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第4章:俺の声を聴け!
220:来客
しおりを挟む--------だってさぁ。サトシがせーゆう目指すなら、オレも一緒に目指してたほうがさぁー。
ずっとサトシと一緒に居られるじゃん?
「っ!」
一瞬、金弥の声が聞こえた気がした。一緒に声優を目指そうと決めた、あの日の金弥の台詞を、声変わり後の低い金弥の声が紡ぐ。
「ジェロームっ!」
しかし、俺の夢うつつとした意識は、銃声の直後に響いた悲鳴のような声で一気に引き戻されてしまった。
「え?」
銃声が聞こえたにも関わらず、俺の意識は健在だ。痛みもない。どうやら俺は生きているようだ。
「スゲェな。ジェローム」
隣から、息を呑むようなエイダの声が聞こえてきた。すごい、だって?いや、何を言ってんだよ、エイダ。そんな軽い言葉で表現して良い状況じゃないだろう。
でも、だからと言って俺もどうする事も出来ない。息が、上がる。呼吸が上手くできない。
「っはぁ、っはぁ……ぁあっ!」
「ジェローム!おいっ!お前っ、どうしてっ!」
緊迫した視界とは裏腹に、俺はただ静かに立ち尽くしていた。
「うそ、だろ……」
そう、俺は全部見ていたのだ。
銃声が鳴り響く直前、俺と目が合ったジェロームはハルヒコの構える腕を勢いよく掴んだ。そして、銃口を自らに向け、俺を銃弾から守ってくれたのだ。
その瞬間、銃声は響いた。そりゃあそうだ。ハルヒコは俺に向かって躊躇いなく引き金を引くつもりだったのだから。余りに予期せぬ事態に、ハルヒコもとっさに反応出来なかったのだろう。
気付けば、ジェロームはハルヒコの体の上に倒れた。
と、一つ一つ順を追うように状況を確認していく。
が、それが現実逃避にしか過ぎない事は、俺自身もよく分かっている。そう、分かり切っている事を反芻するという時間稼ぎ。現実を受け止めきれない俺の悪い癖。
「うそだ、なんで?ジェロームが」
俺は、人間が撃たれる瞬間を、初めて目にしたのである。
「あぁっ!ジェロームッ!ジェローム!」
ハルヒコの震える悲鳴が、自らの銃弾に倒れた友の名を必死に呼び続ける。床に横たわるジェロームの肩からは、おびただしい血が流れていた。その顔色は、先程までの血色の良さを失い、一気に蒼白となってしまっていた。
「っはぁ、ぐ。はる、ひこ……」
痛みに耐えるような苦し気な声が、か細く友の名を呼ぶ。
ジェロームの着ていた白いシャツは鮮血に染まり、羽織っていたグレーのニットは鮮血と混じってどす黒い色へと変色している。
「なにを……なにをしているんだっ!ジェローム!」
「っ、はる、ひこ。言っただろ、かれを、うっては、いけない……と。っぐぅ」
ここにきてやっと、周囲から一切の談笑が消えてた。そのせいで、か細く漏れるジェロームの喘ぎ声が、えらく存在感を持って店内に響き渡る。
「っはぁ、っはぁ。っぁやっと、こっちを。みたな、はる、ひこ」
「ジェローム!おいっ!お前ら!何をボケっとしている、ジェロームを病院へっ」
「いいっ!誰も動くなっ!動いた奴は全員、反逆者とみなし軍法会議にかける!」
「ジェローム!何を言ってるんだ!」
「お前らの仕えるべき主が誰かを見定めろっ!いいか!?俺の声に従え!」
痛みに揺らいでいたジェロームの声が、一気に張りを取り戻した。その声に気圧されるように、動き出そうとしていた客達の動きがピタリと止まる。皆の顔に浮かぶのは、最早戸惑いのみだ。
「う、ウソだろ……」
あんなに流血しながら、よくもそんな声が出せたものだ。いや、感心している場合ではない。なのに、俺の体は一切動こうとしなかった。
「ぁ、あ……どう、どうしたらいい?」
まさか、俺が撃たれる以外の選択肢がはじき出されるなんて思わなかったのだ。
この物語は一体どこへ向かっている?ジェロームが死んだら、この後の物語は一体どうなるんだ。それは幸せな“真実”の結末への道へと続くのか。
「そんな、わけない」
セブンスナイトには各種ルートのノーマルエンドの他に、トゥルーエンドともう一つのエンディングが存在する。
七つの道を全て集結させ交わった結果行きつく、幸福なトゥルーエンド。しかし、その道を一つ違えた先にあるのが、完全なるバッドエンド。
“アビスエンド”だ。
「は、るひこぉ。おれには……お前しか、いなかった、のに」
「あぁっ、ジェロームっ!ジェローム!あぁぁっ!はやく、びょういんへ……」
「おまえに、むしされたら……おれは、もう」
どこにも存在しなくなってしまうじゃないか。
ジェロームの頬に涙が伝う。それは、先程周囲に命令を飛ばした声とはうってかわって今にも消え入りそうな声だった。
そうか、ジェローム。お前はこれまで“ハルヒコ”が居たから耐えてこれたんだな。俺に“金弥”が居たように。お前には“ハルヒコ”が居た。それは、お前の支えであり、体の一部だった。そのハルヒコから無視されたお前の絶望を、俺は分かってやれなかった。
だって俺は金弥に無視された事なんて、一度だってなかったから。
「もう、おれ、には……おまえすら、いない……だれも、いな」
「居るっ!ジェローム!俺はここに居るぞ!おいっ!目を開けろっ!ジェロームっ!」
「……っぅ」
最早、何も返事をしなくなってしまったジェロームに、ハルヒコは息を詰まらせた。その手をベッタリと汚すジェロームの血に肩を揺らす。
「おいっ!人命最優先だ!医療チーム、来い!」
ハルヒコの叫びに、客としてその場に立ち尽くしていた数名が一気に倒れ込むジェロームへと駆け寄ってきた。
「早くっ!絶対にジェロームを助けろっ!すぐに病院へっ!」
「っ動かしてはいけません!ハルヒコ様!」
近寄って来た数名の医者と思わしき人物たちジェロームを取り囲むようにその場で処置を始めた。しかし、その間も喫茶店の床には、真っ赤な鮮血が流れ続ける。医者の表情も、厳しくなる一方だ。
「おいっ!何をしている!?ここで処置出来ないければ、すぐに病院へっ!」
「今動かすと危険です!」
「出血が多すぎる!まずは血を止めないと!」
「じゃあ、血を止めてくれっ!頼む!何でもするっ!」
懇願するハルヒコに、エイダの声が重なった。
「おいっ!俺に診せてみろ!」
いつの間に隣から移動していたのだろう。どんな時もエイダは自由だ。
「……エイダ」
「お?俺は“ハーフエルフ”じゃなかったのか?」
わざと揶揄うように言ってのけるエイダに、ハルヒコが小さく「すまない」と俯いた。そんなハルヒコの声に、エイダは聞こえないフリを決め込んだ。出血を続けるジェロームの傷口に手を添える。手元が微かに光った気がした。
そうだ。エイダはハーフエルフだ。
エルフは魔法が使える。それはハーフエルフだって同じだ。だとすれば、回復魔法だって使えるハズ。そう、俺がホッとしかけた時だ。
「ダメだ」
エイダの固い声が漏れた。
「え?」
「傷が、深すぎる」
「えいだ……頼む。おねがいだ。そんな意地の悪い事を、言わないでくれ」
「ごめん。ハーフエルの俺じゃ、使えるマナに……限界があるんだ」
再びハルヒコの声がか細く揺れた。そんな声に、エイダはジェロームの肩へと添えていた手を離す。
エイダの事だ。ハーフエルフの自分には関係ないとそっぽを向くかと思っていたのに。無理かもしれないと分かっていて、エイダは動いたのだ。俺と違って。自分の出来る可能性の為に走った。
そして再び漏れた「ごめん、ジェローム」という謝罪に、ハルヒコは床を殴りつけた。
声はない。
そう、声優は声のない場所にも演技を込める。強い想いを込めた絶叫の後の無言。それは“絶望”と言う余韻を込める、声無き声の演技だ。
「だめだ……どうしよう。どうしよう。このままじゃ、全部だめになる」
俺の目の前にあった筈の分かれ道が、いつの間にか選択された後の道となっていた。このままでは、俺は“アビスエンド”へ進む。そうなれば、これまでの俺の全ては無為に帰す。ジェロームは死に、そうなればハルヒコは正常では居られない。
トップを失ったリーガラントは混乱の時代へと向かうだろう。そして、クリプラントは……。
「イーサは、どうなる?」
ダメだ。もう、何一つ良い未来が浮かばない。無力な俺は目の前で絶望に染まっていく状況を、ただ見守る事しか出来なかった。
「……俺が、撃たれればよかったのか?」
それが、トゥルーエンドへの道だったのか?
セーブデータなんてない一度きりの人生において「もしも」の仮定程無意味なものはない。でも、こうなったのは俺の“選択”の末の結末だ。だって、俺がプレイヤーなんだから。
「うっ、ぁ、っぁ」
「サトシ?」
エイダの声が聞こえる。あれ?さっきまでお前ジェロームを治療してんじゃなかったのか?
「……おれが、まちがったんだ」
「しっかりしろ!お前がそんなんでどうする!?おいっ!サトシ!サトシ・ナカモト!」
俺の肩に何かが触れる感触がする。そして、肩がゆすられる。あぁ、エイダか。どうしたんだろう。全然飲み切れていない真っ黒なコーヒーが目の前で、その水面を揺らした。
もう、ダメだ。だって結局何もできなかった。俺は、一人だ。この世界で、ずっとずっと一人――
------サトシ、今年はオレがサトシの夢に行くから。
「っ!」
頭の中に、金弥の声が聞こえた。
夏休み。毎年恒例のばあちゃんの家に行こうとする俺に対し、金弥が言った言葉。
「……キン?」
「おい、サトシ!急にどうした?」
--------だから、今年はすれ違わないように。サトシは夢で待ってて。
そう言われたあの夏、金弥は結局どうしたっけ。夢で、俺に会いに来てくれたんだっけ?
「いや、ちがう。あの夏……キンは。夢で会いに来てくれなかった」
「おいっ!お前まで頭がおかしくなっちまったのか!?」
俺は待ってたのに。金弥は俺の夢に会いに来てくれなかった。
「でも、その代わりキンは……」
--------サトシーー!来たーー!
俺の脳内に、元気な金弥の声が響き渡った瞬間。
カランと、何度も聞いた喫茶店のベルの音が鳴り響いた。
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