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終章 舞台裏 ―― ゼロの運命

終章 舞台裏 ―― ゼロの運命

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●瑠津 肇の場合


 あれは――そう、はじめてエンドを買った日から数日後のことだった。

「あ……あ!」
 その笑顔に、俺はただただ絶句していた。
 間違いない。
 あいつは、エンド。
 エンドの筈……だった。

 大学の講義の谷間の休憩時間を、俺はただぼんやりと過ごしていた。
 面倒な、だけど刺激的な会社の雑事に比べ、あまりにも平穏で退屈な学生生活。
 だけどその時間は窓越しに屈託なく笑っている男子学生の姿に打ち砕かれた。

「うそ……だろ」

 ジャージ姿で他の学生と談笑するその学生が、先日俺が買って一夜を共に過ごしたホスト……エンドだと気付いた時の俺の衝撃はそれほどのものだった。
 思わず廊下に飛び出ると物陰に隠れて様子を伺った。
 エンドは、友人と話しているらしかった。
 いつも身なりを整えている奴の姿からは想像もつかない程の気の抜けた格好。
 そして、それよりも――笑顔。
 終始取り澄ましたような表情を顔に貼り付け、時折笑顔のつもりか皮肉気に唇を歪めるその顔からは想像もつかない。
 あいつは、大きな口を開け楽しそうに笑っていた。
 呆然としている俺の耳に、終始耳元で囁くような静かな艶めいたエンドの声からは想像もつかない、やたら明るい会話が入ってきた。

「わりーわりー、また今度な」
「あれ、お前今度の木曜も駄目じゃなかったっけ?」
「ああ。委員会があるんだよ。学祭実行委員」
「なんだよー、お前バイトの他にそんなのも始めたのか」
「仕方ねーだろ、人足りねーっつーんだから」
「全く、金曜はバイトっつってたのに、そっちも駄目なのか」
「悪いなー、また埋め合わせするからよ……」

 楽しそうなその会話に、どういう感情を持ったらいいのか分からず、そっとその場所から離れた。
 学内掲示板の前まで来た時、ふと、あるチラシの掲示が目に入った。

『急募! 学祭実行委員若干名。毎週木曜会議開催中』

「学際実行委員……」
 思わず、そのチラシを手に取っていた。


●遠藤 終の場合

 あれは、肇から最後の連絡が入ってから、半年後のことだった。
「あ……あ!」
 その笑顔に、俺はただただ絶句する。
 間違いない。
 あいつは、肇だった。


 あいつが突然俺を買うのを止めると宣言し、大学を止め。
 だけど最後の機会にと、あいつを3000万円で買ってから、半年後。
 およそ半年間、ずっと俺を買っていたあいつが消えて――ちょうど時を同じくして、実家が畑を手放し俺が金を稼ぐ理由も無くなって。
 ホストを辞めた。
 ひたすら気を使うだけの毎日で、早く楽になりたいと思っていたのに、辞めてしまうとその喪失感は妙に大きくて。
 それに加えて万が一にでもあいつが会いにくる可能性も完全になくなったなと思ったら更にその穴は拡大して。
 寄る辺なく町をふらついていた。
 そんな時、道路の向こうにあいつを見つけた時の衝撃といったら!

「――ほんとにありがとう。助かったよ、シュウ」
「いや。頼ってくれて嬉しいよ。また何かあったら言ってくれ」

 あいつの隣には一人の男がいた。
 隙なくスーツを着て、背筋を伸ばし歩く頼りがいのありそうな、優男。
 いやそれよりも……笑顔。
 俺といる時にはほとんど仏頂面だったあいつが、その男には無邪気な笑顔を向けている。
 おいちょっと待て。
 なんであいつがあんな笑顔をしてるんだ。
 なんであの男にそんな笑顔を向けてるんだ。
 俺は……ものすごく苦労して、やっと数回引き出すことができただけなのに。

 思わず、後をつける。
 二人は居酒屋に入っていった。
 こんな、昼日中から?
 いや、この時間に入る理由といえば……可能性はひとつ。
 俺は居酒屋入口に貼られたチラシを見た。
 そこに書かれた内容を暗記する。

 しばらくして、二人がそこから出てくるのを少し離れた所で確認した。
 そして俺は、携帯を取り出して電話をかけた。
 つい先程覚えたばかりの電話番号に。
「――あの、すいません」
 電話口に出た相手に、畏まった声を出す。
「アルバイト募集のチラシを見たのですが……」


   ※※※

 手の中に握り締めたチラシがくしゃりと音を立てた。
 そこには、学祭のテーマ『運命の相手との出会い』と書いてある。

   ※※※

 携帯につけていたストラップが揺れた。
 ハート型を模した奇妙なマスコットのストラップ。
 胸のハートには『運命の出会い』と書いてある。

   ※※※

 ――だけど、きっと違う。
 運命なんか、ない。
 あるのは、たったひとつの意志だけ。

 その笑顔が、見たい――

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