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第六章

第39話『私はいつだって全力なだけ』

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 霧崎美夜=冬逢キラは、あの場に居た人間からの死角から飛び込んできたあるモンスター・・・・・・・に気づかなかった。
 視界に入ると同時に感じた着地による衝撃波の後、先ほどまで奮闘してた少女を吹き飛ばすという目を疑う状況を引き起こして登場。

 まるで自らが暴れられる戦場を求めて来たかのように。

 そのモンスターは周りのモンスターより、一回りどころかかなりの体格差がある。
 モンスターというよりは、人間と同じ二足歩行で、隆起した筋肉は人間のそれとは比べ物にならないほど。
 全身を覆う黒い体毛は短い剣など届かないほど分厚い。

「見たことのねえ野郎だが関係ねえ。お前ら行くぞ!」
「うおおおおおおおおおお!」
『グアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!』

 この場に居る探索者達は、少女の勇姿を目の当たりにし奮い立つ。
 しかしモンスター側もまた、主軸となるイレギュラーボスの登場に殺意を取り戻す。

 再び広場は戦場となった。

「ねえ大丈夫!?」
「……」

 美夜はあの大型猿に吹き飛ばされ、広場を形成している建物の壁へ吹き飛ばされていた。
 殴り飛ばされた衝撃もさることながら、壁に打ち付けられたダメージも相まりほとんど呼吸ができない状況に陥ってしまっている。

 そんな瀕死の状況へ駆け着けてくれたのは、この戦場で回復役として活躍していた女性だった。
 想いによって具現化する武器――それは攻撃の手段としてのものだけではなく、仲間を回復するような杖まで形成できる。
 だからこそ、女性は現状で最も回復させなければならない美夜の元まで駆け付けたのだ。

「今すぐ回復をするから。回復薬は……飲めるようになったら飲んでちょうだい」
「……」
「私のモットーは、仲間は誰1人として死なせないことなんだからね!」

 美夜からの返事がなくとも、その女性はすぐに回復を始める。
 特に詠唱が必要なわけではなく、相手のことを想い、相手を癒し、助けたいと願う。
 その意志が強ければ強いほど回復の効果は高く、杖の先端に光る色が濃い緑色へと変わる。

「私は戦えないけど、あんなものを見せられたら久々に胸が熱くなっちゃったわよ。あの男連中は単純馬鹿で誰かに影響されやすい。だからもう少しだけ前線を維持できるかもしれないけど、あの強いモンスターが暴れ始めたらどうなるかわからない。だから、あなたにはもう一度立ち上がってもらわないとダメなの」

 骨は折れていても修復できる。
 傷も深くても、完治はできずとも治せる。
 しかし心は、当人の意思に依存する。

 幸いにも美夜の外傷はそれほどない。
 だからこそ女性は希望をもって回復を施す。
 この戦場には希望が必要だ、と。

『グラアッ!』
『シャーッ!』
『ワオオオオオオオオオン』
「押し負けるな!」
「負けるかよぉ!」
「おらあああああああああああ」

 激しい戦いは続く。

 そして幸か不幸か、配信機材であるネックレスは戦場を生々しく映し続けてしまう。

《おいおい、どうなってんだよ》
《キラちゃんは大丈夫なのかよ》
《どうもこうもこの状況はヤバいだろ》
《お姉さん、回復頑張って!》
《おじさん達頑張れ!!!!》
《負けるな!》
《みんなで力を合わせて頑張るんだ!》
《キラちゃんの容体はどうなってるんだ》
《俺達はこんなところで応援し続けることしかできないってのかよ!》
《これからどうなっちまうんだ……》

 その配信は、草田くさだ柿原かきはら目里めさとも視聴している。

「お願い神様……どうか美夜ちゃんを救ってください」
「ああ! なんでこんなところで観てるだけしかできないんだよ!」
「私達はただ祈ることしかできないんだから、落ち着きなさいよ」
「でも、だってさ!」
「わかるでしょ。全員が心配しているのよ」
「……そうだな。悪かった」

 画面の向こうでしか祈ることのできない葛藤を抱え、皆が祈る。
 ただ1人の少女のために。

「――かはっ」
「今はちょっと苦しいかもしれないけど我慢してね」
「……は……い……」
「今は聞こえるだろうから、最初に謝っておくわね。回復はしてあげているけど、全回復してあげることはできないの」

 ごめんなさいお姉さん。
 最初から話は耳に入ってきていたけど、一切の呼吸ができなくって返事ができませんでした。

 ありがとうございますお姉さん。
 回復をしてくれているおかげで、私はもう1度戦えるということなんですね。

 先ほどの話は、しっかりと聞こえていました。
 こんな私でもみんなの心に火を灯すことができたんですね。

 誰かのためにありたい、誰かのためにあろうとした私は、しっかりと自分にできることをやれたんだ。

 さっきまで全く動かなかった指が、足が、体が動かせるようになった。
 もう少し、後もう少し。

「まだ顔を上げられないと思うけど、みんなちゃんと戦っているわよ。でも、あいつはまだ様子見をしているみたい。……というか、なぜかわからないけどあなたをずっと見ている」

 よかった。
 戦線は崩れていない。

 ……私を吹き飛ばしたやつが、私を気にしている……? なぜ?

「あいつまさか、離れていたところからあなたの戦いっぷりを眺めていて、興奮のあまり姿を現したわけじゃないでしょうね」

 そんなことがあっていいのか。
 たかが普通の探索者を標的に? 特装隊の人達みたいに強くもないのに……?

 ……わからないことを探ろうとしても意味はない。
 もっている情報で判断するんだ。

 ダンジョンから産み落とされたイレギュラーボス。
 その存在は、ダンジョンを活性化させて大量のモンスターを出現させ、地上進出を目指して突き進む。
 目の前に探索者が立ちはだかるのなら、全力で潰しにくる。

 ……ということは、通常のモンスターよりもかなり好戦的ということ……?
 だとしたら、納得がいく。
 弱い人間を痛めつけるよりも、より強い人間と戦いたいと思うこともありえる。

 ちょっと笑えちゃう。
 誰かに強さを認められるより先に、モンスターに認められちゃうなんて。

「もう動けるようね。じゃあ最後に回復薬を服用して」
「ありがとうございます」
「飲めるだけ飲んでいってね。でも飲み過ぎてお腹が重くならないように」

 こんな状況下で可愛らしくウインクするお姉さん。
 自前の回復薬と、お姉さんから手渡された小瓶に詰められた回復薬を飲み干す。

 回復の効果に即効性はないけど、これで今の最善。
 大丈夫、ちゃんと体に力が入る。

「回復していただいてありがとうございました」
「いいの。期待の新人ちゃん、頑張ってらっしゃいね」
「はい、行ってきます!」

 私は駆け出す。

《きたきたきたきたきたきたきたきたきたきた》
《いっけえええええええええええええええええ》
《うおおおおおおおおおおおおおおおおおおお》
《絶対に負けるな!》
《熱くなってきた!》

「すいません。時間が掛かってしまいました」
「へへっ、もう少しだけ休憩していてもよかったんだぜ」
「それがそうもいかないみたいなんです。どうやら私を待っているお客さんがいるみたいで」
「ああ、やっぱりそいうことか。――俺らは嬢ちゃんに周りが寄り付かないようにするからよ。無理だけはするなよ。お仲間が来るんだろ?」
「……そうですね。私が時間を稼げば、最強の仲間が来てくれます」
「おいお前ら! 絶対に嬢ちゃんへ雑魚どもを行かせるなよ!」

 周りから聞こえる、力強い返事が耳を叩く。

「すぅー、ふぅー」
『――ィ』

 私が1人になったのを確認したから、こちらへ歩み始めた。
 視界に入る、巨大な猿としか言えない容姿のモンスターは、たぶんイレギュラーボスなんだと思う。
 ただのモンスターという枠に当てはめられないほどの知性を感じる。
 なにがどうのという話じゃないけど、その不気味にニヤケる表情からは、まるで「お前を待っていたぞ」と言っているかのようだ。

 ――油断はできない。

 不意の1撃だったとしても、あの剛腕によって私はいとも簡単に吹き飛ばされた。
 痛い、そんな言葉じゃ収まりきらないほどの衝撃と苦痛が一気に押し寄せてきたんだ。

 冷静に見極め、判断し、攻防をする。
 討伐しようと考えちゃダメ。
 数分でも、たった数秒だけでもみんなが来てくれるまで時間を稼ぐんだ。

「今度は負けない」

 私を見下すその目線と表情に、そう宣言する。

『グアッ』
「ふんっ」

 想定以上に凄い脚力の突進。
 だけどわざわざ正面から受ける必要はない。
 冷静に見極め、脱力していたからこそ軽く右へ飛んで回避。

 着地と同時に、通り過ぎる背中へ視線を送る。

「すぅー、はぁー」
『ングアァッ!』

 振り向きざまに左拳を力一杯に振り回してきた――けど、距離はしっかりと把握できている。
 後方へステップを踏んで下がるだけで回避。

 これでいい。
 無理に距離を詰める必要もないし、こちらから危険な懐へ飛び込む必要もないんだ。

 勝つ必要なんてない。
 私は私にできることをするんだ。

《すっげ!》
《無理せず無茶せず》
《いいよいいよー。しっかりと見えてるよー》
《このまま油断せずにいこ!》
《時間を稼ぎに稼いじゃえ!》

 このモンスターからすれば、「避けるだけで卑怯だ」なんてことを言いたいと思う。
 自分が認めた相手にそんなことをされたら、人間同士だったら間違いなくそう口にしているはず。

 だけど、認めてくれたことは嬉しいけど、私の実力はそんなに凄いものじゃない。
 今のこれだって、ただの見様見真似で小手先の技術でしかない。
 せっかくだけど、私は完全に力不足なんだ。

 モンスター相手に言うのも違うだろうけど、ごめんね。

『グアアアアアアアアアアッ! アアアアアアアアアッ!』

 咆哮と一緒に地面を叩きつけ、完全に怒りの感情をむき出しにしている。

 でもごめんね。
 私はその挑発に乗るつもりはないんだ。

「すぅー――ふぅ――」
『アアアアアアアアアア!』
「え――」

 最初の時に見た前傾姿勢からの突進を予測し、再び横に跳んだ。
 だというのに、今度は通り過ぎず、地面を強打してきた。
 その衝撃――風圧で私は足からではなく地面に転がりながら着地。

「かはっ」

 全身が地面に強打してしまい、今すぐに弱音を吐いてしまいたいほどに痛い。
 でもダメだ。
 次の攻撃が来てしまう前に立ちあがらないと。

 これでもかと歯を食いしばって、剣を杖にしてできるだけ早く立ち上がる。
 しかし、予想していた攻撃は来なかった。
 視線を合わせると先ほどまでの怒りはなく、満面の笑みと見下し蔑む目線で私を見ている。

「……なるほど。だいぶいい性格をしているわね」

 本当にモンスターなのかと疑ってしまう表情の豊かさだ。

「うおおおおおおおおおお!」「あああああああああっ!」「ったああああああああああ!」と、そんな、雄叫びとは違う、歓声のようなものが聞こえてくる。
 なぜ、そんな疑問が表情に出てくる前に、私は両肩を叩かれた。

「お待たせ」
「お待たせっす」
「申し訳ありません。到着まで時間が掛かってしまいました」
「……」

 ああ、私はこの声を知っている。

「後はあたし達に任せて、ちょっとここで休憩していてほしいっす」
「ここからは我々の仕事です」
「はいこれ。超が付くほど凄い回復薬あげる」
「あ、ありがとうございます」
「よく時間を稼いでくれたっす」
「じゃああんた達、いくわよ。私達の仲間を傷つけた代償はキッチリと払わせないと」
「そうですね」

 そんな、私も知っているようないつものノリで歩き出す3人。

 私はマサさんからいただいた、確かにどう見ても超が付くほどお高そうな回復薬をありがたく飲んで、事の経緯を見守ることにした。

 自分の目を疑ってしまうほど、先ほどまで余裕の表情を浮かべていたあのモンスターは、目をこれでもかと見開いて焦りの表情を見せている。
 モンスター的には、探索者の強さというのは一目見ただけでわかってしまうのだろうか。
 いや、私の時はそうでもなかったということは、強すぎる相手には本能的な危機感を覚えてしまうのだろう。

 文字通り尻尾を巻いて逃げ出そうとするも、エンボクさんに体毛を鷲掴みにされて止められる。
 その次は、ノノがとんでもない短剣捌きと動きで斬り刻み続け、マサさんも同じく回転して、斬って斬って斬りまくっている。
 途中、エンボクさんは手を離したかを思えば、拳や脚を打ち込んでいる。

 まさに一方的な展開。

 私達に実力差を示したイレギュラーボスは、いとも簡単に消滅してしまった。
 当然、辺りのモンスターもほぼ同時期に。

「うおおおおおおおおおお」
「ひゃっはあああああああ」
「やったああああああああ」

《完全勝利》
《これは、全員で掴み取った勝利だ》
《やったああああああああ》
《うっひょおおおおおおお》
《いやったあああああああ》
《特装隊、あまりにも強すぎんだろ》
《これにて一件落着!》
《みんなよくやった!》
《まだドキドキしてる》
《熱い戦いだった!!!!》

「立てるっすか?」

 ノノは私に駆け寄って、手を差し伸べてくれた。

「ありがとう」

 その手に掴まり、立ち上がる。

「いやぁ~知性があるやつっていうのは面倒すっねぇ。そのせいで発見が遅れちゃったっす」
「やっぱりそういうことだったんだね」
「そうっすね。どこかで姿を隠していたみたいっすね。しかもそれがよりにもよって、キラとかがいるところだったなんて予想も出来なかったっす」
「到着が遅れてしまい、申し訳ございません」
「い、いえ! 全然大丈夫です! 現にこうして、皆さんはちゃんと来てくれたじゃないですか」
「なにはともあれ、功労賞は間違いなくキラちゃんね。しかも配信の取れ高的に言ったら、とんでもないことになってるんじゃないかしら」
「あ、そういえばずっと配信しっぱなしでした」
「え、忘れてたの?」
「はい……」

《ワロタ》
《勇猛果敢に戦っていた姿からのギャップかわよ》
《天然かっ》
《英雄様、しっかりー(笑)》
《【悲報&朗報】清楚系美少女、可愛いだけじゃなく新しい属性として"天然"が付与される》

「あっはははははっ、面白すぎ」
「マサ先輩、笑いすぎっすよ。ぷぷっ」
「そうですよ2人共」
「うぅ……」

 みんなしてそんなに笑わないでくださいよ。
 というかエンボクさん、そんなことを言っていても表情がピクピクと動いてますよ? 笑いたいのを必死に堪えているのがまるわかりですよ?

「さあて、じゃあそろそろ配信を切る時間よ」
「え?」
「この荒らされ具合を見て、どうせお人好しのキラちゃんは復興とか考えるだろうけど、それはまた別の話。私達はイレギュラーボスを討伐後は、キラちゃんを無事に地上へ届けるまでが任務になっているから、それを遂行しないといけないの」
「つまり、これからあたし達は地上に戻るってわけっす。こればかりはキラの意思は尊重できないっすから許してほしいっす」
「……」
「ごめんね。でも、ここまで配信を観てくれている人達ならちゃんと理解してくれるから大丈夫よ」

《姉さんわかってる。じゃあお疲れ様!》
《あったりめえよ。お疲れ様!》
《家に着くまでがなんちゃら! お疲れ様!》
《せやせや! 悪口なんて言うようなやつがいたら、俺達が相手になったる! おつおつ!》
《帰り道もお気をつけて! お疲れ様でした!》

「……わかりました。――では皆さん、長時間の配信にお付き合いいただき、ありがとうございました! お疲れ様でした!」

 私はペンダントを優しくトントンっと叩いて、配信を終了した。
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