2 / 35
2:人間って面倒くせぇ!
しおりを挟む「わふっ!わふっ!」
「うおっ!」
依頼者である金持ちの屋敷から出た後、マックス・フォンなんとか……いや、もういい。〝くつした〟を連れて、俺は家に帰っていた。
「わふっ!はふっ!!ぐっぐっ!」
「っくそ、なんだこの力!本当に子供かよっ」
仔狼の癖に、力だけはやたらと強い。俺は、半ばくつしたに引きずられるような形で道を歩きながら、前のめりになる体を勢いよく踏ん張った。
「くつした!」
「っ!」
「待て!」
ただ、どうやら〝くつした〟という音を自分の事だと理解しているのだろう。俺がそう呼んだ瞬間、ピタリとその体を止めてクルリとこちらを振り返った。直後、バチリと目が合う。
「くつした」
「……はふ」
犬の躾はアイコンタクトから始まる。
まぁ、厳密にいえば相手は犬ではなく狼なのだが、その辺はどうだっていい。同じ個体種ではなくとも、血筋が同じであれば習性や特性は変わらない。
--------うちの子が言う事を聞かないんです。
そう言って俺に相談に来る飼い主は、どこかで犬を人間の子供と同じ物差しで測ろうとしていた。だからこそ「言う事を聞かない」なんていう言い方が口から出てくる。
ペットは家族だ。使い魔は仲間だ。それはもちろんだ。否定はしない。
「……でも、人間じゃない」
俺はその場に腰を落とすと、キョトンとした顔でこちらを見つめてくる真っ黒な瞳と目線を合わせて、ニコリと微笑んだ。
「くつした、良い子だ」
俺は腰に付けたポーチから片手で干し肉の欠片を出すと、ひょいと空中に向かって投げた。
「わふっ!」
その瞬間、くつしたが目を輝かせて干し肉に向かって飛び跳ねる。凄い跳躍だ。跳ねた拍子に見えたのは、美しい茶色と黒の被毛に覆われた体の中で、唯一真っ白に彩られた後ろ足。まるで、白い靴下を穿いているようなその風貌に、思わず目を細めてしまう。
「ほんとに似てるな。くつしたに」
くつした。
それは、俺がこの【ソードクエスト】の世界に来る前に、最後に飼っていた犬の名前だった。
◇◆◇
きっと俺の前世は犬だったんだ。
本気でそんな事を思っている子供だった。
『アイツって全然笑わねぇよな』
『同じ班に居てもつまんねぇし』
『早く席替えしてぇ』
俺だってお前らと居てもつまんねぇよ。
そう、喉まで出かかった言葉を俺は何度も呑み込んできた。だって、言葉を発したら相手が次の言葉を発してくる。そうやって面白くもない言葉のラリーを繰り返すくらいなら、黙っていた方がマシだ。
そして、いつの間にか〝無口でつまんないヤツ〟と裏で言われるようになった。
『あーぁ、学校行きたくねーなー』
ともかく何もかもがつまらない。小学校の頃から、俺は何かと学校をサボりがちな子供だった。
ただ、そんな俺にも大好きなモノがあった。
『ただいまー!』
『わふっ!』
俺は幼い頃から、ともかく犬が大好きだった。
父が犬好きで、実家には常に複数の犬が居た。俺にとって、犬が居る生活は日常であり、学校から帰ってくる度に全身全霊で出迎えてくれる彼らの存在は、疲弊した俺の心を、これでもかというほど癒してくれた。
『みんな、あったかいなー』
首に抱き着いた時に感じるフワフワした毛並みも、温かさも大好きだ。こちらを見て笑っているような顔をしてくる。そして、俺まで笑えてくる。
『わふっ』
『あはは!なんだ、その顔!』
こちらをジッと見つめ、首を傾げてくる様子はなんとも言えない愛に満ちていた。
--------アイツって全然笑わねぇよな。
そんな事はない。俺は犬と一緒に居るときは、凄く笑う子供だったと自負している。自分で言うのもなんだが、表情だってけっこう豊な方だ。
『よし!散歩いこ!』
『わふっ!』
人間の考えている事はちっとも分からなかったけど、不思議と犬の気持ちならなんとなく分かった。だから、俺はずっと思っていた。
『俺、前世はきっと犬だったんだよ』
『わふっ』
『多分、お前らとも友達だったんだ』
『わふっ』
『なんで、俺だけ人間になったんだろうなぁ。みんなだけ犬なんてズリィよ』
『わふっ!』
散歩中でも、ちょこちょこと俺の事を見てくる犬達に、俺は何度も慰められ、何度も物足りなさを感じた。あぁ、来世こそは絶対犬がいい。
でも、そんな事ばかりも言ってはいられない。
『進路希望調査か……』
ひとまず今世は人間に生まれてしまったのだから、人間としてどうにかストレスの少ない生き方を目指さなければ。なにせ、人間というのは犬の数倍、寿命が長いのだから。
だから俺がこう思うのも必然だった。
『将来は犬に関係する仕事がしたいなぁ』
犬が好き。学校が嫌い。勉強が嫌い。
この三つが合致した事により、中学生だった俺は図書館で本を読み漁り、一つの答えにたどり着いた。
『犬の訓練士か。いいな!俺、コレになる!』
警察犬訓練士。
こうして、俺は行きたい警察犬訓練所に連絡を入れ、高校卒業と同時に入所した。
住み込みでの修行は厳しいモノもあったが、金がなくても実践的な経験と資格が手に入るソコは、俺にとっては願ってもない場所で、気付けば十年以上の時があっという間に経過していた。そして――。
『俺も三十だし、そろそろいいかな』
三十路を目前にし、俺はやっと独立を果たした。
突然の退所に、周囲からはやたらと『結婚でもするのか?』と質問責めにあったが、んなワケあるかいと一蹴した。
この俺が結婚?そんなの絶対に無理だ。あり得ない。なにせ、生まれてこのかた一度も誰かと付き合った経験がないのだから。
『人間と一緒に住むなんて、どんな罰ゲームだよ』
こんな俺の性質だ。四六時中犬と一緒に過ごせるという点においては、既に俺の夢は叶っていた。だからそのまま訓練所に居ても良かったのだが、俺の中にジワリと芽生えた希望があった。
『俺も、自分の犬が欲しい』
51
お気に入りに追加
424
あなたにおすすめの小説
幽閉王子は最強皇子に包まれる
皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。
表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。
美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜
飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。
でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。
しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。
秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。
美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。
秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。
性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました
まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。
性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。
(ムーンライトノベルにも掲載しています)
転生悪役令息、雌落ち回避で溺愛地獄!?義兄がラスボスです!
めがねあざらし
BL
人気BLゲーム『ノエル』の悪役令息リアムに転生した俺。
ゲームの中では「雌落ちエンド」しか用意されていない絶望的な未来が待っている。
兄の過剰な溺愛をかわしながらフラグを回避しようと奮闘する俺だが、いつしか兄の目に奇妙な影が──。
義兄の溺愛が執着へと変わり、ついには「ラスボス化」!?
このままじゃゲームオーバー確定!?俺は義兄を救い、ハッピーエンドを迎えられるのか……。
※タイトル変更(2024/11/27)
【完結】婚約破棄された僕はギルドのドSリーダー様に溺愛されています
八神紫音
BL
魔道士はひ弱そうだからいらない。
そういう理由で国の姫から婚約破棄されて追放された僕は、隣国のギルドの町へとたどり着く。
そこでドSなギルドリーダー様に拾われて、
ギルドのみんなに可愛いとちやほやされることに……。
主人公のライバルポジにいるようなので、主人公のカッコ可愛さを特等席で愛でたいと思います。
小鷹けい
BL
以前、なろうサイトさまに途中まであげて、結局書きかけのまま放置していたものになります(アカウントごと削除済み)タイトルさえもうろ覚え。
そのうち続きを書くぞ、の意気込みついでに数話分投稿させていただきます。
先輩×後輩
攻略キャラ×当て馬キャラ
総受けではありません。
嫌われ→からの溺愛。こちらも面倒くさい拗らせ攻めです。
ある日、目が覚めたら大好きだったBLゲームの当て馬キャラになっていた。死んだ覚えはないが、そのキャラクターとして生きてきた期間の記憶もある。
だけど、ここでひとつ問題が……。『おれ』の推し、『僕』が今まで嫌がらせし続けてきた、このゲームの主人公キャラなんだよね……。
え、イジめなきゃダメなの??死ぬほど嫌なんだけど。絶対嫌でしょ……。
でも、主人公が攻略キャラとBLしてるところはなんとしても見たい!!ひっそりと。なんなら近くで見たい!!
……って、なったライバルポジとして生きることになった『おれ(僕)』が、主人公と仲良くしつつ、攻略キャラを巻き込んでひっそり推し活する……みたいな話です。
本来なら当て馬キャラとして冷たくあしらわれ、手酷くフラれるはずの『ハルカ先輩』から、バグなのかなんなのか徐々に距離を詰めてこられて戸惑いまくる当て馬の話。
こちらは、ゆるゆる不定期更新になります。
学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語
紅林
BL
『桜田門学院高等学校』
日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ
しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ
そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である
魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました
タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。
クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。
死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。
「ここは天国ではなく魔界です」
天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。
「至上様、私に接吻を」
「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」
何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる