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ガールズトーク!
しおりを挟む「ちょっと聞いてくれますか!」
どん、と一気飲みした三ツ矢サイダーの入っていたグラスをテーブルへ置き、不愉快気に改まった口調で和泉は女友達に願い出た。
「おー、聞くベー」
「何なにナニ? ふくろう系彼氏さんのことかい?」
「倦怠期ですか?」
女三人姦しいとはよく言ったものである。この場合は四人であるが。
都内の大学に通う女子大学生四人は、午前講義終了後、校舎で待ち合わせた後、少しだけ離れたイタリアンのお店でランチをとっていた。四人全員彼氏持ち。話題は八割が恋バナである。
今日の議題提供者は日本文学科所属の支倉和泉だった。
和泉の彼氏はこの内輪において「ふくろう系彼氏」と呼ばれている。肉食系だの草食系だのロールキャベツ系だの種類分けされている昨今、それに便乗する形で独特の言い回しをしていた。自分の彼氏は何系にあたるのか、といういつかの議題において、紆余曲折の末、辿りついた、このメンバーにしか通じない種類分けである。
「私ってさ、燃費がいいじゃん? っていうか、そうよく言われるじゃん? 全然そんな自覚ないんだけどね? でさ、ゆっくり話しながら食べたりすると、もう本当にお腹いっぱいになっちゃうの。曲がりなりにも好きな人といるときなんか、ちょっと緊張もしてるわけで、さらに拍車がかかるっていうか。『もっと飯くえ~』って言われるのはいつものことだし、はいはいって流しながらも一応はがんばってるつもりなんだけど。でも量的にはやっぱり少ないわけで、食べ終わった後とか私の戦績みて、残念そうな顔する時とかもあったりするわけで」
「ごめん、和泉。ちょっとたんま」
「そう! わかったから! 少食なのも彼氏好きなのもわかったから! わかりにくいけども!」
「うんうん、取り敢えずあたしらにはわかったから、もっとわかりやすくサクッと本題いって!」
徒然なる独白に容赦なくタンマを掛けた女三人に、む、としばし要点をまとめているかのように沈黙し、重々しくかつ苦々しく、和泉は告げた。
「……あの人さ、サークルの飲み会でね、言ったんだって」
なにを? と声を揃える三人に、まるで浮気をされたかのような怒りを伴う哀しげな表情で弱々しく続ける。
「好きなタイプが、『もりもりおいしそうにご飯食べる子!』って……」
「あー」
「うーん」
「それはー」
「どうゆうことなの! 大食らいの女でも好きになったって言うの!?」
お待たせしました、と届いたパスタにしばし沈黙。そしてウェイトレスが去るや否や荒々しくフォークとスプーンを掴みとって和泉は誰より先に食べ始めた。やけ食いだ。
「いくらその場に私がいなかったとはいえ! そゆこと言う!? もりもりなんて食べてない私をあくまで恋人としておきながら!」
そのこと教えてくれた哲くんが『俺は少食な子の方が好きだよ。俺にしとく?』って慰めてくれたからちょっとは救われたけど、と口を尖らせて続けた和泉に再度タンマが入った。
「ストップストップ! 和泉さん和泉さん」
「それはアレなの。フクロウさんから聞いた訳じゃないの?」
「もしくはフクロウさんと同じサークルでもあるウチのクジャクからじゃなく?」
余談ではあるが、聞き手三人彼氏はそれぞれ、フラミンゴ系、モズ系、クジャク系と称されている。
注:この四人の女子会においてのみ。
「え? 違うよ! 本人何にも言わないんだもん」
ああ、なるほど、本人は言ってこなくて、内緒にされてるようなところも気にいらないんだ。いや、でも普段から『飯食え~』って言ってるあたり、既に伝え済みだよね。
女三人口を閉じ、アイコンタクト。そして、頷く。
「もうほんっと、ちょっとは哲くん見習え、って感じで……」
「和泉さん、ダウトです」
「え、何が?」
「それは浮気って言うんじゃなかろうか」
「あ、やっぱり!?」
「うんうん、グレーゾーンではあるけど、浮気だよね」
同性の同意を得られて自分の彼氏が浮気している、との言葉に和泉は当初不安混じりだった怒りの感情の比率を増幅させた。
しかし、間髪いれず、予想外の言葉が和泉にかけられる。
「和泉が! 浮気!」
「…………え?」
「いや、哲くんとやらに口説かれてんじゃん!」
「え? え?」
「そうそう。囀られちゃってんじゃん。というか、哲くんって、石渡哲郎くん? クジャクがカラオケめっちゃ上手いって悔しがってた気がする」
「なるほど、キンカチョウ系か」
「キンカチョウって、唄が二種類あるらしいよ。メスに求愛するときの唄と、そのための練習の唄で」
へえ、と聞き手の内、二人が頷くが、和泉はそれどこれではない。
「ちょちょちょ! え? 私!? 私が浮気してたの!?」
女三人は同時に顔を和泉へ戻し、重々しく一つ頷いた。見事に三人揃った動作である。和泉はさぁっと顔を青ざめさせ、何か言おうと口をもごもご動かし、悶え、そして力尽きたようにテーブルへ撃沈した。髪の毛パスタに入るぞ。
「…………そういえば、ちょっと前にあの人に、『俺がいない時にサークル見にくんなよ』って言われた気がする」
「あらあら」
「まあまあ」
「流石フクロウさん」
マーキングしてるのね。周囲に威嚇もしてるんだろうね。フクロウって猛禽類だものね。本人には自衛してくれ~ってお願いしてるわけね。手に入れた後も大事にしてくれるのね。 うちのも見習ってほしいわ~、と口々に言う三人に、恨めしげな視線を送る和泉。
「…………あげないよ?」
「あらま言うことはいっちょまえ! 浮気者のくせに」
「あれだけ怒ってたのに自分のもの発言とか! 浮気者のくせに」
「察しが悪いわ鈍感だわ危機感ないわご飯食べないわでフクロウさんに心労かけてる癖に、手放す気ないとか束縛気質! 浮気者のくせに」
からかうような声色の辛辣な発言の数々に、和泉は項垂れた。
「……………………あの、ちょと電話してくるわ」
「はいはい、行ってら~」
「じゃあ、あたしら追加でデザート食べてるわ~」
「ついでに今度サークル休みの日教えてもらって~。あのクジャクが伝えてきた日とあってるか確かめるから~」
え、それこそ浮気調査ですか、と新たな議題に盛り上がる三人の女友達に力なく、それじゃあ、と告げ、コートとスマホだけもって外へ向かう。
ドアに手を掛ける前には既にコールを始め、そして出るのと同時に、相手に繋がる。今まであまり意識していなかったけど、そいういえば、いつも電話に出るの早いよな、とか口元をむずむずさせながら思った。
ああ、どうしよう。何かもしかして本当にちゃんと愛されてるのかもしれない。
外気を気持ちよく感じるほどには火照ってしまった頬を片方だけ抑えて、和泉は恋人の名前を呼んだ。
※
「嗚呼、いいなあふくろう系彼氏! 大戸屋で告白とか始め聞いた時は笑ったけどやっぱ羨ましい! 恋っていうより、愛に近い! 猛禽類かっこいい!」
「あら、いいじゃない。フラミンゴ系も。なんだっけ? 一年の時の文化祭で集団ダンス発表終わった最後に、一人出てきて告られたんだっけ? それもなかなかないよ。かっこいいじゃない。気合が入ってる感じで。公開生告白とか勇者でしょ。……それに比べ、うちのクジャク系は、無駄にルックス磨いてるし。それ以上女寄せ付けなくていいっての!」
「あ、何? ノロケ? ノロケ合戦いっちゃう?」
「いかないいかない。ノロケでモズ系語られたくない」
「あー。ねー。なんかこう、あたしらのしてもらったこと全て網羅してきそうな」
「そうそう、見た目もともといい上に、ラブソングもタップダンスも手料理もしてくれそうで。……あ、でもあたしはコレないわ~。恥ずかしくてついてけない」
デザートをつつきながら止まることを知らない女達の会話は続いていく。時折、ウィンドウ越しの和泉の後ろ姿を盗み見ては、花が飛んでるなぁ、と少し羨ましく思う三人。寒空の下、コートを着ているとはいえ、既に二十分は経過している。
雪が降り積もる中、一本の枝で身を寄せ合うエゾフクロウを思い浮かべた。
【おまけの豆知識】
鳥類の求愛方法について
・フクロウ→獲ってきたご飯をあげる。
・フラミンゴ→集団でダンス。迫力すごい。
・クジャク→色鮮やかな羽を大きく広げる。
・モズ→様々な鳥の鳴き声をする。その他ご飯をあげるなどあらゆる手を尽くす。
・キンカチョウ→唄をうたう。二種類ある。女がいる時は求愛の唄。いない時は練習の唄。
※以上、野鳥観察サークル所属女子大生よりかんたん豆知識でした。
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