ付いているらしく、アメリアさんのプライバシーはバッチリ守られますから」
「……ラルドさん、今日は何から何まで、本当にありがとう。これからもよろしくね」

 紳士なラルドはアメリアに気を遣い、ベッドの間に間仕切りカーテンを設置してくれた。たまたま見知らぬ人同士で、相部屋となった場合のためのサービスらしい。異性に慣れていないアメリアからすれば、緊張を和らげてくれる貴重なカーテンである。さり気なくずっと配慮してくれるラルドに、アメリアは改めて感謝の意を示す。

「貴女は神殿のため、故郷のため、誹謗中傷されようとも……ずっと影となりご神託の責務を全うしました。けれどこれからは、その貴重な人生を貴女自身の時間として、使っても良いのです。この旅立ちのきっかけが追放だとしても、貴女の人生はここから本当に始まる……!」
「ラルドさん……私、私……うっうっ。うわぁあああん……」

 アメリアの頭を撫でて優しく未来への希望を述べるラルドは、まるでアメリアが長く仕えていた神殿の神そのもののようで……。思わずアメリアは、これまで抑えていた涙を一気に落としてしまう。

(ラルドさんはあの海と同じだ……。私の内側にある生きづらさ、苦しさ、切なさの……感情の色が定まらないグラデーションの心を全て優しく抱きとめてくれる)

 そしてアメリアを抱きとめながらも、ラルドは約束通り彼女に手を出さず、共に眠りにつくまで慈愛の温もりを与える。約束通り純潔を汚さず、心を守る彼は中身まで紳士だった。


 ――その頃、神殿では新たな神を悪魔像に込める闇の儀式が、密やかに執り行われていた。
しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

実家を追放された名家の三女は、薬師を目指します。~草を食べて生き残り、聖女になって実家を潰す~

juice
ファンタジー
過去に名家を誇った辺境貴族の生まれで貴族の三女として生まれたミラ。 しかし、才能に嫉妬した兄や姉に虐げられて、ついに家を追い出されてしまった。 彼女は森で草を食べて生き抜き、その時に食べた草がただの草ではなく、ポーションの原料だった。そうとは知らず高級な薬草を食べまくった結果、体にも異変が……。 知らないうちに高価な材料を集めていたことから、冒険者兼薬師見習いを始めるミラ。 新しい街で新しい生活を始めることになるのだが――。 新生活の中で、兄姉たちの嘘が次々と暴かれることに。 そして、聖女にまつわる、実家の兄姉が隠したとんでもない事実を知ることになる。

もう、あなたを愛することはないでしょう

春野オカリナ
恋愛
 第一章 完結番外編更新中  異母妹に嫉妬して修道院で孤独な死を迎えたベアトリーチェは、目覚めたら10才に戻っていた。過去の婚約者だったレイノルドに別れを告げ、新しい人生を歩もうとした矢先、レイノルドとフェリシア王女の身代わりに呪いを受けてしまう。呪い封じの魔術の所為で、ベアトリーチェは銀色翠眼の容姿が黒髪灰眼に変化した。しかも、回帰前の記憶も全て失くしてしまい。記憶に残っているのは数日間の出来事だけだった。  実の両親に愛されている記憶しか持たないベアトリーチェは、これから新しい思い出を作ればいいと両親に言われ、生まれ育ったアルカイドを後にする。  第二章   ベアトリーチェは15才になった。本来なら13才から通える魔法魔術学園の入学を数年遅らせる事になったのは、フロンティアの事を学ぶ必要があるからだった。  フロンティアはアルカイドとは比べ物にならないぐらい、高度な技術が発達していた。街には路面電車が走り、空にはエイが飛んでいる。そして、自動階段やエレベーター、冷蔵庫にエアコンというものまであるのだ。全て魔道具で魔石によって動いている先進技術帝国フロンティア。  護衛騎士デミオン・クレージュと共に新しい学園生活を始めるベアトリーチェ。学園で出会った新しい学友、変わった教授の授業。様々な出来事がベアトリーチェを大きく変えていく。  一方、国王の命でフロンティアの技術を学ぶためにレイノルドやジュリア、ルシーラ達も留学してきて楽しい学園生活は不穏な空気を孕みつつ進んでいく。  第二章は青春恋愛モード全開のシリアス&ラブコメディ風になる予定です。  ベアトリーチェを巡る新しい恋の予感もお楽しみに!  ※印は回帰前の物語です。

召喚されたら聖女が二人!? 私はお呼びじゃないようなので好きに生きます

かずきりり
ファンタジー
旧題:召喚された二人の聖女~私はお呼びじゃないようなので好きに生きます~ 【第14回ファンタジー小説大賞エントリー】 奨励賞受賞 ●聖女編● いきなり召喚された上に、ババァ発言。 挙句、偽聖女だと。 確かに女子高生の方が聖女らしいでしょう、そうでしょう。 だったら好きに生きさせてもらいます。 脱社畜! ハッピースローライフ! ご都合主義万歳! ノリで生きて何が悪い! ●勇者編● え?勇者? うん?勇者? そもそも召喚って何か知ってますか? またやらかしたのかバカ王子ー! ●魔界編● いきおくれって分かってるわー! それよりも、クロを探しに魔界へ! 魔界という場所は……とてつもなかった そしてクロはクロだった。 魔界でも見事になしてみせようスローライフ! 邪魔するなら排除します! -------------- 恋愛はスローペース 物事を組み立てる、という訓練のため三部作長編を予定しております。

だから聖女はいなくなった

澤谷弥(さわたに わたる)
ファンタジー
「聖女ラティアーナよ。君との婚約を破棄することをここに宣言する」 レオンクル王国の王太子であるキンバリーが婚約破棄を告げた相手は聖女ラティアーナである。 彼女はその婚約破棄を黙って受け入れた。さらに彼女は、新たにキンバリーと婚約したアイニスに聖女の証である首飾りを手渡すと姿を消した。 だが、ラティアーナがいなくなってから彼女のありがたみに気づいたキンバリーだが、すでにその姿はどこにもない。 キンバリーの弟であるサディアスが、兄のためにもラティアーナを探し始める。だが、彼女を探していくうちに、なぜ彼女がキンバリーとの婚約破棄を受け入れ、聖女という地位を退いたのかの理由を知る――。 ※7万字程度の中編です。

婚約破棄で、公爵令嬢は未来を切り開く

龍希
恋愛
公爵令嬢のレスティーナは、ある日学園内にある聖堂に呼び出される。そしてそこで婚約者のお馬鹿王子から、婚約破棄をされる。 それによって、レスティーナは本来の自分を取り戻す。目指していた、ジョブを思い出したり、唯一無二の半身との再会をしたり、そして『ざまあ』もあるよ?的な感じで物語は進んだりします。 第二章、開始しました! 編集完了しました。 なろうでも連載中。

【完結】期間限定聖女ですから、婚約なんて致しません

との
恋愛
第17回恋愛大賞、12位ありがとうございました。そして、奨励賞まで⋯⋯応援してくださった方々皆様に心からの感謝を🤗 「貴様とは婚約破棄だ!」⋯⋯な〜んて、聞き飽きたぁぁ! あちこちでよく見かける『使い古された感のある婚約破棄』騒動が、目の前ではじまったけど、勘違いも甚だしい王子に笑いが止まらない。 断罪劇? いや、珍喜劇だね。 魔力持ちが産まれなくて危機感を募らせた王国から、多くの魔法士が産まれ続ける聖王国にお願いレターが届いて⋯⋯。 留学生として王国にやって来た『婚約者候補』チームのリーダーをしているのは、私ロクサーナ・バーラム。 私はただの引率者で、本当の任務は別だからね。婚約者でも候補でもないのに、珍喜劇の中心人物になってるのは何で? 治癒魔法の使える女性を婚約者にしたい? 隣にいるレベッカはささくれを治せればラッキーな治癒魔法しか使えないけど良いのかな? 聖女に聖女見習い、魔法士に魔法士見習い。私達は国内だけでなく、魔法で外貨も稼いでいる⋯⋯国でも稼ぎ頭の集団です。 我が国で言う聖女って職種だからね、清廉潔白、献身⋯⋯いやいや、ないわ〜。だって魔物の討伐とか行くし? 殺るし? 面倒事はお断りして、さっさと帰るぞぉぉ。 訳あって、『期間限定銭ゲバ聖女⋯⋯ちょくちょく戦闘狂』やってます。いつもそばにいる子達をモフモフ出来るまで頑張りま〜す。 ーーーーーー ゆるふわの中世ヨーロッパ、幻の国の設定です。 完結まで予約投稿済み R15は念の為・・

妹に婚約者を奪われ、聖女の座まで譲れと言ってきたので潔く譲る事にしました。〜あなたに聖女が務まるといいですね?〜

雪島 由
恋愛
聖女として国を守ってきたマリア。 だが、突然妹ミアとともに現れた婚約者である第一王子に婚約を破棄され、ミアに聖女の座まで譲れと言われてしまう。 国を頑張って守ってきたことが馬鹿馬鹿しくなったマリアは潔くミアに聖女の座を譲って国を離れることを決意した。 「あ、そういえばミアの魔力量じゃ国を守護するの難しそうだけど……まぁなんとかするよね、きっと」 *この作品はなろうでも連載しています。

処理中です...