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異変

打撃

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打撃

 「…はい、俺の判断に狂いがありました。はい、申し訳ございません。」
本部に頭を下げ続けながらも俺は今何が起きているかわからなかった。確かレオナルド・ダ・ヴィンチは小破、随伴の駆逐艦3隻と巡洋艦ケプラーが沈み、戦艦エウクレイデス他数隻が中破以上…。我々は今までにない大打撃を受けたのだ。
 「終わった?随分と長かったな。」
「おお、松岡。今後の方針とかも話し合っていたからな。」
「今日のは酷かったよね。ほんと想定外のことばかりだった。」
「…そうだな。そういえば倉持は?一緒じゃないのか?」
「…いや、知らないな…。」
「そうか。俺は部屋に戻るよ。お前も今日はゆっくり休め。」
「…。」
 これだけの被害を目の当たりにすれば松岡だっていつも通りではいられないだろう。レオナルド・ダ・ヴィンチの乗員も犠牲になった。全て電子工学研究科の艦である以上他の艦の乗員にも俺たちの知り合いはたくさんいる。そうではなかったとしても俺のような普通の人間が彼らの運命を決めて良いはずがない。たくさんの人間の命は俺1人には重すぎるのだ。
 自室の扉を開ければ俺の気など知らない無邪気な子供がいるはずだった。


 「あっ、須藤さん…!なんでそんな平然としていられるの…!?」
部屋に入るやいなや煩いガキの声で頭がガンガンした。たくさんの負傷者や死者を目の当たりにするにはこいつはまだ若過ぎるらしく、相当動揺しているようだ。
「確かに今日の結果は悲惨なものだったがそんなことで艦長の俺が動揺していては今後の作戦に響くだろう。」
「そんなことって…!…まさか知らないとか…?」
「知らないって何をだ?」
「ここに帰ってきてから倉持さんが見当たらないんだよ!」
「倉持が見当たらないだと?今日のあの結果だ、およそ帰ってすぐ部屋に閉じこもったりとかしたのだろう。」
「そうなのかな…?だったらいいんだけど…。」
「どうせ夕食の時刻になれば部屋から出てくるだろう。」
「だね、倉持さんの機体が落とされるなんてこと、あるはずないよね。」
なんとなくそういう事は口に出してはいけない気がしたが遅かった。
「あいつの部屋まで探しに行こうと言うなら止めておけ。虫の居所が悪いだろうからな。」


 確かに一瞬俺の目には“おかしなもの”が見えたのだ。海戦中、死なない俺は外に出てなんとなく空を眺めていた。倉持の機体が飛び立ったばかりだった。飛び交う弾が立てる風に不快感を覚えたその時、突如上空に飛行機のようなものが現れ、墜ちた。まさかあれが所謂光学迷彩というやつなのだろうか、と感心している場合ではない。こちら側の機体が墜落したのだから。
 ふと倉持のことを思い出した。あいつはやけに自信に満ち溢れていた。まるで自分だけは決して墜ちないというような。まさか敵から見えないから狙われる事はないということだったのだろうか…?他の機体ははっきりと飛ぶ姿が見えるが、もし姿をくらます事が出来る機体は一機だけだったら? 
 嫌な予感がした俺はこの体質上、寮に戻るのを躊躇った。なんとなく須藤や松岡の顔が見づらい気分である。日が沈むまで散々見てきた海をまだ眺め続けようかと浜に出た時、視界に人影を捉えた。
 「どうした、寮に戻らないのか。」
一人佇んでいた岩村海翔は驚いた顔をこちらに向けた。
「そう言うあなただって。あれだけ見てまだ海を見たいのですか?」
「そんな訳ないだろう。お前はどうなんだ?名前にも含まれる海に惹かれてここにいるのか?」
「まさか。きっとあなたと同じですよ。」
「俺と同じだって?別にお前は羨ましがられるような体質も持ち合わせてなければ責められるようなこともしてないだろう。」
「これまでだって死傷者は出ていたのにあなたは平然としていた。なのに何故今更?」
「墜ちる機体を見たから、かな。」
「墜ちる機体…やはりあの人は…。俺はこれからあの部屋で…1人…。」
そういえば岩村が居座っている部屋の主はあのパイロットだったな。
「こればかりはそういうものだと割り切るしかないだろう。」
「わかっている。だけど何故あの人が…。」
不思議なものだ。いつの間に岩村はこれほどまでに倉持に心を開いたのだろうか。
「だがあいつの腕を疑ってやるなよ。何か他に原因があるようだ。」
「他の原因?」
「おそらく倉持のものであろう機体は突如何も無い空間から現れ墜落した。妙ではないか?」
「確かに…。そういえば俺が来る前は須藤さんの艦隊は連戦連勝で被害者もほぼゼロだったと聞きました。」
「それはそれで逆に奇妙だったがな。被害が出始めたタイミングからしてお前に何かあると疑う者も出てきてはいるが俺は乗組員らの方に何かあると思っている。」
「倉持さんは何も…。」
「そう簡単に口に出せることでも無かったのだろう。今後は他のやつらにも目を向けていこう。」
「…。」


 慌ただしい。須藤康成が、そして俺の鼓動が。
「さすがにおかしい。規律人間の倉持が夕食の時間に遅れるだなんて。」
「まさか本当に帰ってないとか…?」
「あいつの部屋に行ってくる。」
「待って須藤さん!夕食の時間は限られているんだよ。終わってからに…」
「1食くらい抜いたって生きていける!」
俺の言葉を遮って須藤さんは食堂から出ていった。

 1人食事を終えて俺は食堂を出た。須藤さんは倉持さんを探しに出ていったがここで見かけなかったのは倉持さんだけではない。もっと重要な、絶対にいなければならない人を俺は見ていない。
「剣崎さん。」
突然かけられた声は幽霊のようにぼんやりしており背中がゾワゾワとした。
「なんだ、岩村か。俺に声をかけてくるなんて何かあったのか?」
「勘違いかもしれないですけど、もしかして誰かを探していますか?」
「あー、まあ確かに人を探しているな。あ、倉持さんのことではないぜ?」
「やはり…。お探しの人ならたぶんまだ外にいますよ。彼が死ぬはずないでしょう。」
確かにそうだ。あいつが死ぬはずが、いや死ねるはずがない。
「情報提供に感謝する。我、夜の浜辺に出撃す!…なんてな。須藤さんがなんか言ってたら星を見に行っているらしい、とでも伝えといてくれ。」
「星…ですか。…海と違って見飽きて無さそうだ。」

 星空には目もくれず俺はあいつを探した。だがあの漆黒の髪は見事なまでに闇に紛れていてそう簡単に見つかりそうもない。それに随分寮から歩いていたようだった。家を飛び出したあの日から変わらずどうにも夜の心細さには慣れない。ふと冷たい風が頬を撫でた。これは海風だ。細いが強く冷たい、この風に従って歩けば道が見えるような気がした。


 「松岡、お前は何か知らないのか!?」
「いや、俺だって何も…。だが部屋にもいないとなれば…。」
あの後俺は倉持の部屋の様子を見に行ったわけだが扉には鍵がかかっていた。ノックをしても返事はなかったということはこの部屋の主人が最後にドアノブに触れたのは今朝なのだろう。
「部屋を共有している岩村に聞けば…!」
「…岩村ねぇ。やっぱりあいつ何かあるよ!」
「…どういうことだ。」
「須藤、お前だって気付いているだろう。あいつが来てから被害が大きくなっていることに!」
「そんなのは偶然に過ぎないだろう。根拠もないしそもそも俺たちを壊滅に追いやったところで岩村にメリットがないじゃないか。」
「確かにそうだけど…。」
「…岩村を探してくる。」


 倉持の安否について須藤が尋ねてきた。艦長の自分がわからないものを俺に聞くのも全くおかしなものである。どうやら倉持は夕食になっても顔を見せなかったうえ部屋にもいなかったらしい。おそらく倉持はもう戻らない。そう考えている俺には須藤がひたすらに倉持を探すことで現実から目を背けているようにしか見えない。あの合理主義、現実主義の須藤が。
 もし岩村が関係しているとしたら、あいつが存在するだけでこれほどまでに勝敗が変わるものなのだろうか。特におかしな行動が見られるわけでもない。…俺も冷静になるべきなのだろう。
 須藤は岩村のところへ向かうようだ。正直俺も倉持の安否は気になる。俺は須藤の後を追うことにした。


 「…やっと見つけた。」
「…剣崎か。子供が夜道を歩いたら危険じゃないか。」
「…見た目年齢のことならお前も人のことは言えないだろ。」
「あー…確かにそうだな。」
「で、なんで戻らないんだ。食事は…心配いらないだろうけど。」
「戻れない。」
「だからなんでだよ!そりゃあ今日の結果は散々だったけどお前には関係ないだろう。」
「須藤たちと顔を合わせられない。例え表に出さなくともこの体質を羨み、憎むのが普通だ。」
「なんで今更。」
「お前は寮で倉持を見たか?」
「えっ、いや…見てないけど、どうしてお前がそれを…。」
「確信した。やはりあれは倉持の機体だったのか。」
「ということはもしかして…。」
「この目で墜落する機体を見た。だがそれが妙なんだ。」
「妙?」
「今まで何もなかった空間に突如機体が現れた。操縦手も混乱しているであろう中敵に集中攻撃を食らっていた。あれは光学迷彩か何かなのだろうか。」
「まさか…これがプロジェクトMM…。」
「MM?なんだそれは。」
「たまたま見つけたものなんだけど理研特区の生態研究科がやってる人体実験。マイクロチップで人間に超能力を植え付けるとかなんとか。」
「それと今回の件がどう関係しているんだ。」
「機体ごと透明になるとかそんな力があったら便利だよな。」
「そんな都合の良いものあるわけ…。」
「それを叶えるのがプロジェクトMMだよ。これは仮定だが、最初電子工学研究科側が圧倒的優勢だったのは例えば倉持さんの透明化する偵察機のように、それぞれの役割にうってつけの能力を使ってたから。だが何らかの原因でマイクロチップが故障し能力にバグが発生、戦略も整備も完璧なのに何故か被害が増え続けているのはこういうことなのかもしれない。」
「そんなことって本当にあるのかよ…。倉持の例だけじゃ足りないな、他の人にも話を聞く必要があるな。」
「須藤さんと話していた通りなら早くしないと大変なことになるかも。」
「…どういうことだ?」
「いやさ、人体実験なんて公にやったらマズいじゃん?でも現在進行形で実験は行われているらしい。で、ある程度サンプルが取れてハプニングがあった時の処分がしやすいのはどういったケースか須藤さんと話していたんだけど、罪人にも人権はあるだろ、とか。何か理由をつけて戦争を仕掛けるのがベストアンサーだったってことかな。」
「いや、待て。今攻めてきているのは政府軍だ。そんなやばい実験を政府が許可したというのか!?」
「生態研究科と政府は裏で手を組んでたらしいからね。充分有り得るよ。」
「須藤は知っているのか?」
「今話したとおりMMについては知っているけど自分たちが被検体だってことは知らないと思う。そもそも須藤さんは特殊な能力について特に何も言っていなかったし。」
「言動におかしなところは?」
「あー、たまに魘されているようだったよ。それが決まって出撃の前夜だった気が…。」
「魘されていた?連戦連勝だった時から?」
「あっ、いや、負け始めてからだったような…。」
「…まずは須藤だな。」
「夢か…。一体どんな能力なのかわからないけど艦長の須藤さんが得た能力が狂い始めたというなら艦隊にとっても大問題だ。」
「そうだな。なら寮に戻らねば。」
「ところで白城さん。」
「なんでしょう。」
「俺もう15だから。充分1人で夜道を歩ける歳だから。」
「…そうか、もう15になるのか。まあ俺から見たらお前はいつまで経っても子供だ、子供。」
「それって須藤さんたちでさえ夜道を出歩けないじゃんか…。」
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