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正編

12 見上げた夜空に、希望の星

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 追放された聖女ティアラが、隣国へ旅立った数ヶ月後。ついに、精霊国家フェルトで革命が起きた。

 一向に良くならない庶民の暮らし、拡大する貧富の差、将来の見通しが立たない国に民衆の怒りは頂点に達したのだろう。

「王太子マゼランスを玉座から、引き摺り下ろせっ。伝説の聖女クロエを魔女裁判にかけろっ」

 権力の中枢である王宮も、さすがに多勢に無勢では敵わない。次第に民衆側の覇気が、王宮側を追い詰めていく。

 そのうえ王太子マゼランスが『伝説の聖女クロエ』にかけたドレスや宝石は、国の予算を圧迫し短期間で財政赤字を記録していたのだ。

「あぁっ! こんなに、予算を使ってしまうとは。民衆よりも聖女クロエの贅沢に、お金を使いすぎたのでしょう。マゼランス様は、彼女と共に承認欲求という悪魔に取り憑かれてしまったのだわ」
「マゼランス様、もう我々はあなた方についていけません。もし、豪遊したいのであれば、ご自身で鉱山に行き黄金でも掘り当ててくだされ」

 王宮内部からも反発が強くなり、ついに大臣やメイドからも、ストライキを行う者が出る。

 毎日のように、移民列車で他国へと逃げる人が増え、ついに王宮制度は崩壊した。

 マゼランスは、精霊国家フェルト最後の王太子となった。これからは、民衆から代表者を選出して、貧富の差を縮小する政策を目指すのだという。


 伝説の『黒い聖女』と呼ばれるようになったクロエは、魔女裁判にかけられ火炙りとなるところだった。
 だが、隣国である『大公国ハルトリアの聖女ティアラ』の慈悲により、極刑は免れた。マゼランスとともに平民に身分を落とされ、その魔力を奉仕に使うようにと命じられる。

 賛否両論の判決に最も憤慨したのは、断罪を免れたクロエ本人だったという。

「ティアラのやつ、ハルトリアの公爵と結婚したからって、いろんな権力を持っちゃって。アタシに、憐みをかけているの? なんなの……どうして魔力を失ったアイツが、また聖女呼ばわりされてるのっ。あぁっ……私は、私は……ただ【御伽噺の聖女】になりたかっただけなのにっ」

 火炙りにさえされず、憐みと憎しみの対象として生きながらえたクロエは、失意のあまり狂ったように泣いた。すると、正気に戻ったマゼランスが恋人であるクロエに、諭すように語りかける。

「……聖女とは、魔力だけが全てではなかったのだろう。恥を偲んで生きるのが、我々にとって最も罰になる。だが、それも聖女ティアラの御慈悲あってこそだ」

 牢獄で泣き喚くクロエをマゼランスはそっと抱きしめ、それでも彼女を伝説の聖女と信じた自分を呪った。
 既にハルトリア公爵の妻となったティアラを思い浮かべ、彼女は魔力だけでなく心も聖女であったことを認識せざるを得なかった。


 * * *


 隣国である『大公国ハルトリア』は、精霊国家フェルトからの移民受け入れや援助に尽力を尽くした。
 そして、今回の顛末を後世に残す作業として歴史家達が、調査に乗り出した。精霊の加護を受け魔力に溢れていたはずの国家が、悪政により堕ちるまでの歴史。

 ふと、歴代聖女に関する記述で不明瞭な点を見つけた若い学者が、公爵夫人である聖女ティアラに質問を投げかけた。彼女の膝の上には、魔力を失った幻獣がすやすやと眠っており、まるで小型の犬のようであった。

「ティアラ様、精霊国家の聖女達は追放後、どのような暮らしをしているのでしょう? 足取り不明の者も多く、かと言って全員亡くなっている訳でもなく。ティアラ様のように、ジル・ハルト公爵のような良い男性と結婚されている方も、いるのかも知れませんが」

 大公国ハルトリアの公爵夫人という目立つポジションから、足取りがはっきりしているのはティアラだけ。だからと言って、ティアラの生き方を全ての聖女に当て嵌めることは出来ない。

「そうね、どんなに絶望的な歴史であっても記述の最後に希望を持たせることで、未来へ繋がると思うわ。では、こう付け加えたらどうかしら?」


 ティアラは若い学者から手帳を借りて、万年筆でスラスラと聖女に関する最後の記述を加える。その後、彼女は幻獣を伴い夫であるジル・ハルト公爵に肩を抱かれながら、奉仕の旅へと出かけて行った。


『追放された聖女は幻獣と気ままな旅に出る。人生とは永遠の旅であり、そこには絶望もあるが、希望の星も見えるだろう。旅の列車はそれぞれ行先が分かれるが、見上げた夜空に見える希望の星は、どの場所にいても同じなのだ』


 あなたの人生の旅にも、希望の星が見えますように。

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