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旅行記6 もう一人の聖女を救う旅
01 幻獣を連れた美しい聖女
しおりを挟む伝統的な魔法国家イングリッドで最後の魔女狩りが起きたのは、今からおよそ三年ほど前。断罪された北西の魔女には、彼女と瓜二つの一人娘がいたという。可愛い娘に魔法で作った上等のワンピースを着せていたことが世間に知られて、黒魔術の罪で処刑されたのだ。
「お願い、ママを連れて行かないでっ」
「ごめんね、クロエ。ママはあなたにお姫様みたいなお洋服を着せたかっただけだったのに、魔女狩りの人に捕まっちゃって。あなたはママの分まで生きてね、幸せになって!」
本来ならば『黒魔術によって作られた服』を着ていたその一人娘が処刑される予定だったが、まだ年端もいかない娘を守るためなのか自らが身代わりとなり犠牲となったのだった。
「あぁ……ママ! 何も悪いことをしていないのに、どうしてママが殺されなきゃいけないのっ」
「クロエ、あなたは母の犠牲により処刑を免れましたが、永遠に神によって監視されなくてはいけません。さあ最北の修道院に行きましょう、貴方のような少女達が日々労働していますよ。そうだ、記憶を消去しましょう……あなたのママの記憶はもういらないものです。神への信仰と夢のある御伽噺にすり替えて仕舞えば良い」
「記憶を消すって何? いやぁっ! 手を離してよ、痛い痛いよ。助けて、誰か……きゃあああっ」
残された娘は矯正施設に預けられ、黒魔術の禁止と神へ終生の奉仕を誓った。だが数年経ったある日、魔女の娘は突然聖霊国家フェルトの魔法召喚儀式により聖女として喚び出された。
「ふあぁっ! よく寝たっ。あらっ? アタシったら、どうしてこんな大きなお城にいるのかしら?」
「おぉっ! まさか、御伽噺と言われていた伝説の聖女が、実在したとはっ。しかも、こんなに美しく可愛らしいなんて、彼女こそが妃となるに相応しいっ」
フェルトの王太子マゼランスは、既に魔力が尽きかけている聖女ティアラから、新たな聖女クロエに信仰の拠り所を乗り換えることにした。フェルトという国家は現代の文明への依存を避けて、聖女の魔力を動力として利用している。聖女は彼らにとって信仰の対象であり、貴重な動力だった。
「聖女? 私は一体、ママはどこ。あぁ……そうだ、ママはもうこの世にはいないんだ。誰も私を助けてくれない」
「この僕がいるよ、クロエ。もう魔女狩りの悪夢に怯えなくても良い、フェルトのために動力になってくれるならね。そうだ、魔力を捧げてくれたら、ご褒美に素敵なドレスをあげよう。キミくらいの少女はみんな御伽噺のドレスに憧れているはずだ」
「ドレス、私がお姫様のドレスを着てもいいの。ママは私に、綺麗なお洋服を作ろうとして殺されたのに。本当に……いいの?」
幸か不幸かフェルトの精霊と契約を結んだことにより、消去された記憶を取り戻した『魔女の娘』は、心の闇を埋めるべくフェルトの国家資金で宝石や贅沢品にのめり込んでいった。けれど如何なる贅を尽くしても、彼女の闇は消えなかった。クロエの母親は、もう永遠に帰ってこないのだから。
古の魔女であり聖女でもある彼女の名はクローディア……愛称をクロエといい、歳の頃はもうすぐ十四歳。遠からず、再び魔女狩りの数奇な運命がクロエを襲うであろうことを北西の村人達はお告げにより知っていた。
* * *
村人達がクロエの処刑が間近だと噂するようになって数日ほど経った頃、イングリッド北西地域に『本物の聖女様』がやってきた。
銀髪の長い髪は黒髪のクロエとは対照的で、ポメラニアンに似た小型の幻獣を連れている。本物の聖女様の夫は大公国ハルトリアの公爵で、夫婦で慈善家として活動を始めたのだという。
「ようこそお越し下さいました、ハルトリア公爵、それに聖女ティアラ様。おぉ……やはり本物の聖女様はお美しい、女神様のようですじゃ。クロエが行った数々の非礼、ワシから謝らせてくだされ」
「いえ、お気になさらないで村長さん。私達は魔女狩りの歴史に終止符を打ち、クロエに本当の意味で人生を償うチャンスを作るのだから」
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