Prisoners(千年放浪記-本編4)

しらき

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 ストックホルム症候群という現象がある。誘拐や監禁などにより拘束下にある被害者が加害者と時間や場所を共有することで次第に加害者に対して共感や好意、信頼などといったプラスの感情を抱き始めるという現象のことで、かつて表地球で起きた事件から生まれた精神医学用語―
 …おかしなことになったわ。恐らくこれはそのようなものではなく、単にあたしに気を許したふりをして脱出を試みているだけだろうけれど。わかっていないのかしら、もしあなたとデートに行くことがあるなら一たびも手を離さないように魔法で縛り付けることくらい容易いのよ。
 …なんて言ったら”そうか、だが俺は逃げるつもりなど一切ない。神に、そして高貴なる蜂の紋章に誓ってな”、って返ってきたわ。神と王家への誓いを破ったら王族としてお終いよね。ということは本当に逃げる気はないのかしら。じゃあ何のために…?やっとあたしの魅力に気付いてくれたの!?…いや、いざその可能性が見えてくるとかえって慎重になってしまう。今までの人生がそうさせているのでしょうね。
「ねえ、ホルニ。あたしと初めて会った時のこと、ほんとに覚えてないの?」
「…すまない、身分上多くの人と接してきたからな…。一度だけ、それもプライベートとなると…」
「…いいの。むしろ正直な方が好き。うーん、少しヒントをあげましょうか。それでも思い出せないなら仕方ないわ。」
「…。」
「ホルニ、あなた昔護衛を付けずに裏路地を歩いていた時魔物に襲われたことがあるわよね?」
「ん…そういえばそんなことがあったような…。ここには魔物の類は生息していないし滅多に見かけることはないから記憶には残っているが。それがどうした。」
「魔法を使えないあなたがどうやってそれを退治したってのよ。」
「確か誰かが…そうだ、あれは少女だった。まさか…!」
「やっと思い出してくれたのね!その後お礼だって言ってデートしてくれたじゃない♡」
「なんとなく思い出してきたぞ…。だが本当にあなたとの接点はそれだけしかないと思うが…。」
「いやそれしかないわよ。」
「え」
そう、あたしとホルニの接点はたったそれだけ。だけどホルニはあの時咄嗟に魔物を退けたあたしにこう言ったわ。”まさかあなたのような可憐なお嬢さんに助けられるとは。強くて美しいなんてまさに理想じゃないか。”と。
「たったそれだけなのによく俺を覚えて…あ、いや俺の顔は全国民が知っているか。」
そりゃそうよ。自国の王子の顔を知らないなんてとんだモグリよ。でもそんな天然なところも可愛いわね♡
「…ところでハヤテとはどこで知り合ったんだ?話を聞いている限り接点は無さそうだが…」
あたし以外の人に興味を持つなんて!と思ったけどまあアレならいっか。
「別に優秀そうだったから拾っただけよ。それに…」
「それに?」
「ううん、なんでもないわ!それよりもっとあたしに興味を持ってよー!」
「は、はあ…。なら魔道具や魔導書を見せて欲しい。あなたの魔法の腕はきっと並々ならぬ努力によるものだろう。」
「ホルニの望みならいいわよ。ほんとはあたし自身にもっと興味を持って欲しいけど♡」
「…」
もしかして最近ホルニが素直なのは魔法が目当て?でも魔力がない人間が魔法に使えるようになる方法なんてあたしも知らないのに…。
「でもそんなもの見て何が楽しいのかしら。魔道具なんて普通の人は興味を持たないだろうし、魔導書だってうちにあるようなものはみんな内容が難しすぎるのかほとんどの人が嫌がるわ。ましてやホルニは魔法が使えないのに…」
「いや、魔法が使えないからこそ新鮮で興味深いんだ。それに難しいところはあなたが教えてくれるだろう?」
「もう、お上手なんだから…♡」

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