84 / 87
旅行記6 もう一人の聖女を救う旅
16 絶望するよりも素敵な旅を選ぼう
しおりを挟む
本来ならば未来の夫ジルと出会う大切な日の記憶、しかしこの異空間ではその記憶を別のものにすり替えることが出来るようだ。
「ダメよ、過去の私! 闇の精霊の誘いに乗ってはダメッ。貴女はこれから、素晴らしい出会いと生きていく本当の意味を知るのよっ」
「くくく……残念だな、ティア。過去のお前に今のお前の助言は、一切聞こえないのさ。聞こえるのは……闇からの復讐を勧める囁きだけ。さあティア……呪文を唱えるんだ。邪魔な聖女クロエを魔女裁判にかけて、馬鹿な王太子を投獄し。真の聖女たるお前が、この精霊国家フェルトの新たな支配者になるパラレルワールドを望むのだっ」
噴水で佇む過去のティアラに闇の精霊は、ふよふよとした瘴気となって禁呪を唱えるように促す。
それは闇の精霊が、ティアラに最後のチャンスと言わんばかりに提案してきた悪魔の囁きでもあった。
『支配者? 私が、この国の……? 私ね、もうこれ以上頑張ることが出来ないの。誰も私のことを認めてくれないわ。みんなみんな、意地悪ばかり。けれどもし闇の精霊の魔法で……運命が変えられるのなら』
いつしか過去のティアラの瞳には、希望の光が消え失せて、暗い絶望の色が見え始めていた。その震える口元からは、少しずつ禁呪を紡ぐ動きが見える。
びゅううううっ!
すると、その呪文に呼応する様に、景色が次第に記憶のものからパラレルワールドの別のものへと変貌していく。噴水の周辺に咲いていた花は枯れて、黒い羽を広げる小悪魔のモニュメントに取って変わる。カラスの羽がまるで吹き荒れる嵐のように、空間中を駆け巡った。
「きゃああっ。まさか、本当にこのままパラレルワールドに移行する気なの? どうして過去の私には、今の私の声が届かないの」
現在のティアラと過去のティアラの間には、時空の歪みが発生して、徐々にその距離を遠いものにしていってしまう。闇に魅入られた過去のティアラに手を伸ばしても、ブラックホールに阻まれて届くことはない。
「あははっ! いいぞぉっいいぞぉっティア! 共に世界を変えようではないかっ。この精霊国家フェルトからっ」
このままブラックホールに飲まれ、パラレルワールドへと移行するのかと思いきや、黙って成り行きを見守っていた幻獣ポメが勇敢にも駆け出した。
「きゃうんっ」
「ポメ、危ないわっ。戻って……貴方までブラックホールに飲み込まれたら……私、私……」
「大丈夫だよ、僕を信じて。こう見えても幻獣カーバンクルなんだよ。ティアラはそこで、過去の自分に見せたい未来の景色を祈っていて。僕が過去のティアラの目を覚まさせるからっ」
そう告げるとポメは小さな身体を活かして、ブラックホールの渦の中に思いっきり飛び込んでいった。取り残された現在のティアラは、せめて祈りがポメを守るようにと。そして、未来の素晴らしさを過去の自分に届けるために祈りを捧げる。
祈りが効いたのか、上手い具合にブラックホールの荒波を乗り越えるポメ。さらに軽い身体を浮かせて、ぴょんっと時空の歪の向こう側にいる過去のティアラの元まで辿り着いた。
「くいーん、きゃうーん」
突然現れた茶色い毛並みの可愛らしい小動物に、洗脳状態だった過去のティアラもハッと目を覚ます。尻尾を振り懐いてくるポメに思わず身をかがめて、その丸い額と密やかに飾られたエメラルドグリーンの魔石を撫でた。
『このワンちゃんは……ポメラニアンかしら? 私に、何か用? ごめんね、もう私……闇についていくことにしたから……ワンちゃんと遊んであげられないの』
「ティアラ、闇に飲まれちゃダメだ。お願いだよ、僕を見てっ。僕に気付いてよ……僕、キミと一緒にずっと店番していたポメーラだよっ。前世のキミと約束したんだ……今度はキミの使い魔になるって。そして、気ままにいろんなところに旅に出ようって」
『旅に出る、幻獣と……気ままな旅を。いろんなところに……そうだわ。私、生まれ変わる前にそんな約束をしたような気がする。とても可愛らしい小動物と……幻獣ポメーラと……』
過去のティアラが前世での約束を思い出すべく、頭を抱えて目を瞑る。すると、闇の精霊とのシンクロが徐々に解けていき、目の前には本来あるべき未来が浮かび上がってきた。
「絶望するよりも素敵な旅を選ぼう! そっちの方が、ずっとティアラらしいよ。それにほら……キミには彼が待っている」
ティアラとポメが近い将来、旅先で見るはずの景色。異国へ向かう汽車は宝石のように美しい星スピカの下を走り、やがて迎える朝の日差し。車窓から見えてくるのは、青い、青い……海。
そして、ティアラとポメを守るように寄り添ってくれる運命の男性の姿。
『……ジル!』
予知夢の如く過去のティアラが運命の男性の名前を口にした瞬間、異空間は消えて……。気がつけば、現在のティアラとポメは元のハルトリア公爵邸に帰還していた。
「ダメよ、過去の私! 闇の精霊の誘いに乗ってはダメッ。貴女はこれから、素晴らしい出会いと生きていく本当の意味を知るのよっ」
「くくく……残念だな、ティア。過去のお前に今のお前の助言は、一切聞こえないのさ。聞こえるのは……闇からの復讐を勧める囁きだけ。さあティア……呪文を唱えるんだ。邪魔な聖女クロエを魔女裁判にかけて、馬鹿な王太子を投獄し。真の聖女たるお前が、この精霊国家フェルトの新たな支配者になるパラレルワールドを望むのだっ」
噴水で佇む過去のティアラに闇の精霊は、ふよふよとした瘴気となって禁呪を唱えるように促す。
それは闇の精霊が、ティアラに最後のチャンスと言わんばかりに提案してきた悪魔の囁きでもあった。
『支配者? 私が、この国の……? 私ね、もうこれ以上頑張ることが出来ないの。誰も私のことを認めてくれないわ。みんなみんな、意地悪ばかり。けれどもし闇の精霊の魔法で……運命が変えられるのなら』
いつしか過去のティアラの瞳には、希望の光が消え失せて、暗い絶望の色が見え始めていた。その震える口元からは、少しずつ禁呪を紡ぐ動きが見える。
びゅううううっ!
すると、その呪文に呼応する様に、景色が次第に記憶のものからパラレルワールドの別のものへと変貌していく。噴水の周辺に咲いていた花は枯れて、黒い羽を広げる小悪魔のモニュメントに取って変わる。カラスの羽がまるで吹き荒れる嵐のように、空間中を駆け巡った。
「きゃああっ。まさか、本当にこのままパラレルワールドに移行する気なの? どうして過去の私には、今の私の声が届かないの」
現在のティアラと過去のティアラの間には、時空の歪みが発生して、徐々にその距離を遠いものにしていってしまう。闇に魅入られた過去のティアラに手を伸ばしても、ブラックホールに阻まれて届くことはない。
「あははっ! いいぞぉっいいぞぉっティア! 共に世界を変えようではないかっ。この精霊国家フェルトからっ」
このままブラックホールに飲まれ、パラレルワールドへと移行するのかと思いきや、黙って成り行きを見守っていた幻獣ポメが勇敢にも駆け出した。
「きゃうんっ」
「ポメ、危ないわっ。戻って……貴方までブラックホールに飲み込まれたら……私、私……」
「大丈夫だよ、僕を信じて。こう見えても幻獣カーバンクルなんだよ。ティアラはそこで、過去の自分に見せたい未来の景色を祈っていて。僕が過去のティアラの目を覚まさせるからっ」
そう告げるとポメは小さな身体を活かして、ブラックホールの渦の中に思いっきり飛び込んでいった。取り残された現在のティアラは、せめて祈りがポメを守るようにと。そして、未来の素晴らしさを過去の自分に届けるために祈りを捧げる。
祈りが効いたのか、上手い具合にブラックホールの荒波を乗り越えるポメ。さらに軽い身体を浮かせて、ぴょんっと時空の歪の向こう側にいる過去のティアラの元まで辿り着いた。
「くいーん、きゃうーん」
突然現れた茶色い毛並みの可愛らしい小動物に、洗脳状態だった過去のティアラもハッと目を覚ます。尻尾を振り懐いてくるポメに思わず身をかがめて、その丸い額と密やかに飾られたエメラルドグリーンの魔石を撫でた。
『このワンちゃんは……ポメラニアンかしら? 私に、何か用? ごめんね、もう私……闇についていくことにしたから……ワンちゃんと遊んであげられないの』
「ティアラ、闇に飲まれちゃダメだ。お願いだよ、僕を見てっ。僕に気付いてよ……僕、キミと一緒にずっと店番していたポメーラだよっ。前世のキミと約束したんだ……今度はキミの使い魔になるって。そして、気ままにいろんなところに旅に出ようって」
『旅に出る、幻獣と……気ままな旅を。いろんなところに……そうだわ。私、生まれ変わる前にそんな約束をしたような気がする。とても可愛らしい小動物と……幻獣ポメーラと……』
過去のティアラが前世での約束を思い出すべく、頭を抱えて目を瞑る。すると、闇の精霊とのシンクロが徐々に解けていき、目の前には本来あるべき未来が浮かび上がってきた。
「絶望するよりも素敵な旅を選ぼう! そっちの方が、ずっとティアラらしいよ。それにほら……キミには彼が待っている」
ティアラとポメが近い将来、旅先で見るはずの景色。異国へ向かう汽車は宝石のように美しい星スピカの下を走り、やがて迎える朝の日差し。車窓から見えてくるのは、青い、青い……海。
そして、ティアラとポメを守るように寄り添ってくれる運命の男性の姿。
『……ジル!』
予知夢の如く過去のティアラが運命の男性の名前を口にした瞬間、異空間は消えて……。気がつけば、現在のティアラとポメは元のハルトリア公爵邸に帰還していた。
0
お気に入りに追加
313
あなたにおすすめの小説
冤罪から逃れるために全てを捨てた。
四折 柊
恋愛
王太子の婚約者だったオリビアは冤罪をかけられ捕縛されそうになり全てを捨てて家族と逃げた。そして以前留学していた国の恩師を頼り、新しい名前と身分を手に入れ幸せに過ごす。1年が過ぎ今が幸せだからこそ思い出してしまう。捨ててきた国や自分を陥れた人達が今どうしているのかを。(視点が何度も変わります)
逆行令嬢は聖女を辞退します
仲室日月奈
恋愛
――ああ、神様。もしも生まれ変わるなら、人並みの幸せを。
死ぬ間際に転生後の望みを心の中でつぶやき、倒れた後。目を開けると、三年前の自室にいました。しかも、今日は神殿から一行がやってきて「聖女としてお出迎え」する日ですって?
聖女なんてお断りです!
懐妊を告げずに家を出ます。最愛のあなた、どうかお幸せに。
梅雨の人
恋愛
最愛の夫、ブラッド。
あなたと共に、人生が終わるその時まで互いに慈しみ、愛情に溢れる時を過ごしていけると信じていた。
その時までは。
どうか、幸せになってね。
愛しい人。
さようなら。
帰らなければ良かった
jun
恋愛
ファルコン騎士団のシシリー・フォードが帰宅すると、婚約者で同じファルコン騎士団の副隊長のブライアン・ハワードが、ベッドで寝ていた…女と裸で。
傷付いたシシリーと傷付けたブライアン…
何故ブライアンは溺愛していたシシリーを裏切ったのか。
*性被害、レイプなどの言葉が出てきます。
気になる方はお避け下さい。
・8/1 長編に変更しました。
・8/16 本編完結しました。
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
追放された聖女の悠々自適な側室ライフ
白雪の雫
ファンタジー
「聖女ともあろう者が、嫉妬に狂って我が愛しのジュリエッタを虐めるとは!貴様の所業は畜生以外の何者でもない!お前との婚約を破棄した上で国外追放とする!!」
平民でありながらゴーストやレイスだけではなくリッチを一瞬で倒したり、どんな重傷も完治してしまうマルガレーテは、幼い頃に両親と引き離され聖女として教会に引き取られていた。
そんな彼女の魔力に目を付けた女教皇と国王夫妻はマルガレーテを国に縛り付ける為、王太子であるレオナルドの婚約者に据えて、「お妃教育をこなせ」「愚民どもより我等の病を治療しろ」「瘴気を祓え」「不死王を倒せ」という風にマルガレーテをこき使っていた。
そんなある日、レオナルドは居並ぶ貴族達の前で公爵令嬢のジュリエッタ(バスト100cm以上の爆乳・KかLカップ)を妃に迎え、マルガレーテに国外追放という死刑に等しい宣言をしてしまう。
「王太子殿下の仰せに従います」
(やっと・・・アホ共から解放される。私がやっていた事が若作りのヒステリー婆・・・ではなく女教皇と何の力もない修道女共に出来る訳ないのにね~。まぁ、この国がどうなってしまっても私には関係ないからどうでもいいや)
表面は淑女の仮面を被ってレオナルドの宣言を受け入れたマルガレーテは、さっさと国を出て行く。
今までの鬱憤を晴らすかのように、着の身着のままの旅をしているマルガレーテは、故郷である幻惑の樹海へと戻っている途中で【宮女狩り】というものに遭遇してしまい、大国の後宮へと入れられてしまった。
マルガレーテが悠々自適な側室ライフを楽しんでいる頃
聖女がいなくなった王国と教会は滅亡への道を辿っていた。
私をもう愛していないなら。
水垣するめ
恋愛
その衝撃的な場面を見たのは、何気ない日の夕方だった。
空は赤く染まって、街の建物を照らしていた。
私は実家の伯爵家からの呼び出しを受けて、その帰路についている時だった。
街中を、私の夫であるアイクが歩いていた。
見知った女性と一緒に。
私の友人である、男爵家ジェーン・バーカーと。
「え?」
思わず私は声をあげた。
なぜ二人が一緒に歩いているのだろう。
二人に接点は無いはずだ。
会ったのだって、私がジェーンをお茶会で家に呼んだ時に、一度顔を合わせただけだ。
それが、何故?
ジェーンと歩くアイクは、どこかいつもよりも楽しげな表情を浮かべてながら、ジェーンと言葉を交わしていた。
結婚してから一年経って、次第に見なくなった顔だ。
私の胸の内に不安が湧いてくる。
(駄目よ。簡単に夫を疑うなんて。きっと二人はいつの間にか友人になっただけ──)
その瞬間。
二人は手を繋いで。
キスをした。
「──」
言葉にならない声が漏れた。
胸の中の不安は確かな形となって、目の前に現れた。
──アイクは浮気していた。
【完結】いてもいなくてもいい妻のようですので 妻の座を返上いたします!
ユユ
恋愛
夫とは卒業と同時に婚姻、
1年以内に妊娠そして出産。
跡継ぎを産んで女主人以上の
役割を果たしていたし、
円満だと思っていた。
夫の本音を聞くまでは。
そして息子が他人に思えた。
いてもいなくてもいい存在?萎んだ花?
分かりました。どうぞ若い妻をお迎えください。
* 作り話です
* 完結保証付き
* 暇つぶしにどうぞ
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる