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再会
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「うっそ、ほんとにエコ・ローズ出てきちゃったよ」
スーリの言葉に、剣也も内心で同意した。
疑惑だけなら確かにあった。
近くにコロニーがないポークベリーをホワイトアントが群れを成して襲ってきたこと。
滅多に共闘しないはずのコマンダーが複数匹も現れ、しかもそれが既存の情報にない変異型であったこと。
何よりも初めてであったあのワシントンからここポークベリーまでそこまで離れた距離でなかったこと。
ただすべてが推測の域を出なかった。何よりも彼女がホワイトアントを引き連れて人類に害をなす存在だと思いたくなかった。
「大丈夫か? さっきここから離れた場所でも襲われてた人たちがいたが、ひょっとしてあなた達の仲間か何かなのか」
エコからはこちらがちゃんと見えていないのだろう。あのときよりも柔らかい口調で語りかけてきてくれる。それはこの子は悪人ではないと剣也が確信するには十分な理由になった。ホワイトアントの活発化はともかく、少なくともエコ自身に誰かを害する気なんてまったくないのだ。
もしも助けてくれた行為が単なるマッチポンプであるのならもっとうまいやり方があるはずだ。それをしないのは彼女が人を傷つけることを良しとしない女の子だからだ。
「ありがとうエコ、また君に助けられたね」
自然と漏れた感謝の気持ちを聞くと同時に、目と鼻の先まで近づいたエコは見開いた目で剣也を見つめる。
「君は、あのときの……」
剣也にとって待ち望んでた再会だが、エコには予想外だったようだ。彼女にとって剣也への行為は気まぐれの結果で、特に気にすることのない些事であったのか。だけど柔らかい声色から、決して邪険にしていないことがわかった。
(あ、何も考えずに名前で呼んじゃったけど、そういえばこの子の口からは聞いてなかったな)
嫌われないかな、などと自己本位なことを考えていると、エコは足早に近づき。
「うぇ!? ちょ、ちょっと!」
息がかかる距離まで来ると、両手で剣也の顔をすくい上げるように包み、彼女のロングヘアと同じ色をしたアクアブルーの瞳でじっと剣也を見つめる。
「わお、超大胆。代表ちゃんが同じことしようとしたら妄想爆発してキスするパターンになってたよこれ」
スーリのおちょくった野次も既に剣也には聞こえていない。
彼女の長い水色の髪がふわりと舞い上がると、化粧品とも違う瑞々しい香りが鼻をくすぐる。夢心地の良い気分に浸っていると、他者を威圧させるシャープな目がじわりと滲んでいく。
「え、あの、どうしたの?」
「……ありがとう」
「は?」
突然自分に向けられた感謝の意、剣也は意味もわからずに疑問符をぶつけるが、エコは構わずに続ける。
「もうダメだと思ってた。意味なんてないと諦めていた、だけどやっと報われた。あのとき薬を受け入れてくれてありがとう。生き残ってくれて、本当にありがとう」
片膝をつき、うなだれるようにうつむくエコ。ポツポツと流れる涙が地面を濡らし、嗚咽混じりの声を上げる。
助けてくれたときの凛々しい姿とは真逆の弱々しい彼女の姿を剣也は見つめる。真意はまだわからないけど、きっと今ここで自分と再会したことはいい意味で想定外で、何よりも彼女にとって泣き出したくなるほど。意味のあるものなのだということだけは理解できた。
「エコ、君が何をしようとしてるのか俺にはまだわからないけど、感謝するのは俺の方だよ。あのとき君がくれた注射器のおかげでこうして生きてるし、ナノヒューマンになってホワイトアントと戦える力を手に入れられたんだ。子供の頃から憧れてたヒーローにしてくれて、その、ありがとう」
なだめるように彼女の肩に手を置く。ぴくりと反応したエコは顔を上げ、びっくりしたような顔になり、しかしすぐに男をときめかせる素敵な笑顔を返しながら剣也の手に自分の手を重ねる。
「驚いたな。正直私の都合に巻き込んでしまったのだから、これからさらに巻き込もうとしてるのだから、恨み言を吐かれる覚悟だったのに」
「巻き込まれたおかげでこうして生きてるんだから問題ないよ。むしろ恩返しができるなら喜んで」
「うおーい。2人だけの世界に入ってないで外野にも目を向けてくれないかー?」
いかにも不満げな口調をぶつけるスーリに、剣也とエコは気が動転してバッと離れる。
「な、スーリ・ボウ!? 何でお前が彼と一緒にいるんだ!」
「ようやく名前で呼んでもらえたことには貴女の追っかけ冥利に尽きるんだけど全然嬉しくないのは何でだろ? 嫉妬かな。とりあえず質問に答えるけど、剣也君を町に置いてったのはエコちゃんでしょ? あれ私たちが彼を保護するってわかってたからやってたんじゃないの?」
半目になりながら冷ややかなに注視するスーリ。
「あれは、仮に生き残ってもどうせ適合しないと思ったから、それならちゃんとした組織に保護された方が彼のためになると思って。それよりも、剣也って名前なんだな」
「う、うん。あそこじゃ自己紹介できなかくてごめん」
「いや良いんだ。私もあのときは精一杯だったから」
「二度目ののけ者扱いは私のガラスハートにヒビが入ってしまうんだけど!」
普段は周りを巻き込んで話の中心にいるためか、わざとでなくても仲間はずれにされることには耐えられないらしい。両足の踵を何度も地面に叩きつけながら自己主張を繰り返すが、不必要に体を動かしたせいでコマンダーにやられた傷がいたんだらしく。包帯越しに腹部を押さえる。
「その怪我、ひょっとして半年前のが今でも治ってないのか?」
「ああこれはさっきのコマンダーにやられたやつだから気にしないで。半年前のは不幸なすれ違いの結果なんだし」
半年前、オシリスが初めてエコを確認したときだったか。剣也はスーリから直接聞いていたが、ファーストコンタクトでの諍いを気にしているようだ。
「それよりも怪我させたことには責任感じてるんだ。冷血漢演じてるくせに可愛いなーこの子は。それとも剣也君の前だから猫かぶってるだけ?」
僅かな人の弱みも見逃さないスーリの煽り、まずいと剣也が割って入ろうとしたが、時既に遅く、エコは真っ赤になりながら反論する。
「違う! 私は自分の目的のために動いてるだけで、お前たちと行動をともにする気はないだけだと」
ガチャリッ。
この場に似つかわしくない金属の音が背後から鳴る。剣也とスーリが気づくよりもエコはを振り返り、正面に水の壁を展開。ドゥンッ! という耳をつんざく発砲音を引き連れて放たれた弾丸が直撃し、水しぶきが大きく飛ぶ。
(この音、まさか!?)
オシリスに入隊してから今日に至るまで嫌になるほど聴いてきた全身に伝わる音を剣也は記憶している。
「……何をした」
ドスの利いた語調がエコに向けられる。太陽光を背にした薄いピンク色のショートヘアが風に揺られてなびいている。普段の年頃の女の子らしい格好とは違う部族の戦闘衣装のようなぶあつい布地をまとった少女。フレム・フラッグは感情のない形相でエコを見据える。
「フレム、何でいきなり」
変異型のコマンダーが各地に出現したのを最後に通信が途絶していて連絡が取れなかったが、なぜいきなり発泡なんてしたのか。
「まずい、フレムちゃん待って、この傷はエコちゃんじゃ」
何かを察したスーリが静止を呼びかけたが。
「スーリたちに何をしたあああ!!!」
感情を爆発させたフレムは二丁のデザートイーグルを絶え間なく発泡する。
「っく!」
貫通力こそ低いがスレイブの頑強な外骨格すら粉砕するマグナム弾を、エコは正面に展開した水壁ですべて受け止める。
ダンッとフレムが地面を大きく踏み抜いて距離を詰め、水壁を避けて近づく。エコは腰のククリナイフを抜きフレムの首めがけて振り抜く。
「エコ、待って!」
ガキィンッ。
剣也の静止よりも先にエコのククリナイフは止まった。フレムが手の甲側に装備されたリストブレードで防いだのだ。
腕力と技量さえ伴えばコマンダーすら容易に切り裂くククリナイフを受け止められ、一瞬動揺したエコの腹部を蹴り飛ばすフレム。
「かはっ!?」
飛沫を吐き出しながら吹き飛ぶエコに追撃の発泡を繰り出そうとするが、剣也はフレムを後ろから羽交い締めにして止める。
「やめてくれフレム! エコは敵じゃないんだ!」
「うっさい! 邪魔すんな!」
瞬間、フレムの体が燃え盛るような熱を帯びる。
「あっつ!?」
ブレイヴスーツ越しでもやけどしてしまいそうなほどの熱量が倉庫内に充満する。ゆらりと景色が歪み、陽炎が発生する。
「フレムちゃん待って! この傷は違う! エコちゃんは助けてくれたんだって!」
「コイツだけは、絶対に殺すっ!」
熱はフレムの感情に合わせるように上がり続け、目に見える白黄色の炎が彼女の周りに現れる。
(話だけは聞いていたけど、これがフレムのセイヴィアっ!)
体内を循環するセイヴィアがホストの意思に応じて体外で発熱し、すべてを焼き尽くす火炎能力。その場にいるだけで体中の水分を奪われる錯覚に陥るほどである。
(俺たちもいるのに加減しないなんて、これがレモンちゃんの言ってた発作なのか?)
ブレイヴスーツの体温調節機能を上回る勢いで温度が上がり続ける倉庫内。エコは蹴られた箇所を抑えながら周囲に握りこぶしほどの大きさをした水球をいくつも展開して、フレムに向けて一斉に撃ち放つ。
あんなのじゃ牽制にもならない。剣也の予想通り、勢いの乗っていない水球に対してフレムは炎の壁を作り上げてすべて阻止されるが、水球の1つは蒸発の寸前に破裂、中から見慣れた空き缶サイズの手榴弾がピンを外された状態で現れる。
ボンッ!
爆発で破片がばら撒かれ、フレムが一瞬たじろいた。彼女の民族衣装のような格好もブレイヴスーツの1つなのでダメージはほぼ与えられないが、展開する炎を爆風で一瞬だけ吹き飛ばすことはできた。エコはそのスキをついて倉庫のガラスを破り、そのまま外へと逃げ出した。
「逃がすか、今度こそ殺してやる!」
「フレム! 待ってくれ!」
単純な罠に引っかかったフレムは制止を聞かずに後を追いかける。熱の発生源がいなくなると同時に倉庫の中は静寂を取り戻すが、剣也の動揺は収まらなかった。
このままでは取り返しの付かないことになることは誰の目から見ても明らかだ。フレムはエコを殺すことに一切の躊躇がなく、エコも自衛のために戦闘を余儀なくされる。どっちが倒れても禍根が残ってしまう。
「スーリさんごめん、俺」
近辺のホワイトアントは殲滅し終えたとは言え、不確定要素の塊である戦場で怪我を負った仲間を置き去りにする愚かさは剣也も理解している。それでも2人を放っておけない。より正確には、エコを助けたいというのが本音である。
「私のために追いかけないなんて言ったら好感度ダダ下がりするところだったけど、さすがは男の子だね。こっちも動けるようになったらすぐに追いかけるから、フレムちゃんを止めてあげて」
「絶対にフレムを止めてみせるから無理しないで!」
「よくぞ言った。精々格好いいところを見せてエコちゃんを惚れさせてこい。……あーあ、代表ちゃんより強力なライバルできちゃったよ。ただでさえ私は一周りも年上で不利だってのに」
最後の蚊が鳴くような声を気にすることなく。剣也は走った。
スーリの言葉に、剣也も内心で同意した。
疑惑だけなら確かにあった。
近くにコロニーがないポークベリーをホワイトアントが群れを成して襲ってきたこと。
滅多に共闘しないはずのコマンダーが複数匹も現れ、しかもそれが既存の情報にない変異型であったこと。
何よりも初めてであったあのワシントンからここポークベリーまでそこまで離れた距離でなかったこと。
ただすべてが推測の域を出なかった。何よりも彼女がホワイトアントを引き連れて人類に害をなす存在だと思いたくなかった。
「大丈夫か? さっきここから離れた場所でも襲われてた人たちがいたが、ひょっとしてあなた達の仲間か何かなのか」
エコからはこちらがちゃんと見えていないのだろう。あのときよりも柔らかい口調で語りかけてきてくれる。それはこの子は悪人ではないと剣也が確信するには十分な理由になった。ホワイトアントの活発化はともかく、少なくともエコ自身に誰かを害する気なんてまったくないのだ。
もしも助けてくれた行為が単なるマッチポンプであるのならもっとうまいやり方があるはずだ。それをしないのは彼女が人を傷つけることを良しとしない女の子だからだ。
「ありがとうエコ、また君に助けられたね」
自然と漏れた感謝の気持ちを聞くと同時に、目と鼻の先まで近づいたエコは見開いた目で剣也を見つめる。
「君は、あのときの……」
剣也にとって待ち望んでた再会だが、エコには予想外だったようだ。彼女にとって剣也への行為は気まぐれの結果で、特に気にすることのない些事であったのか。だけど柔らかい声色から、決して邪険にしていないことがわかった。
(あ、何も考えずに名前で呼んじゃったけど、そういえばこの子の口からは聞いてなかったな)
嫌われないかな、などと自己本位なことを考えていると、エコは足早に近づき。
「うぇ!? ちょ、ちょっと!」
息がかかる距離まで来ると、両手で剣也の顔をすくい上げるように包み、彼女のロングヘアと同じ色をしたアクアブルーの瞳でじっと剣也を見つめる。
「わお、超大胆。代表ちゃんが同じことしようとしたら妄想爆発してキスするパターンになってたよこれ」
スーリのおちょくった野次も既に剣也には聞こえていない。
彼女の長い水色の髪がふわりと舞い上がると、化粧品とも違う瑞々しい香りが鼻をくすぐる。夢心地の良い気分に浸っていると、他者を威圧させるシャープな目がじわりと滲んでいく。
「え、あの、どうしたの?」
「……ありがとう」
「は?」
突然自分に向けられた感謝の意、剣也は意味もわからずに疑問符をぶつけるが、エコは構わずに続ける。
「もうダメだと思ってた。意味なんてないと諦めていた、だけどやっと報われた。あのとき薬を受け入れてくれてありがとう。生き残ってくれて、本当にありがとう」
片膝をつき、うなだれるようにうつむくエコ。ポツポツと流れる涙が地面を濡らし、嗚咽混じりの声を上げる。
助けてくれたときの凛々しい姿とは真逆の弱々しい彼女の姿を剣也は見つめる。真意はまだわからないけど、きっと今ここで自分と再会したことはいい意味で想定外で、何よりも彼女にとって泣き出したくなるほど。意味のあるものなのだということだけは理解できた。
「エコ、君が何をしようとしてるのか俺にはまだわからないけど、感謝するのは俺の方だよ。あのとき君がくれた注射器のおかげでこうして生きてるし、ナノヒューマンになってホワイトアントと戦える力を手に入れられたんだ。子供の頃から憧れてたヒーローにしてくれて、その、ありがとう」
なだめるように彼女の肩に手を置く。ぴくりと反応したエコは顔を上げ、びっくりしたような顔になり、しかしすぐに男をときめかせる素敵な笑顔を返しながら剣也の手に自分の手を重ねる。
「驚いたな。正直私の都合に巻き込んでしまったのだから、これからさらに巻き込もうとしてるのだから、恨み言を吐かれる覚悟だったのに」
「巻き込まれたおかげでこうして生きてるんだから問題ないよ。むしろ恩返しができるなら喜んで」
「うおーい。2人だけの世界に入ってないで外野にも目を向けてくれないかー?」
いかにも不満げな口調をぶつけるスーリに、剣也とエコは気が動転してバッと離れる。
「な、スーリ・ボウ!? 何でお前が彼と一緒にいるんだ!」
「ようやく名前で呼んでもらえたことには貴女の追っかけ冥利に尽きるんだけど全然嬉しくないのは何でだろ? 嫉妬かな。とりあえず質問に答えるけど、剣也君を町に置いてったのはエコちゃんでしょ? あれ私たちが彼を保護するってわかってたからやってたんじゃないの?」
半目になりながら冷ややかなに注視するスーリ。
「あれは、仮に生き残ってもどうせ適合しないと思ったから、それならちゃんとした組織に保護された方が彼のためになると思って。それよりも、剣也って名前なんだな」
「う、うん。あそこじゃ自己紹介できなかくてごめん」
「いや良いんだ。私もあのときは精一杯だったから」
「二度目ののけ者扱いは私のガラスハートにヒビが入ってしまうんだけど!」
普段は周りを巻き込んで話の中心にいるためか、わざとでなくても仲間はずれにされることには耐えられないらしい。両足の踵を何度も地面に叩きつけながら自己主張を繰り返すが、不必要に体を動かしたせいでコマンダーにやられた傷がいたんだらしく。包帯越しに腹部を押さえる。
「その怪我、ひょっとして半年前のが今でも治ってないのか?」
「ああこれはさっきのコマンダーにやられたやつだから気にしないで。半年前のは不幸なすれ違いの結果なんだし」
半年前、オシリスが初めてエコを確認したときだったか。剣也はスーリから直接聞いていたが、ファーストコンタクトでの諍いを気にしているようだ。
「それよりも怪我させたことには責任感じてるんだ。冷血漢演じてるくせに可愛いなーこの子は。それとも剣也君の前だから猫かぶってるだけ?」
僅かな人の弱みも見逃さないスーリの煽り、まずいと剣也が割って入ろうとしたが、時既に遅く、エコは真っ赤になりながら反論する。
「違う! 私は自分の目的のために動いてるだけで、お前たちと行動をともにする気はないだけだと」
ガチャリッ。
この場に似つかわしくない金属の音が背後から鳴る。剣也とスーリが気づくよりもエコはを振り返り、正面に水の壁を展開。ドゥンッ! という耳をつんざく発砲音を引き連れて放たれた弾丸が直撃し、水しぶきが大きく飛ぶ。
(この音、まさか!?)
オシリスに入隊してから今日に至るまで嫌になるほど聴いてきた全身に伝わる音を剣也は記憶している。
「……何をした」
ドスの利いた語調がエコに向けられる。太陽光を背にした薄いピンク色のショートヘアが風に揺られてなびいている。普段の年頃の女の子らしい格好とは違う部族の戦闘衣装のようなぶあつい布地をまとった少女。フレム・フラッグは感情のない形相でエコを見据える。
「フレム、何でいきなり」
変異型のコマンダーが各地に出現したのを最後に通信が途絶していて連絡が取れなかったが、なぜいきなり発泡なんてしたのか。
「まずい、フレムちゃん待って、この傷はエコちゃんじゃ」
何かを察したスーリが静止を呼びかけたが。
「スーリたちに何をしたあああ!!!」
感情を爆発させたフレムは二丁のデザートイーグルを絶え間なく発泡する。
「っく!」
貫通力こそ低いがスレイブの頑強な外骨格すら粉砕するマグナム弾を、エコは正面に展開した水壁ですべて受け止める。
ダンッとフレムが地面を大きく踏み抜いて距離を詰め、水壁を避けて近づく。エコは腰のククリナイフを抜きフレムの首めがけて振り抜く。
「エコ、待って!」
ガキィンッ。
剣也の静止よりも先にエコのククリナイフは止まった。フレムが手の甲側に装備されたリストブレードで防いだのだ。
腕力と技量さえ伴えばコマンダーすら容易に切り裂くククリナイフを受け止められ、一瞬動揺したエコの腹部を蹴り飛ばすフレム。
「かはっ!?」
飛沫を吐き出しながら吹き飛ぶエコに追撃の発泡を繰り出そうとするが、剣也はフレムを後ろから羽交い締めにして止める。
「やめてくれフレム! エコは敵じゃないんだ!」
「うっさい! 邪魔すんな!」
瞬間、フレムの体が燃え盛るような熱を帯びる。
「あっつ!?」
ブレイヴスーツ越しでもやけどしてしまいそうなほどの熱量が倉庫内に充満する。ゆらりと景色が歪み、陽炎が発生する。
「フレムちゃん待って! この傷は違う! エコちゃんは助けてくれたんだって!」
「コイツだけは、絶対に殺すっ!」
熱はフレムの感情に合わせるように上がり続け、目に見える白黄色の炎が彼女の周りに現れる。
(話だけは聞いていたけど、これがフレムのセイヴィアっ!)
体内を循環するセイヴィアがホストの意思に応じて体外で発熱し、すべてを焼き尽くす火炎能力。その場にいるだけで体中の水分を奪われる錯覚に陥るほどである。
(俺たちもいるのに加減しないなんて、これがレモンちゃんの言ってた発作なのか?)
ブレイヴスーツの体温調節機能を上回る勢いで温度が上がり続ける倉庫内。エコは蹴られた箇所を抑えながら周囲に握りこぶしほどの大きさをした水球をいくつも展開して、フレムに向けて一斉に撃ち放つ。
あんなのじゃ牽制にもならない。剣也の予想通り、勢いの乗っていない水球に対してフレムは炎の壁を作り上げてすべて阻止されるが、水球の1つは蒸発の寸前に破裂、中から見慣れた空き缶サイズの手榴弾がピンを外された状態で現れる。
ボンッ!
爆発で破片がばら撒かれ、フレムが一瞬たじろいた。彼女の民族衣装のような格好もブレイヴスーツの1つなのでダメージはほぼ与えられないが、展開する炎を爆風で一瞬だけ吹き飛ばすことはできた。エコはそのスキをついて倉庫のガラスを破り、そのまま外へと逃げ出した。
「逃がすか、今度こそ殺してやる!」
「フレム! 待ってくれ!」
単純な罠に引っかかったフレムは制止を聞かずに後を追いかける。熱の発生源がいなくなると同時に倉庫の中は静寂を取り戻すが、剣也の動揺は収まらなかった。
このままでは取り返しの付かないことになることは誰の目から見ても明らかだ。フレムはエコを殺すことに一切の躊躇がなく、エコも自衛のために戦闘を余儀なくされる。どっちが倒れても禍根が残ってしまう。
「スーリさんごめん、俺」
近辺のホワイトアントは殲滅し終えたとは言え、不確定要素の塊である戦場で怪我を負った仲間を置き去りにする愚かさは剣也も理解している。それでも2人を放っておけない。より正確には、エコを助けたいというのが本音である。
「私のために追いかけないなんて言ったら好感度ダダ下がりするところだったけど、さすがは男の子だね。こっちも動けるようになったらすぐに追いかけるから、フレムちゃんを止めてあげて」
「絶対にフレムを止めてみせるから無理しないで!」
「よくぞ言った。精々格好いいところを見せてエコちゃんを惚れさせてこい。……あーあ、代表ちゃんより強力なライバルできちゃったよ。ただでさえ私は一周りも年上で不利だってのに」
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