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 春になった。
 くつしたと出会って迎えた、二度目の春だ。

「よくやってくれた!さすがは聖王国一の凄腕テイマーだ!」
「……っい゛!」

 そう言って激しく俺の肩を叩いてくる相手に、俺は思わず顔を顰めた。
 肩は止めろ。肩は。まだちょっと痛むんだから。

「くつ、じゃなかった。あの、この子が凄かっただけですから」
「またまた、そんな謙遜をして。結果は他の狼と比べて圧倒的だったと聞いているよ!」
「……」

 最初にくつしたを預ける時はバカみたいにマウントを取って来やがったくせに都合の良いヤツだ。
 俺は一年越しに出会うくつしたの飼い主である男に対し、口の中で舌打ちをした。しかし、そんな俺の様子になど、相手は気付きもしない。これは、一年前とまるで同じだ。

「しかも、あれだけのやんちゃ坊主が、こんなにお利口になるなんて!素晴らしいな!」
「くつ……じゃなかった、この子が元々立派だったんですよ」

 何度も何度も「くつした」と言いそうになるのを寸前の所で堪えつつ、俺は足元のくつしたに向かって微笑んだ。そこには得意気な顔でこちらを見上げてくる、立派な狼の姿がある。その顔は「ぼく、良い子だったでしょう?」とでも言いたげだ。

「ん、良い子だ」
「くぅん」

 くつしたの頭を撫でてやりながら、微かに目を細めた。
 うん、くつしたは本当に良い子だった。なにせ、シュテファニッツ大会で周囲に圧倒的な差をつけ、表彰台に登ってみせたのだから。あの大会の主役は、間違いなくくつしただった。

「ん?待ちなさい。イアン君、目が赤いがどうした?」
「あ、これは何でも……」
「テイマーの未来を背負って立つ存在が、体の事に気を遣えていないのはいかんな。あとで医者に見せなさい」
「……はい」

 まったく、掌返しが凄いモンだ。
 俺は思い当たる節しかない目元を隠すように微かに俯くと、もう一度くつしたの頭を撫でてやった。あぁ、可愛い可愛い。俺のくつした。

「じゃあ、契約完了だ。報酬を渡すから。イアン、君はあちらの部屋へ」
「はい」

 これで、本当に最後だ。契約完了の言葉に、俺は手にしていたリードをグッと握りしめた。

「あと、そこのお前!その子をイアン君から引き取りなさい」
「は、はい!」

 豪華な部屋の片隅で、依頼人の男に言われて駆け寄って来た使用人らしき若い男。くつしたが怖いのだろう。その目はハッキリと怯えきっていた。
 きっと、他の使用人に以前のくつしたの在り様を聞いていたのかもしれない。

「大丈夫ですよ」
「え」

 くつしたのリードを若い使用人に手渡す際、ソッと彼と、そしてくつした本人にだけ聞こえるように言った。

「この子を呼ぶ時は〝くつした〟と言ってあげてください」
「くつした?」
「ええ、彼は賢くて良い子だから。絶対に貴方を噛んだり怪我をさせたりしません。大丈夫」
「……」

 使用人の目が大きく見開かれる。最近知った事だ。犬への最初の躾は「アイコンタクト」だと思っていたが、それは大きな間違いだった。

「どうぞ、くつしたを可愛がってやってください。ほんとうに、いいこ、なので」
「は、はい」

 犬だけじゃない。人間も、同じだった。
 俺はジッと若い使用人の男を見つめながら言うと、相手は微かに頬を染めながらしっかりと頷いた。
 きっと、彼がこれからくつしたの面倒を見てくれるに違いない。人間の事はよく分からない。でも、きっと彼ならくつしたを大事に世話してくれると思った。いや、そう信じたかった。

「くつした、じゃあな」
「わふっ!」

 俺は、最後にくつしたの頭をひと撫ですると、そのまま振り返る事なくその部屋を出た。

「っはぁ」

 依頼完了。
 こうして、俺はくつしたとの長いようで短かった一年間の共同生活を終えた。


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