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旅行記1 指輪が見せる記憶の旅

07 二つの国の密かな交渉

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「ティアラ、一体何をしているのだ? まさか、追放されそうな身だからといって、新たな後ろ盾を探しているのではあるまいな。まったく、ハルトリアどのにすり寄るとは大胆な」

 まるで、ティアラがハルトリア公爵……つまりジルに擦り寄って、誘惑しているかのような言い方だ。いくら、破綻状態の婚約者とはいえ、もう少し言葉を選べばいいものをと、ティアラは苛立ちを覚えた。
 同時に、暗殺者に襲われて怪我をしたジルを手当てしていたという事実は、伏せづらくなった。

「マゼランス殿下、お言葉ですがハルトリア公爵は、我が王宮の警備が手薄だったせいで暗殺者部隊に怪我をさせられました。幸い通りかかった私がすぐに、回復魔法で治癒しましたが。外部にこの話が漏れては、いろいろと良くないのでは?」
「何っ暗殺部隊だと……。そうか、そういえば日頃に比べて庭が乱れているな。これは、暗殺用の苦無か?」

 確かに、普段はもう少し整然としている中庭のオーナメントが、乱れている。マゼランスが状況確認のために地面に落ちていた苦無を拾い上げると、毒魔法が切っ先に含まれていた。

「呼び出されて中庭に行ったら、数人手慣れた暗殺者が待ち構えていたんだよ。せっかくの綺麗なモニュメントを、身を隠すための道具に使うなんて風情のない連中なんだろう」
「苦無に魔法で毒を塗り込むとは、闇魔法の使い手が協力しているに違いない。暗殺部隊の背後には、魔術集団がいる可能性……か」

 悪政と叩かれているフェルト王やマゼランス王太子だが、自分達なりに革命派と対立しているらしい。珍しく曇るマゼランスの表情からは、焦りの色が見えていた。

「何でも、大公国ハルトリアがよそと連盟になるのは、気に入らないって話だぜ。精霊国家フェルトには、革命の兆しが見え始めている」
 僅かに残る腕の傷痕を見せて、マゼランスを納得させると、暗殺部隊の噂をマゼランス自ら認め始めた。

「……近頃、市井で反乱や革命を起こす動きがある。暗殺部隊は、その革命派に雇われている者が多いらしい。おそらく、聖女の魔力に依存している我が国の方針が、気に入らないのだろう。迷惑をかけて申し訳なかった。ハルトリア大公には、のちにお詫びの品を贈るゆえ、出来ればこの件は内密にして頂きたい」

 珍しく頭を下げるマゼランスに驚いたのか、ジルはやや考えてから暗殺者部隊が市井で活気付いている情報を、胸の内に隠すことを了承する。

「はぁ分かったよ。この聖女様に免じて目を瞑ってやるけど、聖女様の魔力に依存って。まさかこの国は、精霊の加護が切れてるってことか? その辺を詳しく聞かせてくれないと、大人しく引き下がることは出来ないぜ」

 表向き聖女の役割は、フェルトに加護を与える精霊のチカラを高めるサポート的な役割だ。しかし、実際には精霊の加護は見る影もなく聖女を人身供儀のように扱い、魔力を吸い尽くしては放流しているようにしか見えない。

 涼しげな夜風が吹く王宮の中庭で、ジルとマゼランスの静かな交渉が始まった。
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