上 下
85 / 87
旅行記6 もう一人の聖女を救う旅

17 扉の向こうには明るい未来

しおりを挟む
 辛うじてパラレルワールドの因果の輪から脱出したティアラとポメは、気がつけば元のハルトリア邸の客間へと帰還していた。

(あらっ……ここは、邸宅の客間だわ。戻って来たのね、けど来客の影もなく、お茶が仕舞われている? ううん……これは時間が巻き戻っているの?)

「きゅいーん」
「ポメ……」

 潜在意識の底に飛ばされていた時とは異なり、既にポメとは言葉が通じなくなっていたが、お互い目配せをして意思の疎通が為された。何処となく不安な目でティアラを見つめるポメからは、何かしらの違和感を本能的に感じ取っていると判断していいだろう。
 ティアラがキョロキョロと部屋の様子を見渡すと、テーブルにはまだ食器すら並べられておらず。メイドがテーブルを拭いたり、花を用意したりと準備段階のようだ。

「重い内容の話し合いとはいえ、心を和ませれば交渉がスムーズに行くかも知れません。美しい花がきっと役に立ちますわ」
「ええ……ピンクの薔薇と白のかすみ草なんて、可愛らしくて素敵よ」

 ちらりと掛け時計を確認すると、まだ来客がくる予定時刻ではなかった。正確には『元のハルトリア邸』ではなく、パラレルワールドに転移した一時間ほど前の時間にタイムワープしているらしい。

「ティアラ様、今日の来客の方は噂によると、闇魔法の研究をされているとか。念のため魔除の印をドア付近に飾った方がいいと、バジーリオ様がこれを……」
「まぁナザールボンジュウね、海外からのお土産品だわ。ええ、さっそく飾りましょう!」

 記憶が確かならば、この部屋の入り口には魔除の印であるナザールボンジュウを飾っていないはずだ。異国土産特有の青い目玉の飾りナザールボンジュウが、コトンと音を立てて、ドア付近にかけられた。

「ジル様も話し合いには立ち会うそうなので、安全だとは思いますが。やはり、魔除の印がお部屋の出入り口にプラスされると、安心感がありますね」
「えぇ。それにうちのショップでも取り扱ってみたい商品だったし、こうやって雰囲気を見る機会が出来て良かったわ」

 するとスーツ姿で仕事モードのジルが、話し合い用の書類を手に客間を訪れた。

「ティアラ、そろそろ、準備を……あれっこの民族風の青い目玉の飾りって、ナザールボンジュウだっけ?」
「バジーリオさんが、この間来た時にお土産でくれたものなんですって。ショップを経営する立場としては、いろいろな国のお土産を知りたいし、嬉しい限りだわ」
「へぇ……兄貴がねぇ。ん……そろそろ、かな?」

 ピンポーン!
 元通りの世界線とは少しずつ違う展開に緊張を覚えつつ、来客を迎えるために身嗜みをチェックし、いよいよ玄関へ。


 * * *


 晴れ渡る青空は交渉の順調な気配を示唆しているのか、気分が爽快になりそうな爽やかさだ。

(女の人? もしかして、闇の精霊が介入しなければ、元からこの女性が来るはずだったってことなの?)

 些か強すぎる陽射しに日傘もささず邸宅の門を叩いたのは、伝統的な白魔法使いファッションの女性。胸に下げた聖母のメダイユから、教会信仰をしている派閥であることが窺われた。

「初めまして、白魔法使いのフローレンス・バレットと申します。憧れのハルトリア公爵邸に、お招きいただけるなんて光栄です。あいにく仕事仲間達は、まだフェルトで書類に追われておりまして。私一人でお話しを伺いますが、どうぞよしなに」

 ウエーブがかった黒髪と健康的な顔色、柔らかな笑顔は人柄の良さそうな雰囲気を醸し出している。

「フローレンスさん、遠路はるばるお越しいただき、ありがとうございます。念のため確認しますが、今回は魔女狩り防止の話し合いですよね?」
「えぇ……私共も、今時魔女狩りなんて古いと考えておりまして。王宮の言われた通りにしていたという聖女クロエちゃんに対しては、この機会に奉仕活動などで社会貢献を促す提案したいと思っております。一緒に頑張りましょう」
「こちらこそ……!」

 キュッと交わされた握手は、新たなルートが開けた証のようで。良き理解者に恵まれて、見事に魔女狩りの歴史にピリオドを打つことに成功した。
 ティアラが勇気を出して開けた潜在意識の扉の向こうには、明るい未来が待っていたのである。
 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

逆行令嬢は聖女を辞退します

仲室日月奈
恋愛
――ああ、神様。もしも生まれ変わるなら、人並みの幸せを。 死ぬ間際に転生後の望みを心の中でつぶやき、倒れた後。目を開けると、三年前の自室にいました。しかも、今日は神殿から一行がやってきて「聖女としてお出迎え」する日ですって? 聖女なんてお断りです!

懐妊を告げずに家を出ます。最愛のあなた、どうかお幸せに。

梅雨の人
恋愛
最愛の夫、ブラッド。 あなたと共に、人生が終わるその時まで互いに慈しみ、愛情に溢れる時を過ごしていけると信じていた。 その時までは。 どうか、幸せになってね。 愛しい人。 さようなら。

やり直すなら、貴方とは結婚しません

わらびもち
恋愛
「君となんて結婚しなければよかったよ」 「は…………?」  夫からの辛辣な言葉に、私は一瞬息をするのも忘れてしまった。

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

追放された聖女の悠々自適な側室ライフ

白雪の雫
ファンタジー
「聖女ともあろう者が、嫉妬に狂って我が愛しのジュリエッタを虐めるとは!貴様の所業は畜生以外の何者でもない!お前との婚約を破棄した上で国外追放とする!!」 平民でありながらゴーストやレイスだけではなくリッチを一瞬で倒したり、どんな重傷も完治してしまうマルガレーテは、幼い頃に両親と引き離され聖女として教会に引き取られていた。 そんな彼女の魔力に目を付けた女教皇と国王夫妻はマルガレーテを国に縛り付ける為、王太子であるレオナルドの婚約者に据えて、「お妃教育をこなせ」「愚民どもより我等の病を治療しろ」「瘴気を祓え」「不死王を倒せ」という風にマルガレーテをこき使っていた。 そんなある日、レオナルドは居並ぶ貴族達の前で公爵令嬢のジュリエッタ(バスト100cm以上の爆乳・KかLカップ)を妃に迎え、マルガレーテに国外追放という死刑に等しい宣言をしてしまう。 「王太子殿下の仰せに従います」 (やっと・・・アホ共から解放される。私がやっていた事が若作りのヒステリー婆・・・ではなく女教皇と何の力もない修道女共に出来る訳ないのにね~。まぁ、この国がどうなってしまっても私には関係ないからどうでもいいや) 表面は淑女の仮面を被ってレオナルドの宣言を受け入れたマルガレーテは、さっさと国を出て行く。 今までの鬱憤を晴らすかのように、着の身着のままの旅をしているマルガレーテは、故郷である幻惑の樹海へと戻っている途中で【宮女狩り】というものに遭遇してしまい、大国の後宮へと入れられてしまった。 マルガレーテが悠々自適な側室ライフを楽しんでいる頃 聖女がいなくなった王国と教会は滅亡への道を辿っていた。

【完結】私が貴女を見捨てたわけじゃない

須木 水夏
恋愛
 筆頭公爵家の娘として大事にされて育ったティアリーネは、彼らの本当の娘ではない。  少女は、今はもう廃嫡され儚くなった王子が、平民の聖女と浮気して生まれたと噂されている、『聖女の子』であった。  マスティマリエ公爵家へと引き取られる前の記憶は既に失われていると周囲の人々は思っていたが、少女がまだその恐ろしい夢の中に閉じ込められて居ることに気がついていたのは、ただ一人兄のヴァンだけだった。 ※こちらのお話は7/22日に完結いたします。(既に完結まで書き上げ済です) ※誤字のご報告ありがとうごさいますm(*_ _)m ☆貴族社会ですが、現実のものではありません。 ☆聖女が出てきます。 ☆兄妹の恋愛があります(血の繋がりはなし) ☆子供に対しての残虐な虐待の表現があります。 ☆ハッピーエンドです。

聖女を騙った少女は、二度目の生を自由に生きる

夕立悠理
恋愛
 ある日、聖女として異世界に召喚された美香。その国は、魔物と戦っているらしく、兵士たちを励まして欲しいと頼まれた。しかし、徐々に戦況もよくなってきたところで、魔法の力をもった本物の『聖女』様が現れてしまい、美香は、聖女を騙った罪で、処刑される。  しかし、ギロチンの刃が落とされた瞬間、時間が巻き戻り、美香が召喚された時に戻り、美香は二度目の生を得る。美香は今度は魔物の元へ行き、自由に生きることにすると、かつては敵だったはずの魔王に溺愛される。  しかし、なぜか、美香を見捨てたはずの護衛も執着してきて――。 ※小説家になろう様にも投稿しています ※感想をいただけると、とても嬉しいです ※著作権は放棄してません

【完結】婚約破棄される前に私は毒を呷って死にます!当然でしょう?私は王太子妃になるはずだったんですから。どの道、只ではすみません。

つくも茄子
恋愛
フリッツ王太子の婚約者が毒を呷った。 彼女は筆頭公爵家のアレクサンドラ・ウジェーヌ・ヘッセン。 なぜ、彼女は毒を自ら飲み干したのか? それは婚約者のフリッツ王太子からの婚約破棄が原因であった。 恋人の男爵令嬢を正妃にするためにアレクサンドラを罠に嵌めようとしたのだ。 その中の一人は、アレクサンドラの実弟もいた。 更に宰相の息子と近衛騎士団長の嫡男も、王太子と男爵令嬢の味方であった。 婚約者として王家の全てを知るアレクサンドラは、このまま婚約破棄が成立されればどうなるのかを知っていた。そして自分がどういう立場なのかも痛いほど理解していたのだ。 生死の境から生還したアレクサンドラが目を覚ました時には、全てが様変わりしていた。国の将来のため、必要な処置であった。 婚約破棄を宣言した王太子達のその後は、彼らが思い描いていたバラ色の人生ではなかった。 後悔、悲しみ、憎悪、果てしない負の連鎖の果てに、彼らが手にしたものとは。 「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルバ」にも投稿しています。

処理中です...