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連載
第88話
しおりを挟むホレスレット商会が経営している飲食店ハロエリス。
この店はお一人様から家族連れまで幅広い客層をターゲットとするため、ファミリーレストランやカフェの様なお店を参考にしている。
メインになる料理も多く、デザートや飲み物も充実しており、時間帯問わず基本的に賑わっている。
今回ハロエリスで食べる料理は、自分が案を出したものだ。
と言っても前世の知識を引用してその料理を作り出しただけである。
一月ほど前に自らソレを作って見せ、そしてソレを使った料理をプロである料理長に依頼した。
日差しが照りつけるこの暑い時期に合う料理になっていると思うが、完成品がどの様になっているのかは分からない。
そんな新作料理を楽しみにしながら店内に入った。
窓や出入り口は開放されており、外から店内を窺うことができる。
テラス席が満席であることから予想はついていたが、当然店内でも多くの人が食事をとっており、繁盛しているのが分かった。
予約はしていないため、席が空くまで待つことになるかもしれない。
これなら予め店に連絡をしておけばよかったと思いながら、三人でカウンターへ向かう。
よほどお腹が空いているのかドラウクロウが足早に自分とアグノスよりも早く進んでいった。
「あっ! いらっしゃいませユータ会長!」
「僕のことは一人の客として対応をしてもらえるとありがたいな」
先客の会計が終わって人が退いたため、接客をしていた女性店員がこちらに気づいた。
余計な力が入っている彼女の語調から緊張が伝わってくる。
「予約はしていないんだけど、三人が座れる場所は空いているかな?」
「はい、空いております。ただいまお席にご案内いたします」
運良く席が空いていたようで、別の店員によって席へ案内される。
複数人で座れる席に着き奥へアグノスその隣に自分が、反対にはドラウクロウが座る形となった。
「食べたいものは既に決まっているのだけど注文いいかな」
「はい、お伺いいたします」
「新作料理を二つとステーキセットを一つ、以上でお願い。」
注文を終え、店員はうやうやしく下がっていった。
そうして少し待つと料理が運ばれてくる。
「お待たせいたしました。ステーキセットと夏野菜の素麺です」
ステーキセットの他にテーブルに置かれたのは深皿に盛られた料理。
この暑い時期にぴったりな白くて細いそれは、前世でそうめんと呼ばれていたものだ。
麺と一緒に刻んだトマトや玉ねぎなどの野菜が盛り付けられている。
こちらの新作料理はなんのその。ドラウクロウは運ばれてきたステーキセットの肉に早くもかぶりついている。
ハロエリスのメニューの中でも一番高い料理なだけあって、肉にはことさら上質なものを使っていたはずだ。
パンやスープも美味しいのだが見向きもしていない。
そんなドラウに影響され空腹が刺激される。
このまま見ているだけではせっかくの料理がもったいない。
早く食べたいという急く気持ちを抑えつつ、フォークを手に取ると内心でいただきますと呟いた。
フォークに麺を巻きつけると、まずは麺だけを口に運ぶ。
「うん、いい歯ごたえだ」
使用されているのは乾麺ではなく、生の素麺。
そのため、含まれている水分量の違いからかもっちりとした食感をしている。
保存があまり利かないが、乾麺にはない食感やのど越しがとても美味しい。
味わいというのは見た目や味だけでなく、食感も重要だというのが分かる一品だ。
麺を飲み込むと感想が口から自然と出てきた。
「すっきりとした後味が食欲を促進させてくれるね」
「ええ、とても美味しいですしそれでいて食べやすいですね」
同じ料理を食べているアグノスが、同調するように述べた。
それにしても上手く出来ている。麺はきちんと素麺と呼べるほど細く、そして断面が丸く整えられている。
味付けには柑橘系のソースを使ったのだろう。食欲が促進され、続けて麺と野菜を一緒に口に運ぶ。
みずみずしい野菜の食感に、弾力のある麺の歯ごたえ。
外の暑さを吹き飛ばしてくれるかのような味付けに、食事の手が止まらない。
あっという間に完食してしまった。
グラスに入った水を飲んで一息吐くとフォークを皿に置く。
一皿で満足できる量だった。
「うむ、やはりステーキセットの肉は格別だな」
そんな事を言ったドラウクロウはいつの間にかパンとスープも平らげていた。
三人とも注文した料理を食べ終わったようだ。
「なんという生物の肉なのだろうか」
一人ごちるドラウに言葉を返した。
「その肉はグレイトフルバイソンっていう牛の魔物の肉だよ」
「ほう、あの魔物か!」
ドラウは牛の魔物を知っているようで納得のいった様子だ。
「確かCからBランク相当の魔物でしたよね」
肉の正体を聞いたアグノスはその魔物の危険度を示すランクを口にした。
彼の後に自分も続けて魔物について知っていることを述べる。
「草食にも関わらず凶悪な牙と角を持っていて、突進の威力は大木をへし折るほどって聞いたよ」
「それほど力がある魔物でしたら鍛えられた肉は固く、食用には向かないと思うのですがどうなのでしょうか?」
アグノスの言う通り本来なら、大木をへし折るほどの威力を出せるグレイトフルバイソンの肉は固くて食用にはあまり向かないはずだろう。
少なくともステーキセットの肉として選ばれない。
そんな彼の疑問に答えたのはドラウクロウだった。
「鍛えられ固くなった肉は食用には向かないだろう。だが、グレイトフルバイソンが食用に向いているのは当然運動をしていないからだ」
「でも、それですと大木をへし折ると言われている突進が出来ないと思うのですが」
「うむ、それの正体は魔法だ。対象にぶつかる寸前にヤツは強力な衝撃波を前方に放っているのだ」
「魔法。なるほど、そうだったのですか。面白い魔物ですね」
グレイトフルバイソンの真実を知り、アグノスは得心したようだ。
自分もあの魔物の力の秘密を初めて知った時は同じようになった。
「そもそも強力な突進力を発生するには脚力も重要になってくるのだが、脚力の脅威など聞いたことがないな」
ドラウはそう言い終えるとグラスに入った水を器用に持って飲み干した。
自分に言わせてみれば面白い魔物なら、グレイトフルバイソンより目の前のドラウクロウの方が上である。
当然、本人には言うまいが。
ちなみにグレイトフルバイソンの革は執務室にあるマッサージチェアに使用されている。
肉もそうだが革も値段が高く、そして良質な素材となっている。
そうして会話を楽しんでいると、一人の女性がこちらに歩いてきた。
彼女は自分達の座っているテーブルの横まで来ると口を開いた。
「ユータ様、夏野菜の素麺は如何がでしたでしょうか?」
「やあ、エッタ。今回の新作料理もすごく美味しかったよ」
声をかけてきたのはここ、ハロエリスの料理長エッタだ。
白の調理服を纏っており、右の胸部分にはハヤブサをモチーフにした鳥の刺繍が施されている。
これはホレスレット商会のマークでもあり、この店では料理長を示している。
十歳の自分よりは年上だが、まだ一般的にはまだ幼さの残る目の前の女性がこの店の料理長だ。
彼女の父親はホレスレット伯爵家で料理長を努めているリディルである。
リディルと同じ緑の髪色をしている。その頭髪は料理の邪魔にならないためか短く纏められている。
「提供した料理を美味しいと言ってもらえるのは料理人としての誉れです」
エッタは帽子を外すとこちらへ一礼した。
「それで、早速詳しいご感想をお聞かせてもらえませんか?」
厨房はまだ忙しいはずなのに、彼女がわざわざこちらやって来たのはこれが理由である。
今回の料理の新鮮な感想を自分の耳で直接聞くために来たのだ。
そんな彼女の期待に自分は頭の中でまとめていた料理の感想を伝えた。
「まず麺の食感だけどしっかりと歯ごたえがあり、もっちりとしていて麺だけでも食べごたえがあったよ。僕が以前作ったものとは大違いだね」
以前エッタに素麺の作り方を教えるため実際に作った事がある。
このために麺を熟成させるための入れ物や麺を圧力で伸ばしたり、麺を適正の長さに切断するなどの魔導具を作った。
そうして魔法の力を駆使して素人ながら素麺を作ったのだが、その時自分が作ったものとは麺の弾力や歯ごたえなどが異なっていた。
「味も申し分なかった。柑橘類の果物でさっぱりとした味付け。葉野菜やトマト、薄くスライスした玉ねぎなどの具材と合わさって、この暑い時期でも食べやすい料理だったよ」
彼女は静かにこちらの言葉に耳を傾けている。
「総評としては商品としても完成度の高い一品だったと言ったところかな」
ここまで聞いたエッタは下を向いて深く息を一つだけ吐いた。
そして上がった顔には重大な仕事をやり遂げたような表情を浮かべていた。
そんな彼女の表情を確認したあと言葉を続けた。
「僕としては夏野菜の素麺はメニューに載せても問題ないと思ったのだけど、エッタはどう思う?」
「はい、あたしとしましてもこれで完成でいいんじゃないかなと」
「それなら、近日中にメニューに載せるとしようか。販売を開始する日を決めたら商会の方に書類を提出してほしい」
「かしこまりました」
これで、ハロエリスに新しい料理が一つ加わった。
提供に合わせて情報が広がるように宣伝を行わなければいけないな。
まあ、今は食事が終わったばかりなのだから仕事のことは置いておこう。
「すみませんがこれ以上、厨房を放って置くわけにも行きませんから、私はこれにて」
ゆっくりしていってください、と続けると彼女は厨房へと戻っていった。
彼女の見送った後は三人で食後の休憩がてら他愛のない話をしてからお店をあとにした。
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