再醒のエコ

軟体ヒトデ

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初陣

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 剣也たちが乗る輸送ヘリは、ホワイトアントによって踏み荒らされた不毛な大地を飛行している。同じく荒廃したワシントンと違い、鋭利な枝だけで構成された樹木や植物がまばらに立ち並ぶ光景は、文明維持圏で保護されている本来の自然を知っている人間が見れば不自然なものであった。
 著名な学者によると、この不自然な植物群はホワイトアントの異常繁殖によって連中が住みやすいように環境が汚染されてしまったらしい、旧時代に日本などに生息しているミミズが自分に適した環境を作り上げて北アメリカ大陸の土壌を汚染した歴史があるが、ホワイトアントによる環境汚染はその比ではない。

「ヒート1より各隊、間もなく降下ポイントに着くわ。作戦は単純明快、現在ポークベリーを襲っているホワイトアントの背後を強襲して連中の目を私たちに向ける。降下ポイントAには私。ポイントBはアロー1のスーリとアロー2のエロ、……大石剣也。ポイントCにガリーラ1のクロード隊。それぞれが化物共を蹴散らしながらポークベリーで合流よ」

 よどみなく聞こえる命令を耳に装備した小型無線機から受けながら、剣也はポークベリー周辺の全体マップに表示された強襲部隊の降下地点を確認する。クロード隊はナノヒューマンのいない分隊で、もっともホワイトアントの驚異が少ないポイントCからの降下。
 逆にAとBは数が段違いだ。通常の歩兵ではおびただしい犠牲を払う覚悟が必要な敵だが、ナノヒューマンはそんな強敵を想定して戦うのだ。

「アロー1了解、ところで士気を高める提案なんだけど、一番最初にポークベリーに着いた人は帰還後に他の部隊の人を一日だけ好きにできる権利を与えるとかどう? 私の場合はフレムちゃんを抱きまくらに」
「私が最初に着いたらアンタを縛り付けてをクイーンのコロニーの前で置き去りにしてやるけどそれでもやるわけ?」
「前言撤回!」
「余計なこと言ってないで作戦に集中しなさい。ヒート1降下地点へと到着、通信アウト」

 怒られちゃった、と反省の様子もなく微笑むスーリは本当に年上かと思うほど幼く、何よりも可愛いなという表現がよぎってしまう。いつもの改造迷彩服ではなくオレンジを基調とした体にピッタリと張り付くレザーのようなブレイヴスーツも相まって、改めて彼女の魅力を再認識する。

「私たちももうすぐ降下ポイントに着くけど、剣也君は大丈夫? 今更怖気づいたなんて言わないでよ」
「全然、と言いたいところだけどちょっと怖いかな。でも後悔はしてないよ。せっかく新しい装備も貰ったことだしね」

 言って剣也は右手に持つアサルトライフルに目を向ける。全体的なデザインは今もアメリカ軍歩兵の主力を担っているM4ライフルに酷似しているが、銃身下部に固定されている二つの板状のレールが特徴的な外観。ブレイヴスーツと同様にオシリスの技術部とアメリカ国防省が共同開発したXM14Aだ。

「もう一度説明しとくけど、銃身の下にひっついてるその板は大技をぶっ放すための砲身。クイーン以外の敵には威力過多だし、何よりもバッテリーの問題で一発撃っただけで機能停止するから使い所を間違えないでね」
「もちろんだよ。昔からの幼馴染ってだけでここまでよくしてくれるレモンちゃんからの贈り物なんだ。大事に使うさ」

 日本からアメリカの地に渡ったばかりで右も左も分からなかった幼少時。この国で生きていくための処世術、マナー、何よりもどんな状況でも人間としての尊厳を捨てないことを教えてくれた大事な幼馴染のふにゃっとした顔に思いを馳せる。
 再会したときは大企業の代表、何よりもこの世界を元に戻すという大それた理想を掲げていることに戸惑いを隠せなかった。だけど口先だけでなく、実現させるための努力を惜しまず、今もこうやって助けを求める声に全力で答える姿は、昔から何も変わらないあのときのままであることに安堵した。

「ぐえええ! あれだけ好き好きオーラを受けてまだそんなことが言えるのか!? そのくせ胸とかお尻を目が飛び出るくらい凝視するとか、そのうち後ろから刺されても知らないから……」

 相変わらずのオーバーリアクションを披露するスーリが言い切るよりも前に、ピピピッという電子音が反響する。次いで輸送ヘリが大きく傾き、バランスを崩しそうになった剣也は手近な手すりを掴んで体勢を維持する。

「ガンナーの対空攻撃を確認! 降下ポイントまでもうすぐってときに!」

 パイロットのジャネットが誘導弾を回避するためのフレアを撒きながら、地上から発射される飛翔体を回避する。

「まったく剣也君と違って手が早いんだから。こりゃここで降りたほうが良さそうだね!

 酷く人聞きの悪いことを口走りながら、スーリは足元がおぼつかない中で側面のドアを開き、こちらへと顔を向ける。

「それじゃ、私と君のゴールデンコンビの伝説を始めるとしようか!」

 いつもの軽口、しかし実態は幾多の修羅場をくぐってきた戦士のものだった。油断すると惚れてしまいそうな美しい横顔に剣也も力強く頷き、汚染された大地へと飛び降りる。
 パラシュートを使わずに約50mの距離を自由落下し両足と片手を地面につけて衝撃を緩和。バキッという音と一緒に灰色の地面に亀裂が走る。普通であれば間違いなく死んでしまうであろう落下距離も、最新のブレイヴスーツの衝撃吸収能力のおかげでほとんど痛みを感じない。

「待たせたな! あ、ごめん今のナシ、流石に恥ずかしい」

 遅れてスーリが衝突の寸前に体を捻って転がるように着地。背負っていた弓を手に取って構える。
 両端に滑車が取り付けられ、その間に二重の弦が張られた弓は、洋弓の性能を限界まで高めた科学の結晶であるコンパウンドボウだ。銃よりも構造が単純で、現地でも整備が容易だからと好んで使っているらしい。

「ジャネットさんの輸送ヘリの離脱を確認。これで今この場にいる人間は私と剣也君だけだね」

 剣也たちのいる場所は長年放置されている廃墟だった。ホワイトアントの脅威から放棄されて久しい小さな町に人の生活感がなく、小さな家屋がポツポツと並ぶだけの状況は不気味ささえある。
 さらに2人を囲むように聞こえる複数の鳥類の鳴き声を合わせた不協和音と、合わせて次々と顔を出す灰色の体躯。ポークシティを襲撃している群れの一部だ。

「すっかり囲まれちゃったけど、逃げたいなら止めないよ?」
「ありえないね。最低でも俺を助けてくれたエコとレモンちゃんに恩返しするまでは」
「さっすが男の子! フー・デアーズ・ウィンズの精神が宿ってるね!」

 飛びかかるスレイブに向かって、剣也はXM14Aのトリガーを引く。
 凄まじい速度で発射される5.56mm弾は、バンデットのAK-47では怯みもしなかったスレイブが断末魔の叫び声を上げて倒れ伏す。
 弾薬に詰め込まれた火薬と、銃身にレールガンと同様の機構を採用した発射機構は、普通の人間では両手で構えても制御できるものではないが、ナノヒューマンとなった剣也は左手で難なく扱っている。
 重機関銃に匹敵する弾幕は、最大60発も収められる専用マガジンを持ってしてもすぐに撃ち切ってしまった。そのスキを突けないほどスレイブもバカではない。
 前方と左右からの同時攻撃、剣也は右腰にぶら下げている革の鞘からマチェーテを取り出し、最初に接敵する前方のスレイブを斬りつける。頭部から緑色の鮮血を流しながら絶命した骸をそのまま右のスレイブ目掛けて投げつけ、次いで左からの攻撃を頭を下げる。ナイフのように研ぎ澄まされた爪が頭を通過するとそのままマチェーテで腕を一閃。片腕がなくなって絶叫する顔に回転を加えた蹴りを加えて後ろへとステップしながら距離を取り、新たなマガジンを装填。ちょうど火線が重なった2匹に鉛玉をお見舞いする。

「すっご、あんなに硬い外骨格を豆腐を切るみたいに」

 剣也の感動はXM14Aにではなく、マチェーテに向けてのものだった。シミュレーションで設定されていた通常のマチェーテとは比べ物にならない、特殊合金で精製された刀身の内部に電流を発生させることで耐久性をそのままにカミソリのような切れ味を生み出す『サンダーボルト』の愛称を持つこれも、元々ナノヒューマンの使用を前提としたものだった。
 ナイフよりもリーチに優れ、剣や刀よりも取り回しの良い。ホワイトアントとの接近戦に限れば最適解とも言える武器かもしれない。

「新しいおもちゃは気に入った? 代表ちゃんが愛情と職権乱用を込めたプレゼントなんだから大事にしなよ!」
 
 平時と変わらないノリのスーリは腰の筒から矢を3本取り出す。普通のものよりも半分も短い矢は、取り出されると伸縮し、標準的な長さへと変化する。
 弦に3本の矢をかけ、迫りくるスレイブに射る。頭部に直撃した3体のスレイブは衝撃によって吹き飛んだ後、強烈な光と煙と一緒に吹き飛んだ。
 先端にプラスチック爆薬を付けた爆発矢だ。周囲のスレイブも爆発に晒されて一緒に吹き飛ぶ。

「スーリさんもすごいな。弓矢なんかで次々とスレイブを倒すなんて」
「これでもブラジャーよりも付き合いんだよ。そこらへんの銃を使うよりもよっぽど戦果を挙げられるんだから!」

 あの異性を魅了する瑞々しいおっぱいを収めるブラ。どんなデザインで、何歳のときにつけていたのだろうと下心全開のセクハラ妄想にふける剣也に軽蔑の目を向けながら放たれた一射が2匹のスレイブに貫通して爆ぜる。もはや彼女の手にかかれば目をつむっても標的に命中させられるということらしい。

「このままポークベリーまで突き進むよ。もしも一番乗りできたら、ご褒美に私のブラジャー姿を見せてあげちゃう」
「……できればレモンちゃんたちのいないところでお願いします」
「やっぱりだめ! 真面目に捉えられるとさすがにちょっと恥ずかしいかも!」

 歳上なのに節々で見せる初心な反応に約得と思いながら歩を進める。これ以上好き勝手されるものかと襲いかかるスレイブの軍勢は、しかし勢いはまばらで、2人の進行を遅らせることすら叶わない。
 既にこの群れの本体はポークベリーに集中しているのだろう。その背後を剣也たちオシリスが強襲したことで挟み撃ちになり、指揮系統が混乱状態に陥って個々の判断に頼った結果、数を頼みにした突撃戦術が機能していない。

「私たち、結構いい感じだねえ。ゴールデンコンビなんてノリで言っちゃったけど、あながち間違いじゃないかも!」

 滑車と弦が擦れる音をメロディーとして奏でるたびに死体の山を築くスーリ。超人じみた反射神経と動体視力、何よりも目前のスレイブに決して動揺しない胆力はエージェントという肩書きを持ってしても異常と言うしかない。
 負けじとありったけの鉛玉を消費して同じく撃破数を稼ぐ剣也。これほどの逸材がセイヴィアに適合していないという事実、対抗心を燃やすには十分な理由だった。
 ただの人間に対する差別的な考えでもでも、選民思想でもない。男として女の子に負けたくないというもっとも単純な屁理屈だ。これほど強くて優しくて、何よりもモデル並みの美人に守られっぱなしでは立つ瀬がない。せっかくナノヒューマンとして戦える力を手に入れたのだ。むしろスーリをときめかせるような活躍をしてやると心の中で決意した。
 一瞬、スーリに言い寄られる自分にエコ・ローズが不機嫌になりながらそっぽを向く想像をしてしまう。

(違う違う、女の子にモテたいと考えるのは男の性であって浮気じゃ。って何を考えてるんだ俺は!?)

 自意識過剰が過ぎた。一度しか会ったことのない女性に対して恋人気取りになるなんて痛い人間どころの話ではない。初めて会ったときにスーリが余計なことを話したせいで妙にそっち方向に意識してしまう。
 あくまでもエコは恩人。恋人にしたいわけでも好きになってもらいたいわけでもない。ただもう一度会って自分を助けてくれたお礼を目の前で述べたいだけなのだ。そしてできることならホワイトアントの活発化が彼女とはなんの関係もないものであると証明する。

(そのお礼として、胸を触りたいとか言ったらただのクズだけど抱きついてもらうのはありだよな? それで胸があたってもセーフだし、何なら頬にき、キスしてもらっちゃったり)

 せっかく立派な建前を用意してもすぐに煩悩に上塗りされる己の欲望を恨みつつ、目的地まで半分ほど進んだところで一度立ち止まる。まだポークベリーまで先は長いが、フレムに定時連絡をしなくてはならない。

「あ、あー。こちらアロー1と2。目的地まで残り半分。ヒート1はどうですか? 危ないようなら今から助けに行きます、どうぞ」
『作戦中くらいそのふざけた喋り方なんとかならないの? こっちも問題なしよ。クロード隊も滞りなく進行してるわ』

 小型無線機から聞こえるリーダーの特徴的な声に安堵する。いかに彼女がオシリスでナンバー1のエージェントとはいえ、たった1人でホワイトアントの大群を相手にするというのは不安でしょうがなかった。

『さっきポークベリーの自警団からホワイトアントの攻撃が弱まったと報告があったわ。私たちの作戦はうまく機能したようね』
「そりゃそうだよ。今回はフレムちゃんと私と、精鋭のクロードさんの部隊に参加してもらってるんだから。何よりも優秀な新人さんのおかげで予定よりも早く進めたしね」

 首を傾げながら濃いグリーンのセミロングを揺らしながら小さくウインクをするその仕草がいちいち可愛く、年上であることを忘れそうになる。

『あんまりおだてすぎるんじゃないわよ。そいつが戦えるのはアンタのサポートがあってのこと。間違ってもエロ男爵に助けられたなんてふざけたことをぬかさないように』
「厳しすぎるぞフレムちゃーん。そりゃ私も働いてないわけじゃないけど戦果くらいはちゃんと評価してあげないと」
『できて当たり前のことなんて取るに足らないっつの』

 教育方針の違いによる言い合いなのに、お互いに落ち着いた様子で険悪さはなかった。あくまでもスタンスの違いというだけで、2人とも剣也の働きを認めてくれているのだ。

『とりあえずこのまま町に進むわよ。もう脅威はないと思うけど、できれば全員が合流できるように……っ』

 ガガ、ガガガーッ。
 言い終えるよりも先に無線機から流れる雑音、その次の瞬間、地面を揺らすような環境音が繰り返された。
 
「リースさん、何か来る!」

 そして今剣也たちのいる場所も同じ状況だった。地面そのものがぐらつき、地震かと一瞬疑ったが、揺れにムラがありすぎる。まるで巨大な何かが土を掘り進めているかのような断続音が続く。

 ボシュッ!!!

 周りから間欠泉のような。轟音とともに何かが飛び出してきた。
 舞い上がる物体は、着地と同時に地面を大きく陥没させる。土煙が舞い上がり、徐々にその濃度が薄くなっていくと輪郭が顕になっていく。


「んな……」
「うっそでしょ?」

 スレイブをそのまま巨大化させたような薄いグレーの体躯。
 ムカデの胴体のような長い尻尾。
 己の偉大さをアピールするかのように荘厳な王冠を象った頭部。
 剣也がワシントンで見たコマンダーと瓜二つの1匹は、大きく雄叫びを上げながら威嚇する。


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