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第五章【僕は僕の仕事をするだけさ】

第32話『僕が逆の立場なら、本当にできるのか……』

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 本当に泣きたい。

「森夏、非情に申し訳ないんだけど……勉強はなしでお願いしたい」
「え、何かあったの?」

 昨日話したばかりの内容をいきなり覆したのだ、そんなキョトンと目を丸くされても仕方ない。
 結局、上手く話をまとめられずに放課後まで時間を伸ばしてしまった。
 本日の全授業を終えたクラスメイトがちらほらと教室から去って行く中、森夏と向き合っている。
 しかも、「今日の勉強内容をまとめてみたんだ~」と言う森夏の前、で。

「もしかして妹さんが体調を崩しちゃった?」
「んー、いや。そういうわけではないんだが」

 もういっそのこと、そういうことにしてしまえれば楽なんだがな。
 だが、そんな嘘を吐いた後、学校で彼女達が鉢合わせてしまったあかつきには、どう言い訳すれば良いのか見当もつかない。
 しかも、森夏なら。

「もしも本当に大変だったら言ってね。看病のお手伝いだったら、私で良ければ全然行くからね。遠慮しないで言ってね」

 そう、こういうやつだからな。

 じゃあどうすれば良いのかって言われると、どうしようものか。

『なあ絶、なんかいい手はないか?』
『うむ……難しいの。このままでは最悪、こやつもストーカーの一味に加えなければならなくなってしまうの』
『そうなんだよな』
『『ん~』』

 何か良い考えはないか。
 何か、何か、何か……。

 あ。

『この際だ、利用できるやつがいるじゃないか』
『はて?』
『宮家大我という』
『あー』
『あいつを、名前を出さずとも架空の人物として扱えば、嘘を吐いて僕の心に罪悪感も残らないし、最悪顔を合わせたところで別に認識があるわけでもない』
『それは良いの、名案じゃ』

 よし決まりだ。

「実はな、アルバイトでお世話になっている上司が遠路はるばる休暇でこっちへ来ることになってて、どうせならこの街を一緒に探索しようってなったんだ」
「へぇ~! それは凄く面白そうで大事な話だね。前回断っておいてあれだけど、もしよかったら私が……」
「いや大丈夫さ。こういうのは男二人でなれだのこれだのと探索するのが面白いんだ」
「そうなんだ? そこは私がわからない、男の子ってやつなんだね」
「ああそうだな。理屈では言い合わらせないような話だから、これに限っては森夏を頼るわけにはない」
「そういうことなら仕方がないね。でも、勉強そっちのけで楽しみ過ぎるのもダメだからね」
「わかった。心配してくれてありがとうな」

 今のところ、何一つ嘘は吐いていない。
 でもどうして、どうして……一対一じゃダメなのに、どうして……。
 だがまあ、今の会話内容を実行に移すとなると鳥肌もんだな。
 僕と宮家が一緒に街探索だぁ? やべえだろ。

『それは軽く想像しただけでも、ヤヴァいの』
『だろ、ヤヴァーいよな』
『の』

 さて、これで自由に動ける。
 親切で勉強を教えてくれている森夏に対して、正直心が痛い。
 そんでもって、テスト……これはもう絶望的になってしまったな。
 もしかして、ストーカーをしながら勉強……なんてできるはずがないか。

 ウェルカム赤点。



 さて、ここまでの情報を振り返ろう。
 僕は今、伊地守という同校に通う同級生の一人の女子をストーキング捨ている。
 かと言って、特別に何かをしているわけではない。

 伊地守という生徒は、非情に孤独を好み、誰彼構わず自らへ近づけさせないように噛みついている。
 だが、僕のような人間が好んでボッチの道を歩んでいるわけではない。
 彼女は、才色兼備で座っていれば視線を集め、歩き出せば道行く人が振り向くほどの美人だ。立ち上がる姿までもが様になっているときた。
 運動ができるかは定かではないが、そんな彼女はなぜそこまでして独りを好むのか。残念ながら今のところは解明できていない。

 記憶に新しい、直線から入り組んだ通路に差し掛かる。

 そして、昨晩と同じく鍵らしきものを取り出す動作をして敷地の中へ。
 ここまでは何一つ不自然な点はない。
 とりあえず、このまま様子見か。

 まさかこんなことをするとは思ってもみなかったが、この季節で良かった。
 これを下旬でやるとしたら、いろいろと準備を整えなければいけない。

 さて、どうしたものか。

『そういや、"黒い匂い"っていうのはまだするのか?』
『うむ。依然変わりなく、じゃの』
『だとすると、伊地が【黒霊病】と何か関りがあるのは予想立てられる……と、言いたいところなんだけれど、僕があまりにも情報を持っていなさすぎるから断言できない。しかも、その匂いってのが僕にはわからない』
『不思議なことに、妾のレーダーにも引っ掛からないしの』
『簡単に予想するなら、親族の誰かかそれに近しい人が関係しているんだろうな』
『あの娘のことじゃから、簡単に推測できて助かるの』
『そうだな』

 ボッチであることを感謝するってどういう状況だよ、とツッコミを入れたいけれど、事実そうなのだからなんとも言えない。
 とりあえず様子見するしかないだろうな。



 次の日。
 衣月ちゃんと小陽ちゃんも無事に説得できて、まさに無敵状態。
 だが、さすがに帰宅時間が遅いと心配をかけてしまうため、毎晩のタイムリミットはせいぜい二十時まで。

 頼むから今日のところは収獲があってくれ。

『なあ絶。何か異変はあるか』
『あるといえばあるのじゃが……本当に些細なもので、匂いが濃くなりつつあるぐらいじゃの』
『そうか……実際のところ病状の悪化する進行速度をわかっているわけではないからなぁ。せめて発症からの猶予がわかっていれば良いんだが』
『いっそのこと、あやつに訊いてみるか?』
『それも一度だけ考えた。だが、そもそもあいつから情報をよこせとか言ってきた割に、連絡手段もないしどこに居るかすらわからない。まったくふざけた野郎だ』
『じゃの。今度会ったら、目にも留まらぬ速度で頭をひっぱたいてやりたいわ』
『バレないなら案外ありかもな』
『主様、珍しくノリノリじゃの』

 本当にバレないのなら、それぐらいやってやっても罰は当たらないだろう。
 僕はそれ以上に何度も一方的にボコられているんだ。

 ……にしても、今日も収獲なしっていうのはいろいろとキツい。
 あれ、そういえば、と森夏との会話を思い出す。

『そういえば、森夏が伊地には妹がいるって言ってなかったか』
『そういえばそうじゃったかの』
『ああそうだ、間違いない。あれ待てよ、ここ数日の間にその妹ってのは姿を現さなかったよな』
『言われてみればそうじゃの。それか、家出しているような不良娘じゃったり』

 あんな完璧超人みたいな妹が不良ってか。
 なんだか少しギャップを感じていいな。
 お金持ちの不良……ちょっと良いかも。

『主様やい、妹も美人かもしれぬぞ』
『おっ、マジかよ。確かにそうかもな』
『じゃがしかし、どちらにせよ奇妙ではあるの』
『だよな。てかさ、冷静に考えたらあんなデカい家に住んでるのに使用人の一人も居ないってか?』
『どういうことじゃ?』
『だってさ、会ったじゃん。たんまりと買い物した、これから冬眠でもするんですかって感じの伊地を』
『あー』

 いろいろと今までにあったことを思い出すと、不自然なことが多すぎる。
 なぜそもそも他人を寄せ付けないような態度をとるのか。
 なぜ誰かに買い物を頼まず自分でするのか。
 なぜ妹がいるのに、その姿が一度も見えないのか。
 なぜただの一般市民から絶が反応するような匂いがするのか。

『主様、そういえばあの天使は終業式でどうのって、確か中学がどうのって言っておったな?』
『ああ。一年生の時に中学の制服を着た妹が……もしかして、一つしか変わらないのか? だとしたら、もしかしたら衣月ちゃんと小陽ちゃんが知っているかもしれない』

 僕はスマホを取り出す。
 これは核心に迫れるような情報じゃないかもしれない。
 しかも一学年のクラスは全部で……何個だったっけ、三か五か。
 外れを引くかもしれないけれど、可能性があるのなら。

 僕は十分ほどの時間を使って、家族用のグループに連絡を入れた。

『伊地、同じくらす』

 ふう。
 漢字まで変換できるようになったんだぞ、進歩したというものだろう。

 すると、すぐに返信があった。

『私は違うかな』
『私は同じクラスだよ。何かあったの? まさか……惚れたとか言い出したら怒るから』

 そんなわけがあるかいっ。
 いや、もしかしたら話してみたらハートを射貫かれてしまうかもしれないが。
 どっちにしても小陽ちゃん、ナイス。

 そして、今度は五分で打ち終えた。

『ちがう、どう』

 どうだっ!
 今度は短いし変換ができなかったけど、早く打てたんじゃないか!?

『伊地さんの本名は、伊地舞。凄く明るくて活発な子だよ。笑顔が似合う、そんな子』

 な、なんだと?!
 あの姉にしてこの妹じゃないだと!?
 そんなのありかよ、是非とも妹達を通じてお近づきになれないだろうか……。
 妄想を暴走してしまいそうなタイミングで、絶が『こほんっ』と制止された。

『だけど、ここ数日は学校を休んでるんだよな。高校ってちょっと寂しいな、先生に尋ねても休みの理由を教えてくれなかった。プライバシーがどうのって』
『ありあとう』
『お安い御用だよ、兄貴っ』

 本当に助かったよ小陽ちゃん。
 あんまり期待してなかったというのに、まさかの成果が得られた。
 いや、妄想が捗ったとかそう意味ではないよ? 一部そうであるのは否定しないけれど。

『あやつには妹がおって、数日学校を休んでおる。そして、買い物は自分の手で、か』
『もはや、ヒントどころか答えに辿り着いてしまったのかもしれないな。――なんらかの理由で、あの家には人出が多くないもしくは二人だけしかいない。そして、学校を休んでいる妹を看病している』
『匂いの元は、妹』
『……』

 考えるものがあった。
 祓魔師としては、このまま強硬手段でもとって押し入る方が良いのだろう。
 だが、伊地があんな態度をとっていたのは、もしかしたら妹のためなのかもしれない。
 つまり、あいつはあんな他人にはド厳しいのにもかかわらず、妹を溺愛していることになる。
 その気持ちは痛いほどわかる。わかってしまうからこそ、考えてしまう。

 あいつにとっての大切なものを、僕は奪えるのか。
 クソッ、ダメだ。
 こんな時に、こんな時だからこそ、衣月ちゃんと小陽ちゃんの顔が思い浮かんでしまう。

 僕が逆の立場だったのなら、本当にできるのか。
 僕だったら……僕だったら……。

 思考回路がぐっちゃぐちゃになっている最中、スマホが鳴る。

 こんな時に誰だ、と画面を点けるとそこには地図が。

『絶……』
『すまぬの。勝手に反応してしまったわい』
『……そうか。とりあえず、今はそちらに向かおう』
『無理はするなよ』
『誰にものを言っている。僕は、祓魔師だぞ』
『そうじゃったな』
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