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第4章:俺の声を聴け!
226:イーサの歓喜
しおりを挟むクリプラントの国境線、外の内の狭間の街。ゲットーの関所の番兵を前に俺は言い放った。
「俺はイーサだ。クリプラントの国王。今から俺はリーガラントへの交渉へと向かう。秘密裏ではあるが正式な会談である。全て、記録に残せ」
「は?」
俺を見て明らかに胡散臭そうな表情を見せるエルフ兵に、俺は自身の人差し指を相手の額へと突き付けた。指先にマナを集める。
衣で纏う“王”だが、衣に惑わされぬ権威もやはり必要。そうでなければ、愚かな民衆など治めきれぬ。
「さぁ、この目と髪を見れば分かるだろう。王の顔が分からぬ程この指先に集まるマナで貴様を貫くぞ」
俺は悪王だ。時には脅しも辞さない。
俺には、会わねばならない愛しい者がこの世に存在するのだから。
〇
駆けた。駆けた。
こんなに走ったのは生まれて初めてだ。頬や額を汗が伝う。背中もシャワーを浴びたかのような感覚だ。かなり気持ち悪い。百年の引きこもりには少しきつかったが、それでも俺は片時も足を止める事はしなかった。
-------イーサ。イーさ。いーさぁ。
ネックレスから伝わってくるサトシの感情が、俺に波のように押し寄せてくる。サトシがイーサの事を想っている。イーサもサトシの事を想う。そう、イーサとサトシは両想いなのだ。
想っている相手の元に、ただただ俺は
走った。
ひたすらに足を動かしながら、ただサトシの事を想った。サトシは今何をしているのだろう。サトシの感情だけが押し寄せてくる。落ち着かない様子だ。
それもそうだろう。突然、国の重鎮達に命じられ、一度も足を踏み入れた事のない国に送られているのだ。
集中すればサトシの思考を読む事も出来ただろうが、俺は今国境を越え、人間達に見つからないように山河を駆けている。街道を行く事が出来ればそれはそれで早かっただろうが、そうもいかない。見つかれば面倒な事になる。
「っはぁ、っはぁ」
耳障りな呼吸音が途絶える事なく漏れ出る。
上りかけの太陽で白む程度だった明け方の空は、今や太陽が高く上り灼熱が体を容赦なく照り付けてくる。熱い。息が苦しい。走るなど、本当にいつぶりだ。子供の頃以来の筈だ。
汗が、目に入る。
「っくぅ……」
とっさに目元に流れ込んできた汗を腕で乱暴に拭う。視界が奪われ思わず足を止めてしまった。
袖の部分が蒸れて気持ち悪い。俺は長袖を一気にたくし上げ、短くなった髪の毛を額から後ろに向けてかきあげる。短くしていて本当に良かった。これで髪が昔のように長かったらと思うと堪らない。
「さと、しがっ、にあうって、いってくれたっ」
--------イーサ。少し髪を切ったらどうだ?これじゃ、あんまり長すぎだ。きっと、イーサなら、髪が短くても似合うと思うぞ?
サトシに格好良いと思われたかった。だから切った。ヴィタリックよりも良い声だと言われたい。凄い王だと思って欲しい。だから、王になろうと思った。
「っつぅ」
ヒリと腕から痺れるような痛みを感じた。痛みのする方を見てみると、腕には枝葉にでも引っかけたのだろう。細かい傷が至る所に出来上がっていた。その傷に汗がシミてジクジクとした痛みを募らせる。
「っはぁ、っうわ」
足を止めたせいで気付いたが、どうやら傷を負っているのは腕だけではないようだ。服の至る所が切れている。必死に走り過ぎて気付かなかった。回復しようか。
--------イーサぁっ、なんで居ないんだよ
「さとし……」
ふと、思い出したようにネックレスを通じてサトシの感情が流れ込んでくる。俺の名を呼ぶ不安げな声がダイレクトに頭に響いた。
その瞬間、俺は再び地面を蹴っていた。こんな傷程度が何だと言うんだ。回復に使っているマナがあれば、俺は走るのに使うべきだ。駆け抜けるべきなのだ。
だって、サトシが俺に
「会いたがってるっ!」
先程まで疲労困憊に眩暈すら起こしかけていた意識がハッキリする。俺は、イーサは……まだまだ走れる。
〇
カラン、カラン。
サトシの中にあるイーサのマナを辿って、俺は一つの古ぼけた建物へと入った。コーヒーの香りが鼻につく。中には沢山の人間が居た。全員が俺を見ているし、何やら倒れて血を流す者も居る。
ただ、俺の目に入るのはたった一人だ。
「何で、ここに?」
そう、尋ねてくるサトシの顔は泣きそうで、でもイーサを見た瞬間どこかホッとした表情を浮かべる。そんなサトシが可愛くて愛しくて俺は流れ落ちる汗を隊服の袖をたくし上げた腕で乱暴に拭って駆け寄った。
「なんでって、そんなの……走って来た!」
やっとサトシに会えた事が嬉しくて、気付けば俺はサトシを腕の中へと閉じ込めていた。
サトシ、サトシだ!まだ離れて然程時間が経っていないにも関わらず、とても長い間会えなかったような気がする。
「もう待ってるのは飽きた!俺はサトシと一緒がいい!だから、来た!」
そう、俺が想いのままサトシを抱き締めながら口にした時だ。腕の中から、震えるか細い声で、でも確かに聞こえた。
「イーサ、いーさ……俺も会いたかった」
その瞬間、俺は生まれてこのかた感じた事のない、雷に撃たれたような歓喜にその身を震わせたのであった。
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